報告
支団長さんと隻眼の騎士に双子のことを報告した後、私は母上と父上にも同じことを報告しに向かった。
母上はルナベラのお腹に中にいる子が双子であることに驚きつつも、「双子とはめでたいの」と喜んでいた。
父上はこの件にそれほど興味はなさそうだったが、私が浮かれているのを見て、穏やかに「それは……よかったな……」と言っていた。
「じゃあ次はヒルグパパとクガルグのところに行ってくる!」
父上のもとを離れ、私は急いで次に向かう。だってまだダフィネさんとウッドバウムとハイリリスとハイデリンおばあちゃんのところにも報告に行かないといけないんだもん。知り合いが多いと楽しいけど、こういう時大変だ。
クガルグを目標にして移動術を使うと、次の瞬間、私はヘソ天でごろごろしていたクガルグの体の上に着地してしまった。
「ぐぇ」
お腹を踏んでしまったので、クガルグがかすかなうめき声を上げる。
「あ、ごめん」
私は慌ててクガルグの上から退く。すると後ろから伸びてきた黒豹の大きな前足に捕まり、そのままズルズルと引きずられていった。
「よく来たな、ミルフィリア!」
「ヒルグパパ!」
クガルグのすぐそばにヒルグパパもいたらしい。
「久しぶりに毛づくろいをしてやろう」
「いいよいいよ。だいじょうぶだから」
抵抗むなしく、私はヒルグパパの前足の中に閉じ込められ、ザラザラした熱い舌で毛並みを整えられる。
ひぃー、暑い! 逃げようともがいても、太くて大きな前足からは逃げられなかった。
私が諦めてじっとしていると、クガルグが起き上がって「ミルフィー!」と言いながらこちらにやってくる。きっとクガルグも私を毛づくろいしてくれるつもりなのだろう。この親子は毛づくろい大好きだから。
しかし私が死を覚悟したところで、予想していなかった助けが入った。
「ヒルグ、クガルグ。あなたたち二人がかりで毛づくろいしたら、ミルフィリアが弱ってしまうわ」
「雪みたいに溶けちゃうかも」
ハッと正面を見れば、人の姿のダフィネさんとハイリリスが地べたに座っていたのだ。
どうやら二人は、ヒルグパパとクガルグの住処に遊びに来ていたみたい。ハイリリスはヒルグパパに、ダフィネさんはクガルグに会いに来ていたのかな?
「ん? そうか?」
ヒルグパパの拘束が緩んだので、私は慌ててそこから逃げ出す。
「ダフィネさん! ハイリリス! きてたんだ」
とりあえずハイリリスの膝の上に乗り、そこで腰を落ち着ける。クガルグもやってきてハイリリスの膝に乗ろうとしたけど、ハイリリスは華奢で脚も細いので、上半身しか乗せられていない。
みんな集まっていてちょうどいいと、私はさっそくルナベラとサンナルシスの子が双子であることを話した。
「えぇ!? 双子!? 双子ってあれでしょ? 二人一緒に生まれてくるってことでしょ?」
「そうだよー」
ハイリリスはひたすら驚いていて、ヒルグパパはハッハッハッと笑っている。
「それはめでたいな! 光と闇の精霊だから、もうすぐ可愛い子馬と子猫が生まれてくるのか!」
一方、ダフィネさんも長いまつげを瞬かせて驚きつつ、こう思案する。
「精霊も双子を身ごもることがあるのね。たまたまかしら? それともルナベラとサンナルシスの子だからかしら? だって、ほとんどの精霊は自分の跡継ぎが欲しいから他の精霊と番うけれど、あの二人はお互いを愛している。あれほど想い合っている精霊はいないでしょ?」
相手のことをちゃんと好きになって番った精霊だから、他の精霊より多くの子供を授かったということかな? 子供は愛の結晶だというようなことを、サンナルシスが言っていた気がするし。
「賑やかになるわね。ミルフィリアとクガルグと四人で遊べるじゃない」
「ハイリリスもいっしょに遊ぼうよ」
「私は遊ばないわよ! 子供じゃないんだから」
そんなこと言って、私たちが遊んでたらうずうずして参加してくるんでしょう?
