捕獲
「ライザードがここに来てミルフィリアを攫おうとしただと!? 何故そんなことを!」
クガルグと共に砦にやってきたヒルグパパは、腕を組んで仁王立ちし、大きな声で言った。
しかもクガルグはダフィネさんまで連れてきたらしく、ヒルグパパの隣には褐色の肌の美女が立っていた。
「ライザード……。私、彼のこと苦手なのよね」
ライザードと会うのは嫌なのか、なんだか物憂げだ。
「……」
一方、私や母上に連れてこられた父上は、眉間に皺を寄せて、無言で険しい顔をしている。
「雷の精霊の目的は分かりません」
支団長さんは首を横に振る。砦の騎士たちは、元からいた支団長さんや隻眼の騎士の他に、キックスやティーナさん、レッカさんやコワモテ軍団、門番のアニキなど、いつの間にやらたくさん集まってきていた。
「また新しい精霊が来たんだって?」
「ミル様を攫おうとしたとか」
「ミルちゃんは精霊にもモテるのね」
キックスとレッカさんの会話に、ティーナさんがズレた言葉を返している。
ヒルグパパは腕を組んだまま言う。
「全く意図が分からんな! ライザードとミルフィリアには何も接点がないだろう!」
「接点などなくとも、奴は初対面でケンカを売ってくる。三十年前もそうじゃった」
母上が答えるが、ヒルグパパはこう返す。
「しかしあの時は、ライザードは自分より年下のハイリリスには手を出していない! 奴には奴のプライドがあるのだ。それを何故今日はミルフィリアを狙ったのだ? しかも自分の力を見せつけるのではなく、密かに攫おうとしたのだろう? 以前とは目的が違うようだ」
「確かにのう……」
と、そこでレッカさんがおずおずと、私のことを心配している様子で言う。
「あの、他の精霊様の助けも借りられないでしょうか? ミル様を守るために……」
「ウッドバウムさんとかハイリリスちゃんはきっと助けてくれるわ」
ティーナさんが力強く頷き、クガルグがこう続ける。
「ミルフィーのピンチだからハイデリンも呼ぼう! あとサンナルシスとルナベラも!」
「い、いいよ、そんなに呼ばなくて」
砦に精霊大集合しちゃう。それにルナベラは妊娠中だからいざこざに巻き込みたくない。
「父上たちもいるからだいじょうぶだよ」
ライザードがどれくらい強いのか分からないけどまだ若い精霊らしいし、父上とヒルグパパがいてくれたら勝てるんじゃないかなと思う。
というか、父上とヒルグパパの二人に勝てる精霊を探す方が難しいよ、きっと。
するとそこで、今まで黙っていた父上が口を開いた。
「犯人が、分かっているなら……、私が行って……捕まえてくる」
「確かに、いつまたライザードがミルフィリアを狙ってくるかと警戒しているより、こちらから出向いた方が早いわね。私は行きたくないけれど」
ダフィネさんがそう言うと、ヒルグパパが胸を張って叫ぶ。
「では、私もウォートラストと一緒に行こう!」
「ならば、わらわも――」
戦う気満々の母上もライザードのもとへ行こうとしたが、父上がそれを止めた。
「スノウレアは……ミルフィリアと……ここにいてくれ」
「む。仕方がない、分かった」
そうして父上は体を霧に変え、移動術を使おうとしたのだが、
「……」
何やら考えて、半分霧になって消えかかっていた体をもとに戻す。
そしてヒルグパパをちらっと見て言った。
「ヒルグ……。お前が術を……使え……」
「何故だ!?」
「……」
「ウォートラストッ! 貴様、さてはライザードと会ったことがないのだな!? だから気配を掴めぬのだろう!」
「会ったことは……あるような、ないような……。私の記憶にはないが……あるかもしれない……」
「もういい、分かった! 私が術を使うッ!」
最終的にヒルグパパが軽くキレて炎に変わった。移動術では、一度も会ったことのない精霊のところには飛べないのだ。
ヒルグパパの赤い炎は、あっという間に父上をのみ込んで燃え上がり、消えてしまった。
父上、炎に包まれた時にちょっと嫌そうな顔してたな。
「父上たち、だいじょうぶかな。ケガしないかな」
私は母上に抱かれながら呟く。ライザードに負けるとは思えないけど、戦ったら怪我くらいはしちゃうかもしれない。
というか、やっぱり私も行けばよかったかな。父上とヒルグパパが説得という方法を使ってライザードをここに連れてくるとは思えないんだよね。三人には戦ってほしくないんだけど……。
「何をバタバタしておるのじゃ」
居ても立ってもいられずに足をバタバタ動かしていたら、母上にそう言われた。だから足の動きを止めた、その時――。
大きな炎が目の前に現れて、その熱気に私は思わず目をつぶる。
そうして次に目を開けると、そこにはヒルグパパと父上と、そしてライザードらしき人物がいた。
「早っ」
キックスが後ろで呟いている。私も同感だ。ライザードを捕まえて戻ってくるの、早い。
三人は無傷だったので、私はまずそれに安心した。父上やヒルグパパはもちろん、ライザードにもケガはない方がいい。
(この人がライザードなんだよね?)
