尾行ごっこ
家族旅行の翌日、私は砦に遊びに来ていた。家族旅行はまだ第二弾と第三弾が残っているけど、今日はいつも通りの一日を過ごす予定だ。
私は隻眼の騎士を目指して砦に飛んできたけど、とある遊びをするために一旦隻眼の騎士とは分かれた。
その遊びとは、尾行ごっこだ。
尾行ごっこは私のお気に入りの遊びの一つであり、これまでも何度かやったことがある。砦を歩いている騎士の後ろをこっそりついて回るという遊びで、最近私の中で三度目くらいのブームが来ているのだ。
そして今は、砦の廊下を歩いているコワモテ軍団の六人を尾行中だ。リーダー的存在であるロシアの殺し屋――ロシア人でも殺し屋でもないけど――ロドスさんが、赤毛とあごひげが特徴のサブリーダー的存在、グレゴリオに仕事の予定について話している。そしてグレゴリオが他の四人にもそれを伝えていた。
坊主頭のギル、傭兵みたいなダズはちゃんと返事をして答えているけど、太っちょのバウンツは何か食べているし、キックスやジルドと仲良しの問題児ジェッツは、自分のモヒカン頭を整えながら歩いていて話を聞いていない。
だけど六人とも、私には全く気づいていない様子だ。
「フフフ……」
おっと、笑い声が漏れてしまった。尾行があまりに上手くいっているので笑ってしまった。でもコワモテ軍団は聞こえなかったのか、後ろを振り向かない。今度は心の中でフフフ……と笑って引き続き後をつける。
――が、尾行は長くは続かなかった。
「それで、ミルはいつまでそうやってるんだ?」
先頭にいたロドスさんが振り向いたかと思ったら、他の五人も同じようにこっちを見たのだ。
「え?」
私はその場でピタッと止まって固まる。
「また尾行ごっこか?」
しかし驚いているのは私だけで、グレゴリオもギルもダズも、お菓子をむさぼっているバウンツや髪を整えていたジェッツまで、私の存在に気がついていた様子だった。
「き、きづいてたの?」
「気づくだろ、そりゃ」
ジェッツが引き返してきて、私のお腹を支えながら片手で持ち上げる。そうして私を持っているその手を伸ばし、他の五人に順番に差し出す。
「はい、『一日一もふ』」
ジェッツがそう言うと、五人はそれぞれ私の頭を撫でていく。一日一もふって何? いつの間にコワモテ軍団の中でそんな目標が掲げられていたの?
「どうしてわかったの? わたしがびこうしてるって」
「爪が床に当たって音鳴ってたぞ。チャチャチャ……って聞こえたかと思ったら止まって、またチャチャチャ……て鳴ってたから、こっちをうかがいながら後つけてんだろうなって」
ジェッツが言い、他の五人も頷く。
えー、そうなの? 確かに石造りの砦の廊下を歩くと音が鳴るんだけど、私はその音が当たり前すぎてあまり気にしていなかった。
「あと、笑い声も漏れてたしな」
グレゴリオにもそう言われ、私はちょっと恥ずかしくなった。みんな、気づいた時点で言ってよ。
「あと――」
「まだなにかあるの?」
グレゴリオは、ジェッツに片手で持ち上げられたままの私の、さらに後ろを指さして続ける。
「ミルもキックスにつけられてたみたいだぞ」
「え?」
後ろを振り返れば、キックスが廊下の角からこっそり顔を覗かせていた。私と目が合うと、ニヤッと笑ってこっちにやってくる。
「ミル、前ばっかり気にしてて全然俺に気づいてなかったな」
「うん、ぜんぜんきづかなかった……」
半ば呆然としながら呟く。
尾行ごっこをしていた私がさらにつけられていたなんて思わなかった。
「もふもふのしっぽとお尻を眺めながら尾行するの最高だったわ」
キックスは笑って言う。
むぅ……。尾行ごっこは私が考えた遊びだというのに、こんなふうに出し抜かれるとは。
「これからは背後にも気をつけろよ」
ジェッツは私を床に降ろしながら、笑って忠告してくる。そしてコワモテ軍団とキックスは「じゃあな」とどこかに行ってしまったのだった。
私は神経質にしっぽをブンブン振りながらその後姿を見つめる。何だか悔しくて、このままじゃ終われない。次のターゲットを探さなければ。そして次こそ完璧に尾行を遂行するのだ。
私はやる気に満ちた勇ましい顔をして、廊下を引き返した。しかし走ると爪が床に当たって、チャカチャカ大きな音を立てている。
砦の中では分が悪い。尾行は外でした方がよさそうだ、と、私は玄関から建物の外に出た。
すると、門のところで隻眼の騎士と門番のアニキが立ち話をしているのが見えた。玄関から門までは少し距離があるので、私がここに現れたことは二人ともまだ気づいていない。
(よーし、次のターゲットはあの二人だ。今度こそ完璧に――)
と考えながら私がこっそりと一歩踏み出した瞬間、隻眼の騎士がパッとこちらを振り向いた。
「ミル?」
隻眼の騎士、気づくの早いよう……。野生の勘みたいなものが鋭すぎるんだよう。
そう言えば隻眼の騎士相手にこの尾行ごっこが成功したことは一度もないんだった。いつも私が隻眼の騎士をターゲットに定めた瞬間、こちらに気づくのだ。
「せきがんのきし、するどすぎるー!」
「ミル!?」
私は「わーん!」と泣きながら、隻眼の騎士たちとは反対の方へ走り出す。
次のターゲット! 次のターゲットを探すんだ!
