双子の誕生
双子の誕生を知らせに来たサンナルシスは、砦に私以外の精霊も集まっていることに気づいて少し驚いていた。
「なんだ? スノウレアにウォートラスト、ダフィネにヒルグにクガルグもいるじゃないか。さてはまたミルフィリアが何かしたのだろう? そうでなければ精霊がこんなにたくさん一か所に集まることなんてないからな」
するとダフィネさんが面白そうにこう返す。
「あら。そう言うサンナルシスもミルフィリアのために来たみたいだけど? わざわざ子供が生まれたことを報告しに来てあげたの?」
「ミルフィリアは、私とルナベラの子が生まれるのを楽しみにしていたからな」
サンナルシスは腰に手を当てて尊大な態度を取りながら言う。そしてこう続けた。
「まぁいい、お前たちもミルフィリアと一緒に来て構わない。みんなで見に来てくれ。私とルナベラの子を!」
そこまで言ったところで、この場にトラの姿のライザードもいることに気づくと、サンナルシスは途端に険しい顔をした。
「ライザード? しまった、貴様には子供が生まれたことを知られたくなかったのに」
サンナルシスは手のひらに光を集め、臨戦態勢をとる。
「貴様は私の子供たちやルナベラにも危害を加えかねないからな。三人に手を出される前に、私が――」
「まって、サンナルシス!」
ライザードが攻撃される前に、私はサンナルシスの前までトットコ走っていって訴えた。
「ライザードはもう誰かをこうげきしたりしないよ! ちょっとみてて」
そう言うと今度はライザードの方にトットコ走っていき、さっき伝授した可愛いポーズを取るように話す。
「ええ? 嫌よ、恥ずかしいわ」
「でもサンナルシスに敵意はないってつたえるためにも、かわいいポーズはゆうこうだよ!」
「でも……」
羞恥心を捨てきれないらしいライザードに、私は言う。
「どりょく家のライザードならできるよ! がんばろう!」
「わ、分かったわ……」
ライザードは決意を固め、トラの姿のままサンナルシスの前までのしのしと歩いていく。
「何だ?」
サンナルシスは戦闘態勢を崩さぬままライザードを睨みつけている。
「がんばって、ライザード!」
私の声援を受け、ライザードは意を決して地面に転がった。そしてサンナルシスにお腹を見せながらにゃんにゃんポーズでくねくねする。
「いいよいいよ! かわいいよ!」
モデルを撮るカメラマンみたいな口調で、私はライザードを励ます。
可愛いポーズ、上手にできてるよ!
「は、恥ずかしいわ! お腹なんて誰にも見せたことないのよ! ミルフィリアもいっしょにやって!」
「いいよ」
私は恥ずかしさに耐えられなかったらしいライザードと二人で、地面にごろんしてサンナルシスを見つめる。
「……はぁ」
するとサンナルシスは片手で頭を抱えてため息をついた。戦意を喪失したらしく、いつの間にか臨戦態勢を解いている。
「ミルフィリアはまぁ、いつものことだが……。ライザード、貴様一体どうした」
「いえ、ちょっと……」
「ミルフィリアに毒されたのか。そうだろう。気持ちは分からんでもない。ミルフィリアと一緒にいると頭が平和になるからな」
頭が平和ってどういう意味だ。これは確実にけなしてるな?
私とライザードは起き上がり、ライザードは恥ずかしそうに人の姿に戻る。顔が真っ赤だ。
「あのね、ライザードは昔とはちがうんだよ」
私は、ライザードがみんなから好かれたくて変わったことを説明する。
すると経緯を聞いた後で、サンナルシスは驚きつつもこういう。
「普通ならすぐには信じられないが、確かに昔のライザードであれば、あんなおかしなポーズは取らないだろうな。……私は、空を裂く雷のことは美しいと思っていたのだ。だが、その雷の精霊であるライザードが攻撃的な性格であることを残念に思っていた。けれど貴様は変わったんだな?」
「ええ。昔のことは、ごめんなさい。申し訳なかったわ。私はあなたとヒルグには、特に強い劣等感を抱いていて……。だけどサンナルシスが、まさか雷のことを美しいと思っていただなんて」
ライザードはわずかに目を見開く。プライドの高いサンナルシスに認められているとは思っていなかったのだろう。
するとヒルグパパも、三十年前にライザードに攻撃された時のことを話し出した。
「三十年前にライザードが落とした雷によって、私の住処の木々が燃えたのだ。だが、その時私は、雷は炎も作り出せるのかと感心したぞ!」
「ヒルグも雷を認めてくれていたの……?」
ハハハと笑っているヒルグパパを見て、ライザードが驚いている。ライザードは光の精霊であるサンナルシスと炎の精霊であるヒルグパパに対して一番コンプレックスを持っていたようだが、二人は実は、他のどの精霊よりもライザードのことを認めてくれていたらしい。
「なんだ、そうだったの……」
「よかったね」
私が笑顔で言うと、ライザードは嬉しそうにはにかんだのだった。
「じゃあ気をとりなおして、みんなで赤ちゃんを見にいこうよ! ねぇ、サンナルシス、とりでの騎士たちもいっていい? ルナベラ疲れてるからめいわくかな」
『精霊の赤ちゃん見たいッ!』という騎士たちからの圧を感じたので、私はそう尋ねてみた。
「人間の出産とは違うんだ。ルナベラはそれほど疲れていないが、この人数の人間を住処に連れて行くのは……」
