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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第六部・かぞくのひ

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202/214

帰郷

「じゃあとりでに行ってくる!」


 正午が近くなると、私は母上と父上に声をかけてから、いつものように北の砦へ飛んだ。

 昨日、シラユキおばあちゃんは騎士たちにもふもふされた後、人の姿になって砦の中を見て回っていた。ここ百年ほどは、自分の住処――人間がいない極寒の地にずっといたから、人間の文化がどれくらい進歩したのか興味があるようだった。


 おばあちゃんの人間の姿は一度見たら目が離せなくなるような美女で、母上とよく似ている。だけどおばあちゃんの方が母上より優しい雰囲気の顔をしていた。長い髪はゆるくウェーブがかかっているし、着ている着物は銀糸の刺繍がされていて母上のものより派手だ。


 シラユキおばあちゃんとは一緒に食堂にも行ったけど、ジャーキーも気に入ってくれたみたい。最初は「わらわは精霊じゃから食べ物はいらぬ」と言ってたんだけど、横で私が美味しそうにもぐもぐしてたら一度試してみようという気になったらしい。

 最後は、お土産としてビンにたくさん入ったジャーキーをもらってニコニコしていた。

 そして満足げに自分の住処に帰っていったのだった。


 私たちと一緒にスノウレア山で暮らさないか聞いてみたけど、シラユキおばあちゃんはあの住処が好きみたい。昼間も寒いけど、夜になるとさらに体の芯から凍りそうなほど気温が下がるのがいいんだそうだ。雪の精霊でも寒いと感じるなんてよっぽどだ。


『それにアザラシの赤ん坊たちも置いてきてしまったからのう。まだしばらく生きると決めたからには、あ奴らのことも守ってやろうかと思っての』


 おばあちゃんはそうも言っていた。そしてまた私と遊ぶ約束をして、笑顔で住処に戻っていったのだった。


 そんなふうに昨日のことを思い返しながら移動術を使い、隻眼の騎士のもとへ飛ぶ。

 すると隻眼の騎士は、宿舎の自室で何やら荷物を鞄にまとめているところだった。


「あれ? 何してるの?」

「ミル。来たのか」


 隻眼の騎士は制服を着ておらず、私服のシャツとズボンだ。


「このじかんに宿舎にいるの、めずらしいね」

「ああ、ちょっとな」


 隻眼の騎士は服を詰め込んだ鞄を閉めると、私に向き直って言う。


「休みも貰えたし、これから一度故郷に帰ろうと思ってな」

「え? そうなの? せきがんのきしの故郷の村が花におおわれちゃったから、ようすを見にいくの?」

「そうだ」 


 前に支団長さんと話してた時には、故郷には帰らないと言っていたけど、気持ちが変わったのかな。


「俺は、故郷には良い思い出がない。悲しく寂しい思い出ばかりだ。だからずっと実家に帰る気持ちにはなれなかったが、やはりあの家がどうなっているか少し気になってな。それに母の墓参りにも全く行っていなかったから」


 隻眼の騎士は、しゃがんで私の背中を撫でながら話す。


「ミルに俺の昔の話を聞いてもらって、気持ちの整理がついたんだ。それに家族の絆を自分で繋げていくミルを見ていると、踏ん切りがついた。まぁ、俺の場合は、家族に対しての暗い気持ちを断ち切りに行くんだが……」


 眉を下げて少し笑うと、隻眼の騎士は立ち上がって冬用の外套を羽織る。そして手袋をつけ、鞄を背負って言う。


「出発をこの時間にしたのは、ミルが来るのを待っていたからだ。俺が一旦故郷に帰ると言ったら、もしかしたらミルはついて来てくれるんじゃないかと思ってな」

「え? ついて行っていいの? それならいっしょに行きたい!」


 私は子供だった隻眼の騎士のそばにはいてあげられなかったけど、今は違う。一人では心細いと思っているなら、私もついて行く。

 私の返事を聞いて、隻眼の騎士は安心したように笑う。


「そう言ってくれるんじゃないかと期待していた。故郷の様子を見に行くと決めたものの、やはり一人では気が進まなくてな。ミルがいてくれるなら心強い」


 隻眼の騎士はそう言って私を抱っこしたのだった。



 私も隻眼の騎士の帰郷に付き合う、と母上や支団長さんに伝えた後で、私たちは北の砦を出発した。隻眼の騎士の馬であるリーダーに二人で乗って、街道を駆ける。でもこの辺りは雪が多いから、除雪されていない道を進む時はどうしてもスピードが落ちる。


「アリドラ国の端から端まで移動するようなものだから、ずっと馬を走らせても着くまでに三日はかかる。疲れたらミルは一旦住処に帰って休んでいても構わないからな。俺が故郷に着くころにまた移動術を使って来てくれれば」


 確かにそれもできるけど、今はずっと隻眼の騎士のそばにいてあげたい気持ちなのだ。故郷に戻るまでの道って、たぶん隻眼の騎士は緊張したり不安になったりするんじゃないかなと思うから。

 だから私はこう答えた。


「ううん! ずっといっしょにいる!」


 そうして私たちは、アリドラ国の南にあるラスカ村に着くまで、ただひたすら馬で駆けた。南に行くにつれ、道に積もっている雪は段々と少なくなり、わりと早い段階で完全になくなる。

