お弁当
そして私が自分の顔を咥えてみんなのところへ戻る途中、支団長さんが母上と父上をちらりと見て言う。
「と言うか、大丈夫なのか……? 我が子の顔をボールにされ、投げられては、さすがにあの二人も怒るだろう」
支団長さんは不安そうだったが、母上と父上はあまり細かいことは気にしないタイプなので特に気分を害した様子はなかった。
しかも母上は「楽しそうじゃな」と言ってキツネの姿に変わると、自分も遊びに加わってきたのだ。
「わらわもボール遊びとやらをするぞ」
「えー、これ、わたしの顔なのに」
私は回収したボールをティーナさんに返しながら言う。しかし母上はしっぽを大きく振って、やる気を見せている。そしてそんな母上――というか大きなキツネを見て、支団長さんが幸せそうに顔をほころばせていた。
「じゃあスノウレア様も楽しめるように、今度はもっと遠くまで飛ばしますね! えいっ!」
「えぇ!? けった!」
ティーナさんが! 私の顔のボールを! 蹴り飛ばした!
一瞬ショックを受けた私だったが、ティーナさんのキラキラの笑顔を見れば悪気がないのは明白だから、開き直って私も楽しむことにした。
母上が俊敏に駆け出したので、私も急いでそれを追う。しかしどんなに一生懸命わふわふもふもふ走っても、やはり私は母上には勝てなかった。まず脚の長さが違うんだもん。
「遅いぞ、ミルフィリア!」
母上はボールを咥えて得意げにフッと笑う。うー、悔しい! 悔し過ぎて、ちっちゃな牙をむき出しグルグル唸ってしまう。
「さて、ミルフィリアはわらわに勝てるのかのう?」
母上は余裕の走りでティーナさんのところにボールを持っていき、私も怖い顔でグルグル唸りつつ元の位置に戻る。
と、そこで父上まで大蛇の姿に変わり、ボール遊びに参戦してきた。
「スノウレアは……少し、手加減してやるべきだ……。私が、ミルフィリアのために……ボールを、取ってやろう……」
父上もやるの? 広い原っぱなので、大きな父上が地面を這っても問題はないけどさ……。
ティーナさんも少し怖気づいて、ボールを隻眼の騎士に託した。
「ふ、副長、これお願いしていいですか? 私、ミルちゃんのお父様の体長より遠くに飛ばせる気がしません」
父上、伸びたらすごく長いからね。
けれどボールを託された隻眼の騎士は首を横に振る。
「いや、俺には無理だ。ただのボールでもミルの顔を蹴ることなんてできない」
「せきがんのきし、気にしないで! すっごく遠くにけって! おねがい!」
隻眼の騎士が私のお願いに弱いのを分かっていて、そう言った。
だって父上と母上の競争が見たいのだ。どっちが勝つかな?
「おねがい、せきがんのきし! それはただのボールだから」
「……ただのボール、これはただのボール」
隻眼の騎士は自分に言い聞かせながら、辛そうな顔をしてボールを手から離した。そしてその瞬間、真剣な顔になると、地面に落ちる寸前のボールを力いっぱい蹴る。隻眼の騎士の脚が風を切るすごい音が聞こえ、ボールは蹴られた瞬間ぺちゃんこになり、そして勢いよく遠くへ飛んでいく。
ああーッ! 私の顔ー!
