精霊大集合
ミルがフラーラと一緒にひそかにパーティーの準備を進めていたその頃――、北の砦にいたグレイルは執務室で書類と向き合っていたが、廊下を走ってくる誰かの足音に顔を上げた。
間もなく扉がノックされ、声がかけられる。
「副長! おられますか?」
「いるぞ、入れ」
「失礼します」
入ってきたのはレッカで、彼女は部屋を見渡した後こう言った。
「ミル様はおられないですよね?」
「いないが……?」
「実は下にスノウレア様たちが来られていて、ミル様を探しておられるんです。移動術を使ってもミル様のところに行けないとかで、どこにいるのか分からないと」
「どういうことだ?」
よく分からなかったが、取りあえずグレイルはレッカと共に外に出て、スノウレアたちのもとに向かった。
すると訓練場の脇にスノウレアとウォートラスト、クガルグ、ヒルグがいるのが見えた。北の砦の人間もキックスやティーナを始めとして多くの騎士が集まってきていて、クロムウェルもすでにいる。
クロムウェルはやって来たグレイルを見て言う。
「グレイルのところにもミルはいなかったか」
「ミルがどうしたんです? スノウレア、一体何が?」
グレイルはそこでスノウレアから事情を説明してもらった。どうやら最初はクガルグがミルと遊ぼうとして移動術で飛んだらしいが、ミルに拒否されて飛べなかったらしい。
「移動術で誰かが飛んでくるのを拒否することができるのか……」
グレイルは呟く。初めて聞いたが、どうやらそういうこともできるようだ。
そこでミルに何かあったのかと心配したクガルグはヒルグに相談し、ヒルグもミルのところに飛ぼうとしたがやはり拒否された。なので二人は次にスノウレア山に飛んでみたが、住処にはスノウレアとウォートラストがいるだけでミルはいなかった。
だからヒルグたちがスノウレアに事情を話し、スノウレアとウォートラストもミルのところに飛ぼうとしたが、やはり拒否されたのだという。
みんなミルがどこにいるのか、なぜ自分たちを拒否するのかと心配しているらしい。
「ここにもミルはおらぬのじゃな?」
「ええ。いつも通り昼ごはんを食べた後は住処に帰ったんだと思っていました」
「いや、確かに一度帰ってきて、わらわたちと一緒に王城へ行ったのじゃ。じゃがその後、ミルフィリアは北の砦に向かったはずじゃが……。そうであろう? ウォートラスト」
スノウレアに尋ねられると、ウォートラストは静かに頷く。
「テーブルクロスと花瓶を……運んだ……」
「テーブルクロスと花瓶? 何故そんなものを?」
クロムウェルが聞いたが、ウォートラストもスノウレアも理由は分からないらしい。
「そういえばフラーラも見当たらないな。ミルと一緒にいるのか、一人で砦にいるのか……。お前たち、ちょっと探してきてくれ」
クロムウェルが騎士たちに指示を出すと、数人がフラーラを探すために駆けて行く。
「ミルフィー、だいじょうぶかな」
クガルグが心配そうに言うと、ヒルグがはきはきした声で言う。
「まぁ、どこかで死んでいるということはなさそうだ! 生きていなければ我々が来るのを拒否できないからな。その点は安心だ!」
「何が安心じゃ!」
スノウレアは怒って言うと、次には悲し気に目を伏せる。
「こんなこと今までなかったから心配じゃ。何故わらわのことまで拒否するのか……。他の精霊たちにも協力してもらってミルフィリアを探さねば」
「おれ、ダフィネとかハイリリスとか、みんなのところにいって話してくる」
言い終わると同時にクガルグは炎に変わり、この場から消えた。
「わらわも母上を呼んでくるか」
そうやって他の精霊たちも呼んだ結果――北の砦に様々な精霊が大集合してしまった。
もとからいたスノウレアとウォートラスト、クガルグとヒルグの他に、スノウレアの母親であるシラユキ、大地の精霊のダフィネ、木の精霊のウッドバウムと雷の精霊のライザード、光の精霊のサンナルシスと闇の精霊ルナベラ、二人の子供であるルーチェとノッテ。さらに風の精霊のハイリリスと、ハイリリスの祖母のハイデリンもやって来た。
人間の姿をしている精霊が多いが、クガルグとルーチェ、ノッテの子供組、そしてシラユキとハイデリンの年長者組は動物の姿だ。
大きな白ギツネであるシラユキと、巨大な鳥であるハイデリンが二人並んでいると圧倒される。初めて会うのか、ルーチェとノッテの双子も大きな体を持つ二人の方をチラチラ見て気にしているようだった。
「ミルフィリアが行方不明と聞いたが」
ハイデリンは老婆のような少女のような不思議な声で話した。
「拒否されて、移動術で飛んで行けないと」
「気掛かりじゃのう。あんな幼い子が一人でおるのは危険じゃ。ミルフィリアはまだ赤ん坊のようなものじゃからのう」
シラユキはスノウレアと同じ口調で言う。シラユキにとってはミルなど赤子も同然なのだろう。
すると今度はハイリリスが腰に手を当てて言う。
「でも拒否してるってことは、ミルフィリアに特に危険が迫ってるわけではないんじゃない? だってそうだったら助けが来るのを拒否しないだろうし、むしろ自分が移動術を使ってスノウレアのところに帰ってくるでしょ」
「まぁ、普通はそうよね」
ダフィネは物憂げにあごに手を当て、相槌を打つ。
「だけど理由も言わずに拒否してるのは、やっぱりちょっと心配だよ」
そう言ったのはウッドバウムだ。彼もミルフィリアが心配なようで、そわそわして落ち着きがない。
そして今度は、子猫のノッテを肩に乗せたサンナルシスが口を開く。