 そして途中で街に寄ってごはんを食べたり、夜になれば宿で休んだりした。

 騎士団の支団に寄り、リーダーを預け、別の馬を借りることもあった。さすがのリーダーでも三日間走りっぱなしじゃ疲れてしまうから、馬を変えるのだ。


 そして旅の途中でクガルグやハイリリスが移動術を使って飛んで来たりもした。二人ともただ私と遊びに来ただけだけど、隻眼の騎士の故郷に向かっている途中だと説明すると、しばらく一緒に馬の背に乗って移動に付き合ってくれた。

 ただそれだけでも、隻眼の騎士の緊張はほぐれたようだ。



 そして北の砦を出て三日後、ようやくラスカ村の目と鼻の先までやって来た。


「この辺りの街道の景色も懐かしいな。変わっていない。近くの街まで母の薬を買いに行くために、何度も往復したんだ」


 手綱を操りながら隻眼の騎士は言う。


「さぁ、もう見えてくるぞ」


 何だか私まで緊張してきた。隻眼の騎士の実家には誰もいないけど、建物はどうなってるかな。もうボロボロになって朽ちているかもしれない。そうだったら隻眼の騎士はやっぱり寂しい気持ちになるかな。

 故郷や実家がどうなっていたら隻眼の騎士は悲しい気持ちにならずに済むのか分からないけど、今日は天気がいいから、それはプラスになるはず。どんより曇っていたり雨が降っていたりして空が暗ければ、気分も暗くなっちゃうからね。


 やがて道の先にいくつかの民家が見えてきた。あれが隻眼の騎士の故郷の村だ。静かでのんびりとした雰囲気だった。

 しかしまだ距離があるうちから、村に起きている異変に気づく。


「あれは……」


 村は色とりどりのたくさんの花に囲まれて、民家はその中に埋もれていたのだ。


「あ、そうだ、忘れてた! 花!」


 私はハッとして言う。隻眼の騎士がただ故郷に帰るっていう話ではなく、そもそもは花の精霊がラスカ村を花まみれにしたから様子を見に行くっていう話だった。


「思っていたよりすごいな。花畑の中に村があるようだ」


 村に近づきながら隻眼の騎士は呟く。ラスカ村はごく普通ののんびりした村だったんだろうけど、今は花に囲まれてメルヘンな雰囲気になっている。

 そして花を踏み分けながら村に入ると、ここだけまるで春のような明るい景色が広がっていた。花の匂いが風に乗ってふわりと香り、私は鼻をひくつかせる。


「わぁ、いい香りがするし、きれいだねぇ……」


 感嘆のため息を漏らして呟くと、隻眼の騎士も目を見開いて故郷の村を眺めた後、頷く。


「ああ……。綺麗だ」


 本当に美しい光景だった。

 白にピンク、紫に水色、黄色、オレンジ。色彩豊かで鮮やかな花々は、冬の寒さに負けずに生き生きと咲いている。

 ラスカ村の家々は、基本的に木造で一部が石造りの地味で質素な家ばかりだけど、周囲に花があることでこんなにも華やかになるのか。


「せきがんのきしの家はどこ?」

「こっちだ」


 私たちは馬を降りると、咲き乱れている花を踏み分け歩いていく。私は時々花に埋もれながら、ぴょんぴょん跳んで前に進んだ。

 そして隻眼の騎士の実家の前まで辿り着く。


「ここだ」


 小さなその家は、屋根が一部崩れたり、外壁の木が腐っていたりしたものの、まだ形を保っていた。


「残ってた……」


 隻眼の騎士は、少しホッとしたような表情だ。悲しい思い出ばかりの家でも、なくなっちゃったら寂しいのかな。

 そして改めてたくさんの花々に囲まれた自分の生家を眺めると、自然に表情を緩めて言う。


「暗い思い出ばかりだった場所が、こんなに美しくなっているなんてな。花が咲いているだけで……不思議だが、ずっと心の底にあった悲しい気持ちも浄化されていくようだ」

「来てよかったね」


 私がしっぽをゆるく振って言うと、隻眼の騎士は笑って頷いた。


「そうだな、今来てよかった。それに冬だから墓参りに持っていく花がないと思っていたが、これだけあれば母も寂しくないな。気持ちの区切りもついたし、また近いうちに実家を取り壊しに来るか。このまま放っておいて、誰かが怪我をしたら大変だからな。残りの屋根もいつ崩れるか分からない」


 隻眼の騎士は実家の屋根を見上げながら言う。確かに綺麗にしておいた方がいいかもしれないね。


「ミルはここで待っていてくれ」


 私を外で待たせると、隻眼の騎士は家の中に入っていく。ガサゴソと音がするので中に残っていた荷物を調べているのかな。


「なにかあったー?」

「いや、特にないな」


 言いながら、隻眼の騎士は家から出てくる。


「母の形見になるような物でもあればと思ったが、うちは貧乏だったからもともと宝飾品はつけていなかったしな。父が飲んでいた酒のビンはたくさんあったが……」


 隻眼の騎士はそこで笑う。


「まぁ形見なんて今さらだし構わない。さぁ、じゃあ次は墓参りに付き合ってくれるか?」

「うん、いいよ」


 何だかすっきりした顔をしている隻眼の騎士。形見はあってもなくても本当にどちらでもいいみたいだし、嫌な記憶しかないであろうお父さんの酒ビンを見ても、何とも思わないみたいだ。


「これだけ花があると暗い気持ちになりようがないしな。それに今はミルもいる。ミルを見ると、俺は自分の幸運さを自覚できるんだ。こんなに可愛い子ギツネが懐いてくれているんだからな」


 そう言いながら、隻眼の騎士は花の海をぴょんぴょん跳んで渡っていた私を抱き上げたのだった。

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