サンナルシスは渋ったが、そこで騎士たちのあからさまにがっかりしている顔を見て、こう言う。
「ミルフィリアの周りは、精霊も人間もおかしな奴ばかりだな。ルナベラと双子をここに連れて来てやるから待っていろ」
「わぁ! ありがとう」
サンナルシスはわりとすぐに戻ってきた。何もない空間に光が満ち、それが消えると、そこにはサンナルシスとルナベラが立っていたのだ。
しかも二人はそれぞれの跡継ぎを抱いていた。
私は赤ちゃんたちに気を取られつつも、まずはルナベラに言う。
「ルナベラ、おつかれさま! おめでとう! 体はだいじょうぶ?」
「ええ、ありがとう、ミルフィリアちゃん。私は大丈夫ですよ」
ルナベラはいつもと変わらぬゴシックなドレスを着ていて、顔色も悪くはない。
そんなルナベラに、赤ちゃんを前にして興奮を抑えきれないらしい支団長さんが尋ねる。
「い、いつ生まれたのですか?」
「一時間ほど前です。二人ともとっても元気ですよ」
そこで砦の騎士たちが拍手をして、ルナベラやサンナルシスに次々と「おめでとう!」と声をかける。
「まぁ! こんなにたくさんの人に祝ってもらえるなんて、とっても嬉しいです。ねぇ、サンナルシス」
「ああ。まぁな」
ルナベラもサンナルシスも嬉しそうにほほ笑んでいる。
「あかちゃん、よく見せて」
「おれも見る」
私とクガルグが近づくと、サンナルシスとルナベラはしゃがんで双子を見せてくれた。
サンナルシスが抱いているのは金色の子馬で、すでに私やクガルグより体が大きい。美しいたてがみはサンナルシスに比べてくせっ毛で、くるんとカールしている。
とても純粋そうで、何だか大人しそうな子だ。サンナルシスの跡継ぎなら、生まれながらに尊大にふんぞり返っていても不思議ではないと思ったんだけど。
「こんにちは、わたし、ミルフィリアだよ。こっちはクガルグ」
私が子馬に挨拶すると、子馬はこちらに首を伸ばしてフスフスと匂いを嗅いできた。そして楽しげににっこり笑う。なんて可愛い!
私もつられてウフフと笑っていると、サンナルシスが子馬を地面に下ろして言う。
「この子はもう歩けるし、軽く走れるぞ」
確かに子馬は私やクガルグの周りを歩き出した。私たちに興味があるみたい。でも、知らない精霊や人間が多いので、辺りをきょろきょろ見回して緊張している様子でもある。
「そっちの子は、まだ歩けないね。目もあいてないし」
私は今度はルナベラが抱いている子を見て言う。あのちっちゃな紫の毛玉は、ネコの赤ちゃんだ。まだ立つこともできずに、ルナベラの両手の上でミャアミャア鳴いている。
「ミルフィリアが生まれたばかりの頃を思い出すのう」
母上が昔を懐かしんでルナベラに近づくと、子猫はいっそう激しく鳴き出した。
「ミャア! ミャーッ!」
「おやおや、一丁前に威嚇しておるわ」
母上は愉快そうに笑い、ルナベラは「すみません……」と苦笑いしている。
「この子、気が強いみたいで。それに抱き方が悪いと文句を言うんですよ。わがままなところがちょっとサンナルシスに似ています」
「ルナベラの跡継ぎなのにね」
ダフィネさんも不思議そうだ。そしてヒルグパパはこう言った。
「まるで双子の性格が入れ替わってしまったかのようだな! 傲慢な闇の精霊の子と、大人しい光の精霊の子とは!」
「実は性別も入れ替わってしまったようだ。この子は女の子で、ルナベラが抱いているその子は男の子なのだ」
「えー? そうなの?」
精霊って代々同じ性別の跡継ぎを産むんだと思ってた。
ダフィネさんも驚いて言う。
「前例のない双子だからか、色々と普通とは違うことが起こるわね。でも二人とも元気そうだからいいじゃない」
「そうだね!」
私は子馬にしっぽをハムハムされながら笑って言う。くすぐったい!
「ところで、この子たちのなまえは?」
今度はクガルグがしっぽの先の炎を食べられそうになっているのを眺めながら、私はサンナルシスに聞いた。
「ルーチェとノッテだ。私が昔いた国の言葉で、それぞれ『朝』と『夜』という意味だ」
「そうなんだ! かわいい名前だね。子うまがルーチェで、子ねこがノッテかぁ」
そこでふとライザードの方を振り返り、私は感想を尋ねた。
「ライザード、どう? 二人ともかわいいよねぇ」
ライザードの足元までタタタと走っていって、えへへと笑う。赤ちゃんを見てると顔がにやけちゃうんだよね。
「ええ、可愛いわ」
ライザードは私を見て笑うと、私のことを抱っこして、恐る恐る双子のもとに近づいていく。
「撫でても構わない?」
「ああ。今のライザードならいいだろう」
サンナルシスから許可を得ると、ライザードは子馬のルーチェの頭をそっと撫でた。
「可愛い。子猫ちゃんの方は、今は撫でるのはやめておくわね。小さすぎて触れるのが怖いもの」
「ミャアーッ!」
小さすぎて、という言葉に反応したのか、ノッテが目をつぶったまま文句を言う。サンナルシスに似てプライドが高い男の子だ。
一方、ルナベラはライザードの様子を観察した後、安心したようにサンナルシスに言う。
「彼がライザードですか? 何だか想像していた精霊とは違います。優しそうじゃないですか」
優しそうと言われて、ライザードは照れくさそうに私をワシワシ撫でたのだった。
ライザードもみんなと仲良くなれそうだし、双子も無事に生まれたし、これからまた仲間が増えて楽しくなりそうだ。




