罠(1)
お祭りの日の二日前、私はクガルグと砦の外でかくれんぼをしていた。お昼ごはんまでの暇つぶしだ。
「じゃあ、次はおれがかくれる」
「わかった」
最初は私が隠れたんだけど、しっぽが思い切り見えていたらしく、クガルグに速攻で見つかってしまったのだ。
普通は鬼であるクガルグから離れたところに隠れるだろうから、裏をかいてすぐ近くの木の陰に隠れたのだが、それがさらに裏目に出ちゃったみたい。
「さんじゅう秒かぞえるね」
鬼である私は目をつぶって数字を数えようとしたが、その前にクガルグが言う。
「ミルフィー、かくれんぼ弱いからハンデつける」
そして、去年の今頃に私とレッカさん、ウッドバウムとティーナさんの四人で閉じ込められた食料庫の前まで来ると、クガルグはこう続ける。
「おれは、この中でかくれるから。他のところにはいかない。そしたらミルフィーも見つけやすいだろ?」
「いいの? でもこの中だけならすぐ見つけちゃうよ?」
「うん」
クガルグは余裕の態度で頷いて、扉が中途半端に開いていた食料庫の中に入っていった。なので私も隠れているところを見ないように背を向けて三十秒数える。
クガルグと一緒にかくれんぼは何度かしたことがあるけど、確かに私は弱いかもしれない。というか、クガルグが強いのだ。身軽に木の上とかにも登れるし、液体じゃないかっていうくらい体が柔らかいから狭い隙間にも入っていける。おまけに体毛が黒いので物陰に隠れたら見つけにくいし、唯一目立つしっぽの炎も自在に消すことができる。
対して私は高いところには登れないし、体は特別柔らかくないし、体毛は白くて目立つし、もふもふしている分ボリュームがあって隠れにくい。かくれんぼに向いてない体なのだ。
だからクガルグは気を遣ってハンデをくれたんだろう。砦全体でかくれんぼをしたら私はクガルグのことを一生見つけられないかもしれないし、クガルグも不安なのかも。
実は前もかくれんぼで一時間以上クガルグのことを見つけられなかったことがあったんだよね。
クガルグは私を置いてどこかに行っちゃったんじゃないかと泣きそうになっていたら、クガルグも私に置いて行かれたと思ったようで、悲しそうな顔をして隠れ場所から出てきたことがあったのだ。
「もーいーかーい?」
「いーよー」
返事があったので、私はさっそく食料庫の中に入っていく。声は奥から聞こえてきた気がするなと、手前の方は素通りする。食料庫の中だけだったら簡単じゃんと思ったけど、芋やら野菜やらが入った箱や袋がたくさん積まれていて、死角が多く、見つけにくいかもしれない。
声を頼りに探すという反則技を使って食料庫の奥に照準を絞ったものの、クガルグの気配はどこにもなかった。本当にいる? 食料庫の中は薄暗いし、しっぽの炎も消してるみたいだ。
これも反則技だけど、目をつぶってクガルグの〝気〟を探ってみる。すると確かにすぐ近くから気を感じるので、この中にいるのは確実だ。
「というか、なんか……」
ふと気になって、私は一旦扉の方へ戻った。そして扉の隙間から外を覗く。
クガルグの気配を探ったら、クガルグ以外の〝気〟も感じたのだ。クガルグやヒルグパパ、サンナルシスと似ているけど、三人のものではない〝気〟を。
「ライザード……?」
しかし顔だけ出してきょろきょろと周囲を見渡してみたが、外は特に変わった様子はない。
「あ、わかった」
独り言を言いながら、今度は空を見上げる。今日は朝からずっと曇りだ。昨日の村長さんの天気予報が当たるなら、もうすぐ雨が降るかもしれない。それほど寒くないし雪の〝気〟は感じないから、降るなら雨だと思う。
「それにあっちのほうの空がゴロゴロ言ってる。あれが、げんいんだ」
私が雷の〝気〟を感じた原因。
「いっしゅん、ライザードがいるのかと思ってあせった」
自分の強さを見せつけたいライザードは、こっそり移動してくることなんてない。来る時は空が荒れ、雷が鳴ると母上は言っていたけど、今、遠くの空で鳴っている雷は、ライザードが起こしたものではなく自然現象だろう。
何故なら、今日の天気は村長さんが昨日から予想していたからだ。ライザードが移動術を使ってここに来たとしたら、来た途端にもっと急激に天候が悪化すると思うんだよね。村長さんも予想できないと思う。
「ミルフィー?」
と、食料庫の外を見てぶつぶつ言っている私を不審に思ったのか、クガルグが隠れたまま声をかけてきた。
「あ、ごめん」
私は慌ててかくれんぼを再開する。今のクガルグの声もやっぱり奥の方から聞こえた。奥の……左側かな。
声で探すなんてかくれんぼではないような気がするが、探す範囲はだいぶ狭まった。
「そうだ。匂いをたどってみよう」
私は自分がキツネであることを思い出し、嗅覚に頼ることにした。これも反則技のような気がするけど、きっとクガルグは許してくれるだろう。
鼻を床に近づけ、フンフンと匂いを嗅ぐ。うーん、この辺りは通ってないみたい。隣に置いてあるジャガイモの匂いが邪魔だなぁ。
それでもしばらくフンフンフンフンやっていると、やがてクガルグの匂いを捉えることができた。クガルグは床を歩いて移動したのではなく、食料の入った箱の上に登って移動していったようだ。
私は箱の上には登らなかったけど、匂いから「この辺りにいそう」とあたりをつけて、そこを重点的に探る。
すると人参の入った箱の裏に、クガルグが丸くなって隠れていた。
「クガルグ、見っけ!」
「見つかった」
クガルグは物陰から出てくると、私を見て感心したように言う。
「匂いをたどるなんて、かしこくなったな、ミルフィー」
クガルグは感慨深げだ。まるで私のかくれんぼの師匠になったみたい。
クガルグに舐められているような気がしたので、私はやる気に燃えながら言う。
「じゃあ、次はまたわたしがかくれるからね!」
師匠のクガルグより上手に隠れてみせるぞ。
「わたしも、この小屋のなかでかくれようか?」
「ううん。ミルフィーは、とりでを全部つかってかくれてくれ。それくらいじゃないとすぐ見つけちゃうから」
……これは完全に舐められている。私のかくれんぼの技術が完全に舐められている!
