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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第五部・はじめての かぞくりょこう

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お絵描き

 そしてティーナさんはもう一つのお弁当箱を開けて言った。


「こちらは肉尽くしですよ。ミルちゃんの好きなミートボールにジャーキー、それに羊肉のハムも入ってます。羊肉を塩と香辛料でつけ込んで燻製にしたものなんです」

「ほう……」


 母上はハンバーガーを早々に食べ終えると、指についたソースをペロッと舐め、今度はジャーキーとハムに手を伸ばす。

 食事マナーをよく知らないので、両手それぞれにジャーキーとハムを持って順番に食べている。後で母上に〝お行儀〟を教えてあげなくちゃ。


「むぅ! どちらも美味い!」


 母上は目を見開いて言う。何だか子どもみたいだ。でも、人間が食べるようなごはんを食べるの、きっと初めてだもんね。

 一方、私たちの食事の様子をほほ笑ましく見守っていた父上には、パンケーキとジャムが用意されていた。

 ティーナさんが最後に残った包みのリボンをほどくと、中には一口サイズの可愛いパンケーキが入っていたのだ。そしてビンに入ったジャムは三種類もある。


「ミルちゃんから、ウォートラスト様は苺のジャムがお気に入りだと聞いていたので」


 夏に父上が採ってきてくれた大量の苺はジャムになり、私はそれを父上にも食べてもらった。その時はスコーンにつけて食べてもらったけど、甘いジャムを父上は気に入った様子だったのだ。


