闇と雪と光と水――つまりカオス(2)
そしてそこでハッと気づいて、サンナルシスは私の母上の方に顔を向ける。母上も見知らぬ精霊を警戒してサンナルシスを見ていた。
サンナルシスは言う。
「ミルフィリアと似た〝気〟だ。雪の精霊だな? ルナベラに何をした」
「何かをしたのはそなたたちの方じゃろう。まさか闇の精霊と光の精霊が、子供を攫うために手を組んでいたとは。ミルフィリアにまで手を出そうとしおって」
母上は立ち上がると、人型に戻ってサンナルシスたちのことを睨みつける。
しかしサンナルシスも母上を強く睨み返していた。
「ルナベラに攻撃したのか? 彼女に手を出したなら、ただでは済まさないぞ」
「ほう。お手並み拝見といこうかの」
一歩前に進み出るサンナルシスに、母上は冷たい笑みを向ける。
「サンナルシス……!」
ルナベラはサンナルシスを止めようと人の姿に戻るが、サンナルシスも母上と同じく、カッとなると人の話を聞かない精霊だった。
「雪の精霊風情が、光の私を倒せると思うな!」
「こ、こんな時に傲慢さを出さないでください……! こちらは謝らなければいけない立場なのですから」
ルナベラは泣きそうになっているが、母上はサンナルシスの言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。
「何じゃと! 光の精霊がどれほど強いと言うのじゃ!」
「ならば私の力を見せてやる!」
サンナルシスが片手を頭上に掲げると、そこに光が満ちた。まるで金色に光る小さな太陽が手の上にあるようで、とても直視できない。
「まぶしー!」
ぎゅっと目をつぶる私を父上が抱き上げ、そそくさとサンナルシスから離れる。クガルグを抱っこしたティーナさんや、隻眼の騎士、支団長さん、キックスやレッカさん、他の騎士たちも、サンナルシスと母上、ルナベラをその場に残して避難してくる。
「おいおい、こんなところでケンカはやめてほしいんだけど」
キックスがもっともなことを言う。
「だいじょうぶかな」
私は母上を心配して振り返ったが、母上はサンナルシスに負けじと自分の力を見せつけていた。
「そんな光が何だと言うのじゃ! わらわの吹雪の方がよっぽど強いわ!」
ああ、また母上の周りで吹雪が巻き起こっている……。
「ふ、二人とも、やめてください!」
ルナベラは止めようとしているけど、彼女の声は小さくて、人の話を聞かないサンナルシスと母上には届いていない。
今はサンナルシスと母上は自分の力がどれだけすごいかを見せつけている状態で、お互いのことを攻撃してはいないけど、このまま力比べが続けば周囲に被害が出るのは確実だ。
「ち、父上……」
私は父上に助けてもらおうと、顔を見上げる。父上はのんびりした性格だからカッとなることはないし、人の話を聞かないなんてこともないから安心だ。
サンナルシスの胸ぐらを掴んでいた件は気になるけど、とりあえずそれは後回しにしよう。
「父上、母上とサンナルシスをとめて……。このままじゃ二人もケガしちゃうかもしれないし、他のみんなにもひがいが出ちゃうよ」
私がきゅんきゅん鳴きながら訴えると、父上はこちらを見てゆっくり頷いてくれた。
「……そうだな。止めて来よう」
さすが父上! すんなり話が通じる! ありがとう!
父上は隣にいた隻眼の騎士に私を手渡し、母上とサンナルシスのもとにゆっくり歩いて行く。
あの、父上、もうちょっと急いでくれてもいいんだよ! あと、その大きな籠はここに置いて行った方が邪魔にならなくていいと思うけど!
私の心の叫びは届かなかったが、父上は吹雪の中を着実に母上に近づいて行く。
「わらわの方が強い!」
「いや、私の方が圧倒的に強い!」
吹雪は段々激しくなり、サンナルシスの放つ光もどんどん大きく眩しくなっていく。辺り一帯寒いし、明るくて眩しいし、カオスな状況だ。
「スノウレア……」
しかしこの状況の中でもマイペースな父上は、怒れる母上の肩をポンポンと叩いて声をかけている。
「スノウレア……」
「何じゃ、ウォートラスト! 邪魔じゃ! わらわは今、忙しいのじゃ!」
「争いごとは……よくない……。ミルフィリアにも、危険が……及ぶ」
そう言って説得しようとした父上だが、母上はキッと父上を睨みつけて叫ぶ。
「何をのんきなことを言っておる! こやつらはミルフィリアを攫おうとしておったのじゃぞ! わらわがここに戻って来た時、闇の精霊がミルフィリアの側におったのじゃから!」
「ミルフィリアを……攫おうと……?」
母上の言葉を聞いて、この場の空気が変わる。
静寂を保っていた水面に石が投げ込まれ、波が立ち始めたかのように、不穏な空気が父上を包む。
「ははうえー! よけいなこと言わないでー!」
しかもルナベラが私を攫おうとしていたなんて、母上の早とちりだから!
私を実際に連れ去ったのはサンナルシスだけど、それは今は黙っておいて、まずは母上と父上を落ち着かせて――。
私がそんなことを考えていると、サンナルシスもルナベラを庇おうとして「それは勘違いだ!」と声を上げた。
「確かに私はミルフィリアを攫ったし、自分の子にしようとしたが、ルナベラはそんなことしていない!」
「うわぁぁ! サンナルシスはちょっとだまってて!」
私は大声を出してサンナルシスの言葉を遮ろうとしたが、母上と父上にはばっちり聞こえていたみたい。
「自分の子、に……? やはり……」
基本的に無表情な父上なのに、今は目をすがめて腹立たしげにサンナルシスを見ている。そして片手を持ち上げると、いくつもの水の塊を作り出した。しかもそれは形を変えて、水の剣になる。
「けんかしないでー!」
「ミル!」
私は隻眼の騎士の腕から飛び出すと、慌てて父上たちのもとへ駆けた。
やばいやばい! 父上まで怒ったら、誰もこのケンカを止められなくなってしまう。精霊のケンカは人間の騎士たちでは手に負えないし、クガルグにも無理だし、優しく気弱なルナベラも三人を止められないだろう。
(私がやるしかない)
私は目をつぶりながら、母上とサンナルシスの力が拮抗している眩しい吹雪の中に突っ込む。
「父上、母上、やめてー」
「ミル! 戻ってこい!」
私の後ろから、隻眼の騎士たちもこちらに走って来ている。
だめだめ、みんなはこっちに来たら危ないんだから! と私が引き返そうとしたところで、
「――わ、私もしっかりしなくちゃ」
ルナベラの声も聞こえたような気がした。
「まだ幼いミルフィリアちゃんや人間たちが、こんなに必死で三人を止めようとしてるのに……」
父上の水の剣がいくつも宙に浮き、サンナルシスの光が砦をのみ込み、母上の吹雪が辺りを凍らせる。
そんな混沌とした状況が、次の瞬間、静かに終わった。
太陽が消滅したかのように、目の前が突然暗くなったのだ。
周りの景色は闇に包まれ、サンナルシスの光も見えなくなる。
「皆さん、少し落ち着いてください」
どこかからルナベラの声が響いてきた。さっきまでの弱気な声ではなく、凛とした声だった。
そこで私は急に眠気に襲われ、地面に倒れ込む。
暗闇の中でまぶたが勝手に閉じていった。
(眠りにつく直前の、この瞬間ってすごく心地いいんだよね……)
こんな状況だというのにそんなことを考えながら、私は気持ちよく眠ってしまったのだった。




