もふもふ教(2)
「ミルやクガルグは無事に見つかったから、お前たちは解散だ。通常の仕事に戻れ」
猫のルナベラにはしゃぐ騎士たちに、心の中ではもっとはしゃいでいるであろう支団長さんが言う。
みんなは「えー」と言いながらも、いつまでも遊んでいるわけにはいかないので各々の仕事に戻っていった。
「ルナベラ、ずっとここにいてくれてもいいんだぞー」
「猫も女性も大歓迎ー」
キックスやジルドたちはルナベラにそんなことを言いながら去って行く。巨大な蛇である私の父上が砦に現れた時は住処に帰ってほしがっていたけど、巨大ではない猫で、性格も控えめなルナベラなら砦にいてもらっても構わないと思っているみたい。
「皆さん、本当にそう思ってくださっているんでしょうか?」
「そうだよ。ここのみんな、そういうウソはつかないもん」
自分がこんなに歓迎されるはずがないと思っているらしいルナベラに私は言った。そしてこう続ける。
「ルナベラ、せっかく来たんだし、もう少しここにいたら?」
母上とルナベラが鉢合わせてしまうのは心配だが、母上はヒルグパパと一日交替でシャロンにつくことになっているはず。
そして母上は今日の朝、ヒルグパパと交代して王都に行ったから、次にまたヒルグパパと護衛を代わるのは明日の朝だ。
(と言うことは、今はまだ午後三時か四時くらいだろうし、結構時間あるな)
私は母上のことを気にしてそんな計算をする。母上には私から全てを説明し、サンナルシスやルナベラは悪い精霊ではないと伝えた後、落ち着いた状態で二人に会ってもらいたいのだ。
「王都に使者を送って、一連の事件の真相を教えないとな。シャロン様にくっついている闇の妖精も悪さはしないと伝えれば、警戒を解いてスノウレアも戻ってくるだろう」
支団長さんは隻眼の騎士にそんなことを言っているけど、使者を送ったとしても着くのは明日になるだろうし、やはり母上が戻ってくるまでは時間がある。
私の提案にルナベラは控えめに頷いた。
「ええ、ではご迷惑でなければ、もう少しここにいさせてもらいます。あまり遅くなるとサンナルシスが心配するでしょうから、本当に少しだけ。森の外に出るのは久しぶりで、緊張もしていますがワクワクもしているんです」
気づけば、ルナベラのふさふさのしっぽは真上にぴんと立っていた。クガルグもそうだけど、嬉しい時や楽しい時はしっぽが立つみたい。
「けど、ルナベラがじぶん以外のひとと仲よくなったら、サンナルシスはヤキモチ焼いちゃうね」
甘酸っぱい恋の話に、私はうふふと笑いながら言う。
だけどルナベラの考え方はやっぱり暗かった。
「……いいえ。そうなったらサンナルシスは、もう私のことはどうでもよくなって、他の精霊のところへ行ってしまうかもしれません」
せっかくぴんと伸びていたルナベラのしっぽが、へにゃりと下がっていく。
「でもそれでいいんです……。私は悲しいですけど、それでサンナルシスに新たな出会いがあって、彼が望んでいた跡継ぎに恵まれるなら」
「またネガちぶ(ネガティブ)になってるよ、ルナベラ」
私はルナベラに注意してから続ける。
「でも、そういえばサンナルシスの方がさいしょに子どもがほしいって言い出したんだったね」
「ええ」
ルナベラは相槌を打ってから黙り込んだ。私とクガルグも黙ってルナベラのことを見守る。
やがて彼女は鬼気迫る顔をして口を開いた。
「……私、今、重大なことに気づいてしまったかもしれません」
「じゅうだいなことって、なぁに?」
「サンナルシスが私と一緒にいてくれたのは、もしかしたら自分の跡継ぎが欲しかったからなのではないでしょうか? 歳も近く、他に親しい精霊もいない私のことを見て、跡継ぎを作るための相手としてちょうどいいと思ったからなのでは?」
「そんなことは……」
「だってサンナルシスは、ミルフィリアちゃんたちや人間の子供を連れて来てまでして、自分の子供を作ろうとしていたんですよ。彼が跡継ぎと言う存在に執着しているのは明白です」
