ご領主のおじいちゃん
サンナルシスとルナベラはお互いへの想いを確認し合ったし、母上の怒りはすっかり収まった。それにもう、子供が連れて行かれてすぐに戻ってくる〝不思議な事件〟が起こることもない。これで一件落着だ。
「じゃあ私は帰るわね」
ダフィネさんは私を母上に渡すと、ウェーブのかかった髪をかき上げて言った。
「おれも父上のところにかえる」
クガルグもそう言って、私に別れの挨拶――私の頬にクガルグの頬を擦り付ける――をしようとしたが、私が母上に抱かれているので諦めて、ちょっと残念そうに帰って行った。
「また明日な、ミルフィー」
「じゃあね。ミルフィリアは次はどの精霊と仲良くなるのかしらね」
ダフィネさんもそんなことを言いながら手を振り、大地に溶け込むようにして姿を消す。
精霊が二人帰って行ったところで、支団長さんは改めて呟いた。
「……さて、王都に使者を出さないとな」
王都にいる王様や団長さん、シャロンの父親であるアスク殿下たちに事の次第を伝えなければならないのだ。
みんなはまだ、不思議な事件の犯人がサンナルシスだったことも、シャロンにくっついている闇の妖精は何も悪さなんてしないことも知らない。
悪い〝闇の精霊〟がこの事件に関わっているのではないか、と疑っているに違いないから。
(そう言えば、ご領主のおじいちゃんもきっとまだ疑われてるよね)
私は優しそうなご領主のおじいちゃんの姿を思い浮かべた。シャロンを一晩連れ去った実行犯ではなくても、おじいちゃんは闇の精霊と関わっているのではないか? あるいはおじいちゃんの臣下や使用人が実行犯だったり、犯人にシャロンの情報を流したのではないか? なんて疑われていたのだ。
「サンナルシス! おうとに行こう!」
思いつくと同時に私はサンナルシスに声をかけていた。ご領主のおじいちゃんに対する嫌疑をしっかり晴らさないと可哀想だと思ったのだ。
「王都? アリドラ国のか? 何をしに」
サンナルシスはルナベラの髪や手を触ったりしていちゃつきながら言う。ちょっと自重して!
私は、サンナルシスが連れて行った子供の中に王弟の娘がいたこと、その子――シャロンをサンナルシスが連れて行ったせいで、無実のご領主のおじいちゃんが疑われたことを説明した。
「だから、ちゃんと自分でアスクでんかに説明して」
「……ううむ。まぁ私がやったことは事実だから仕方がないか」
サンナルシスはちょっと面倒臭そうにしながらも了承した。たぶん以前のサンナルシスだったら「どうして私が人間のためにそこまでしなければならない」と返していたと思うけど、今は自分の行いを反省しているようだし、何よりルナベラと想いを通じ合わせて機嫌が良いみたい。たぶん今ならある程度のお願いは何でも聞いてくれるだろう。
「ならばわらわが移動術を使おう。この中でアリドラ国の王都に飛べるのはわらわくらいじゃからな」
母上がそう申し出てくれた。私は王城や王様たちを目指しては飛べないし、サンナルシスとルナベラも王都の位置をよく分かっていないだろうから、母上に頼むしかないのだ。
と、そこで支団長さんが母上に言う。
「人間も一緒に飛べるのなら、私も連れて行ってくださいませんか? 精霊たちがいきなり飛んで来たら、陛下やアスク殿下も驚かれると思うので」
支団長さんは、母上、私、サンナルシス、ルナベラ、というメンバーで王都に行くことを不安に思ったらしい。まぁ、説明役が圧倒的に不足しているもんね。
「構わぬ」
と言うわけで、私たち五人は隻眼の騎士たちに「すぐ戻ってくる」と言い残して王都の城に飛んだ。
王城には、さっきまで母上が側についていたシャロンやアスク殿下もいた。なので王様も呼んで一緒の部屋に来てもらい、私はサンナルシスやルナベラのことを紹介した。
「光の精霊に、闇の精霊……」
「雪の精霊の子は本当に知り合いを作るのが上手なのだな。次から次へと精霊と仲良くなって。外交官に任命したいくらいだ」
驚いた顔をしてサンナルシスたちを見つめているアスク殿下と、私を見て笑う王様が順番に言う。
一方シャロンは、それはもう最高に興奮していた。
「私が出会ったのはこの方たちよ、お父様! 改めて見てもほんとうに綺麗! やっぱり精霊様だったのね! 闇の精霊様はベールを上げておられるし、美人な雪の精霊様も一緒に並んでおられて、私もう死んでもいい!」
「こら、シャロン。めったなこと言わないでおくれ」
はしゃぐシャロンをアスク殿下が軽く叱る。しかし『推し』たちが目の前に現れたのだからシャロンの反応は仕方がない気がする。
シャロンの興奮が冷めやらぬ中、支団長さんが不思議な事件の全貌を説明し、犯人はサンナルシスだったと伝える。サンナルシスはこれ以上子供を連れて行くことはない、ということも付け加えた。
そしてサンナルシスはルナベラの腰を抱いたまま謝った。謝る時くらいルナベラから手を離しなさい!
