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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第六部・かぞくのひ

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隻眼の騎士の過去

 アイラックスのブラッシングを終えると、支団長さんは私を抱っこして食堂に向かった。

 しかしその途中で支団長さんを探していたらしい隻眼の騎士と鉢合わせる。


「支団長――」


 隻眼の騎士は支団長さんに声をかけながら足早にこちらに近づいてくると同時に、私にも気づいた。


「ミル、もう砦に来てたのか」

「うん。今日はしだんちょうさんのところに飛んだの」

「そうか」


 私に向かって頷くと、また支団長さんに視線を戻して真剣な顔をする。


「支団長、少しお話が」


 私を抱っこしている支団長さんは、食堂の方をちらりと見て言った。


「ミルを他の者に預けて執務室へ行くか?」

「いえ、そのままで構いません。実は先ほど王都から騎士団の伝令がやって来まして……」


 そこで隻眼の騎士は、伝令から知らされた情報を支団長さんに伝えた。

 どうやら最近、アリドラ国のとある地域で、花が咲き乱れる奇妙な現象が起こっているのだとか。


「現在、二つの村が大量の花に覆われてしまっているようです」

「大量の花に……? その二つの村とは?」

「南にあるラスカとビーグという小さな村です。隣国ジーラントとの国境付近にあります」


 二人の話を聞いていた私は、初めて耳にするはずのその話に何だか聞き覚えがあった。


(『ジーラント』、それに『村が花に覆われる』って……)


 私はすぐにサンナルシスのことを思い出す。南の隣国のジーラントでも、村が花で埋め尽くされてしまう事件が起きていて、その犯人は花の精霊だった。だからサンナルシスは花の精霊に直接話をしに行ったのだ。


『花の精霊のところへ行って花を咲かせるのをやめるよう言った。そうしたら素直にジーラントから出て行ったぞ』


 私はサンナルシスの言葉を思い出し、たらりと汗を垂らす。

 これってジーラントを追い出された花の精霊が隣のアリドラにやってきて、村を花で埋め尽くしているのでは?

 花の精霊がなぜそんなことをするのかは分からないけど、きっとそうに違いない。

 そんなことを考えている私の前で、隻眼の騎士と支団長さんは話を続ける。


「花なので大きな害はないようです。畑への影響は多少出ていますが、今は作物はほとんど育てていませんし、寒さですぐに花は枯れるだろうということでした」

「自然現象でこんなこと起こるのか? どこからか花の種が飛んできて、それが一斉に芽吹いたということか?」


 首を捻る支団長さんに隻眼の騎士が返す。


「今は真冬ですし、普通であれば花が芽吹くはずはないと思います。それに咲いている花の種類はバラバラらしいので、尚更自然現象とは考えにくいかと。現地でもみな、精霊の仕業ではないかと疑っているようです」


 現地の騎士や騎士団の本団の人たちは、今原因を探っている最中みたい。

 支団長さんは言う。


「それで、我々にはどうしろと?」

「特に何も。北の端からわざわざ我々が出張るほどの事件でもないですし、伝令が来たのはこういうことが国内で起きているという情報共有のためだそうです」

「そうか。この騒動は精霊が起こしたものであるならば、本団はスノウレアに協力を要請するつもりかと思ったのだが」


 そう言った支団長さんの言葉を、隻眼の騎士は否定する。


「いえ、スノウレアは今、身重の体だということで、本団も遠慮したようですね。スノウレアやお腹の子に何かあれば、我が国としても一大事だと考えたのでしょう。これから被害が大きくなったり、人命に関わる騒動になったりすれば、本団はヒルグに協力を仰ぐつもりのようです」

「そうか。まぁまだ精霊の仕業だとはっきり決まったわけではないし、我々人間で何とかできることはやらなければな」

「あのぉ……」


 私はそこでおずおずと口を開いた。この国の一部地域で花が咲き乱れているのは、サンナルシスがジーラントから花の精霊を追い出したからかもしれない、ということを伝えるために。



