可愛がられるために
「ライザード、すごいよ!」
私がライザードを称賛すると、ライザードも他のみんなもきょとんとした。
「すごい? ……私が? な、何が?」
ライザードは戸惑っているが、私は瞳をきらめかせて言う。
「だってライザードは、昔のじぶんのまちがいを認めてはんせいして、変わろうとどりょくしたんだよ! それってすごいよ!」
パタパタと興奮気味にしっぽを振って続ける。
「じぶんのあままち……ちがう、あまやち……あまま……」
途中で言葉を噛んでしまい、ドツボにはまって抜け出せなくなる。今いいところなのに。
「あまやち……。あれ? あままち……あまやち……」
正解が分からなくなって混乱していると、隻眼の騎士がそっと助け舟を出してくれた。
「過ち、か?」
「それ! 自分のあやまちに気づくことも、じぶんを変えることも、すっごくむずかしいことだもん。だからライザードはすごいなって思って」
途中で激しく噛んじゃったけど言いたいことは伝わったようで、ライザードは面映ゆそうに、そして嬉しそうに口元を緩めた。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
話が一旦まとまったところで、支団長さんがおずおずと精霊たちの会話に入ってくる。
「ライザード、ところであなたはミルのことをいつどこで知ったのですか?」
どうやら支団長さんは、警護の観点から、これから私を守る時の参考にするためにその質問をしたようだった。私がジャーキーのビンごと攫われそうになった時、焦ってたもんね。
ライザードは人間に話しかけられても気軽に答える。
「最初にミルフィリアを見たのは、つい最近のことよ。二週間も経ってないわ。ミルフィリアたちが私の今の住処近くにやってきたのよ。ミルフィリアとウォートラストとスノウレアと、あなたたち人間の騎士もいたじゃない」
「それって……」
私は家族旅行を思い浮かべて呟く。メンバー的にも時期的にも、ライザードが私の存在に気づいたきっかけは家族旅行なのだろう。
ライザードは続ける。
「あなたたち、私の住処の森にいきなりやってきたのよ。でもそう言えば、夏ごろにも一度ウォートラストが来たことがあったわね。地面を見ながら森をウロウロしてて、ちょっと怖かったわ。大きなカゴも担いでたし、何をやってるのか謎すぎて……」
それ、苺を探してたんだよ。コワクナイヨ。
でも森っていうことは、家族旅行第一弾で行った場所かな。森の中の花畑に花が咲いてなかった場所。
「その時も今回も、みんなあそこが私の住処であることに気づかなかったようだけど、私は遠くから観察してたのよ。何をやってるのか気になったし、スノウレアに昔のことを謝るチャンスだとも思って、タイミングをうかがってたの。でもやっぱり勇気が出なくて、スノウレアたちから離れようとした時だったわ。みんなと一緒に小さな白い子ギツネがいることに気づいた」
ライザードは長めの前髪を片手で横に流し、説明を続ける。
「その子ギツネはスノウレアの跡継ぎだってことは、すぐに分かったわ。だけどスノウレアはもちろん、何故かウォートラストも、人間の騎士たちもミルフィリアのことを可愛がっていたのには驚いたわ。でもどうやったらそんなふうに好かれるのか、ミルフィリアにコツを聞きたいと思ったの」
だからライザードはその後、密かにスノウレア山や砦に来て私のことを観察し、私と話す機会をうかがっていたようだ。
「そうだったんだね」
私は納得し、話を変える。
「じゃあさっそく、みんなからかわいがられるコツをでんじゅするね」
私は母上の腕から地面に降り、やる気満々でしっぽをピンと立てる。
一方、ライザードは困惑していた。
「いや可愛がられるっていうか、好かれたいだけなのよ。私がみんなから可愛がられたら気持ち悪いでしょ」
「どうぶつの姿ならだいじょうぶだよ!」
「何やら面白くなってきたな!」
ヒルグパパが笑い、母上やダフィネさんも笑って成り行きを見守っている。クガルグは興味あるのかないのか微妙な顔をしていて、父上は完全に興味のない顔をしている。というか目をつむって寝ている。
「ライザードって何のどうぶつなの?」
「私は――」
そこでライザードが動物の姿に変わると、目の前に大きなトラが現れた。だけど大きなと言っても、精霊にありがちな異常なサイズではない。実際に存在する大人のトラくらいの大きさだ。
「わぁ! トラなんだ!」
配色は人間の姿の時の髪とは逆で、黄色い体毛に紫色の縞模様だ。だけどその縞模様は少しカクカクしていて稲妻っぽくも見える。
丸くてもふッとした耳に、細くて長いしっぽ。大きな手足にはきっと大きな肉球もついているのだろう。
ヒルグパパもそうだけど、大型のネコ科の肉食獣ってやっぱりいいね! 格好いいし、もふもふだ!
