父上の苺
「父上ー!」
外で眠ったままであろう父上の元に母上と一緒に向かうと、やはり父上は私たちが王都に行く前の体勢から動かずに寝ていた。
「あ、ミルたち戻ってきたのか。よかった」
キックスがホッとしたように言う。寝ている父上を放っておくわけにもいかず、キックスと隻眼の騎士がついていてくれたようだ。
「お前の親父、よく寝るな」
「うん、そうなの」
私は頷く。母上も「こんなところでよく熟睡できるの」と呆れている中、私は父上を起こしにかかった。
「父上ー!」と声をかけながら胸元をポフポフ叩くが、やはり起きない。
これは奥の手を使うしかないかと、私は集中して想像を膨らませた。せっかく貰ったジャーキーを地面に落としてしまい、しかもそれを偶然通りかかったキックスに踏まれてしまうという想像だ。
「きゅーん……」
汚れてしまったジャーキーはもう食べられないのだと思うと、ただの妄想でも悲しくなってきた。
ちょっぴり泣きそうになりながら、父上の隣できゅんきゅん鳴く。悲痛な声で。
すると父上はゆっくりと目を開き、こちらを向いた。
「……どうした? ミルフィリア……」
父上は、私が悲しんでいる時やピンチの時の鳴き声には敏感なのだ。
「ううん、なんでもない。父上をおこしたかっただけ」
私はけろっとして言う。父上は「そうか……」と言いながら起き上がった。
「寝ていた、か……?」
「うん、ぐっすり寝てたよ。ルナベラの力なの」
「そうか……」
父上は、自分を眠らせた犯人のことはどうでもよさそうだった。
「ところで父上、父上はどうしてサンナルシスといっしょにいたの? むなぐら、つかんでたでしょ?」
私は疑問に思っていたことを尋ねる。
「サンナルシス……?」
「ひかりの精霊のこと! きんぱつの男のひと」
首を傾げる父上に説明する。すると父上は「ああ……」と呟いた後、説明してくれた。
「甘い苺を探していたら……ふと近くで……ミルフィリアの気配がしてな。……けれどそこは……ミルフィリアの住処や、この砦からは随分離れた……別の国だった。……だから私は、疑問に思って……ミルフィリアの気配がする方へ……近づいて行ったのだ」
私はお座りして静かに話を聞いた。
「しかしそこには……もうミルフィリアはおらず、気配も消えていて……代わりに……あの光の精霊がいた。だから……私は相手の胸ぐらを掴んで……事情を尋ねていたのだ。ミルフィリアを……どこにやったと……」
父上は穏やかに説明するが、それ事情を尋ねていたって言うか、激しめに詰め寄っていたのでは?
でも事情は分かった。すごい偶然だけど、父上は世界を巡って甘い苺を探すうち、ルナベラの住処の森へ辿り着いたのだ。しかもその時、私もサンナルシスに連れられてそこにいた。
だけどその気配を感じ取った父上が近づいてくる前に、私はルナベラたちと砦に戻ってしまい、森に一人残ったサンナルシスと父上が出会ってしまったのだ。
それで父上は、サンナルシスが私をどうにかしたんじゃないかと思って詰め寄っていたらしい。サンナルシスが私を連れ去ったことは確かだし、父上に責められても仕方がないんだけど、偶然出くわしてしまうっていうのは災難だったと思う。訳が分からなかっただろうなぁ。
と、父上がサンナルシスの胸ぐらを掴んでいた理由が分かったところで、苺がたくさん入った大きな籠を見て母上が聞く。
「さっきから気になっていたが、それは何じゃ? ウォートラストが持ってきたのか?」
「いちごだよ。わたしが食べたいって言ったから……。父上、たくさんつんできてくれたんだね」
私は中を覗き込むために籠のふちに前足を乗せようとしたけど、籠が大きくてふちまで届かなかった。仕方がないから籠の網目からフンフン匂いを嗅ぐ。甘い香りもして、期待ができそう。
「気に入るものが……あればいいが……。甘いものだけ取ってこようと……私も味見をしてみたのだが……いまいち、分からなくてな……」
父上はほとんど食べ物を食べたことがないし、味覚があまり発達していないのかもしれない。
「ありがとう、父上」
私はわくわくしてしっぽを振る。よだれが勝手にいっぱい出てきて口から垂れそうになったので、急いでペロペロ舐める。
父上はそんな私に柔らかい表情を向けつつ、籠をゆっくりと横に倒した。中の苺は地面にころころと転がり出てくる。
「よくこんなに……。ミル、お前、精霊に何させてんだよ」
キックスが呟く。確かにちまちまと苺を摘みに行かせるなんて、精霊の無駄使いだ。でも私が行ってきてって頼んだわけじゃないから!
