双子
ルナベラのお腹からは、光と闇の二つの〝気〟を感じた。
「ふたっ、ふたご!? ふたごなのっ!?」
私はソファーの上で無意味にワタワタと足踏みしながら言う。興奮し過ぎてじっとしていられない。
ルナベラもサンナルシスもそんな私を見てほほ笑む。
「ええ、どうやら双子のようです」
「さすが私たちの子だ。一度に二人も生まれてくるなんてな」
「でも、せいれいってふたごを身ごもることあるの?」
ワタワタし続けながら尋ねる私を、サンナルシスが抱き上げる。
「落ち着け。精霊が双子を産むなんてことは私も聞いたことがないが、あり得ないことではないだろう。人間もたまに双子や三つ子を産むと聞くし、精霊が稀に双子を産むことがあってもいいだろう」
「そっか」
私はとりあえず納得して、サンナルシスの腕の中でしっぽをパタタタタと高速で振る。
「ふたりも生まれてくるなんて、すっごく楽しみー! ただでさえおめでたいのに、二人も生まれてくるなんてさらにおめでたいよ! おめでとー!」
ルナベラとサンナルシスを祝福しながら足をバタバタ動かす。嬉しくて駆け回りたい気分だ。クガルグみたいに一人で運動会を開催してしまいそう。
そして私はもう一度こう言う。
「生まれてくるの、すっごく楽しみー!」
顔が勝手にニパッって笑っちゃうし、舌も出ちゃう。しばらく真面目な顔はできそうにない。
サンナルシスは興奮してバタバタ動いている私を落とさないように抱え直し、不思議そうに言った。
「どうしてお前がそんなに喜ぶのだ。人のことなのに、まるで自分のことみたいに」
サンナルシスは純粋に疑問に思っているようだった。きっと精霊は普通、他の精霊の妊娠をこんなに喜んだり祝ったりしないんだろう。
「だって、年下のせいれいって初めてだし、いもうととおとうとが一度にできるみたいでうれしいよ」
「ミルフィリアちゃんがこんなに喜んでくれて私も嬉しいです。私たちに子供ができたのも、ミルフィリアちゃんのおかげですから」
「そんなことないよー」
とにかく嬉しくて、えへえへと笑いながらしっぽを振り続ける私。
「このこと、他のみんなにも言っていい?」
「もちろんいいですよ」
ルナベラは快く頷いてくれた。
「でも、他のみんなって誰です? 砦の人たちですか?」
「うん。砦のみんなと、あと母上や父上と、クガルグとヒルグパパと、ウッドバウムとダフィネさんと、ハイリリスとハイデリンおばあちゃんと……」
「本当にみんなですね。でもみんな、私が双子を産むことにそんなに興味ないと思いますけど」
ネガティブなことを言い出したルナベラに対して、サンナルシスが即座に言う。
「そんなことはない。この私の、光の精霊の跡継ぎと! 闇の精霊の跡継ぎが生まれるのだ! 全世界待望の子、しかも双子だ! 人間も精霊も、世界中の誰もが喜び、祝うはずだ」
サンナルシスはポジティブすぎる。本当に正反対の二人だ。
「じゃあさっそく行ってくるね」
「待て、ミルフィリア。誰に言ってもいいが、ライザードにだけは言うんじゃないぞ」
地面に降りた私に、サンナルシスが忠告してくる。
「ライザードって……雷のせいれいのこと?」
「そうだ」
「わたし、雷のせいれいとは知りあいじゃないから、だいじょうぶ。言わないよ」
「ならいいが」
私は小首を傾げて尋ねる。
「サンナルシス、ライザードとなにかあったの?」
「何かあったも何も、昔、奴がいきなり攻撃してきたのだ」
「え? サンナルシスも?」
三十年ほど前、母上もライザードに攻撃されたのだと言うと、サンナルシスは自分もそれくらいの時期に初対面のライザードに攻撃されたと説明した。
「その頃の私は、ジーラントとはまた別の国の王城に住んでいたのだが、ライザードはその住処にいきなりやってきたのだ。そして城の外にいくつも雷を落として、私が驚いている様子を見て満足気に帰っていった」
