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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第五部・はじめての かぞくりょこう

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くっつきたい季節

 母上から雷の精霊の話を聞いた翌日、私はいつも通り、お昼に北の砦に向かった。スノウレア山の頂上付近とは違い、麓のこの辺りではまだ雪は降っていないけれど、吹く風は冷たく、人間は防寒具が必須な季節になってきた。私のもふもふの毛皮も本領を発揮する時期だ。


 私は、たまには隻眼の騎士以外の人を目標にしてみようとティーナさんを目指して移動術を使った。

 なので、今日はティーナさんのそばに到着する。


「ティーナさん!」

「わ、ミルちゃん!」


 背後に到着した私が声をかけると、ティーナさんは驚いて振り返る。


「いつからそこにいたの? 気づかなかったわ」

「今きたの。いどう術で、ティーナさんを目標にしたから」

「私を? 嬉しいわ!」


 ティーナさんは私を抱き上げ、うふふと笑うので、私も何だか嬉しくなってうふふと笑った。

 寒くなってくると誰かとくっついていたい気持ちになるので、私はそのままティーナさんに身を預け、半ば強引に抱っこし続けてもらう。

 体の力を全部抜いて、「私はもう一歩も歩くつもりはありません」という空気を出しながら相手に寄りかかるのだ。


「どうしたのミルちゃん? 甘えたい気分なの?」

「うん。くっついていたい気分」


 子ギツネの姿だと素直に甘えられる。


「人肌恋しい季節だものね! じゃあくっつきながら行きましょう!」


 ティーナさんにぎゅっと抱きしめられながら砦の廊下を進む。ティーナさんはこれからお昼休憩に入るようだけど、その前に寄るところがあるようだ。


「私は今、ロドスさんのところへ行っていたんだけど、午前中はレッカさんたちと一緒に備品の整備をしていたのよ」


 ロドスさんとは、見た目はロシアの暗殺者みたいな、コワモテ軍団のリーダー的な存在の人だ。砦の騎士の中では立場は上の方で、支団長さんや隻眼の騎士に次ぐ位置にいるらしい。


 やがてティーナさんは、とある扉の前で止まった。その扉は開けっ放しになっていて、中は少し狭い倉庫になっているのが見える。

 そして物があふれるその倉庫の中心で、レッカさんと他三人の騎士が砦で使う備品の修理をしたり、汚れを取ったりしている。

 備品と言っても武器や馬具は別の倉庫に置いてあるらしく、レッカさんたちが綺麗にしているのは掃除道具や桶、草刈りの鎌だ。


「お疲れ様です! もうお昼ですし休憩しましょう。ロドスさんから、午後は食堂の椅子も直すように言われていますし」

「椅子もかよ。まぁ、訓練に比べれば楽だからいいけどさ」


 伸びをしながら立ち上がる騎士に、レッカさんは「私は訓練の方が好きだな」と返しながら同じく立ち上がる。

 そしてティーナさんに抱かれている私を見て爽やかにほほ笑んだ。


「ミル様、来られていたんですね。今日もとっても可愛らしいですね」


 可愛らしいだなんて、イケメン美人なレッカさんに言われるとちょっと恥ずかしくなってしまう。

 照れた私はへらへら笑いつつ、しっぽを振った。


「何その反応」


 他の騎士にそんなことを言われつつ、ティーナさんに抱っこされたまま倉庫を出る。みんなは手を洗うために、砦の敷地内にある井戸へ向かうようだ。

 抱っこされている私も一緒に井戸に向かいながら、ふとあることを思いつく。


「ティーナさん、わたしはここに置いていって」

「え? 廊下に?」

「うん。食堂でごはんもらう前に、せきがんのきしのところにいきたいから」

「ああ、そうね。いつもお昼に来るミルちゃんが来ないと、副長が心配しちゃうわ」


 ティーナさんに降ろしてもらうと、みんなとはここで別れる。

 そして一人になった私は、冷たい石の廊下にごろんと寝転がった。お腹を見せて、〝罠〟を張ったのだ。


 そのまま三分ほど待っていると、獲物が廊下を通りかかり、まんまと私の罠にかかる。

 やってきたのはコワモテ軍団のギルとダズだ。二人はコワモテ軍団の中でも若干影が薄いのだが、それは彼らが真面目で物静かな、まともな人間だからだ。まともな人間ほど北の砦では目立ちにくいのである。


 ちなみにギルは坊主頭で、人を殺した経験があるんじゃないか? と疑ってしまうくらい鋭い目つきをしている。そしてダズは身長が高く、精悍な顔つきだが、眉間に常に皺が寄っていて威圧感がある。

