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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第六部・かぞくのひ

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再び夢の中

 夜、住処でいつものように眠りについた私。

 しかし次に気づいた時には、何故か花が咲いている原っぱにいた。

 しかも私は『人間の私』と『子ギツネの私』、幼女姿の『精霊の私』、と三人に分かれている。


(ここ、前にも来たな)


 すぐに思い当たってくつろぎ出す人間の私。ここは危険な場所ではない。夢を見ている時にしか来られない場所で、現実じゃないのだ。


 原っぱにごろんと仰向けに転がり、夢の中でも眠ろうとするが、子ギツネの私がそれを阻止してくる。人間の私の胸の上に乗って、ペロペロと顔を舐めてきたのだ。


「やめてやめて。さっき草噛んでたの知ってるんだよ」


 子ギツネのよだれのみならず、草の汁も私の顔につくじゃんか。

 しかし子ギツネの私は顔を舐めるのを止めず、何をしているのかと精霊の私も寄って来た。

 精霊の私は物静かにじっとこちらを見つめている。


「助けて、私」


 人間の私が助けを求めると、精霊の私は子ギツネの私を抱っこしてどけてくれた。


「ありがとう」


 ふぅ、とため息をついて原っぱに座る。しかし落ち着く暇もなく、今度は子ギツネの私と精霊の私がケンカを始めていた。


「こらこら、やめなさい」


 相手にちょっかいをかける子ギツネの私と、怒って吹雪を起こそうとする精霊の私を止める。すぐにケンカするんだから。

 しかしケンカは止まらずに精霊の私は力を使う。その場で小さな吹雪を巻き起こしたのだ。


「わたし、おこった」


 精霊の私を中心にして風が吹き、雪が舞う。気温もこの辺りだけぐっと下がった気がする。


「落ち着いて。ほら、おいで」


 私は精霊の私を抱っこして落ち着かせた。キツネ耳の付け根の辺りを撫でると、精霊の私は気持ち良さげに目を細めて吹雪を止める。

 自分の体だから、撫でられると気持ち良いところ分かるんだよね。

 私は地面を指さして言う。


「見て。雪の精霊の力を使ったから、この辺りのお花が凍っちゃってる。可哀想だよ」

「かわいそう……」


 精霊の私は小さな声で繰り返した。


「お花も生きてるんだよ。だから凍らせたら可哀想」

「お花、かわいそう」


 精霊の私は、今度は少し眉を下げた。私の言ってること理解したみたい。子ギツネの私も凍った花に鼻を寄せ、クンクン悲しげに鳴いている。

 精霊の私も子ギツネの私も、気遣いとか他人の気持ちを思いやることは苦手なんだと思う。だけど人間の私がいることで、そういう優しさも学んでいく。


 だから、たぶん私に人間としての前世の記憶がなかったら、私の性格は随分違うものになっていただろう。

 子ギツネの私も精霊の私も根は優しいから、いつかは思いやりを身につけたと思うけど、今のように幼いうちから砦の騎士たちや他の精霊たちと友達にはなれていなかったと思う。


「子ギツネの私も、あまり精霊の私にちょっかいかけちゃ駄目だよ。人の嫌がることしちゃ、駄目」


 そう叱ると、子ギツネの私は反省したように「きゅん」と鳴いたのだった。

 と、私たちがそんなことをしていると、いつの間にかそばに淡い金髪の青年が立っていた。


「うわ、びっくりした」

「すみません、驚かせて」


 いや、夢の中でこの場所に来たからには、この青年が現れるんじゃないかとは思ってた。全身白い服を着て頭にターバンを巻いたこの青年は、精霊ではないようだけどいまいち謎の存在だ。


「今日は何の用ですか?」


 私は精霊の私を抱っこしたまま尋ねる。前回ここに来た時は、この青年に「水の精霊の数を増やしたいから協力してほしい」と頼まれたのだ。

 青年は穏やかな口調で言う。


「まず、水の精霊のことはありがとう。ウォートラストが跡継ぎを作ることに前向きになってくれてよかったよ」

「いえ。私も弟が欲しかったから」


 子ギツネの私は人間の私の足元をうろうろしながら、目の前の青年を観察している。

 青年はそんな子ギツネの私にほほ笑みかけた後、人間の私と視線を合わせて申し訳なさそうに言う。


「それで次のお願いなのですが……」

「はいはい、何ですか。聞くだけ聞きますよ」


 お願いが来るだろうなと予想してたので、すぐにそう言った。私にできそうなことだったら協力してあげてもいい。


「今回も精霊の数を増やすために協力してほしいんです。次は木の精霊を増やしたいなと思ってます。水もそうですが、木もこの世界の様々な生き物にとって必要なものですから」