私はじっと苺を見た。苺と言えば春が旬というイメージだったが、野苺は夏に実がなるものが多いらしく、この季節、この辺りでも生っているのを見かけることがある。だけど父上は世界中を巡って色々な種類の苺を採って来てくれたみたい。
半分以上はいわゆる野苺で、小さな粒が集まって丸い一粒になっているものだ。赤いものもあれば、オレンジ色のものもあった。間違えて摘んできたのか、ブルーベリーっぽいのもある。
日本のスーパーで見かけるような形の苺もあるけど、自然に生っているものを取ってきてくれたからか、小ぶりなものばかりだったり、形がいびつだったりする。
私はとりあえず目についたものを食べていく。
(これはちょっと酸っぱいかな。……これはあんまり味がしない。……これは甘味もあるけど水っぽくて、何だかぼやけた味だ)
私が求める『日本の甘い苺』は、酸味はなく、しっかり甘味があってみずみずしいものだ。
この世界では現代日本ほど苺の品種改良は進んでないだろうし、日本で売っているものと同レベルのものを見つけるのは難しいとは分かっていた。でも、もう二度と味わえないからこそ、恋しいのだ。
私は次々に苺を口に入れていったが、残念ながら、求めていたようなみずみずしくてしっかり甘い苺はなさそうだった。
「ミルフィリア……どうだ……?」
だけど期待を込めてそう尋ねてくる父上に、「わたしの食べたいいちごじゃなかった」なんてことは言えない。
だから笑顔でこう言う。
「うん! おいしいよ。ありがとう、父上!」
「そうか……それはよかった……」
喜んで食べている感じを出そうと、私は苺を口いっぱいに頬張り、もぐもぐする。しかしその中にとびきりすっぱい苺も含まれていたようで、私は思わず目をつぶり、口をすぼめてしまった。
何これ、梅干し並みにすっぱいんですけど!
「……っ!」
「ミルフィリア……? 甘くなかったのか……?」
父上が悲しそうな顔をして言うので、私はぶんぶんと首を横に振った。
「ちがうよ! いっこだけすっぱいのがあっただけ。他のはあまいよ」
正直、他の苺にも、このすっぱさを打ち消してくれるほどの甘味はなかった。だけど私は口の中の苺を何とか飲み込むと、父上に気を遣って再び苺をたくさん口に詰め込む。
いつの間にかしっぽが沈黙していたので、頑張って左右に振る。しっぽは正直で困る。
「おいひーよ!」
だけどまた強烈にすっぱい苺が混じっていて、私は再びきゅっと顔と口をすぼめる。
す、すっぱい……。
するとさすがに父上も気づいて、私を心配してこう言った。
「無理、しなくていい……。苺は……捨てよう……」
「そんな! もったいないから全部がんばって食べるよ!」
「いや、いいんだ……」
お互いを気遣って私と父上で言い合っていると、隻眼の騎士がこう提案してくれた。
「では、ジャムにしてはどうですか? ジャムにすればすっぱい苺も気にならなくなりますし、甘く美味しくなります。それに日持ちがするので、無理して数日で食べ切らなくてもよくなりますよ」
「あ、そっか! ジャムにすればいいんだ!」
良い解決策が見つかって私は喜んだ。これで父上の苺を無駄にしなくて済む。
「ジャムができたら、父上のところにももって行くね! だから父上もたべてみて。ジャムって、甘くておいしいんだよ」
料理長さんに作り方を教えてもらいながら、自分でジャム作りをしよう。ジャムを作るのに難しい工程はないはずだし、人型になればきっと私にもできる。
「じゃむ……。そうなのか……」
「私、じつは父上にもあまいいちごを食べてほしかったの。前に父上いってたでしょ? 『美味しいという感覚も分からない』って。だから父上にもおいしいってかんかくを知ってほしくて。だって、おいしいもの食べるのってしあわせだもん」
私は小さな牙を見せて笑う。すると父上は感動したように言った。
「そうか……甘い苺を欲しがったのは……私のため……でもあったのか……」
父上は私を抱き上げ、抱きしめた。
「ジャムができたら、母上にも、せきがんのきしにも、しだんちょうさんにもキックスにも、砦のみんなにもあげる! わたしが好きな人みんなに!」
すると母上が「好きな人」という言葉に反応して言う。
「好きな人か……。ルナベラとサンナルシスを見たからか、ミルフィリアもいつかわらわの元を離れて、あの二人のように番う相手を見つけるのかと思うと、何とも言えぬ寂しさが胸に込み上げてくるな」
「母上、気が早いよ」
私はそう言いつつ、「でも」と続けた。
「たしかに二人にはあこがれちゃう。恋っていいよねぇ」
後半は独り言のように呟く。
しかしその呟きはみんなにもしっかり聞こえていたようで、母上、父上、隻眼の騎士は表情を険しくした。
顔が怖いよぅ。
そしてその顔を見た支団長さんとキックスにもこう言われてしまった。
「ミル、恋をするのは諦めてくれ」
「お前が誰かを好きになったら相手が死ぬことになるぞ」
ちょっとやめてよ。私、何かの厄災みたいじゃんか。
甘酸っぱい苺は食べることができた私だけど、甘酸っぱい恋を体験するのはもう少し先になりそうだった。
これで第4部完結です!お付き合いいただきありがとうございました!
また、感想などもありがとうございました!!!皆さん面白いので毎日楽しく読ませていただきました。
6月15日発売の書籍も、よければよろしくお願い致します。
また、絵日記も頑張って制作中ですので、書籍の発売日前日くらいには載せたいなと思っております。
では、また!
もふもふ~!




