村のお祭り
支団長さんにもくっつく前に、私はふと気になったことを尋ねる。
「今いった〝ほし祭り〟って、コルビ村でやるおまつりのことだよね?」
「ああ、そうだ。毎年この季節に開かれる」
支団長さんは羨ましそうな顔をしたままこっちを見て答えた。
一方、隻眼の騎士は私を膝に乗せたまま支団長さんの視線を受けて、居心地悪そうに言う。
「星祭りのこと、ミルも知っていたのか?」
「うん。去年、母上におしえてもらったの」
「そうか。あの祭りは昔スノウレアがこの地に来た時に、雪の精霊を歓迎する祭りとして始まったものだからな。冬の到来を祝うために、十一月の終わりに行われている。夜、星空の下で開かれるから星祭りと言うんだ」
私はお祭りのことは知っていたものの、具体的にどんなお祭りなのかはよく知らない。と言うのも、去年は母上と一緒に遠くからお祭りを眺めるだけだったのだ。スノウレア山から村を見下ろしていたので、遠くで小さな灯りがたくさん灯っているのが見えただけで、あとは暗くてよく分からなかった。
しかも私はその後すぐ眠ってしまったんだけど、母上は人間の服を着て、こっそりお祭りに参加したらしい。どうも毎年密かに星祭りに行き、そこでお酒を飲んで楽しんでいるようだ。
と、今度は支団長さんが説明してくれる。
「夜だし、寒いからかがり火でも熾したいところだが、雪の精霊は火を嫌うから小さなキャンドルをいくつも灯すんだ」
去年見たお祭りの灯りは、どうやらキャンドルの火だったみたい。小さな炎がたくさん灯って、遠目で見ても幻想的だった。
私はしっぽを振って支団長さんに尋ねる。
「お祭りって、どんなことするの? みんなでおどったりする?」
「いや、祭りと言っても派手なものではないんだ。この地域で寒い季節に飲まれているスパイス入りの温かいお酒を飲みながら、星を眺めたりするだけの静かな祭りだ」
「スパイスのお酒? それってわたしものめる?」
「ミルは飲まない方がいいだろうな。子供は温かいレモネードやミルクを飲んでるな」
支団長さんは苦笑しながら答えた。ホットレモネードやホットミルクか。それもいいね。
にこにこしながらしっぽを振り続ける私を見て、隻眼の騎士が言う。
「ミル、祭りに行く気でいるのか?」
「うん! 今年はさんかしたいなぁって」
雪の精霊を歓迎するお祭りなんだから、私が行ってもおかしくないと思うし。
しかし隻眼の騎士と支団長さんはお互い顔を見合わせた。そして支団長さんが言う。
「星祭りは小規模な祭りだが、この祭りの時だけはコルビ村はそこそこ賑やかになるんだ。村の外から祭りに参加しにやってくる人間がいるからな」
スパイス入りのお酒――ホットワインと言うらしい――を味わってみたいとやってくる人もいれば、キャンドルが灯る幻想的な田舎の風景を楽しみたいと来る人もいるし、もしかしたら雪の精霊に会えるかもと期待してやってくる人もいるみたいだ。
「村外の人間も来るから、ミルにはスノウレア山でじっとしていてもらいたい――」
支団長さんの言葉に私は即座に反応し、しゅんと耳を垂らし、しっぽを下げる。
すると元気のなくなったしっぽを見て、支団長さんはこう続けた。
「――と思っていたが、ミルが参加したらコルビ村の住民も喜ぶだろう」
「どっちですか」
隻眼の騎士が控えめに突っ込む。
支団長さんは腕を組んで、私が祭りに参加できるよう計画を練った。
「祭りに参加するにあたって、ミルには人の姿になってもらい、村娘のような恰好をしてもらおう。せっかくだから新しくドレスでも作って着せたいところだが……仕方がない。目立ってはいけないからな」
仕方がない、の時に支団長さんはとても悔しそうな顔をした。隙あらば私に可愛い服着せようとしてくるな。
