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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第五部・はじめての かぞくりょこう

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雷の精霊ライザード(1)

 ライザードはみんなの隙を突いて私を攫い、移動術で逃げた。

 そして着いたのは、見知らぬ草原だった。ここはアリドラ国なのか、それとも遠くの異国なのか私には分からない。


「……」


 ライザードは私を抱っこしたまま、周囲を警戒して黙っている。


「あの……」


 私は恐る恐る声をかける。ライザードは私を攫って何がしたいんだろう? 

 ちょっと怖くてしっぽが丸まってしまうし、耳がしょんぼり垂れ下がる。


「あのう……」


 再度声をかけるが、ライザードはまだ無言で周りを見回している。ここに何かいるのかな?


「来たわね」


 するとライザードが舌打ちすると同時に、白い霧が目の前に発生した。それはすぐに人の形を成して、父上が現れる。


「父上!」


 どうやらライザードは、誰かが追いかけてくるのを警戒していたみたいだ。

 そして父上が到着するや否や、ライザードは私を連れてまた移動術を使う。

 再び見知らぬ場所に着くが、父上が追いかけてきて霧が発生するとまた移動する。それを何度も繰り返した。

 世界中を逃げ回っているのか、昼の岩山や朝の森、夜中の川辺や夕暮れに染まる街の路地裏と、景色は次々に変化し、目が回りそうになる。

 だけど父上も少し遅れてずっと着いてくる。


「しつこいわぁ」


 ライザードは苛立って呟く。


「ウォートラストってもっと淡泊だったはずじゃない。あなた本当に愛されてるのね」


 そこで私を見て少し顔をほころばせる。

 その笑顔を見て、悪い精霊ではないかもしれないと思ってしまう私は、警戒心が無さすぎるだろうか?


「でも、これじゃらちが明かない」


 ライザードはそう言うと、何度目かの移動術を使い、また場所を変える。

 そして次に着いた場所は、森の中の洞窟だった。私や母上の住処の洞窟より狭く、天井も低い。ライザードの身長だと頭がついてしまいそう。


 私たちは洞窟の入り口近くにいて外の様子も見えたけど、洞窟の前にはベッドみたいに大きくて平らな石が置かれていた。


「あれは祭壇よ」


 私の視線を追って、ライザードが言う。


「さいだん?」

「あなたたちの住処の山にもあるでしょ? 人間が作った祭壇が」

「うん、あるけど……」


 コルビ村のみんなが、母上用のお酒や私用のお菓子なんかを供えてくれる祭壇。

 だけどライザードがどうしてそれを知っているんだろう。


「三十年前、スノウレアの住処に行った時にたまたま見たの」


 ライザードは外の祭壇を見つめて続ける。


「ここは昔の私の住処なの。この洞窟はちょっと狭いけど、たいていは動物の姿でいたから不自由はなかったわ。むしろ少し狭いくらいの方が好きだから、ここを選んだのよ。あの祭壇は人間が勝手に作ったもので、よく供物を置いていったわ」


 ライザードはそこで一旦祭壇の話を終え、外に向かって片手を伸ばす。そして真剣な顔をして集中した。


「そんなことよりウォートラストよ。彼がここに近づけないようにしなくちゃ」


 するとそこで、洞窟の外に大きな雷が落ちた。


「ひゃあッ!?」


 私の悲鳴が裏返る。鼓膜が破れそうなほど凄まじい轟音と、目を開けていられないくらい鮮烈な光だった。雷が落ちた衝撃で地面が揺れたような気さえする。

 しかも雷はこの洞窟の周囲に連続して何度も落ちた。雷轟と稲光と衝撃が、休む間もなく続く。


「……っ!」


 私はビビり倒していた。しっぽは完全に丸まり、耳はぺたんと伏せて頭と一体化し、体は勝手に震えてきて、毛はボワッと逆立つ。

 間近での落雷って、ものすごく怖い! 元々雷が苦手じゃない人でも、これだけ近くで何度も落ちれば恐怖を感じて身がすくんでしまうだろう。何よりこの強烈な音が怖い。


「ちちうえ……ははうえ……せきがんのきしぃ……」


 ピンチなので、泣きそうになりながらみんなの名前を呼ぶ。

 すると私が震えていることに気づいたライザードが、思ったよりも優しい言葉をかけてくる。


「ごめんなさい、やっぱり雷は怖いわよね。でも少し我慢してちょうだい。洞窟もあるし、私たちのところには落ちないから大丈夫よ」

『やっぱり雷は怖いわよね』と自分で言いながら、ライザードは少し傷ついたような顔をした。

 けれど次には、強気に前を見て言う。


「ウォートラストが今度飛んで来たら、雷で打ってやるわ」

「やめて!」


 私は即座に言ったけど、ライザードはこう返してくる。


「心配しなくても、ウォートラストは雷に打たれたくらいじゃ死なないわ。水の精霊だもの。木や大地と違って、雷が落ちても水は何のダメージも受けない。昔、ウォートラストにもケンカを売りに行ったことがあって、その時に彼の住処の湖に何度も雷を落としたのよ。ウォートラストはその時、体を半分湖に浸していたんだけど……」


 外の雷の音がうるさいけど、耳元で喋っているライザードの声は何とか聞き取れた。


「彼ったら、『何か……ビリビリするな……』って呟いただけだったのよ。そして私のことをチラッと見ておきながら、戦うほどの相手でもないと思ったのか、雷が落ちている中、眠ってしまったの。あの時はプライドが粉々になったわ」


 ライザードは遠い目をして言う。うちの父上が何だかごめんね。と言うか、父上やっぱりライザードと会ってるじゃん!

 すると、雷の雨が降る中、ずっとしっぽを丸めている私にライザードは優しく言う。


「怖がらないで。ごめんなさいね。私、あなたと二人で話がしたかったのよ」

「わたしと?」


 一体何の話だろう、と私がライザードを見つめて首を傾げた時だった。


「あ!」

「……っ!?」


 ライザードの首に透明な細いヘビが音もなく巻きついてきたので、私は目を丸くする。ライザードも蛇の冷たさに息をつめた。

 しかもヘビは一匹ではなく何十匹もいて、それがライザードの体の至るところに巻きついている。

 水でできた透明なヘビは美しく、稲妻の光を吸収して、雷が落ちるたび金色に光っていた。


「父上?」


 尋ねると、私の目の前にいた一匹のヘビがパチリと瞬きした。


「……後ろは完全に無防備だったわ」


 ライザードが苦しげに笑って言う。父上がライザードの体をギリギリと締め上げていっているのだ。


「くっ……」

「父上、まって!」


 私は慌てて父上を止める。外の雷はいつの間にかやみ、辺りは静かになっていた。


「ライザードは、わたしと話をしたいだけだって」


 ヘビたちはみんなこちらを見て、私の話を聞いている。聞いているけど全然ライザードを締め付けるのをやめない。

 なので私は「もう!」と言って、手荒な手段に出る。


「ケンカはだめなんだから!」


 そう言って、一匹のヘビの体をハムッと甘噛みしたのだ。ちっちゃな私の牙が強く当たらないようにハムハムする。

 するとヘビたちは一斉にライザードの体を離れ、私の前でぞろぞろと列を作った。ハムハムされる順番待ちらしい。


「父上! 人のすがたにもどって!」


 甘噛みなんてされても嬉しくないでしょ! と、私は洞窟の中で叫んだのだった。

 


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