 でも私は二人が優しい騎士だということを知っているので、そのまま廊下に転がって横目で見つめる。


「……ミルが落ちてる」

「拾おう」


 廊下にぽつんと転がっている私を見つけ、二人は一瞬訝しがったけれど、すぐさま『拾う』という選択をした。『無視して通り過ぎる』という選択肢はなかったようだ。


「何やってるんだ?」


 ギルは私を抱き上げながら尋ねてきた。私はぎゅっとギルにくっつきながら答える。


「せきがんのきしのところまで行きたいけど、誰かとくっついていたい気分でもあるから、ここを通りかかった人が抱っこしてくれるのをまってたの」

「ミルが可愛くて死ぬッ!」


 ギルは珍しく声を荒らげて私をぎゅううと抱きしめ返してきた。

 そしてダズは冷静にこう言ってくる。


「ミル、今のセリフは支団長には言うんじゃないぞ。ぎゅっと抱き着きながらそんなこと言ったら、支団長は本当に死んでしまう。即死だ」

「え、こわい……」


 絶対に支団長さんには言わないでおこうと心に誓う。

 ギルは私を抱いて歩き出しながら言う。


「ところで、副長のところに行きたいんだよな? 今、執務室にいるだろうからこのまま連れて行ってやるよ」

「あ、ううん! とちゅうで置いていって! あそこまででいいよ」


 私は廊下の角を前足で指す。


「副長のところに行く前に何か用事があるのか?」

「うん、ちょっと」


 ギルは廊下の角まで来ると、そこで私を降ろしてくれた。


「じゃあまたな」


 そしてギルとダズが立ち去ると、私はその場で再び仰向けに転がる。ふわふわもふもふのお腹を見せて、次の獲物を待った。

 すると次に通りかかったのは、キックス、ジルド、ジェッツの仲良し三人組だった。


「何だ、あれ」

「白い毛玉が落ちてると思ったらミルだった」

「何やってんだ?」


 三人は廊下に転がっている私を囲んで、上から覗き込む。しかし見ているだけでなかなか抱っこしてくれないので、私は仕方なく可愛いポーズを取った。仰向けで寝たまま体をくねらせ、小首を傾げて、両前足を招き猫みたいに曲げるのだ。キツネなのににゃんにゃんポーズをするのだ。


「よし、拾おう。これは構ってもらうためのミルの罠だとは分かってるけど、拾わずにいるのは無理だから」


 キックスはそう言いながら私を抱き上げた。


「これで満足か? それとも遊んでほしいのか?」


 声をかけてくるキックスに、私は答える。


「くっつけたから、まんぞく。わたし、せきがんのきしのところに行きたいんだけど、ふつうに行ったんじゃつまんないから、通りかかった人に抱っこしてもらって、ちょっとずつ運んでもらってるの。キックスはあそこの階段の前までおねがいします」


 これならたくさんの人に抱っこしてもらってくっつけるし、隻眼の騎士のところにも運んでもらえるし、遊び感覚で楽しいし、一石三鳥なのだ。

 しかしキックスにはこう言われてしまった。


「死ぬほど暇な奴がやる遊びじゃん」


 確かに廊下に転がって通りかかる人を待つなんて暇な人間にしかできないし、実際、私は死ぬほど暇だけれども。

 何も反論はなかったので私は黙って階段の前までキックスに運ばれたのだった。


 そうしてその後も数人の騎士を罠にかけ、少しずつ運んでもらい、私は隻眼の騎士の執務室までやってきた。


「副長! ミルを連れてきましたー!」


 私をここまで運んでくれた騎士が声をかけると、中から「入ってくれ」と返事がくる。そこで私だけ部屋に入るが、隻眼の騎士は書類仕事が溜まっているのか忙しそうに机と向き合っていた。

 そして隻眼の騎士はちらりとこっちを向いて言う。


「ミル、来てたのか。悪いがあと少し待ってくれるか? そうしたら食堂へ行こう」

「うん」


 すごくお腹が減っているというわけではなかったので、私は素直に頷き、隻眼の騎士の膝の上に乗った――と言うか、よじ登ろうと必死な私を見かねて、隻眼の騎士が乗せてくれた。


 やっぱり寒い季節はいいな。こうやってくっついていても暑くないもん。

 私は機嫌よく隻眼の騎士の固い太ももに抱き着いた。ネコだったらゴロゴロと喉を鳴らしているところだ。


「今日は甘えん坊だな」


 くっつき虫のような私に、隻眼の騎士が笑みをこぼした時だった。

 執務室に支団長さんがやってきて、短いノックの後で扉を開けたのだ。


「グレイル、星祭りの警備計画表を――」


 そして隻眼の騎士が座っている机に近づいたところで、膝の上に私がいることに気づく。

 しかも私は隻眼の騎士にくっついて甘えている最中だ。


「……」


 支団長さんは険しい顔をして隻眼の騎士を睨むと、怨念のこもった声で言う。


「グレイル、仕事中も楽しそうで何よりだな」


 そうして私は隻眼の騎士から、「頼む、ミル。支団長にもくっついてくれ」と小声でお願いされることになったのだった。



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