双子のことを伝えるという目的は果たしたので、私はさっそく次に移動しようかと思ったけど、せっかくダフィネさんとハイリリスも集まっているんだからと、違う話題も振ってみることにした。
「そういえばみんな、雷のせいれいのこと知ってる? ライザードっていうせいれい」
「ライザードがどうかしたのか?」
ヒルグパパはライザードを知っている様子だ。私はライザードが昔、母上とサンナルシスの住処にやってきて、雷を落としていったのだと説明する。
「ヒルグパパのところには来なかった?」
「いや、来たぞ! それもちょうど三十年ほど前だ」
ヒルグパパは人の姿になると、あぐらを組んで腕も組み、当時のことを思い出しながら話す。
「ライザードはいきなり私のところへやって来てな、この山にいくつも雷を落としていったのだ。しかし私に直接攻撃をぶつけてくることはなく、『何がしたいのだ?』と困惑していたら帰っていってしまった。いまだにライザードが何をしたかったのか分からん!」
「なんだ、そいつ! 父上、ケガしなかったのか?」
憤慨するクガルグに、ヒルグパパは明るく笑って言う。
「私は大丈夫だ! しかし雷が落ちたせいで木が燃えてな。ちょっとした山火事になったぞ!」
ヒルグパパはなぜか楽しそうだ。炎の精霊だから山火事も怖くないのかな。
「ライザードって誰? 私は雷の精霊にはまだ会ったことないわ」
そう言ったのはハイリリスだ。ライザードが精霊たちにケンカを売って回っていたのは三十年前のことのようだけど、ハイリリスはその頃はまだ子供のようなものだっただろうし、さすがにライザードも攻撃はしなかったのかな。
一方で、ダフィネさんはヒルグパパと同じ頃に攻撃を受けていたみたい。
「確かにライザードが何をしたかったのかはよく分からなかったわね。自分の力を見せつけたかったんだろうと思っているけれど……。でも幸い、あれきりライザードが絡んでくることはないわね。あの一度だけで満足したのかしら?」
「そういえば奴が今どこにいるのかも知らんな。あれから一度も姿を見ていない」
「大人しくしていてくれるなら、その方がいいわ」
どうやらダフィネさんはライザードが苦手みたいだ。口調や表情からそんな印象を受ける。
「ダフィネさん、こうげきされたから、ライザード苦手なの?」
「ええ、まぁ住処の大地を傷つけられたからね。でも、もともと私のような大地の精霊やウッドバウムのような木の精霊は、雷の精霊とは相性が悪いのよ。だから苦手というのもあるわ」
「そっか。あいしょう」
精霊は精霊同士仲良くやれればいいけど、相性が悪いと難しいのかな。一瞬そう考えたけど、すぐに「いやいや」と思い直す。
(サンナルシスとルナベラは精霊としての相性が悪くても、仲良しだもん)
私もクガルグやヒルグパパのことは好きだし、相性は実はあまり関係ないのかも。ライザードが優しい精霊だったなら、ダフィネさんもきっと彼のことを苦手にはなってなかっただろう。
(ライザード……。今はどこで何をしてるんだろう?)
三十年前に暴れた後、ぱたりと消息を絶っている彼のことが少し気になった。
私はクガルグたちと別れると、次にウッドバウムのところに向かう。
「ミルフィリア~!」
自分の住処の森にいたウッドバウムはいつも通り私を歓迎してくれたけど、私がライザードの話を振ると、顔を青くして怯え始めた。
「ライザード? もちろん覚えてるよ。三十年前、僕のところにも来たんだ」
人の姿のウッドバウムは、私をぎゅっと抱きしめて顔をうずめながら話す。だけどこれはライザードのことを思い出して怖がっているんじゃなく、私のもふもふを堪能しているだけみたいだ。紛らわしい。
「僕に攻撃を当ててくることはなかったけど、住処の森の木々がいくつか破壊されたんだよ。雷って本当に怖いよね。炎と同じくらい怖いよ」
「あ! ライザードのことが気になって、双子のことをほうこくするのわすれてた」
私はハッとして、ウッドバウムにもルナベラのお腹にいる子が双子だと伝える。
「え、双子!? それはすごいねぇ!」
ウッドバウムは頬を紅潮させて興奮している。ウッドバウムも子供が好きだもんね。
「楽しみだなー」
「ねー!」
「双子が生まれたら僕も会いに行きたいなぁ。会わせてくれるかな?」
「会わせてくれるよ! ウッドバウムはやさしいもん。ルナベラのいえも造ってくれたし」
「あの家、気に入ってくれてるかな?」
「気にいってるみたいだよ」
森の中でウッドバウムとほのぼのお喋りしていたら、あっという間に夕方になってしまった。
「ハイデリンおばあちゃんのところにも行かないといけないから、もう行くね!」
「ミルフィリアはいつも忙しそうだね」
そう言って手を振るウッドバウムにしっぽを振り返し、私はハイデリンおばあちゃんのもとに飛んだ。




