新しい家族(1)
お待たせしました。第6部、毎日更新していきます。
更新していない間も感想などありがとうございました!
また、『北の砦にて』はこの第6部で完結となります。
最後まで応援していただけると嬉しいです!
季節は二月。私の住むスノウレア山は深い雪に覆われ、どこを見ても白一色の世界が広がっていた。
それは麓に下りても変わらず、北の砦にもたくさんの雪が積もっている。けれど昼間の今は晴れているので、私は降ってくる雪を気にすることなく、砦の訓練場を思い切り駆け回った。
誰の足跡もついていない場所を選んで雪の上を疾走する。昨日の夜に積もった上の方の雪は柔らかいから足が沈み込み、走っているというよりは雪の海を泳いでいるように見えるかもしれない。
いや、溺れているように見えるかも。だけど気持ちは格好良く疾走している。たとえ舌を出して笑顔でわふわふしていてもね。
訓練場をわふわふしながら二周ほど走ると、感情が高ぶるままに次は前足で雪を掘る。
茶色い土が顔を覗かせるくらい掘ったら、その隣の雪をまた前足でガシガシ掘る。ガシガシ、ガシガシ……。
そうして訓練場にたくさん穴を掘って満足すると、私はやっと一息ついた。はぁ、楽しい。
喉が渇いたので汚れていない綺麗な雪を選んで食べていると、またもや走り出したい衝動に駆られたので再び訓練場を駆け回り、それが終わると穴を掘る。私の中の子ギツネは止まりそうにない。体力が有り余っているので延々と続けられそうだ。
「はぁ、たのしい」
私は訓練場に穴を増やしてヘラヘラ笑う悪い子ギツネになっていた。今日、この後で訓練場を使う騎士たちがいれば大変申し訳ないが、足場の悪いところで戦う練習も必要でしょ?
「お、ミルじゃん」
と、昼休憩に入ったらしいキックスがたまたま近くを通りかかった。キックスの後ろにはティーナさんとレッカさんもいる。
私はご機嫌なあまり口から出てしまっていた舌を引っ込めて、少し顔を引き締めた。あんまり平和な顔をしていたらキックスにからかわれるかもしれないからね。
「寒いのにミルちゃんは今日も元気ね」
「穴をたくさん掘ったんですね。素晴らしいです」
素晴らしいのか。レッカさんは私のことを全肯定しがちだ。
「まだまだ寒いからな。そのあったかそうな毛皮、羨ましいぜ」
キックスがじーっと私のもふもふの毛皮を見てくるので、思わずティーナさんの背後に隠れる。
「逃げなくても剥いだりしないって」
キックスは意地悪く笑って言う。いつもならジトッとした目で睨み返すところだけど、今日の私は機嫌が良いので、話題を変えてしっぽを振る。
「ねぇ! いっしょに雪がっせんしようよ! せきがんのきしはまだお仕事中でヒマなの」
「雪合戦? 別にいいけどミルは雪玉を握れないだろ」
「人のすがたになるもん」
言うと同時に、私は白い子ギツネの姿からキツネ耳としっぽが生えた着物姿の幼女に変わった。
「オーケー。じゃあやろう」
キックスはすぐさま雪を手に取ると、それを握って私の方に投げてくる。
「わっぷ!」
素早い動作について行けず、私は雪玉を顔面にくらってしまった。キックスが緩く握ったらしい雪玉は顔に当たった途端に崩れたので、ほとんど痛くはない。
だけど悔しいので、私もすぐに地面に積もった雪を掴む。
「これは俺の圧勝になるな」
トロい私がもたもたと雪玉を握っている間に、キックスはもう次の雪玉を作って投げようとしていた。
が、それよりさらに早く、レッカさんとティーナさんがキックスに向かって雪玉を投げる。
「いてっ! 何だよ、二人で狙うなよ」
頭や顔に当たった雪玉の残骸をはたき落としているキックスに、レッカさんとティーナさんはこう言う。