「それにもちろん、ミルには砦の騎士を護衛につける。目立たぬよう、騎士にも村人の格好をさせて、家族や兄弟のように装って」
「では警備計画にそれも組み込みます」
「ああ。村外の人間も来るとはいえ、特にいざこざもなく毎年平和に終わるからな。警備に当たるうちの騎士は余っているし」
私はそこで支団長さんと隻眼の騎士を交互に見上げた。
「わたし、おまつりに行けるの?」
しっぽがピンと上を向く。たぶん私の瞳も期待でキラキラ輝いていると思う。
支団長さんと隻眼の騎士は、そんな私を見てほほ笑んだ。
「ああ、祭りはまだ二週間ほど先だがな」
「楽しんでくればいい」
「やったー!」
「しっぽが千切れるぞ」
激しくしっぽを振る私に、隻眼の騎士がわりと本気で心配して言ったのだった。
お祭りにはクガルグも誘って行こうと思い、私はすぐにクガルグのもとへ飛んだ。
クガルグの住処はアリドラ国の南にある火山だが、四百年以上噴火していないらしく、山の頂上付近以外は緑に覆われている。
クガルグは自然豊かなその山で木登りをしていたらしく、私が到着した時には、高い木の上に座り込んでいた。
「あ、クガルグ! そんなとこにいた!」
「ミルフィー!?」
私からクガルグのところへ行くことはあまりないので、クガルグは突然私が現れてびっくりしたようだった。
「木のぼりしてたの?」
地面にいる私は上を見上げ、大きな声を出して尋ねる。
するとクガルグは「う、うん」と歯切れ悪く答える。
「そんな高いところにのぼれて、すごいね!」
しかし私がそう続けると、クガルグは得意げにしっぽを持ち上げた。
「ヒルグパパはいないの?」
「向こうにいる」
「そうなんだ。ねぇ、クガルグちょっとおりてきて! 話があるの!」
見上げて話をしてると首が疲れるし、大声を出すのも大変だから。
しかしクガルグは高い木の枝から動こうとせず、その場でもじもじしている。
もしかして、と思って私は大きな声で尋ねる。
「クガルグ、おりられなくなっちゃったのっ?」
「そ、そんなことないッ!」
クガルグも大声で否定すると、意を決した様子で木の上から下りてきた。
だけど恐る恐るといった様子で、お尻を下に向けて幹にへばりつき、爪を立てながらズルズルと慎重に下りてくる。不格好で面白くて、お尻が可愛い。
落っこちないよう脚や爪にしっかり力が入ってるし、私が来るまで、やっぱり怖くて下りられなかったんだろう。
「だいじょうぶ?」
「ぜんぜんだいじょうぶ」
無事地上に着いたクガルグに尋ねたが、クガルグは強がって言った。
でも緊張してた名残で毛が逆立ってるよ。
「ミルフィーからこっち来るの、めずらしいな」
クガルグは心を落ち着かせるために自分を毛づくろいしながら言う。
「うん、クガルグをおまつりに誘いにきたの」
「おまつり?」
「そう。いっしょに行く?」
「行く」
クガルグはお祭りが何なのか分かっていない様子なのに即決した。
私はにこにこ笑って言う。
「おまつりってね、楽しいんだよ」
「楽しいのか。ミルフィーといっしょにおまつり……」
テンションが上がってきたらしいクガルグは、毛づくろいをやめて立ち上がる。そして急に走り出すと、一人で運動会を開催する。よく猫が明け方とかに開催するやつだこれ。部屋の中で縦横無尽に走り回るやつだ。
「クガルグ……」
話しかけようとしても、クガルグはレーシングカーみたいに私の前をビュンッ! と通り過ぎて行く。そして折り返してまた私の前を高速で通り過ぎて行く。
「クガルグ……」
お祭りの詳しい説明をしようと思ったけど、クガルグの興奮が冷めるのを待たないと駄目みたい。




