お祭り準備
家族旅行も無事終わったので、私の意識は次のイベントに向かっていた。コルビ村で行われる星祭りだ。
いつの間にか、祭りはもう三日後に迫っていた。
祭りの準備が進んでいるか様子を見に行くため、隻眼の騎士はコルビ村に向かったので、私もそれについていくことにした。
村のみんなは私の存在を知っていると思うけど、喋ったことのない人がほとんどだし、恥ずかしいので私は隻眼の騎士の制服の中に隠れた。
上の方のボタンをはずして外套の中に入れてもらい、顔だけ襟元から出す。
「思い切り顔が出てるが、いいのか? 村人と顔を合わすのが恥ずかしいんじゃなかったのか?」
「うん……」
隻眼の騎士の制服の中に隠れた後で、私も思ったよ。これ隠れられてないなって。
でももういいや。村の様子も見たいから、リュックとかに入って完全に隠れるのは嫌だし。
「あっ! ミルちゃん!?」
村に入ると、さっそくいつも広場で子供たちに勉強を教えている先生に見つかったので、きゅんと鳴いて挨拶する。
「ヒーッ、可愛い」
隻眼の騎士の服からちょこんと顔を出している私を見た途端、ノックアウトされたみたいにふらふらし出した先生を、隣を歩いていた奥さんらしき女性が支える。
女性は夫の様子に苦笑いした後、隻眼の騎士に会釈し、私にほほ笑みかけてきた。
「私もやっと精霊の御子様を見られたわ。あなたが言っていた通りに可愛らしいのね」
「そ、そうだろう? いつも心臓がぎゅっとなって息が苦しくなるんだ」
先生……。それ大丈夫?
「本当に随分人懐っこい精霊の御子様だわ」
先生の奥さんは、まだ私を見てほほ笑んでいる。顔だけ出してるのがおかしいみたい。
「祭りの準備は順調ですか?」
そこで隻眼の騎士が尋ねると、先生は心臓を押さえながら息も絶え絶えに答える。大丈夫……?
「え、ええ。何も抜かりはありませんよ。子供たちも当日は夜更かしができるので、みんなお祭りを楽しみにしているんです。お祭り……ミ、ミルちゃんは、お祭り……」
「精霊の御子様は、お祭りには来られるんですか? 村のみんなは、是非とも来てほしいと思っているのですが」
息も絶え絶えな先生に代わって、奥さんが尋ねてくる。
「いくよ」
私は小さな声で答えた。奥さんは初対面だから、面と向かって話すのが恥ずかしいのだ。
「まぁ! 嬉しい。みんな喜びます」
「楽しみだな~!」
先生もニコニコ笑って嬉しそうだ。
「では、当日に。お待ちしていますね」
「またね、ミルちゃん!」
奥さんと先生は仲良く並んで歩いていく。
二人が去ると、私を胸元に入れたまま、隻眼の騎士はとあるお宅の前で立ち止まった。この家に用があるようだ。
玄関をノックして声をかける。
「村長! グレイルです!」
「ああ、副長さん」
家の奥から出てきて玄関を開けたのは、この村の村長さんだという白髪のおじいさんだった。腰もちょっと曲がっていて、年齢は八十歳以上に見える。
「おや、その白い子犬は……」
「子ギツネです。この子がミルですよ」
隻眼の騎士が私の頭を撫でながら言うと、村長さんは目を細めてほがらかに笑った。
「その子が! なんと可愛らしい。想像していたよりずっと穏やかな顔をしていらっしゃる」
人見知りもあり、照れくさいのもあり、私は取りあえずえへへと笑う。穏やかな顔っていうのは、サンナルシスが言うところの『平和な顔』ってことだろうか?
