家族旅行(1)
「父上ー! おきてー!」
スノウレア山の寒い環境で冬眠しかけている様子の父上を、私は慌てて叩き起こす。しかし私の小さな前足でペンペン叩いても起きないので、キツネ姿の母上が代わりに父上をビンタした。
「起きるのじゃ!」
肉球付きの前足とはいえ、本気で叩く母上。人間とは手の形状が違うこともあってパチンという音は鳴らず、ドスッという鈍い音がした。
「…………ん?」
するとさすがの父上も薄っすら目を開けた。
そこで私はすかさず声をかける。
「父上! だいじょうぶ? どうしてこんなところで詰まってるの?」
「ミルフィリア……」
父上は頭を動かそうとしたけれど、洞窟にびっちり挟まっているので微動だにできなかった。だから目だけを動かして、下にいる私を見る。
「ミルフィリアに会いに来たのだが……うっかり、蛇の姿のまま……来てしまってな……」
母上はため息をついて、父上から説明を引き継ぐ。
「しかもミルフィリアはその時ここで寝ておったから、ウォートラストも洞窟の中に姿を現してしまったのじゃ」
そしてそのまま詰まった、と。
しかも父上が来た時、私は眠っていたから、私が起きるまで自分も眠ると言って、父上も眠ってしまったみたい。それでこの状況だ。
「蛇のすがたのまま、ここでねたら、父上冬眠しちゃうよ」
気をつけてね、と私は父上に言う。
「でも、わたしがねてる時にきたってことは、父上、夜中にここにきたの?」
「昼間に寝すぎて……真夜中に、目が冴えてしまってな……。ふと、あることを思いついた……」
父上は岩の壁に四方から挟まれたまま続ける。
「夏に……甘い苺を探すため……私は世界を巡った」
「うん」
「そこで私は……様々な、美しい景色を……目にしたのだ」
「そうなんだ」
「ああ……。私はずっと、住処の湖から……出ていなかったからな……。この世界には、美しい場所がたくさんあるのだと……思った。それで……」
「それで?」
「…………」
「ねちゃだめだよ!?」
ウトウトし始めた父上を起こすと、人の姿に変わってもらった。ここは寒くて、蛇の姿のままじゃ眠たくなっちゃうみたいだから。それにずっと洞窟に詰まってるの、気になるし。
人の姿に変わった父上は、何事もなかったかのように続きを話し出す。
「それで私は……あることを思いついたのだ。私が見つけた……美しい場所に……ミルフィリアを連れて行こうと……。連れて行ったら……きっと喜ぶと……」
その美しい場所を見つけた時にそれを思いつくのではなく、数か月経った今思いつく辺り、のんびり屋の父上らしい。
でも、父上が見て感動した綺麗な景色を私にも見せたいと思ってくれたのなら、その気持ちは嬉しい。
私は喜んで言う。
「うん! わたし、きれいな景色みたい!」
すると父上も嬉しそうにほほ笑んだ。
「では一緒に……行こう……」
「今から行くの? ちょっとまって、じゅんびが……」
私は洞窟の奥にある、私の宝の山――いい感じの木の棒とか、拾った丸い石とか、ティーナさんにもらったぬいぐるみ、支団長さんや隻眼の騎士に買って貰ったり、作ってもらったりしたおもちゃ、ハイリリスやハイデリンおばあちゃんの綺麗な抜け毛なんかが置いてある――の中から、慌ててウサギリュックを引っ張り出した。
たぶん異国に行くことになると思うから、ええっと何がいるかな? いい感じの木の棒を一応持って行こうか? 何かに使えるかもしれないし、これは咥えて歩くだけでも楽しいから。人の姿になって、地面をトントン叩きながら歩いても最高だし。
「っていうか、さっき父上がこの辺りでつまってたから、わたしのたからの山がぐちゃぐちゃになってる!」
私が必死で自分にとっての宝を集めていると、父上も「すまないな……」と言いながら手伝ってくれた。
一方母上は、そんな私たちの様子を見ながら厳しい顔をした。
「ウォートラスト、ミルフィリアをどこへ連れて行くつもりかは知らぬが、それは駄目じゃ。そなたたち二人でどこか遠くへ行くなど、心配じゃ」
「んー、じゃあ……」
私は一旦口に咥えた木の棒を地面に置いてから言う。
「母上もいっしょに行こうよ! 三人で行くの。かぞくりょこう!」
良いことを思いついたと、私はしっぽを振る。
そうだ、三人で行けば家族旅行になるではないか。初めての家族旅行だ!
「家族旅行……?」
「家族旅行……」
母上と父上がほぼ同時に呟く。
父上はまんざらでもなさそうだが、母上は腑に落ちていない様子だ。
「そうだよ! かぞくだもん!」
「家族のう。まぁ、よいが……」
精霊の家族と言えば普通は親一人子一人なので、父上も入れて家族と呼ぶことに母上は違和感があるのだろう。
だけど最初の頃に比べれば、母上も父上のことを家族として受け入れているので、最終的には納得したようだ。
「それでウォートラストは、わらわたちをどこへ連れて行くつもりじゃ?」
「行きたいところは……いくつかあってな……。何日かかけて……色々と、巡ろうと思う……」
「何日かかけて? わらわはあまり長く住処を離れとうない」
「そうか……」
母上の反対にあい、考え込む父上。しかし解決策が思い浮かばないようだったので、私が代わりに提案した。
「じゃあ、日がえりで、何回かにわけて行こうよ。母上、それならいいでしょ?」
尋ねると、母上はまぁいいかという感じで「うむ」と頷いた。
「父上もいい?」
すると父上は頷きつつ、無言で指を三本立てた。
「さん?」
私は首を傾げた後、ハッと思いついて言う。
「さんかいにわけて行くの?」
「そうだ……」
正解だった。我ながらよく分かったな。じゃあ三回日帰り旅行に行くってことね。
(でも移動術で一瞬だから、あまり旅行感ないんだけど)
私は難しい顔をし、思案する。
(旅行感を出すために、砦の料理長さんにお願いしてお弁当を作ってもらおうか?)
いや、それじゃあ遠足みたいだ。
うーん、と悩んだが、結局「でもやっぱりお弁当欲しい」という結論になった。
「父上、かぞくりょこうは今日じゃなくてもいい?」
私が聞くと、父上はゆっくりまばたきしながら答える。
「いつでも、いいが……」
「じゃあ、明日は? わたし、今日はとりでに行って、かぞくりょこうのためのお弁当作ってもらえるかきいてくるから」
「おべんとう……?」
ゆっくり首を傾げる父上。
「お昼ごはんをもっていくの! それでシートをしいて座って、みんなでたべるの!」
私は笑顔で言う。やっぱり遠足みたいになっちゃうけど、みんなでお弁当を食べるってすごく楽しそうだもん。
「そうか……。おべんとう……」
「わらわの分はいらぬぞ。人間が食べるようなものはいらぬ」
「え?」
父上と違い、母上はお弁当に興味がなさそうだった。しかし、断られた瞬間にしゅんと下がった私のしっぽと、悲しみに満ちた顔を見て、母上は仕方ないというように前言撤回する。
「分かった、分かった。わらわも食べるから、こんなことで絶望したような顔をするでない」
「よかった!」
ころっと表情を変えると、私は小さな牙を見せて笑った。
さて、お弁当を作ってもらうために砦に行かなくっちゃ。




