双子と遊ぶ(2)
「さぁ、あそぼう!」
私がそう声をかけると、子馬のルーチェは嬉しそうに辺りを駆け回る。弾むようにぴょんぴょん跳んでいて、馬なのに身軽だ。
一方、ノッテはサンナルシスの肩からズリズリ下りてくると――木から下りてきた時のクガルグみたい――、一目散に私の方にやってくる。だけどそのまま突っ込んでくるのかと思ったら、私の目の前で方向転換して逃げていった。
かと思えばまた突っ込んできて、私に一瞬ちょっかいをかけて再び逃げていく。子猫のノッテの動きは弾丸みたいに早いし、体が小さいこともあって目で追うのが大変だ。
生まれたばかりの頃は目も開いていなかったし、歩くことすらままならなかったのに、もうこんなに素早く動けるようになって……と感動してしまう。
だけど体力が有り余っている様子でノッテは常にこんな感じなので、サンナルシスやルナベラが疲労困憊する気持ちも分かる。
「ノッテの目もルナベラと同じきれいなむらさき色だね」
宝石のアメジストみたい。私は、猫じゃらしみたいな草に気をとられて立ち止まったノッテの顔を覗き込む。
するとノッテは私を見つめ返して小さな右前足をサッと持ち上げた。猫パンチする気だ! とすぐに気づいた私も左の前足を持ち上げる。パンチされたらすぐに反撃できるように。
ノッテは年下だし、クガルグとやり合う時のように全力でパンチはしないけど、やられっぱなしだと年長者としての威厳を失ってしまう。
しかし私が前足を挙げたことで、反撃を警戒したノッテは動きを止めた。
お互いに片方の前足を挙げたまま相手の様子をうかがう。一瞬でも気を抜けばやられる。まるで真剣を構えて向き合っている剣士のような気持ちだ。
「……」
「……」
しかしノッテはそのうち、前足を徐々に私の方に倒してきた。ゆっくり動かせば動かしていることがバレないと思っているのだろうか? それとも私の反撃を警戒して恐る恐るといった動きになっているだけかな?
最終的にノッテはそーっと私の鼻をタッチしてから前足を引っ込めた。そしてすぐに身を翻して逃げていったのだった。
何、今の可愛い攻撃は。
思わぬ攻撃に胸を撃ち抜かれていると、今度はルーチェがそばにやって来た。『走ろう!』と言うように私を見て、その場で跳ねている。ルナベラやノッテに影響されてか、ルーチェはたまに猫っぽい動きをする。
「いいよ、きょうそうね!」
ルーチェと二人で走り出すが、すでにルーチェの方が私より体も大きいので脚も速かった。スタートダッシュは私の方が速かったんだけどな。
競争に勝つと、ルーチェは嬉しそうに跳ね回る。
「はいはい、うれしいのね」
だけど途中でハッとして私の方を見ると、跳ね回るのをやめて大人しくなった。
どうも負けた私に気を遣っているみたい。言葉はまだ喋れないけど、小さく鼻を鳴らして『お姉ちゃんも速かったよ。大丈夫だよ』って言っている様子で私を慰めてくれる。
ルーチェは本当に優しい子だけど、ここで気を遣われると余計にみじめだからやめてくれない?
(あれ? そういえばノッテはどこ行った?)