だけどライザードは心配そうに言う。
「そうよ、トラなの。怖いでしょ……?」
「こわくないよ! トラならだいじょうぶ! だって見てよ!」
私はそう言って、砦の騎士たちの方に視線を向けた。
「もふもふ……」
「大きいもふもふ……」
支団長さんは隠しきれずに頬を紅潮させているし、他の騎士たちも目をキラキラ輝かせてライザードを見ている……というか狙っている。もふもふするチャンスを狙っている。
「トラだと体が大きいから、その分もふもふもいっぱいでいいな」
「もふりがいがありそうだ」
じわじわ近づいてくる騎士たちに、ライザードの方が怖がった。
「何この人間たち……」
「みんなどうぶつが好きなんだよ」
「ただの動物好き以上の何かを感じるけど」
私はそこで人の姿になると、ライザードに近づいた。
「わたしももふもふしたい! なでていい?」
「撫でたいの? 私を? 別にいいけど……」
「わーい!」
大きなトラを思う存分もふもふする。両手でもふもふして背中に顔もうずめる。普段はモフられる側だけど、たまには私もモフりたいのだ。
「いいなぁ、ミル」
「俺たちもいいですか?」
騎士たちもチャンスとばかりにやってきて、ライザードをもふもふし始める。支団長さんもみんなに紛れて後ろから手を伸ばし、密かにちょっとだけ触っている。
ライザードは屈強な男たちにモフられて複雑な顔をしていた。
「怖がられてないのも、好かれてるみたいなのも嬉しいんだけど……」
喜べばいいのか嫌がればいいのかよく分からない、といった様子だ。
一方、思う存分ライザードを撫で回した私は、また子ギツネの姿に変わって言う。
「さぁ、じゃあみんなはライザードからはなれて! これからライザードにわたしの〝ひぎ〟をでんじゅするから」
秘密の技と書いて秘技ね。
砦の騎士たちがライザードから名残惜しそうに離れたところで、私はしっかりと大地を踏みしめてライザードと向き合う。ライザードは大きいから、見上げないと視線が合わないけど。
「一体何なの? 秘技って」
ライザードはごくりと唾を飲み込んだ。緊張しているみたい。
私はにやりと笑ってから、その場でころんと仰向けになる。
「え?」
「ひぎ! かわいいポーズ!」
そして戸惑っているライザードを置いてけぼりにして、私はとっても可愛いポーズをとった。
ヘソ天でもっふもふのお腹を見せながら、前足は招き猫みたいに曲げてにゃんにゃんポーズ! そして上目遣いで丸い瞳をさらに丸く可愛く見せる! 体はちょっとくねらせて、ぶりっ子になった気持ちになって!
そしてこれが一番大事だけど、羞恥心は全部捨てる! ちょっとでも恥ずかしさが残ってたらできないから!
「いや、可愛いけど……。ミルフィリアがやったら可愛いけど、私はできないわよ。こんな恥ずかしいこと」
「はずかしくない!」
恥ずかしいと思ったら負けなので。
と、寝ていたはずの父上がいつの間にか目を開けて、私の可愛いポーズをしっかり見ていた。
「さぁライザード。これをしゅうとくして、みんなにかわいがられよう!」
「だから私はみんなに好かれたいだけであって、可愛がられたいわけではないんだって」
そう言って、ライザードがトラの姿で困っている時のことだった。
まるで稲光みたいにこの場に一瞬光が満ちたかと思えば、次の瞬間にはそこにサンナルシスが立っていた。
サンナルシスは人の姿で、ちょっと興奮しているような落ち着きのない様子で、私の姿を見た途端にこう言った。
「ミルフィリア! 生まれたぞ! 双子が生まれた!」