「ミルフィリアは変わった子供だからな。考えや行動が読みにくい。我々の予想とは全く違う理由で、誰かが来るのを拒否している可能性もある」
「そうですね。私たちにとってはハイリリスさんが言ったような考えが当たり前ですが、ミルフィリアちゃんなら、自分が危険な目に遭っている最中に誰かが来そうになったら、巻き込まないように拒否するかもしれません」
「ならばミルフィリアは今、危ない目に遭っている可能性もあるというわけか」
ヒルグが眉根を寄せて言うと、ライザードはもっと険しい顔をしてこう続けた。
「誰だか知らないけど、ミルフィリアを傷つけたりしたら許さないわ。――俺がブッ飛ばしてやる」
いつもの女性口調が取れて、乱暴な喋り方になると、ライザードはぐっと握った拳にバチバチと雷をまとわせた。
「それは当然だ……」
ウォートラストも目が据わっている。あれはミルフィリアに害をなす相手を完全に抹殺する気の目だ。
「ミルフィリアに手を出すなんて馬鹿よね」
「ええ、確かにそうね」
「ミルフィリアに手を出せば、ほとんど全ての精霊を敵にすると言っても過言ではないからな」
ハイリリスとダフィネ、サンナルシスも不敵に笑って言う。ルーチェやノッテですら、ミルが危険かもしれないと聞いて怒っている様子だった。子馬のルーチェは今すぐミルを助けに行きたそうに足踏みし、子猫のノッテは小さな牙を剝き出しにして腹を立てている。
静かに臨戦態勢を整えていく精霊たちは、人間にとってはこの上なく恐ろしい存在だ。それを目の当たりにしている北の砦の騎士たちは、怯えて腰を抜かしたっておかしくはない。
けれど、騎士たちも精霊たちと同じく怒っていたのでそうはならなかった。
「ミルが危険かもしれないって?」
「誘拐でもされたのか? 犯人がどこのどいつかは知らねぇが、絶対に後悔させてやるぜ」
ボキボキと拳を鳴らして言う砦の騎士たちは、精霊たちと同じくらい恐ろしい存在になっていた。
グレイルは部下たちに「冷静になれ」と注意しなければならない立場だったが、犯人を許さないという気持ちは同じだったので結局何も言わなかった。
「俺たちで世界中を回ってミルフィリアを探すか。雪の気配が掴めれば、ある程度離れていてもミルフィリアを見つけられる。時間はかかるかもしれねぇけど、何もしねぇよりはマシだろ」
ライザードは、ミルフィリアの身を案ずるあまり、若かった頃の尖った自分に完全に戻ってしまっているようだ。
と、そこでウッドバウムが辺りを見回して言う。
「その前にフラーラはどこにいるの? 彼女の姿が見えないのも気になる。もしかしたらミルフィリアと一緒に危険な目に遭っているのかもしれないし心配だ」
その時、ちょうどフラーラを探しに行っていた騎士たちが戻ってきた。
「いたか?」
「いえ、どこにも見当たりません」
クロムウェルの問いかけに、騎士たちは息を切らせて答える。
すると、それを聞いたウッドバウムとスノウレアが順番に言う。
「じゃあ僕は試しにフラーラのところに飛んでみるよ」
「わらわももう一度ミルフィリアのもとへ飛ぶ」
そうして二人がこの場から姿を消そうとした時だった。
輪になって立っていた精霊や騎士たちの真ん中に、小さな吹雪が巻き起こる。そしてそれが収まると、そこには人の姿のミルとフラーラが立っていた。
二人は色とりどりの花で編んだリースをたくさん抱えていて、ミルは周囲の状況を把握すると焦って言った。
「あ、やっぱりみんないる! ヒルグパパとか母上、父上もわたしのところに来ようとしてたから、もしかしてクガルグがみんなに言ってさわぎになってるのかとおもったんだよね。いちおう帰ってきてよかった」
そこでミルはもう一度周りを見回して、冷や汗を垂らす。
「でもほんとうにみんないるね。双子やおばあちゃんたちまで、みんな……」
「こんなに精霊が集まっているのを見たのは初めてです……」
フラーラは目を丸くして固まっていた。一方、スノウレアはミルをぎゅっと抱きしめる。
「ミルフィリア! 無事じゃったか」
ミルを心配して殺気立っていた精霊や砦の騎士たちも、一気に表情をやわらげた。
ティーナやグレイルたちもミルのそばに行って言う。
「フラーラちゃんと一緒だったのね」
「二人とも何事もなくて良かった」
するとミルは耳をぺたんと伏せて申し訳なさそうに話す。
「しんぱいかけたみたいで、ごめんなさい。フラーラと一緒にちょっととおくに行ってたの」
「一体何をしていたんだ? その花は?」
純粋に気になったグレイルはリースを見て言う。
「えっと……」
ミルは言うか言わないか迷っているようだったが、心配をかけた手前、秘密にしておくことはできないと思ったのか、リースを抱えたまま白状した。
「じつはね、あしたの『家族の日』に、いつもおせわになってるみんなを呼んでパーティーをひらこうと計画してたの。それでかざりつけにリースを使おうとおもって、フラーラにきょうりょくしてもらって作ってたんだ」
そして顔を上げてニコッと笑うと、こう続けた。
「でも、パーティーに呼ぼうとおもってた人たちがちょうどみんなあつまってるし、よかったかも。あしたの夜、みんなとりでの食堂にきてね!」
「そういうことじゃったのか。テーブルクロスと花瓶も、そのため――」
スノウレアは喋っている途中で動きを止める。そして宙を見つめて数秒黙った後で、ゆっくり口を開く。
「陣痛が来たようじゃ。そろそろ産まれるかもしれぬ」