何だか母上に攻撃してきた時と似ている。相手を倒そうとするんじゃなく、自分の力を見せつけているような感じだ。
サンナルシスは不快そうに続ける。
「城の中にいた私に雷は当たらなかったし、城の人間たちにも被害はなかったが、建物の一部は破壊されたようだ。それに、窓辺に置いてあった私のお気に入りの金の姿見も割れた」
サンナルシスは姿見を壊されたのが一番腹立たしいようだった。だが、サンナルシスも母上と同じく、ライザードに反撃したりはしなかったようだ。
「奴はまだ若いというのは見て分かったからな。その時は腹が立ったが、年下相手に本気でやり返すのは大人げないと自分を諫めたのだ。第一、私が反撃すれば私が圧倒的に勝ってしまうしな。ライザードに大怪我をさせるのも可哀想かと思ったのだ」
「ライザードよりサンナルシスのほうが強いの?」
「当たり前だろう。私は光の精霊だぞ。精霊の中で一番強い」
サンナルシスはいつもの調子で自信過剰な発言をした後、呆れたようにため息をついて言う。
「奴には品がない。私は昔から稲光というものを美しいと思っていて、嫌いではなかったのだ。しかし精霊があんなに乱暴では、雷のことは好きになれん」
「初対面で攻撃してくるなんて、怖そうな精霊ですね」
ルナベラは怯えて言う。昔からずっと引きこもっていたおかげか、どうやらルナベラのところにはライザードがケンカを売りに来たことはないようだ。
「とにかくライザードには言わないから、あんしんしてね!」
私はそう言うと、ルナベラの住処を離れて北の砦に戻った。
そして砦に着くと、隻眼の騎士を連れて支団長さんの執務室に向かった。まずはこの二人に双子のことを伝えようと思ったのだ。
「ミル、それで話とは何だ? さっきからずっと笑顔だし、そわそわしているようだが」
隻眼の騎士は、うふふと笑いながら床の上をそわそわと動き回る私を見て、尋ねてくる。
「うふふ、実はね……。ふふふ……」
駄目だ。嬉しくて笑いが止まらない。これじゃ説明できないじゃないか。
一旦落ち着こうと深呼吸をする。しかし笑いながら息を吸い込んだら変なところに空気が入ってしまって、ケホケホとむせた。
「大丈夫か?」
支団長さんが心配して言う。
私はむせてテンションが下がり、結果的には落ち着きを取り戻した。
「ごめん、だいじょうぶ。それより話っていうのはね、ルナベラとサンナルシスの子どものことなの」
「確かそろそろ出産が近いんだったな。ルナベラは元気でやっているか?」
隻眼の騎士の質問に頷きを返し、私は続ける。
「ルナベラはげんきだよ。それでね、お腹の子どもなんだけど……実は、ふたごだったんだよ!」
「ふたご……? 双子!?」
支団長さんはガタッと音を立てて立ち上がり、その勢いで椅子が後ろに倒れた。
「双子ッ!」
もう一度叫ぶ支団長さん。目がすごくキラキラしているし、氷の仮面が外れかけている。
「それは何ともめでたい話だ」
隻眼の騎士も嬉しそうだが、やはり支団長さんのわくわくっぷりったらない。もはや目をキラキラどころかギラギラさせて、ぶつぶつ独り言を言い始めた。
「ベビードレス、おくるみ、ゆりかご、おもちゃ……」
それ全部用意するのね。まぁ好きにしたらいいよ。ベビードレスなんてきっとフリフリの可愛いやつを買うつもりだろう。着るのは私じゃないし、私も赤ちゃんがベビードレスを着ているところがみたいから、フリフリのでも何でも買えばいいよ。
しかし支団長さんはチラッとこっちを見ながら、どさくさに紛れてこう付け足したのだった。
「これを機に、ミルの新しいドレスも買おう……」
ちょっと! 私のはいらないよ!