「キックスこそミル様ばかり狙うんじゃない」
「ミルちゃんは子供だからハンデをつけましょう。三対一ね。ミルちゃん、私、レッカさん対キックスよ」
「ずりー、それ! おい、待っ……!」
キックスが女子二人に雪合戦でボコボコにされている間に、私もせっせと雪玉を作る。小さい手では小さい雪玉しか作れないが、とりあえずこれでいい。
そうしてできた雪玉をキックスに向かって思い切り投げてみたが、その雪玉はひょろひょろの軌道を描いてキックスに届かないまま地面に落ちた。
「……もういっかい!」
次の雪玉を手に取って再び投げる。今度もひょろひょろながら、ブーツを履いているキックスの足の甲に落ちた。
「当たった!」
だけどキックスはレッカさんとティーナさんの雪玉に気をとられていて、私のへなちょこな玉が当たったことに気づいていない。
「こんどこそ」
私は急いで次の玉を作って投げるが、ティーナさんたちの玉を避けているキックスが動き回るので、今度はかすりもしなかった。
次から次へと雪玉を作っては投げるが、動いているキックスには全く当たらない。ティーナさんやレッカさんの玉は全部キックスに当たっているのにおかしいな。
雪合戦って思ったよりも難しいんだなと思いつつ、私たちはしばらく雪遊びを楽しんだのだった。
「はぁ、疲れた」
ティーナさんが笑いながら雪の上に腰を下ろすと、キックスは体中についた雪を払いながらこう言う。
「お前らより俺のが疲れたよ。三対一で攻撃されてたんだから。……いや、二対一か」
「三たい一だったよ」
私はすぐさま突っ込む。今、私を数から外したよね? 私の雪玉がちっともキックスに当たってなくて敵にならなかったからって、数から外したよね?
一瞬憤慨したが、私は子ギツネの姿に戻るとへらりと笑ってしっぽを振る。
「まぁいいや。今はきげんがいいから」
「『今』と言うか、ミル様は最近ずっと機嫌が良いですね。いつもニコニコしておられます」
レッカさんの言葉に、私は「うん、そうかも」と頷く。
「なんか顔がゆるんじゃうんだよねぇ」
「ミルちゃんがそうなるのも分かるわ。私も嬉しいもの。ミルちゃんに弟ができるの」
今度はティーナさんの言葉に「うふふ」とにやける私。
そう、実はもうすぐ弟が生まれるのだ。
母上は今、水の精霊の子を身ごもっている。
父上が跡継ぎを作ることに前向きになったので、私にも兄弟ができることになった。
「ほんとうにうれしい。おとうと……。わたしのおとうと……」
空を見上げながらニコニコ笑う。弟という魅力的な単語に笑みを抑えられない。妹でももちろん嬉しいけど、水の精霊だから弟になるのは決まっていて、性別がすでに分かっていると妄想も捗る。
ちっちゃいヘビの弟が生まれたら、私の頭に乗せてあげて一緒に散歩をしよう。それで私はお姉ちゃんらしく、色んなことを弟に教えてあげるんだ。美味しい木の実はどれかとか、噛んだら苦い草があることとかを教えてあげよう。
まぁ弟はヘビだから、私みたいに口寂しいからと言ってその辺の雑草をガジガジ噛んだりはしないかもしれないけど。
「おとうとも人のすがたになれるようになったら、雪がっせんもおしえてあげよう。ほかにも色んな遊びをおしえてあげなくちゃ」
「ほほ笑ましいですね」
ニコニコ笑っている私を見て、レッカさんが呟く。
「本当に楽しみにしてるのね」
ティーナさんもそう言った後、続けた。
「後どれくらいで生まれるのかしら? もうそろそろ?」
「うーんとね、あと一週間くらいかな。二週間かかるかも? わかんない。でもだいたいそれくらい」
精霊の妊娠期間は三ヶ月ほどなので、あっという間に生まれてくるような感覚だ。