「木の精霊……。ウッドバウムですか」

「そうです」


 ウッドバウムは子供好きだし、私やクガルグを見て、自分も子供が欲しいとよく言っていた。でも跡継ぎを作るのに協力してくれる女性の精霊がいないから、そこが難しいかな。

 青年は、まばたきするたびに色が変わる不思議な目でこちらを見て続ける。


「あと、君に頼めそうなことで言うと、雪の精霊の数も減らしたくないと思っています。君はまだ子供なので跡継ぎを作ることは考えなくていいですが、今の三人から雪の精霊の数を減らしたくないんです」

「三人?」


 私は疑問に思って繰り返した。


「雪の精霊は今は二人じゃないの? 私と母上の二人」

「いいえ。スノウレアの母親もいます。君にとっては祖母ですね」

「ええ!? そうなんだ!」


 びっくりして大きな声が出る。私のおばあちゃんって生きているのかなと一瞬考えたことはあるけど、そう言えば今まで母上に尋ねたことはなかった。


「起きたら母上に聞いてみよ」

「ぜひそうしてください。目覚めたらすぐに尋ねてほしい。そして君の祖母に会いに行ってください」

「まぁ、おばあちゃんがいるなら、頼まれなくても会いに行きたいからいいですよ」


 私が了承すると、青年は安堵したように笑って続ける。


「ありがとう。助かります。ではお礼として、今回は肉球のぷにぷに感をアップさせておきますね。さらにおまけで瞳のうるうる感もアップさせておきます。それともやはり、毛皮のもふもふ度を増やした方がいいですか?」

「いや、もふもふはもう十分です」


 前回もこの人のお願い聞いた時にもふもふ度アップしてもらったし、今は冬毛だしで、これ以上もふもふになったら太ったと思われちゃう。


「では肉球と瞳にしておきますね」 


 この調子で魅力をアップさせていくと、私は雪の精霊としての能力を身につける前に、もふもふ生物として相手を魅了する力を手に入れてしまうのではないだろうか……。

 青年は続ける。


「取り急ぎ、まずは君の祖母のところへ行ってほしい。スノウレアに聞けば居場所は分かりますから」

「分かりました」

「そしてその次は木の精霊の数を増やしたいのですが……これは成り行きに任せれば問題ありません。とりあえず、グレイルが故郷に帰ると言い出したらそれについて行ってください。そうすれば上手くいきます」

「グレイル? 隻眼の騎士のこと知ってるんですね」

「もちろん」


 隻眼の騎士が故郷に帰ることと木の精霊の数を増やすことがどうつながるのか、いまいち訳が分からないけど、私はこれも了承した。もし隻眼の騎士が故郷の様子を見に行くなら、心配なのでついて行きたいし。


「お願いばかりで申し訳ないですが、頼みましたよ。自分で動ければいいのですが、私にもできることとできないことがあって、特に今生きている精霊や人間のことには手出しできない場合も多いのです。――グレイルのこともそうでした」

「隻眼の騎士のこと?」


 私は思わず聞き直す。精霊の私や子ギツネの私も首を傾げていた。

 青年は詳しく説明しないまま話を続ける。


「幼い彼の願いを叶えられなくて申し訳ない。けれど私はいつも君たちのそばにいる。グレイルが辛かった時も、彼が泣けば私も涙を流した。見えないかもしれないけど、一人でないことは覚えていてほしい。そして今、せめて私にできることとして、フラーラをグレイルの故郷に誘導しておきました。しばらく彼女はあの村に滞在するでしょう」


 青年の言ってることはほとんどよく分からなかった。


「あなたは誰?」


 不思議に思って尋ねたけど、青年はほほ笑んだまま消えていってしまったのだった。

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