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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第六部・かぞくのひ

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新しい家族(3)

「ところでずっと気になってたんだけどさ」


 リンゴを食べ終えたキックスが、私をからかうのをやめてレッカさんを見る。


「その手首につけてるやつ、何?」

「ああ、これか」


 レッカさんは右手を持ち上げて言う。右手だけじゃなく、左手首にも厚みのある黒いバンドをつけていた。ブレスレットにしてはおしゃれさに欠けた、布製の武骨なバンドだ。


「これは中に重りを入れてるんだ。手首だけじゃなく足首にもつけている」

「なんでそんな拷問みたいなこと……」


 キックスは意味が分からないと言いたげに眉根を寄せた。

 レッカさんは爽やかな笑顔で説明する。


「腕や足に筋力がつくし、日常的に体に負荷をかけて不自由な状態に慣れておくことで、これを外した時には今まで以上に素早く動けるんじゃないかと思って」

「よくやるよ、そんなこと」


 キックスは絶句しているが、ティーナさんは興味を持ったようだ。


「どこで買ったんです? 私も筋力つけるために買おうかなぁ」


 女子の会話じゃないよ、これ。


「手首や足首を痛めないように、軽いものから始めたらいい。店は副長から紹介してもらったんだ」


 レッカさんの言葉に隻眼の騎士は頷く。


「馴染みの店でな。他では手に入らないような、体を鍛えるための商品が色々ある」


 なにその店。筋トレを愛する客のための店?

 レッカさんはティーナさんに向かって言う。


「興味があるなら今度一緒に行こう」

「いいんですか? 行きたいです」


 女子二人が盛り上がっているのを見て、レッカさんに引いていたキックスもこう言う。


「でも確かに、重りつけてるのって何かカッケーかも。ピンチの時にそれ外して形勢逆転、敵を倒すっていうやつやってみたい。……いや、でもやっぱり常に重りつけてるなんて嫌だ。俺はやらない」


 諦めるのが早いキックス。努力が嫌い過ぎる。


「でもレッカの他にもそれつけてるやつ見たんだけど、もしかしてレッカが流行らせてる?」

「そうかもしれない。副長に教えてもらって、鍛錬していない時でも体が鍛えられるなんて何て素晴らしい物なんだと思ったから、みんなに紹介したんだ」


 体につける重りが流行るのなんてたぶん北の砦くらいだ。弟が生まれたら北の砦にも連れてくるけど、騎士たちをお手本にして成長したら筋肉ムキムキになっちゃうかもしれないな。

 弟には可愛くいてほしいから、ムキムキはちょっと……。

 弟が手首に重りつけたいって言い出しても阻止しようと、私は密かに誓ったのだった。



「じゃあ、すみかに帰るねー! ごごのお仕事がんばってー」

「スノウレアによろしくな」

「じゃあね、ミルちゃん」


 昼休憩が終わると、私はみんなの仕事の邪魔にならないように住処へと戻った。移動術を使って一瞬で帰ると、母上は洞窟の中に置いたベッドに腰かけて暇そうにしていた。

 母上のお腹は臨月の妊婦さんくらい膨らんでいる。


「母上、ただいま!」

「おや、おかえり、ミルフィリア」

「ヒマそうだね」


 私は母上の足元に駆け寄ると、母上を見上げて言う。


「全く、退屈じゃ」


 うんざりしたように言う母上。


「日課にしておるスノウレア山の見回りも、人間の姿ではなかなか難しいからの。重い腹を抱えて雪の中を歩き回るのも億劫じゃ」

「うん、雪の中をあるいたりなんかしちゃだめだよ。ここであんせいにしてて」


 母上は雪の精霊だから体が冷えるとかそういう心配はしなくていいと思うし、たぶん人間の妊婦さんほど繊細ではないと思うけど、体を大事にするに越したことはないからね。

 私は母上の膝に手をかけて後ろ足で立つと、大きくなったお腹にフンフンと鼻を寄せた。

 母上の体なのに、お腹からは父上に似た水の精霊の匂いがする。


「まだ生まれそうにない?」

「ミルフィリアは毎日それを聞いておるな」


 母上はそこで少し笑ってからこう続けた。


「まぁ、今日明日に生まれるということはなさそうじゃな。そろそろ出てきても良い頃合いなのじゃが、腹の中でのんびりしておるのじゃろう」

「まだかぁ」


 フスーッと鼻を鳴らして息を吐く。生まれてくるのが待ち遠しいな。


「はやく出てきてー」


 鼻先で母上のお腹をツンツンしていると、私の背後で突然水の気配がした。洞窟内に霧が発生して、それが一か所に集まって濃くなっていく。

 移動術を使って父上が来たみたい。


「……ミルフィリア」


 現れた父上は、私を見てほんの少しほほ笑んだ。父上は基本的に無表情だから、これでもきっと満面の笑みなのだろう。

 そして父上は何故か以前苺を集める時に使っていた大きな籠を背負っている。ギリシャ神話に出てくる神様みたいな格好してるのに、庶民的な籠を背負っているのが面白い。


「父上! おかえり!」


 実は父上は、母上の妊娠が判明してから私たちと一緒に暮らしているのだ。母上とお腹の子を心配しているというのが一番の理由だろうけど、これを機に私と一緒に住みたいという願望もあったらしい。「私も……ミルフィリアと共に暮らしたい……」って前に母上に訴えてた。


