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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第五部・はじめての かぞくりょこう

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家族旅行第2弾

 二回目の家族旅行の日がやってきた。

 前回と同じく、父上が私と母上の住処に来た後、三人で砦に移動する。そして支団長さん、隻眼の騎士、キックス、ティーナさん、レッカさんと合流した。


「今日もおべんとう、ある?」

「ああ、用意してある」


 しっぽを振って尋ねるキツネ姿の私を見下ろし、隻眼の騎士がほほ笑む。

 そして人の姿の母上と父上の質問にも順番に頷いている。


「ジャーキーとやらもあるじゃろうな?」

「ええ、あります」

「じゃむ……」

「あります」


 答えを聞くと母上と父上は満足そうな顔をした。二人とも私の影響で食いしん坊になっちゃった?


「では、さっそく出発しますか?」

「ああ……」


 支団長さんに促されると、父上は私を抱き上げ、移動術を使う。父上の体が白い霧に変わったかと思えば、その霧は私たちみんなを包み込んでいった。

 そして次の瞬間には旅行先へと到着していたのだが――。


「……っあっっつい!」


 着いた途端に母上が叫んだ。


「うー……」


 父上の腕の中で私も思わず唸る。ギラついた強烈な日差しに目をつむったが、まぶたの下からでも周囲の明るさがよく分かった。


「ここ、さばく……?」


 私はちらっと目を開けて呟く。息をするたび熱い空気が肺に満ちて不快だ。


「何て暑いの」

「暴力的な日差しだな」


 ティーナさんとレッカさんが、ここに着いて一瞬で出てきた汗を拭っている。


「何だここ。砂ばっかりじゃん!」


 キックスは目を見開いて驚いていた。砂漠を見たのは初めてみたい。


「ってか暑すぎて死ぬ! 北の砦の環境に慣れた俺たちにはつらい! 本当にここが家族旅行の目的地っスか!?」


 父上にも遠慮せず尋ねるキックス。すでに私と母上は虫の息で、頭がくらくらしてきている。

 父上は少し困惑しつつ言う。


「確かにここだが……以前来た時より……ずっと、暑くなっている」


 それって、今日とは来た時間帯が違ったんじゃないのかな? 砂漠によっては夜と昼で気温が全然違うと聞くし、父上が前に来た時は朝方とかの涼しい時間だったんだろう。

 アリドラ国でも今は朝だけど、国境を越えれば時差も出てくるし、この砂漠のある国では今、真昼間なのかも。


「湿気のないこんな場所は、そなたも苦手な場所であろう……。何故わざわざこんな場所に連れて来たのじゃ」


 母上はふらつきながら聞き、父上は後ろを振り返って背後を見つめる。


「あそこの水が……宝石のように美しいと思ったのだ……。見れば、ミルフィリアが喜ぶと……」


 そこには小さなオアシスがあり、確かにキラキラと輝く水面が美しかった。大きな碧い宝石が砂漠に埋め込まれているかのようだ。

 だけどやはり暑すぎる。こんな灼熱の大地で、のんびり綺麗な風景を見ている余裕はない。


「もう無理じゃ……」


 と、母上が暑さにやられて気を失い、こちらにぐらりと倒れてきた。


「スノウレア」


 父上は私を抱いていない方の手で母上を受け止める。私ももう限界――……。


「戻りましょう。すぐに」


 気を失う直前、支団長さんの焦ったような声が聞こえて、それと同時に私は冷たい霧に包まれたのだった。




 気づくと、私はちらほらと花が咲いている原っぱに立っていた。

 ここ、見覚えがある。前に夢の中で来た場所だ。

 その時は私は人間と精霊と子ギツネの三人に分かれていたけど、今はいつも通りの子ギツネ姿だ。


 と、私がきょろきょろ辺りを見回していると、いつの間にか目の前にターバンを巻いた青年が立っていた。前にも夢で会った青年だ。


「わ、びっくりした!」

「驚かせてすみません」


 淡い金髪の青年は、穏やかにほほ笑んで謝罪する。


「まえに会った……」

「そうです。覚えていてくれて嬉しいです」


 青年は私の前でしゃがむと、にっこり笑って本題に入った。


「それで今日は、人懐っこい君に頼みがあるんですけど」

「いきなり?」

「ごめんなさい。君には前世の記憶の件で迷惑をかけてしまったのに、この上頼みごとだなんて。だけど頼めるのが君しかいなくて。もう開き直ってお願いしちゃおうって」

「すなお……」


 嘘がつけない人みたい。


「それで、たのみって?」


 取りあえず話を聞いてあげよう。