「とりで全部なんて、たいへんだよ!? かくれるところいっぱいあるから、いっぱい探さなきゃならないよ!?」
「うん、だいじょうぶ。外でもいいし、砦の中でもいい。馬小屋とかも使っていいし」
「たいへんだよ!?」
「だいじょうぶ」
私はクガルグが大変なことになると訴えたが、クガルグは余裕だった。
「わかった! 見つけられなくてもしらないよ!」
私は悔し紛れにそう言い放ち、隠れるために走り出す。しかしハッと立ち止まると一旦クガルグのところに戻ってこう言う。
「さんじゅう秒じゃかくれられないから、一分ちょうだい」
こんなこと頼むからクガルグに舐められてしまうのだと思いつつ、ちゃんと一分もらってしっかり隠れたい気持ちもあったので、恥ずかしげもなく言う。
するとクガルグは「わかった」と頷いてくれたので、私は再び駆け出した。どこに隠れようかな~。
やはり砦の中のどこかに隠れようかなと思い、玄関の方へ向かおうとしたが、その途中で、はたと立ち止まる。
「なにかおちてる。……ジャーキー?」
前方に、点々とジャーキーが落ちていたのだ。
「どうしてこんなところに?」
料理長さんがジャーキーを持って歩いていて、落としちゃった? それともカラスや野良ネコが厨房に侵入してジャーキーを奪い、こぼしながら逃走した?
色々な想像をしながらジャーキーを見つめていると、私の口から勝手によだれがツーっと垂れた。
(いけない、いけない)
慌てて口周りをペロペロしてよだれを綺麗にする。
(落ちてるのは汚いから駄目)
自分に言い聞かせながらペロペロし続ける。ジャーキーがそばにある限り、匂いにつられてよだれが無限に出てきちゃう。
しかしこの点々と落ちているジャーキー、本当に偶然ここに落ちたのだろうか?
(偶然にしては綺麗に並んでるんだよね)
ジャーキーは一定の間隔でぽつぽつと地面に落ちていて、砦の建物の角を曲がった先に続いている。
「これは……きっと〝わな〟だ」
さすがの私も感づいた。これは私をおびき寄せるための罠だ。
犯人はキックス、ジルド、ジェッツ辺りに違いない。ジャーキーにつられてあの角を曲がったら、そこに何か罠が仕掛けてあるのだろう。だけど私は引っかからないぞ。
私は砦の建物の角にタタタと近づき、陰からひょこっと顔を覗かせた。そこに落とし穴があるのか、はたまた獲物を捕まえるような網が仕掛けられてあるのか、あるいは私をもふもふするためにキックスたちが待ち構えているのかもしれないと思って。
しかし警戒しながら覗いたものの、角を曲がった先には、ジャーキーが五分の一ほど入ったビンが転がっているだけだった。
いつも厨房の棚の中に置いてある、見慣れたちょっと大きめのビンだ。
(あれ? 罠じゃない? 本当に料理長さんが歩きながらうっかりジャーキーをこぼしつつ、最後にビンを落としちゃったのかな?)
そんなことある? でもこのビンは猫やカラスが運べる重さじゃない。
料理長さんって意外とうっかりさんだったのかな、と思いつつ、私はビンの中のジャーキーをじっと見つめた。五分の一ほどしか残っていないと言っても、私にとっては十分な量だ。
いつもはおやつ代わりに少ししか貰えないジャーキーだけど、今ならお腹いっぱい食べられるかもしれない。地面に落ちたやつは汚いかもしれないけど、ビンの中のものは大丈夫だろう。
お昼ごはん前だし、私はお腹が空いていた。よだれもまた溢れてくる。
ちらっと周囲を見回し、誰もいないことを確認する。クガルグもまだ数を数えているのか、ここからは見えない。
(よし)
地面に倒れているビンに、私はそっと前足を突っ込む。そしてちょいちょいとジャーキーを引き出そうとするが、私の短い脚では微妙に届かなかった。
そこで今度は顔を突っ込んでみる。ビンの口は私の頭が入るギリギリの大きさだったけど、無事に全部入り、ジャーキーにありつくことができた。
「おいひい」
もぐもぐしながら幸せな顔で言う。ビンの中なので声が反響した。
しかしそこで、私は異変を感じ取る。
――雷の気配がグッと濃くなったのだ。
(雷が落ちる……!?)
遠くで鳴っていたはずの雷がここまでやってきたのかと空を見上げたかったが、ビンが重くて顔を上げられない。
と、その時。
「こんなバカな罠には引っかからないわよね、と思ったけど……引っかかったわね」
知らない人の声が聞こえた。