 母上は最初、父上もここで暮らすことに良い顔をしなかったが、諦めたのか何なのか今は受け入れているようだ。

 以前だったら絶対に譲らなかっただろうけど、三人で家族なのだという意識が芽生えてきて、父上のことも少し特別になってきているのかもしれない。


 父上と一緒に暮らせることはとても嬉しい。最近私がご機嫌なのは、弟が生まれるからというだけじゃなく、住処に帰れば母上も父上もいるという状況にはしゃいでいるからだ。


「うふふ……」


 母上もいて父上もいて、弟も生まれる。最高だ。

 ちなみに父上は、スノウレア山が寒過ぎて大蛇の姿でいると冬眠しそうになってしまうらしく、ここではいつも人の姿になっている。


「ところで父上、そのかごは何?」

「これか……」


 背負っていた籠を父上が下ろすと、その中には枯れ草がたくさん入っていた。


「はっぱだ」


 何に使うんだろう? と疑問に思っていると、父上はその籠を持ち上げてベッドに座っている母上の方に近づいた。


「何じゃ?」

「寝床は……柔らかい方がいいかと思ってな……。取ってきた……」


 どうやら父上は身重の母上のために大量の枯れ草を運んできたらしい。確かにこれまでは私も母上も洞窟の中に敷いた枯れ草の上で寝ていたんだけど、今はベッドがあるのに。

 母上も私と同じことを思ったらしく、片眉を上げて言う。


「ベッドがあるからそんな草などいらぬ。そんなものより、この毛布とやらの方がよほど気持ちが良いわ」

 母上はベッドの上の毛布を手に取ると、それにスリスリと頬ずりした。母上はすっかり毛布を気に入ってしまったのだ。私も枯れ葉より毛布の方が好きだな。


「そうか……」


 私だったらせっかく取ってきたのにとちょっとショックを受けるところだけど、父上は無表情で頷き、籠を地面に置いた。

 そして今度は籠の枯れ草をごそごそと漁ると、そこからお花を数本取り出す。


「わぁ、お花だ!」


 真冬の今、この地域で花は貴重だ。父上はどこか季節の違う異国へ行ってこの花を摘んできたのだろう。


「私は花には何も特別な感情を持っていなかったが……ミルフィリアはいつも花を見つけると喜んでいるから……スノウレアも喜ぶかと思って持ってきた……」


 そうして父上はその花をベッドの枕元に置いた。


「……まぁ、せっかくじゃし貰っておいてやろうかの」


 私と違って母上は特にお花が好きというわけではないと思うけど、気を遣ったのか、それとも実はちょっと嬉しいのか、素直に花を受け取った。


「ミルフィリアにも……花を摘んできた……」

「わたしにも? ありがとう」


 父上は私に一輪の花を差し出したけれど、前足しかないキツネの私はそれを受け取れない。なので父上は少し迷って、私のもふぁっとした首回りの毛に花を挿した。

 いや、ベッドに置いておいてくれていいのに。変なところに挿さないで。


「後は……何がいる? 出産に必要なものは何だ……? 子供が生まれたら……何が必要になる?」


 父上は感情が読み取りにくいけど、こう見えて最近は落ち着きがない。支団長さんよりそわそわして子供の誕生を待ち望むと同時に、無事に生まれてくるのかとか、色々なことを心配しているみたい。

 いつもはほとんど動かない父上だけど、出産が近くなった今は全然じっとしていない。この洞窟の中でも、寝てる時以外は無駄にそわそわウロウロと歩き回っては母上に怒られているのだ。

 たぶん出産の時もおろおろウロウロして母上に怒られるだろう。

 父上のそんな変化を私が密かに楽しんでいると、


「おや?」


 母上が何かに気づいて自分のお腹に手を当てた。


「今、子が動いたようじゃ。腹の中でもよく動いておったミルフィリアと違ってほとんど動かぬ子じゃから、珍しいのう」

「そうか……。元気そうで……よかった」


 父上は母上に近づき、ベッドの前でしゃがむと、優しい目でお腹を見つめる。


「今……この子は何を考えているのだろうか……」

「さぁのう。胎児が何を考えておるのかなど分からぬ」


 母上はそう言って笑いながら自分のお腹を撫で、父上もまだそこを見つめている。

 二人とも子供が生まれてくるのが楽しみなんだね。

 でも、なんか……あの……。


「ミルフィリア?」


 私はベッドに飛び乗ると、そこで仁王立ちして存在を主張した。

 弟の誕生も楽しみだろうけど、私がいることを忘れていませんか! 可愛い子ギツネがここにいますよ! 


「何じゃ。弟に嫉妬しておるのか? 可愛らしいのう」


 母上は声を上げて笑い、父上は私を抱き上げて頭を撫でたのだった。


「心配しなくても……ミルフィリアは特別だ……」

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