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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第六部・かぞくのひ

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シラユキおばあちゃん(1)

 夢から覚めると、もう朝だった。ちょうど隣で母上も目を覚ましたところで、あくびをしながら起き上がる。

 今日は私は母上と一緒にベッドで寝ていたので、父上は一人枯れ葉の上で眠っていた。いつも仰向けになって手を胸の上で組み、きっちりとした姿勢で寝ているけど、体が痛くならないのだろうか。


「母上、おはよう」

「おはよう、ミルフィリア」


 母上は私の丸いおでこにキスして言う。

 一方、私はベッドの上でグーッと伸びをした後、母上を見上げて尋ねた。


「ねぇ、母上。私のおばあちゃんってどこにいるの?」

「ミルフィリアのおばあちゃん?」

「母上のお母さんのことだよ」


『おばあちゃん』という単語は知っているけど、『私のおばあちゃん』という言葉にはぴんと来てない様子の母上に教える。

 精霊の家族とは、基本的に母と子、父と子という親子二人なのだ。両親と子だったり、祖母と母と子だったり、三人以上で暮らすことは普通はない。


 サンナルシスのところが四人で暮らしていたり、私たちが父上も一緒に三人で生活しているのは、何気に精霊界で初のことかもしれない。それぐらい家族の意識が人間とは違っている。

 母上も、私が母上のお母さんに興味を持ったのが意外だったようだ。


「どうして突然、わらわの母のことを聞くのじゃ?」

「ええっと……」


 夢の中で不思議な青年に言われたから、なんて言ったら変に思われるよね。

 私は後ろ足で耳の辺りをカシカシと搔きながら、急いで頭を回転させる。そして良い理由を思いついた。


「あのね、もうすぐ『かぞくの日』っていうのがあってね。にんげんたちはその日、自分のかぞくに感謝の気持ちを伝えたりするんだって。そのことを教えてもらったときに、私もかぞくのことを考えたの。私と母上と父上と、うまれてくる弟と、それいがいにも私にかぞくっているのかなって。ハイリリスにとってのハイデリンおばあちゃんみたいに、私にもおばあちゃんがいるのかなって思ったの」


 長文の言い訳を早口で言ってしまった。嘘をついてる人の典型的な行動だ。

 だけど母上はそこそこ鈍いので、私の嘘の理由に騙されてくれたようだった。


「家族のことを考えて祖母という存在を思い浮かべるなど、やはりミルフィリアは変わっておるな。普通の精霊は家族の中に祖母や祖父を含めないからのう」


 父上がまだ安らかに寝息を立てている中、母上は続ける。


「わらわの母――ミルフィリアにとっての祖母は、昔と同じであれば、ここよりずっと寒い場所に住んでおる」

「ここより寒いばしょかぁ」


 人間だったらそんなところ行きたくないだろうけど、私は雪の精霊のもふもふ生物なのでちょっとワクワクする。


「母上が前におばあちゃんとあったのはいつ?」


 少なくとも私が生まれてからは会ってなさそうだなと思いながら聞いた。私が砦で遊んでる間とかに会いに行ってた可能性もあるけど。

 しかし私の予想以上の年数、母上は自分の親に会っていなかったようだった。

 顎に手を当てて「うーん」と考えてから母上は答える。


「そうじゃな、ここ百年近くは会っておらぬな」

「ひゃくねん……」


 絶句する私に、母上は言う。


「わざわざ会いに行く用事もないからのう」


 母上は私には過保護なのに、親に対しては淡泊みたいだ。それが普通の精霊の親子関係なのかもしれないけど。

 私はしっぽを振って提案した。


「それじゃあ、今からおばあちゃんに会いにいこうよ」

「今から? まぁ構わぬが……」 

「じゃあ父上も起こしていっしょにいこう。父上を一人のこしていったら、起きたときに私や母上がいなくてしんぱいするかもしれないし」


 そう言うと、私は寝ている父上の頬をぽむぽむ叩いて起こした。


「いっしょにおばあちゃんのところにいくよー!」


 そして寝起きで何も理解していない父上を連れて、私と母上はおばあちゃんのところに向かう。



 母上が移動術を使って着いた先は、雪が積もった真っ白い大地が延々と続く場所だった。木や植物は全く見当たらず、所々地面が割れて折り重なり、ボコボコと隆起している。


(あれ? でも割れた地面から水が覗いてる。あれは海だ)


 つまり私が立っている足の下は大地ではなく、きっと分厚い氷なのだ。周囲の景色をパッと見渡した感じ、ここは地球でいう南極や北極のような場所なんじゃないかと思った。

 と言うか、足元を見れば私のすぐ横にも穴があって、暗い青色の海が見えている。氷に亀裂が入ってできたらしいその穴は、私の体がすっぽり入ってしまうくらいの大きさだ。


「あぶない……。落ちたらしんじゃうかも」


 怖すぎるよ。

 一方、空を見上げれば天候は良く、いくつか雲が見えるが雪は降っていない。ただ、風は結構強いかな。


「やはりまだここに住んでおったか。わらわも独り立ちするまではここで過ごした。懐かしいのう」


 母上はそう言うと後ろを振り返り、そこにいた相手に向かって続ける。


「久しぶりじゃのう、母上」


 私と父上もそちらを見ると、そこには大きな白銀のキツネがいて、目をつぶって氷の上に寝そべっていた。美しい毛皮は、風に揺れて波打っている。


「わぁ、おっきい」


 私はまず、初めて見たおばあちゃんの大きさに驚く。巨大な鳥であるハイデリンおばあちゃんより、さらに少し大きいかもしれない。立ち上がったら三メートル近く体高がありそうだ。