「なるほど。それではやはり精霊の仕業というわけか」


 私の話を聞いた後で支団長さんが呟く。


「伝令はまだいるか? 本団にもこのことは伝えておこう」

「ええ。そうですね」

「ところで――」


 話が一旦終わったところで、支団長さんが隻眼の騎士を見て言う。


「被害に遭ったラスカという村に聞き覚えがあるんだが、グレイルの故郷じゃなかったか? お前は南部の出身だと記憶しているし、ラスカという村の名前も前に聞いた気がするんだが」

「……ええ、そうです。ラスカは私の生まれた村です」


 今まで聞いたことなかった隻眼の騎士の情報に、私は耳をピンと立てて反応した。隻眼の騎士って、この国の南の方の出身だったんだ。

 そういえば、私は支団長さんの家族と顔見知りだし、キックスに兄弟が多いのも知ってるし、ティーナさんのお母さんが焼いた鬼のように堅いクッキーを食べたこともある。

 だけど隻眼の騎士の家族については何一つ知らない。私が尋ねなかったというのもあるかもしれないけど、他のみんなからは自然に家族の情報が出ていたのに。

 支団長さんは静かに話す。


「確か私がこの砦に赴任してきた最初の年の『家族の日』に、私はグレイルに質問したな。『故郷に帰る様子もなければ家族に贈り物をする様子もないが、いいのか? グレイルも休みを取って故郷に帰っていいんだぞ』と。そしてお前は答えた。『両親はもう亡くなっていて、実家には誰もいないので』と」


 私はわずかに目を見開いて隻眼の騎士を見た。隻眼の騎士のお父さんとお母さんは、もう亡くなっていたのか。

 支団長さんは続ける。


「実家が空き家になっていても、故郷の被害が気になるなら見に帰っても構わないぞ」

「いえ」


 隻眼の騎士は即座に答える。


「現地の騎士たちが対応してくれていますし、大丈夫です」

「そうか。ならいいが。伝令はどこで待たせている?」

「一階のいつもの部屋です」


 隻眼の騎士が答えると支団長さんは頷き、抱っこしていた私を隻眼の騎士に預けて去って行った。

 廊下に二人きりになって、私はそろりと隻眼の騎士の顔を見上げる。


「せきがんのきしの家族のこと、はじめてきいた」

「まぁ、死んでいることをわざわざ伝える必要もないからな」


 隻眼の騎士は苦笑して言う。


「きいてもいい? いつ亡くなったの?」

「もちろん構わないさ。二人とも俺が十四の時に死んだよ」

「どうして? びょうき?」


 あまり詳しく聞かれたら嫌かなと思いつつ、気になるので尋ねた。これだけ聞いてもうやめておこう。


「母親は病気だった。もともと体が弱くて、持病があってな。父親の死因は……よく分からない。酒浸りの生活だったから、体にガタが来ていたんだろう。その時、俺はもう家を出ていたが、突然死だったと後で近所の人間に聞いた」

「そうなんだ……」


 やばい。質問はもうやめておこうと思ったのに、また気になる情報が出てきてしまった。お父さんはどうして酒浸りだったの?

 いやでも、これこそ突っ込んで聞かれたくないやつだよね。


「たいへんだったね」


 私はそう言って口をつぐんだ。気になってそわそわしちゃうけど、勝手に言葉が出てこないように口をきゅっとすぼめる。

 すると私のその様子を見た隻眼の騎士は、軽く笑って言う。


「気になるんだろう? 別に家族のことを話すのは構わないぞ。親が死んでからだいぶ経つし、俺は気にしてない」

「ほんと?」


 だけど両親の話をする時、隻眼の騎士はちょっとだけ寂しそうな目をしているけど……。

 詳しく聞こうか迷っていると、隻眼の騎士は私が遠慮しているのに気づいて、自分から生い立ちを話してくれた。


「母はずっと体調が悪かったが、俺が十歳になる頃には常に床に伏せるようになっていてな。俺は母の世話をしながら家事や畑仕事をやっていた。一方、父親はその頃には酒の量が増え、まともに働かなくなってきていた」


 子供の頃の隻眼の騎士は、本当に大変だったみたいだ。十歳なんてまだ甘やかされていい歳なのに。


「ろくでなしの父親のことは大嫌いだったが、優しい母親には死んでほしくなかった。だから毎日神に祈ってたよ。母親を死なせないでほしいと。でも神は願いを叶えてくれず、俺が十四になる年に死んでしまった」