蹴っていいとは言ったけど、ここまで思い切り蹴られるとは。やるなら本気でやるところは隻眼の騎士らしいけど。
一方、母上と父上はボールが飛んだ瞬間に走り出していて、スタートの加速は母上の方が早かった。だけどシュルシュルと地面を這う父上が、すぐさま母上を追い上げていく。
「あ、まってー!」
私に勝ち目はないと分かっていたが、ボールが飛んでいくと思わず走り出しちゃうのだ。人外の走りを見せる二人の後を、私はわふわふもふもふと追いかけていく。
ところが私が走り出してすぐに決着はついてしまった。勝ったのは、途中で母上を追い抜いた父上だった。
父上は私の方に引き返してくると、口を開けながらこう言う。
「ミルフィリアのために……取ってきたぞ……」
「ありがとう」
巨大な口の中に私の生首ボールが転がっていたので、その光景に若干衝撃を受けつつ、私は父上の口内に入ってボールを咥える。
そして外に出るとまた隻眼の騎士たちのところに戻り、午前いっぱいボール遊びに興じたのだった。
「そろそろお昼ごはんにしますか? ミル様もお疲れのようですし、休憩しましょう」
正午になると、レッカさんがそう言って、私の食事の準備をし始めた。
「俺も疲れたわ」
ぜぇぜぇと息を切らせているキックスは、途中から精霊三人のボール遊びに参加して、何度も全力で走るはめになっていたのだ。
参加することになったのは、母上がキックスの足の速さを覚えていて、再戦したいと言い出したから。
闇の精霊のルナベラが夏に砦に来た時、キックスは母上に攻撃されそうになったネコのルナベラを抱いて、砦の中を逃げ回ったことがある。それで母上はそれを根に持っていたと言うか、実はちょっと悔しかったらしい。だからキックスは、母上によって強制的にボール遊びに参加させられたのだ。
ちなみにこういう障害物が何もない直線での競争だと、さすがにキックスよりも母上の方が速かった。
「ごはん食べるー! おべんとう~」
私はスキップしながら――できていなかったが――レッカさんの元に向かう。レッカさんは地面に綺麗な花柄の布を広げ、その上に私たち精霊用のお弁当を用意してくれた。
「みんなは食べないの?」
「私たちは大丈夫ですよ。普段からお昼は食べないことが多いので」
この国では一日二食が普通なので、騎士のみんなはお昼ごはんをがっつり食べることは少ないのだ。寒い時期はエネルギー消費が激しいからか、お昼もごはんを食べたり、甘いお菓子を食べてる光景は時々見るけど。
「じゃあ、えんりょなくいただきます」
私は人の姿に変わると、草履を脱いでレジャーシート代わりの布の上に座る。
「ミルはそういうこと、どこで覚えてくるんだ? 靴を脱いだり、時々妙にちゃんとしてるな」
支団長さんに聞かれるが、私はニパッと笑ってごまかした。
笑っとけば大体のことはごまかせる。
「父上と母上もこっちきて、いっしょにおべんとう食べようよ」
「おべんとう……食べる……」
「わらわには食欲がないからあまり気が進まぬが……」
乗り気な父上と、乗り気じゃない母上。しかし二人とも人間の姿になって、お弁当を囲むように布の上に座ってくれた。
「お弁当は砦の料理長に作っていただきました」
レッカさんはそう言うと、青いリボンで縛られた丸い包みと、アルミ弁当みたいな質素なお弁当箱二つを取り出す。
「もうちょっといい弁当箱があればよかったんだが、急なことで用意ができなくてな」
支団長さんは少し悔しそうだ。お弁当箱もおしゃれで可愛いやつ用意したかったのかな。
「どうぞ。これはミル様とスノウレア様用です」
レッカさんが片方のお弁当箱の蓋を開けると、そこにはハンバーガーが二つ入っていた。
「ミル様はお肉が好きですし、スノウレア様もお肉の方がお好みかと思いまして、料理長と相談して鹿肉のハンバーガーにしました。お肉料理は色々ありますが、この地方では煮込み料理が多いので、お弁当には向かなくて」
「肉料理のう」
母上は気乗りしない様子でハンバーガーを手に取る。私の分もレッカさんが取って渡してくれたので、さっそく大きな口を開けてかじりついた。
具材を満遍なく口に入れられるように、ガツガツと何度かかじる。
「豪快だな」
「必死で可愛いけどさ」
隻眼の騎士とキックスが順番に笑う。
「んー、おいひい!」
私はもぐもぐしながら言う。分厚いハンバーグにレタスっぽい野菜、ケチャップ風のトマトソース、濃厚なチーズ、それにカリカリした食感の、たぶんフライドオニオンが入っている。
ハンバーグもお肉の味がしっかりして美味しいけど、フライドオニオンがとてもいい仕事をしてる。でもこのトマトソースもニンニクが入っているのか、パンチがあって美味しい。チーズも美味しいし。つまり全部美味しい。
私が幸せな顔をしてハンバーガーにかぶりついていると、母上も真似してハンバーガーをかじる。
「食べにくい料理じゃな」
フライドオニオンをポロポロ落とし、トマトソースを唇につけながら母上が言う。
しかししっかり咀嚼すると、母上はキラリと目を輝かせた。
「ん? 何やら美味い……」
そうして唇についたトマトソースを舐め取る。ハンバーガーを食べる美女って何だかセクシーだ。
「野菜は邪魔じゃが、肉は美味いぞ」
母上は人の姿だが、ちょっとキツネっぽい獣感を出しつつハンバーガーにかじりついていた。
「気に入っていただけてよかったです!」
「料理長も喜びますね。『雪の精霊様に気に入ってもらえるだろうか?』ってすごく気にされていたので」
レッカさんとティーナさんは、食が進んでいる母上の姿を見て喜んだのだった。