 そして次に気になったのは、母上が声をかけても目を開けないこと。さらに体の一部が雪のようにさらさらと崩れていっていることだ。


「ど、どうしたんだろう? おばあちゃん?」

「母上?」


 私と母上が呼びかけるが、やはり反応がない。

 すると母上はしばらく考えて言う。


「これはどうやら……死が近いのかもしれぬ。今まさに寿命を終えようとしているのであろう。精霊が死ぬところなど、わらわも初めて見たが……」


 自分の母親が亡くなろうとしているのに、母上は冷静だった。だけど私はおばあちゃんにまだ死んでほしくない。自分勝手だけど、せっかく会えたんだから……。


「まって! おばあちゃん! しなないで! おばあちゃん!」


 きゃんきゃん騒ぎながら、おばあちゃんの大きな顔の前を行ったり来たりする。


「おばあちゃん!」


 すると大きな白いキツネはゆっくりと目を開けた。


「……騒がしいのう」


 母上とよく似た、でも母上よりも低い、透き通った美しい声が響く。


「そなたは誰じゃ?」


 私を見下ろして言うと、今度は母上や父上の方を見た。


「それにスノウレアと……水の精霊か? 久方ぶりの訪問者じゃな」


 父上とは初めて会うようだけど、気配で水の精霊であることは分かったようだ。

 おばあちゃんは母上の大きなお腹を見て呟く。


「おや、スノウレアは身ごもっておるのか」


 そこで頭を持ち上げて伏せの体勢になると、おばあちゃんは自分の体を包み込むように吹雪を起こす。そしてその吹雪が消えると、雪のように崩れていた体の一部は元通りになっていた。

 おばあちゃんは続ける。


「永い眠りにつこうと思っておったところじゃったのに。スノウレア、そなたがこ奴らを連れて来たのか? 一体わらわに何の用じゃ?」

「特に用はないのじゃが……。ミルフィリアが祖母に会いたいと言うので連れて来たのじゃ」


 親子なだけあって母上とおばあちゃんは喋り方が同じだ。


「ミルフィリア?」

「わらわの子じゃ。母上にとっては孫じゃな。可愛らしいじゃろう?」


 私は「きゅん」と鳴いて挨拶する。しかしおばあちゃんはやっぱり『孫』という言葉に引っかかっているので、母上がこう説明した。


「ミルフィリアは変わった子でな。人懐こく、人間たちとも仲良くしておる。じゃから人間の常識でものを考えることも多くての。祖母は単なる『母の母』ではなく、家族の一人だと思っておるのじゃ」

「だからおばあちゃんに会いにきたの。私のかぞくに」


 母上の言葉を引き継いで言うと、その場で興奮ぎみに足踏みしながら続ける。


「あのねあのね、もうすぐ私の弟が生まれるんだよ! おばあちゃんのまごは二人になるの。それでここにいる父上は私の父上で、おばあちゃんにとっては義理のむすこで――」


 フスフスと鼻息を荒くしながら喋っている私を興味深げに観察していたおばあちゃんだったが、話の内容はよく分からなかったようで母上に解説を求めていた。


「この子は何を言っておるのじゃ、スノウレア。弟とは? 精霊は一人しか跡継ぎを作れぬと、この子は知らぬのか?」


 首を傾げているおばあちゃんに、母上は笑って説明する。


「この子の影響で精霊の世界も変わりつつあるのじゃ、母上。母と子、父と子の二人だけが家族などという考えは、これからは古くなってゆくじゃろう」


 そして自分たちと父上との関係や、お腹の中にいる水の精霊の子の話をする。おばあちゃんは、私が父上や弟、おばあちゃんのことも含めて五人で家族という認識を持っていることに驚いたようだった。


「本当に変わっておるのう。おかしな子じゃ。じゃが、面白い」


 自分よりずっと小さな私を見つめてくるおばあちゃんに、私は改めて尋ねる。


「おばあちゃんって、なまえ何ていうの?」

「わらわはシラユキ。ミルフィリアは人間と仲が良いのか?」

「うん! 友だちいっぱいいるよ」

「そうか。精霊でも人間と仲良くなれるのか。わらわは結局一度も人間と関わらなかった。この氷の大地に人間は住んでおらぬしな」


 シラユキおばあちゃんは遠くを見るように目を細めて続ける。


「過去に人間が多く住んでいる土地を訪れてみたこともあったが、人間と積極的に関わろうとは思わなかった。わらわたちとは全く別の生き物という感じがして、最初から仲良くなることを諦めておったのじゃ」


 私は人間だった前世の記憶があるから人間のことはよく分かるし、別の生き物とは思わないから、シラユキおばあちゃんの話は新鮮だった。そういうふうに思ってる精霊もいるんだな。

 話が途切れたところで、私はおずおずと尋ねる。


「シラユキおばあちゃん、さっきながい眠りにつこうとしてたって言ってたけど、それって死のうとしてたってこと?」


 前にハイデリンおばあちゃんに聞いた話によると、精霊には決まった寿命はない。生きるのに飽きたら死ぬんだとか。つまり自分で死期を決められるのだ。


「そうじゃ。そろそろいいかと思ってな。生きていて辛いことや苦しいこともなければ、特に愉快なこともないからのう」


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