ルーチェに慰められながら後ろを振り返ると、ノッテはクガルグに勝負を仕掛けているようだった。クガルグに飛びかかり、プロレスごっこをしている。だけどまだまだクガルグの方が強いみたいで、なかなか勝てていない。
「はぁ、助かった」
そしてサンナルシスとルナベラは、そう言って遊んでいる私たちを見守りながら原っぱに座り込んで休んでいたのだった。
「たのしいね」
原っぱを駆けまわったり、虫を見つけてちょっかいを出してみたり、いい感じの木の棒を見つけてそれを四人で取り合ったりしながら、私たちは一時間ほど遊んだ。
いい感じの木の棒は最終的にノッテのものになったのだが、ノッテには長過ぎるので、咥えてズルズル引きずって歩いている。
私は心地いい疲労感に包まれているが、ノッテとルーチェはまだ遊び足りないみたい。体力無限だな。
私もサンナルシスとルナベラのところへ行って休もうかなと思い、そちらへ向かう。するとサンナルシスはルナベラに膝枕をしてもらって昼寝していた。
「サンナルシスねてるから、静かに――」
私が注意を促したそばから、ノッテは戦利品の木の棒を放り出してサンナルシスに突撃していき、つられてルーチェも走り出す。
ノッテはサンナルシスの体に乗って上着のボタンをかじって引っ張り、ルーチェはサンナルシスの髪をもしゃもしゃ噛んでいた。
「二人とも、お父さんは休んでいるんですから」
ルナベラの制止の声は聞こえていないらしい。傍若無人、これが幼児だ。
「やめないか、お前たち」
サンナルシスもさすがに起きて、困ったように眉間に皺を寄せる。
「さっき散々相手をしてやっただろう。全く、恐ろしく元気だ」
起き上がって地面に座っているサンナルシスの前に立つと、私はこう尋ねた。
「サンナルシスたちって、まだルナベラのすみかに住んでるんだよね? この原っぱにはあそびに来ただけ?」
サンナルシスは体によじ登ってくるノッテを引っぺがしながら答える。
「ああ、そうだ。元々ルナベラの住処だったあの深い森は、日中でもあまり陽の光が届かないからな。たまにこうやって森の外に出ている。この草原は人間の住む町からも遠いし、危険がないからよく来るのだ」
闇の精霊のルナベラとノッテはずっと森の中にいても問題ないかもしれないけど、光の精霊のサンナルシスやルーチェは日光浴をしたくなるのだろう。
正反対の性質を持つ精霊の家族だけど、こうやって上手くやっているんだな。
「そういえばサンナルシスは元々、ジーラントにいたよね? 今はどうしてるの? かんぜんにルナベラのすみかに移住したの?」
ジーラントとは、このアリドラ国の南にある国だ。サンナルシスはその国の王城の離宮みたいなところに住んでいたけど、ルナベラと両想いになった頃からはほとんどルナベラの住処にいたような印象だった。
サンナルシスは、引っぺがしても引っぺがしても体によじ登ってくるノッテと、なぜか私のことも一緒に自分の膝の上に乗せて言う。
「そうだ、今はルナベラの住処が私の住処にもなっている」
ノッテは私のしっぽに興味を持って飛びついてくる。さてはサンナルシス、私をノッテへの生贄にするために一緒に膝に乗せたな?
私は仕方なくノッテのためにしっぽを揺らしながらサンナルシスの話を聞く。
「家族ができると、豪華で煌びやかな生活にもあまり興味がなくなってな。そんなものより家族一緒に過ごす方が大切だと思ったのだ」
「うんうん。かぞくは一緒にいるのがいいよね」
「ジーラント王は私を引き留めたが、言うことを聞く筋合いもないのでな。だが……」
サンナルシスはそこで、話とは全く関係なく自然にルナベラの手を握った。話の途中でイチャつかないでよ。恋人繋ぎをするんじゃない。
「だが、ジーラント王があまりに悲愴な顔をするものだから、最後に少しだけ手助けをしてやった。あの王は決して利口ではないし、王になるような器の人間ではないが、とんでもない悪人というわけでもないからな。小心者が王になってしまって、自分の威厳を何とか維持しなければと必死になっているように見えたのだ」
一度会っただけだけど、確かにそんな感じの王様ではあった。
「さいごに手助けをしてやったって?」
私は気になった一文を繰り返して尋ねる。
サンナルシスはルナベラの手を握っていない方の手で、私の首元の毛をもふりながら答えた。
「ちょうどジーラントで〝ある問題〟が起きていてな。ジーラントを去る代わりに、その問題を解決しておいたのだ」
「ふぅん。どんなもんだい?」
「花の精霊がジーラントに来ていてな。なぜかいろいろな地域で花を咲かせて……いや、咲かせてという表現では生ぬるいな。いくつかの村や町を花で埋め尽くして回っていたのだ」
「えー?」
なんでそんなことを? と驚く私。
「花のせいれいは会ったことないな」
クガルグもぼそりと呟く。
「それでどうやってそれをかいけつしたの?」
「簡単だ。花の精霊のところへ行って花を咲かせるのをやめるよう言った。そうしたら素直にジーラントから出て行ったぞ。元々好戦的な精霊ではないようだったからな」
「そうなんだ」
サンナルシスと花の精霊で争いにならなかったのはよかったけど、花の精霊は何でそんなことしていたんだろう。
ルナベラも同じことを疑問に思ったようで、首を傾げて言う。
「花の精霊だからお花が好きなのでしょうし、ついたくさん咲かせてしまったんでしょうか? あるいはたくさん咲かせたらその村の人たちが喜ぶと思ったとか」
「さぁ、分からん。理由は聞けなかった。私が近づくと逃げるように去って行ってしまったしな」
花の精霊の目的は分からないけど、もう解決したのならいいか。
私はノッテをしっぽであやしながらそう考えたのだった。