「大事な一人娘を連れて行って悪かったな。許せ」
サンナルシスの足元にいた私は、そこで彼のズボンをカリカリ引っ掻く。
「何だ、ミルフィリア」
「だっこ」
そしてサンナルシスに抱っこしてもらうと、こそこそと耳打ちする。
「ごりょうしゅのおじいちゃんは無実だって、ちゃんと説明して」
「分かった分かった」
頷いて、サンナルシスは続ける。
「お前たちが疑いを抱いたという領主は無実だ。全て私一人でやったことだからな。屋敷の警備が不十分だったという落ち度もないだろう。精霊の私――しかも精霊の中でも一番強い私が犯人だったのだから、誰が警備をしていても無駄だった。だからその領主を責めてはならない。誰であっても私を見つけて止めることなどできなかったのだから」
「分かりました」
アスク殿下はそう答えると、王様に向かって言う。
「伯爵には悪いことをしてしまった。そんなことをするような人物ではないと分かっていたはずなのに。すぐに謝罪の手紙を送らなくては」
「ああ、そうしよう。お前の大事な我が子が関わる事件だったのだ。伯爵も理解して許してくれるだろう」
そしてシャロンの周りをよく見れば、シャロンの影には黒い闇の妖精、日が当たって明るいところには金色の光の妖精がふよふよと飛んでいた。
シャロンってば、自分が闇の精霊だけでなく、光の精霊の加護までもらっていることに気づいているだろうか。教えてあげようかと思ったけど、知ったら興奮のあまり今晩眠れなくなっちゃいそうだから黙っておこう。
ご領主のおじいちゃんへの疑いを晴らすと、私たち五人はそのままおじいちゃんのお屋敷に飛ぶことにした。母上とサンナルシスは面倒そうにしていたけど、私はご領主のおじいちゃんに早く疑いが晴れたことを伝えたかったのだ。
ご領主のおじいちゃんは私たちが現れるとびっくりしていたけど、支団長さんがこれまでのことを説明すると私に感謝してくれた。
「雪の御子様、どうもありがとう。感謝致します」
ご領主のおじいちゃんは貴族だし、もうおじいちゃんなのに、両膝をついて、床にお座りしていた私と視線を合わせてくれた。
「私のために、わざわざ光の精霊様たちを連れて王城に行ってくださったのですね。こんな老いぼれのことまで気にかけていただいて、何とお優しいのでしょう」
そしておじいちゃんはにっこり笑って続ける。
「実は私もこの地域を治める領主として、雪の精霊様へ貢物を献上しに、定期的にスノウレア山の麓の祭壇に訪れているのです。御子様は何がお好きですかな? 高級なお菓子でも洋服でもおもちゃでも、今度からはお望みの物をお供え致しましょう」
「ええっと、じゃあおかしを……」
私は控えめな態度で言いつつ、遠慮はしなかった。ぜひ美味しいお菓子をください。
グレードアップするであろうお供え物を楽しみにしつつ、私たちは砦に戻ったのだった。
そして砦に着くと、サンナルシスとルナベラも自分たちの住処に戻って行く。
「ではまたな、ミルフィリア。お前は変わった精霊だったが、私やルナベラのところにはいつでも遊びに来るがいい」
サンナルシスは相変わらず尊大に言い、
「せっかく砦の皆さんとも知り合いになれましたし、私もまたここに遊びに来ますね。……これももう邪魔なので取ってしまいます」
ルナベラは頭に上げていたベールを取り去り、美しく穏やかにほほ笑んだのだった。
……あれ? そう言えば父上、まだ寝てる!?