私は改めて、目の前に現れた雷の精霊をじっと見つめる。相手も、サンナルシスによく似た金色の瞳で私のことを見ていた。
隻眼の騎士も言っていたが、ライザードの髪の色は紫で、一筋だけ金のメッシュが入っている。髪の長さは肩くらいで、緩いウェーブがかかっていた。何だか派手な髪形だ。
服装はこの世界では少し異質な感じだけど、前世が日本人だった私からすればそれほどおかしくない格好だった。
というのも、黒いライダースジャケットの中に黄色いパーカーを着ていたからだ。ライダースジャケットには稲妻のマークが入っていて格好いいデザインだ。
ブーツはライダースブーツだけど、ズボンは隻眼の騎士が言っていた通り、膝の辺りが破れている。
だけどこれ、ボロくて破れているんじゃなく、ダメージジーンズだ。オシャレで破れてるやつだ。やんちゃなズボンの謎が解けて、私は何気にスッキリした。
ライザードは精霊なので美形だけど、派手な髪色とか服装がヤンキーっぽいなと思った。
(でも、喋り方は女の人みたいだったよね……?)
謎の多い精霊だ。
「捕まえてきたぞ!」
ヒルグパパは腰に手を当てて言う。ライザードのことを拘束したりはしていないので、最初から抵抗を諦めて大人しくついてきたようだ。
ライザードは何も言わず、ため息をついている。そしてこの状況に不満そうな顔をしながら、私のことをずっと見ていた。
(何だろう?)
ライザードの瞳の中の感情を読み取ろうとする。あの視線に嫌な感じはない。
焦っているような、恥ずかしがっているような印象を受けたけど、どうして恥ずかしいんだろう? 捕まって焦っているのは分かるけど。
「ライザード……? 確かにライザードじゃが、三十年前とは印象が違うのう」
母上が小首を傾げて呟き、ダフィネさんがこう続ける。
「髪形が違うのよ。今は下ろしているけど、以前はこう……後ろに撫でつけていたもの」
ダフィネさんは片手で自分の頭を後ろに向かって撫でる。オールバックみたいな髪形だったと言いたいらしい。
「……そうよ」
ライザードはもう一度ため息をついて言う。そして視線を私からずらすと、申し訳なさそうに続ける。
「三十年前のことは……悪かったわ。いきなり攻撃したりして……。あの時は私、若くて……」
その後の言葉はモゴモゴと小声で喋るので聞こえなかった。何か恥ずかしそうだ。もじもじしている。
「その喋り方もどうした?」
今度はヒルグパパが尋ねる。ライザードはまたもじもじしながら答えた。
「これ? これはね、ダフィネの真似よ」
「私の?」
ダフィネさんがびっくりして目を見開き、ヒルグパパは腕を組んだまま「よく分からんな」と首を捻る。母上も私も、砦の騎士たちも同じように首を傾げた。何でダフィネさんの真似をしてるんだろう?
ライザードは恥ずかしがり屋なのか、それとも喧嘩っ早いのか、怖い精霊なのか怖くないのか、よく分からなくなってきた。
私たちが困惑していると、ライザードは両手で顔を覆った。
「ああ、もう……。駄目なのよ私。今さらどうしたらいいか……」
そして顔から手を離すと、私を視線で真っすぐ捉えると同時に、稲妻のような速さでこちらに手を伸ばしてきた。
「だからあなたが必要なのよ」
「――っ!?」
油断していた母上の腕から私を奪い取ると、ライザードは素早く移動術を使い、私を連れてこの場から姿を消す。
「ミル!」
「ミルフィリア!」
隻眼の騎士や母上が叫んだ声が最後に聞こえた。