「村長、祭りの準備は順調ですか? 何か手伝うことがあれば、部下たちを呼んできますが」
「いいや、大丈夫ですよ。特に力仕事もないもんでね。蝋燭の灯りと星を眺めて、酒を飲むだけの祭りですから」
キャンドルとお酒はたっぷり用意してあるらしく、後は祭りの当日を待つだけみたい。
しかしそこで、私は村長さんの家の中にあるたくさんのキツネの置物に目が行った。木彫りのキツネだ。
「あれ、なに?」
村長さんに直接聞くのは恥ずかしかったので、私は隻眼の騎士を見上げて尋ねる。
「あれは祭りで売る土産物だ。そうでしょう?」
隻眼の騎士が聞くと、村長さんは頷いた。
「ええ。毎年よく売れるのでね」
「村外から祭りを見に来た観光客が買っていくんだ。みんなここに雪の精霊がいることは知っているから、精霊やキツネモチーフの物はよく売れるらしい」
隻眼の騎士は私に詳しく説明してくれた。村長さんも続けて言う。
「手袋や帽子なんかの防寒具も売れますよ。観光客はこちらに来て初めて、思ったよりも寒いと思うんでしょうな」
ハハハと笑う村長さん。どうやらコルビ村の人たちは、一年かけて土産物や防寒具、お酒を準備し、お祭りの時にここぞとばかりに売るようだ。
意外と商魂たくましいけど、コルビ村の人たちが潤うならいいや。キツネモチーフのものもどんどん売ろう。
「では、祭りの準備は順調ということですね」
「ええ」
村長さんはそう答えた後、帰ろうとする隻眼の騎士に言う。
「ところで副長さん、三日後の祭り当日の天気までは分かりませんが、明日は雨か雪かもしれませんよ。足の古傷が痛むもんで」
「そうですか。村長さんの天気予報はよく当たるからな。では……」
隻眼の騎士は笑って村長さんの家を後にすると、私に言う。
「おそらくスノウレアが降らせてくれていると思うんだが、祭りの当日は毎年ちらほらと雪が降るんだ。それでみんな盛り上がる。だが、明日はスノウレアとは関係なく天気が崩れるようだな」
「ふるきずで分かるんだね。せきがんのきしは目が痛くなったりしない?」
全然不自由そうなそぶりを見せないから忘れがちだけど、隻眼の騎士は大きな傷で片目が塞がってるんだもんね。
心配して言うと、隻眼の騎士は私を安心させるようにこう答えた。
「いや、俺は何も感じないな。大丈夫だ」
そして二人で砦に戻ろうとしたところで、外で遊んでいた村の子供たちに見つかった。
「あー! 白い子ギツネだ!」
「せいれい様だ!」
「顔だけ出てる!」
「犬みたい」
子供は六人いて、わらわらとこちらに寄ってきた。そして背の高い隻眼の騎士の胸元から顔を出している私を見上げる。
「ほんもの?」
「やっぱり精霊様じゃなくて犬じゃない?」
「キツネにしては丸いもんね」
「なんかのんきな顔してるし」
子供たちは素直なので、思ったことをそのまま口にする。もうやめて! 丸いのはもふもふの毛のせいだもん! 顔は……顔はのんきだけど。
「でもかわいいね!」
「かわいい!」
「うん、とってもかわいい!」
今度は次々に褒められたので、照れて口元が緩んでしまう。のんきな顔って言われたからキリッとしていたいんだけど。
「わんわん、なでていい?」
「騎士さま、ぼくもなでたい!」
次はみんなで手を伸ばしてくる。
「ミル、どうする?」
「うーん、いいよ。なでるくらいなら」
この小さな手を拒否するのもな、と思って承諾した。すると子供たちは驚いて目を丸くする。
「しゃべった!」
「なんで!?」
興奮する子供たちを落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で隻眼の騎士が言う。
「この子は犬じゃない。雪の精霊だ。いいか、みんな。撫でる時は優しく撫でるんだぞ。優しくな」
「えー! ほんとうに精霊様だったんだ!」
「やさしくね。わかった!」
「やさしく、やさしく……」
隻眼の騎士が膝を曲げて上半身を下げると、子供たちはみんなでそーっと私の頭を撫でてくる。すごくソフトタッチなので、くすぐったくてたまらないんだけど。
我慢できずに頭をプルルッっと振ったら、みんなちょっとびっくりして手を離した後、きゃははと笑い出した。
え? 今の面白かった?
何だか分からないけど、子供たちの笑い声につられて私もフフフと笑ってしまったのだった。
やっぱりこの村の人たち好きだなぁ。