 神に祈ってたが願いを叶えてもらえなかった、という隻眼の騎士の話を聞いて、私はハッと思い出した。

 前に一緒にコルビ村の神殿に行った時、隻眼の騎士は「俺は神は信じていないんだ」と言っていたことを。


『神に祈ったところで、望みは叶えてもらえないと知っているからな。どんなに祈ったって駄目なものは駄目だし、自分を鍛えて、自分の力で何とかした方が早い場合もある』


 あの時言っていたのは、お母さんのことだったんだ。隻眼の騎士が強くなったって病気のお母さんは助けられなかったわけだけど、何もしないではいられなかったんじゃないのかな。


「母が死んだ後、すぐに父親とケンカをして家を出た。『もう酒を飲むのをやめろ』と俺が言って、父親が逆上したんだ。酒に酔っていたせいもあって理性を失っていてな、家にあったなたを持ち出して俺を切った。その時の傷がこれだ。大怪我だった」


 そう言って、隻眼の騎士は自分の左目を塞いでいる大きな傷を指さした。

 私はびっくりして言う。


「お父さんがそんなことを? そのきずは、戦いや戦争でついたきずだと思ってた」

「普通はそう思うだろう。子供にこんな大きな傷を負わせる親なんてそうそういないからな」


 隻眼の騎士は何でもないことのように笑っているけど、当時はとても怖かっただろうなと思う。怖くて痛くて、悲しかっただろう。


「こんなことをする父親とはもう一緒にいられないと思い、傷が治りきらないうちに家を出た。大きな街に行きたいと思って、とりあえず王都で生活するようになったんだ。だが、まだ子供と言っていいような歳だったからなかなか仕事が見つからなくてな。投げやりになって悪い人間と関わりを持ち始めた」

「え?」


 何だか予想外の情報が色々出てくる。隻眼の騎士は今ここで真っ当な仕事に就き、元気でいると分かっていても、この先どうなるのかとドキドキしてしまう。

 隻眼の騎士は話を続ける。


「だが、良心がとがめて悪事を働くことはできず、中途半端にふらふらしていたところを団長に拾ってもらったんだ」


 隻眼の騎士の人生に希望の光が見えて、私はホッと安心した。団長というのはガウス団長さんのことだ。この国の騎士団で一番偉い人で、私もよく知っている。クマみたいに身体も大きいけど器も大きくて、明るく豪快な人。


「当時はまだ団長ではなく、本団に何人かいる隊長の中の一人だった。だが俺にとっては雲の上の存在だった。それでも俺の境遇に同情してくれ、親身になってくれた。そして俺のケンカの強さにも目をつけてくれて、鍛えてもらった。貴族の子息でもない俺を自分の従騎士にしてくれたんだ」


 確か従騎士っていうのは、貴族の次男や三男がなる場合が多かったんだったかな。公爵家の次男である支団長さんも、従騎士として若いうちから下積みを積んでいたはず。

 でも、そういう経緯で隻眼の騎士は騎士になったのか。隻眼の騎士が団長さんのことを慕っていたのも、この話を聞くとさらに納得がいった。


「俺はガウス団長のことを父親のように思ってる。実の子の顔を切るようなろくでもない父親もいれば、赤の他人である俺を気にかけて、真っ当な道に戻してくれた団長のような人もいるんだ」

「そうだね。せきがんのきしが団長さんに会えてよかった」


 私は隻眼の騎士の胸にすりすりと頬を擦り付ける。


「でも、小さいころのせきがんのきしがかわいそうだよ。その時からわたしがそばにいてあげられたらよかったのに」


 私がいても役に立たなかったかもしれないけど、辛い時に一緒に泣いてあげることはできた。

 私がいつまでもすりすりしていると、隻眼の騎士はほほ笑んで言う。


「ありがとう。そう言ってくれるだけで慰められるよ。だが今はもう大丈夫だ。母の死があったから、俺は村を出て団長と出会うことができた。そして騎士団に入り、こうやってミルとも出会えた。今は幸せだ」

「うん」


 私は前足を伸ばして隻眼の騎士にぎゅっと抱き着き、頷いた。

 小さい頃に寂しい思いをした分、今は嫌になるくらい私が隻眼の騎士のそばにいてあげるからね!

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