「えっと、でもお肉の方がお好みでしたら、こっちのジャーキーやハムを食べてくださいね」


 ティーナさんは気を遣って言う。巨大な蛇であり、成人男性である父上がジャムを好きなんて、にわかには信じられない様子だ。


「いや、じゃむにする……」

「そ、そうですか! ジャムは苺とブルーベリー、コケモモの三種類あります」

「じゃむなら何でもいい……」

「わ、分かりました!」


 ティーナさんは緊張ぎみに頷き、小さなパンケーキを手に取ってそこに苺のジャムをひと匙分乗せる。そしてそれを父上に恐る恐る手渡した。


「どうぞ……」


 父上はパンケーキを受け取ると、まじまじとそれを見つめた後、蛇の時みたいに大きな口を開けて一口で食べてしまった。


「ちゃんと噛んでね、父上」


 私がすかさず言うと、パンケーキを丸呑みしそうになっていた父上はもぐもぐと口を動かし始める。そしてごっくんと飲み込むと、じっとティーナさんを見つめる。


「……あ、おかわりですか?」


 無言で頷く父上に、せっせと次のパンケーキを用意するティーナさん。

 うちの父上がすみません。意外と甘いの好きみたいなんです。


「どうぞ」


 次はブルーベリージャムを乗せたパンケーキだ。

 と、父上はそれも一口で食べて目をパァァと輝かせる。今まで苺のジャムしか食べたことなかったから、他の味のジャムに感動しているみたい。

 そして口の中のものを飲み込むと、またじっとティーナさんを見る。

 というか、自分でパンケーキを取ってジャム乗せて食べたらいいのに。


「次はコケモモです!」


 ティーナさんは緊張が解けて楽しくなってきたようだし、父上はコケモモのジャムを食べてまた感動していた。


「次はまた苺です!」

「このジャーキーとやらは特に美味い」


 わんこそばみたいに次から次へとパンケーキを父上に渡すティーナさんと、ジャーキーが気に入ったらしい母上。そしてまだハンバーガーを食べている私。

 するとそこで、支団長さんが何やらごそごそと自分の荷物を漁り始めた。そしてスケッチブックと色とりどりのクレヨンのようなものを取り出す。


「家族団欒の食事風景をスケッチします」


 支団長さんはクレヨンを手に取り、キリッとした顔で言った。そう言えば家族旅行の思い出を絵にしてくれるって言ってたな。


「絵か。美しく描くのじゃぞ」


 母上はジャーキーをかじりながら胸を張り、父上は気にせずパンケーキを食べ続ける。私は一応、大きな口でハンバーガーにかぶりつかないように気をつけた。

 と、ティーナさんが片手を上げて言う。


「私も描きたいです!」

「ティーナも……?」


 支団長さんは不安げな顔をする。分かるよ。ティーナさんってある意味芸術的な才能はあるんだけど、才能が突き抜けちゃってるからさ。


「ミルたちをたくさん絵に残そうと思って、一応スケッチブックは何冊か持って来たが……」


 そう言いながら支団長さんはスケッチブックをティーナさんに渡す。するとそこでキックスがこう言った。


「じゃあ俺も描きまーす! レッカと副長も描きましょうよ。誰が一番上手いか比べましょ」


 キックスは楽しそうだが、レッカさんと隻眼の騎士は巻き込まれてちょっと迷惑そう。二人とも絵に自信はないみたい。と言うか、キックスも絶対下手だと思うんだけど。

 だけどみんなそれぞれスケッチブックとクレヨンを持って、食事している私たちをモデルに絵を描き始めた。


「……あっ!」


 すると隻眼の騎士が早々にクレヨンを折る。力を入れ過ぎたみたい。


「すみません。こういうものを使うのは初めてで……。力の加減が難しいですね」

「いや、何も難しくはないと思うが」


 支団長さんが控えめに突っ込む。クレヨンって普通の腕力・握力の人が使えばそんなに簡単には折れないもんね。

 隻眼の騎士は支団長さんに渡された新しいクレヨンを使って再び絵を描き始めたが、それもすぐに折ってしまった。


「す、すみません……」


 そして次に渡された三本目も折る。


「申し訳ありません……。私はもうやめておきます」


 支団長さんはクレヨンを折られたくらいで気にしていないようだったけど、隻眼の騎士の心は折れてしまったようだ。しゅんと肩を落として小さくなっている。隻眼の騎士、元気出してー!

 一方、残った四人はそれぞれの絵を仕上げる。


「できたー!」

「私も」


 キックスに続いてティーナさんが言う。描き終わるのが早すぎて、この二人の絵はちょっと不安だ。

 支団長さんとレッカさんは丁寧に描いているようで、それからさらに十分ほど経ってから絵を完成させた。


「じゃあミルたちに見てもらいましょう」


 キックスがそう言ってみんなの絵を集め、順番に手渡してくる。


「まずはこれ。支団長のやつ」

「わ、じょうず!」


 私はスケッチブックを受け取ってびっくりした。支団長さんの絵は優しいタッチで、若干人体のバランスが崩れている部分はあるものの、全体的に上手かった。私たち親子三人の表情も穏やかに描いてくれている。

 それに何より、私の耳としっぽのもふもふ感がすごく出ている。なんかこの部分に並々ならぬ情熱とこだわりを感じる。

 私は今は人の姿だけど、子ギツネの姿を描いてもらったらもっともふもふ感を表現してくれるんじゃないだろうか。


「支団長、さすがっスね。じゃあ次はレッカのやつ」

「は、恥ずかしい……」


 照れているレッカさんの前で、彼女の絵を見せてもらう。


「え? すごくかわいいー!」

「そうですか? よかったです……」


 レッカさんは絵が上手いというほどではなかったけど、意外と可愛らしいタッチで私たちを描いてくれていた。十歳くらいの女の子が描いた絵みたいで、周りにたくさんお花を浮かべてくれたりもしていてメルヘンだ。


「じゃあ次。おおう……。ティーナか」


 キックス、何その「おおう……」って。

 しかし絵を受け取り、見せてもらうと、私も同じような声が出た。


「ぉぉぅ……」


 ティーナさんに聞こえないよう、キックスよりも小さな声で呟く。

 ティーナさんの絵について語れる言葉を私は持っていない。言えることはただ一つ。ティーナさんの絵は芸術が爆発している。


「ありがとう、ティーナさん」

「どういたしまして。裁縫も楽しいけど、絵を描くのも楽しかったわ」


 うんうん。楽しかっただろう。どれが私でどれが母上父上なのかも分からないが、楽しそうな雰囲気だけは出てる。


「そんじゃ、最後は俺ね」

「はーい……」


 キックスのやつも色んな意味ですごそうだなと覚悟しながらスケッチブックを受け取る。

 しかし絵を一目見て、私は目玉が零れ落ちそうになった。


「こ、これ本当にキックスがかいたの?」


 一緒にキックスの絵を覗き込んだ支団長さんや隻眼の騎士、ティーナさんやレッカさんも驚いている。


「すごいな」

「キックス、絵が上手だったのね!」


 キックスの絵は、繊細で正確だった。リアルなタッチでありのままの私たち親子を描き、お弁当やハンバーガーなども細かく書き込まれている。背景の原っぱは手前は丁寧に、後ろの方は少しぼんやりさせて遠近感まで出していた。

 いや、クレヨンでこんなに細かく描くの難しいよね? 一体どんな魔法を使ったの?


「キックス、すごい……」

「まぁな! 俺って器用だから」


 キックスは笑って言う。芸術からは程遠いところにいると思ってたけど、まさかこんなに絵が上手だったなんて……。


 こうして家族旅行第一弾は、美しい花畑こそ見られなかったけど、キックスの意外な才能を発見して楽しく終了したのだった。

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