新しい家族(2)
雪合戦を終えた私たちが三人でお喋りしていると、そこに午前の仕事を終えた隻眼の騎士がやってきた。
「あ、せきがんのきし!」
「ミル、待たせたな。食堂へ行こうか。……一体何をしていたんだ?」
隻眼の騎士は穴だらけになった訓練場と、雪玉を当てられすぎて雪まみれになっているキックスを見ながら呟いた。
「穴ほってあそんだ後、みんなで雪がっせんしたの」
「そうか」
隻眼の騎士は私を抱き上げると、「よかったな」と言って頭を撫でてきた。レッカさんも隻眼の騎士も、みんな私に甘いので訓練場を穴だらけにしても怒られない。子ギツネって最高だ。
その後五人で食堂へ行き、私はごはんをもらう。今日はコケモモのソースがかかったお肉だったので、テンションが上がってしっぽをブンブン振る。隻眼の騎士がお肉を運んでくれている間すら待ちきれなくて、隻眼の騎士の足元を行ったり来たり、うろちょろしてしまった。
「蹴りそうで怖いな」
苦笑する隻眼の騎士を見上げながら、自分の口元をペロペロ舐める。よだれが無限に出てきちゃう。
「ゆっくり食べるんだぞ」
そうして隻眼の騎士がお肉を床に置いてくれた途端、私は食べやすいよう細かく切られたお肉にがっついた。
だけど一口食べたら少し落ち着いたので、お座りしてゆっくりお肉を噛む。お肉大好きだから、なんだか必死になっちゃった。恥ずかしい。
急に理性を取り戻して上品に食事し出した私を見ながら、隻眼の騎士やキックス、ティーナさん、レッカさんはテーブルについた。
このアリドラ国の人は一日二食が基本なので騎士のみんなも昼は食べないことが多いが、お腹が空いたらしいキックスは厨房に行ってリンゴをもらい、それをかじっている。
隻眼の騎士たちが私にはよく分からない仕事の話をしている間に、黙々と食事を進める。昼休憩に入って食堂にくつろぎに来た他の騎士たちは、私を見つけると通りすがりに声をかけたり頭を撫でたりしてくれる。
「よう、ミル」
「うまいか?」
うまいよ。お肉うまいよ。だけどそんなにガシガシ撫でられると、頭が揺れて上手く噛めないよ。
騎士たちに構われながら食事を終えたところで、今度は支団長さんが食堂にやってきた。食堂の出入り口からそっと顔を出すと、私がいることを確認してちょっと顔をほころばせたが、すぐに表情を引き締めてこちらにやってくる。
「支団長。おはようございます」
「おはよう」
もう昼だが、キックスとそんな挨拶を交わしつつ支団長さんは空いている席に腰かけた。食事を終えた私も隻眼の騎士の膝の上に乗せてもらう。
「ミル、スノウレアの様子はどうだ? 元気でやっているか?」
椅子に座ると同時に、支団長さんは私に尋ねてくる。
「うん、元気だよ。お腹が大きくなってきてからはちょっと大変そうだけど」
精霊はつわりはないようなので寝込んだりはしていないけど、単純にお腹が重くて動くと少し疲れるみたい。
お腹の中にいる時もちっちゃなヘビの姿でいてくれたらいいんだけど、精霊は胎児の時は人間の姿でいるのだ。
「すみかに持っていったベッドはとっても役にたってるよ。キツネの姿でいられたら、地べたで寝たってへいきなんだけど」
母上も妊娠中は常に人の姿でいるので、住処の洞窟の固い地面で寝させるなんて可哀想だ。
「そうか、よかった」
支団長さんは安心したように言う。母上のことを考えて、砦の宿舎にあるベッドを住処に持っていくよう提案してくれたのは支団長さんだった。ベッドは父上と隻眼の騎士に協力してもらって、スノウレア山の住処まで移動術で運んだ。父上と隻眼の騎士にベッドを持ってもらって飛んだのだ。
「出産も近いし、スノウレアに何かあったら大変だからな」
言いながら支団長さんはそわそわしている。私と同じくらい精霊の子どもが生まれてくることを楽しみにしているのかもしれない。
支団長さんはもふもふの動物が好きなようだけど、「ミルの弟ならばヘビも可愛い」と、この前二人きりになった時に言っていた。
キックスは咀嚼していたリンゴを飲み込んで言う。
「支団長、自分の子供が生まれるのかってくらいそわそわしてますよね」
「……そんなことはないが?」
眉間に皺を寄せて、威厳ある顔を維持しようとしている支団長さん。キックスはそれを見てちょっと笑みを漏らしつつ続ける。
「でも本当に楽しみっすよねー。ちっちゃいヘビかぁ」
「男の子よね。どんな性格の子が生まれてくるのかしら」
「水の精霊様に似ているのか、全く違う性格なのか、どちらでもきっと可愛いに違いないな」
ティーナさんとレッカさんも楽しげだ。
「水の精霊の子は食事をするだろうか?」
「ミルが食べているのを見て食べるようになるかもしれませんね」
支団長さんと隻眼の騎士は、今私が食べていたような細かく切られたお肉を、小さな蛇がパクッと食べている様子を想像したようだ。頬が緩んでいる。
「……」
みんなが私の弟のことについてわいわいと盛り上がっているのは嬉しいけど、何だろう、この気持ち。
私も弟には早く生まれてきてほしいし、楽しみなんだけど、みんながその話ばかりするとちょっぴりもやもやしちゃう。
話が盛り上がっている間、五人はちっともこっちを見てくれないし、隻眼の騎士は私の頭を撫でていた手を止めてしまっている。
むむ……。
私は顔をしかめると、隻眼の騎士の膝からテーブルの上に飛び乗った。テーブルの上に乗るのはマナーが悪いから、普段はあまりしないんだけど。
「ミル?」
テーブルの上で仁王立ちする私を、みんなが不思議そうに見てくる。
しかし注目を集めて満足した私は、無言で隻眼の騎士の膝の上に戻った。
「何がしたかったんだ?」
疑問に思いつつも、私が変な行動を取ることに慣れている隻眼の騎士たちは、再び誕生が近い弟の話を始めてしまった。
いや、弟の話をするのはいいんだよ。弟の話で盛り上がるのだっていいんだけどさ、私の存在を忘れないでほしいのよ。私に構いながら弟の話をしてほしいの。
だって弟は可愛いけどさ、私だって可愛いんだもん。
可愛い子ギツネがここにいるんだもん!
「……ミル?」
またもやテーブルの上に飛び乗って中央で仁王立ちする私に、みんな戸惑っている。
しかしその行動の意味に気づいたキックスがニッと笑って言う。
「あー、分かった。ミル、弟にヤキモチ焼いてるんだろ。みんなが弟のことばっかり話すから」
図星をつかれて恥ずかしくなった私は、静かに隻眼の騎士の膝に戻る。そして隻眼の騎士の方に体を向けて、みんなに顔を見られないようにした。
「ふふ、可愛いわね、ミルちゃん」
「みんなミル様のことは一番に想っていますから大丈夫ですよ」
ティーナさんとレッカさんがそう言ってくれたことで、何だかさらに居たたまれなくなった。弟に嫉妬して自分の存在を主張するなんて、姉として恥ずかしいことをしてしまったな。
「べつにヤキモチやいてない」
私はそっと振り返ってぼそりと言う。すると「カワイイ」と片言で呟きながら両手で顔を覆っている支団長さんの隣で、キックスがからかうように笑った。
「じゃあまたミルの弟の話しよっと」
私は怒ってグルグル唸る。弟の話をするなら私のことも可愛がってくれないと許さないぞ。