 青年は地面に両膝をつくと、眉をハの字にして困った顔をし、私の両前足をぎゅっと握る。


「ミルフィリア。精霊の数を増やすために協力してくれませんか?」

「せいれいの数?」

「そうです。子供を一人しか持てないという制約はあるものの、寿命はないに等しいのに、今は精霊の数がちょっと少ないと思うんです。僕は精霊にもっと増えてほしいんです」


 少ないと言えば確かに少ないのかな? 今まであまり精霊の数を気にしていなかった。

 青年は瞬きするたびに瞳の色をころころ変えながら続ける。


「サンナルシスとルナベラのことはありがとう。二人の間に双子が生まれること、僕もとても嬉しいですし、二人の仲を取り持ってくれたミルフィリアには感謝しています。だけど、僕が一番跡継ぎを作ってほしいと思っているのは、ウォートラストなんです」

「父上?」

「ええ。水は大地にとっても、人や動物、植物にとっても、この世界のありとあらゆる生き物にとって大切なのに、水の精霊は今、一人しかいないんです。だからウォートラストに跡継ぎを作ってもらいたいんです」

「うーん……分かった! たのんでみる!」


 少し考えて承諾した。だって父上が跡継ぎを作ったら、それは私の弟なのだ。


(弟ができたら私も嬉しいし)


 ちっちゃなヘビの弟ができることを想像して、私はにっこり笑う。

 するとターバンの青年もつられてにっこり笑って言った。


「協力してくれるお礼と言っては何ですが、君の魅力をアップさせておきますね。毛皮のもふもふ感を一割増しにしておきます」


 青年が私に向かって両手をかざすと、何だか体が温かくなった。

 でも、もふもふ感を一割増しって何? 微妙じゃない? せめて三割増しくらいにならない? と言うか、もふもふは別にこれ以上必要ないからもっと他のものくれない? 何かすごい力とかさ。


「では、また!」


 私が心の中で文句を言っているうちに、青年は晴れやかな笑顔を浮かべてこちらに手を振ってきたのだった。




 目を覚ますと、私は仰向きで寝ていて、顔だけ出して体は雪に埋まっていた。何? この状況。


「ミル! 気がついたか」


 ふと上を見れば、隻眼の騎士がこちらを覗き込んでホッとしたように言う。私を囲むようにして、母上も父上も支団長さんもキックスも、ティーナさんもレッカさんもいた。


「ミルフィリア……」


 父上も安心したように息を吐き、私を雪から掘り返して抱き上げる。


「よかった……。済まない……。砂漠があんなに……暑いとは……」


 自分の失敗に落ち込んでいる様子の父上。私はそんな父上の頬を舐めて言う。


「わたしはだいじょうぶだよ。元気になったよ。でも、ここは……」

「スノウレア山じゃ。ウォートラストはわらわたちを連れて、慌ててここに戻ってきたようじゃ」


 答えたのは母上だ。母上も体が冷えて元気を取り戻したらしく、私に向かって笑顔を見せて言う。


「ちょうど今、ミルフィリアが生まれて間もない頃の話をしておってな」

「え? わたしの話?」


 私は父上に抱っこされながらきょとんとする。


「そうじゃ。例えばミルフィリアがまだ目も開いておらぬ頃、わらわの匂いを辿って、一生懸命よちよちとこちらに向かってくる可愛さなどを語っておった」


 母上は上機嫌で続ける。


「小さすぎて寝床の枯れ草に埋もれてしまい、キュンキュンと鳴きながらわらわに助けを求めてきたこともあったな。不安そうに鳴いておる時に抱っこしてやると、安心してコテンと眠ってしまったこともあった。少し成長した後も、吹雪の時に洞窟の中を風が通り抜ける音に怯えて、どこから音がしているのかとずっときょろきょろしておったのも可愛らしかった。恐る恐る洞窟の奥を見に行っては、怖くなってすぐにわらわのもとに走ってきたり、その途中で足をもつれさせて転んでしまったりな。まだ走るのが上手ではなかったからの」


 母上、すごく喋るじゃん。私はその時のことあまり覚えてないし、何だか恥ずかしいからやめてよ。

 と、父上がつらそうに顔をしかめて呟く。


「何故……私はその頃に……ミルフィリアに、会いに行かなかったのか……」


 隻眼の騎士もぐっと拳を握って「見たかった」と悔しがる一方、支団長さんは顔を両手で覆って「最高の話を聞けた……」と震えている。

 そしてティーナさんとレッカさん、キックスもこんな会話をしていたのだった。


「話を聞いているだけで可愛いわ」

「でもやっぱり、今よりもっと小さい頃のミル様の姿も見てみたかったな」

「いやぁ、でも赤ん坊のミルが砦に来てたらヤバいだろ。みんな仕事にならねぇよ。今でも仕事そっちのけでミルに構ってる時あるのにさ」

 

 

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