「あっ! ティーナさんとジルドだ!」
ちょうどいいところに二人が歩いていたので、私はさっと倉庫の陰に身を隠す。
ティーナさんはレッカさんと一緒にいる事が多いけど、レッカさんと比べたらちょっと鈍いし、ジルドはキックスやジェッツといつもつるんでいるけど、二人より鈍感だ。ターゲットとして最適な二人だ。
ジルドはティーナさんのことを以前から可愛いと思っているようで、たまにこうやって話しかけているのだ。
今もきっと一人で歩いていたティーナさんにジルドが声をかけたのだろう。ジルドは嬉しそうに、ティーナさんもにこにこしながらお喋りしつつ歩いている。
「フフフ……」
私は笑い声を漏らしながら尾行を開始したが、二人は一向にこちらに気づく気配がない。ジルドなんて特にそうだ。ティーナさんとの会話に夢中でデレデレしているから、全然背後に気を配っていないのだ。
「ジルドはだめだなぁ」
騎士たるもの、いついかなる時も気を抜かずに周囲に注意を向けないと。……と考えたところで、私はハッと我に返る。
『これからは背後にも気をつけろよ』
さっきジェッツにそう言われたばかりだというのに、またもや前方にばかり注意を向けてしまった。
まぁ、だけどキックスとはさっき別れたし、私を尾行している人なんて誰も――。
「わぁぁ! せきがんのきし! いつのまにっ!」
一応振り向いたらすぐ後ろに隻眼の騎士が立っていたので、私はびっくりして腰を抜かしてしまった。
地面の上でジタバタしながら立てないでいる私を、隻眼の騎士が抱き上げてくれる。
「すまない、驚かせたか? いきなり走っていったから気になってついてきたんだ。別にこっそりつけていたつもりはないんだが……」
隻眼の騎士は普通に追いかけてきただけだったけど、私が鈍すぎて気づかなかったということね。そういうことなのね。
と、私の声でティーナさんたちも振り向き、こちらに気づいて「あら? ミルちゃん」と手を振ってくる。せっかく調子良かったけど、二人への尾行もここで終了だ。
私はティーナさんに前足を振り返した後、隻眼の騎士を見上げてしょんぼり言う。
「びこうごっこしてたんだけど、上手くいかなくて。さっきはわたしが逆にキックスにつけられてたし、今も後ろにいたせきがんのきしに気づかなかった」
すると隻眼の騎士は首を横に振ってこう言う。
「ミル、もう一人いる」
「もう一人?」
私が首を傾げると、隻眼の騎士は深く頷き、自分の背後を指さした。指の先は斜め上を向いている。
「なぁに?」
隻眼の騎士が指さした方を見ると、なんとそこには支団長さんがいた。砦の最上階の窓からこちらを覗いていたのだ。あそこ、支団長さんの執務室だ。
「しだんちょうさん!」
私が叫ぶと、支団長さんは気づかれて気まずそうな顔をした。そして私に軽く手を振って部屋に引っ込む。いつから見てたんだろう。
「ミルは一人で遊んでいても、砦にいる時は大体いつも誰かに見られていると思った方がいいぞ」
「そ、そうなの……?」
隻眼の騎士の言葉に一瞬戸惑ったけど、今日のことを考えれば納得できてしまった。これからは気をつけよう……。
そう私が思った時、
「ん?」
ふと精霊の気配を感じて、辺りを見回す。
「クガルグ?」
いや、クガルグとは違うか。炎よりもっと明るくて、強烈で……。
「サンナルシスかな」
少し離れたところにいるのか、精霊の〝気〟をはっきりと感じ取れない。でも砦の敷地内にはいるような感じだ。
「どうした? サンナルシスが来たのか?」
「そうみたい」
隻眼の騎士に聞かれて、私は頷く。でもどこにいるんだろう?
「ちょっとさがしてくる」
隻眼の騎士に地面に降ろしてもらい、私は駆け出した。そうして砦の敷地内をざっと見回ったのだが、サンナルシスは見つからなかった。
あっちから気配がするなと思ってそちらに行けば、サンナルシスは移動してしまうのだ。
「じれったいから、いどう術つかおっと」
体を吹雪に変え、私はサンナルシスを目標にして移動術を使った。
しかし移動術を使い終えると、そこにはルナベラの住処である静かな森が広がっていたのだった。