ルナベラは真剣な表情で言う。
まぁサンナルシスは子供好きってわけじゃなさそうだから、ルナベラとの間に子供ができないなら、「それでも構わない」って言って諦めそうな感じもする。
でも彼がそうしなかったのは、確かに何か事情があるんだろう。
サンナルシスは光の精霊というものに誇りを持っているようだし、跡継ぎを作りたいと思ってもおかしくはないけど……。
「うーん、でもサンナルシスは、黒髪のにんげんの子どものこともさらってたみたいだし、やみの精霊に見える子どもでもいいような感じだった。ひかりの精霊の跡継ぎをつくることだけにこだわってたわけではないと思うけど……」
私はもごもごとそんなことを伝えた。ルナベラに「大丈夫だよ!」って言ってあげたいけど、サンナルシス本人にも話を聞かないと適当なことは言えない。
「そうですよね、確かに黒髪の子供を連れて来たことも何度かありました……」
ルナベラも一応そう返してきたけど、サンナルシスが自分と一緒にいるのは跡継ぎを作るためなんじゃないか、という疑念ははっきりとは拭えないみたい。
と、そこでクガルグがあっけらかんと言う。
「サンナルシスに聞けばいいじゃん」
「いえ、でも直接聞くのは……」
「聞かなきゃわかんないだろ」
「ええ、そうですが……」
クガルグはルナベラが何を怖がっているのかよく分かっていない様子だ。これだからお子様は。
でも、聞かなきゃ分からないのは本当にそうなんだよね。
というわけで、私もこう言う。
「わたしが聞いてきてあげるよ。母上はまだかえってこないだろうし、時間あるから。サンナルシスのところに飛べるかなぁ?」
「ミ、ミルフィリアちゃん……!」
目をつぶってサンナルシスを思い浮かべ、集中しようとするが、ルナベラがそれを阻止してくる。
「答えを聞くのは怖いので聞かなくていいです!」
「でも、このままだとずっとこわいままだよ」
「よーし。じゃあおれが行ってくる」
「クガルグくん!」
移動術を使おうとする私とクガルグに、猫のルナベラがもふっと飛びかかってきて邪魔をする。その様子がじゃれているように見えたのか、支団長さんが「仲良しだな」と呟いた。
「しゅうちゅうできないよ」
「しなくていいです!」
そうこうしているうちに鬼ごっこに発展し、私とクガルグをルナベラが追いかけるという図になった。だけど私もそうなんだけど、ルナベラは毛がもふもふだから空気抵抗がすごくて足が遅い。
「ま、待ってください!」
一生懸命追いかけてくるけど追いつけないルナベラが可哀想になったので、私はわざと捕まって鬼を代わってあげた。
サンナルシスのところに行くなんてことは、この時すでに私とクガルグの頭から忘れ去られている。
「じゃあこんどはわたしがオニね。ルナベラはにげて」
「え? オニ? 逃げる……? いつからそんな話に……」
すでに遊びに発展していることに気づかなかったルナベラは、戸惑いながら私から逃げ始めた。体をもふもふさせながら逃げるルナベラを、私ももふもふしながら追いかける――と見せかけて油断していたクガルグに飛びかかる。
が、クガルグには素早く逃げられてしまったのでやっぱりルナベラを追いかけた。
「何やってんだ、あいつら」
仕事に戻ろうとしていた騎士たちが、鬼ごっこをしている私たちを見て呟いている。
「子ギツネと子豹と猫がじゃれてる」
「素晴らしい光景」
「癒し以外のなにものでもない」
口々にそんなことを言いながら目を細めていた。
そして中にはこんな妄想をして作り話を始める騎士もいる。
「あの子ギツネと子豹は親に捨てられたんだ。それをあの猫が拾って育てた」
「種族が違うのにか。いい話だ」
「うん。猫が子ギツネと子豹の親代わりなんだ。今は猫のが大きいけど、そのうち子ギツネと子豹のが大きくなっちまうんだよ。でも二人は自分の方が大きいと気づかずに、昔と同じように猫に甘えるんだ」
「そういうの好き」
「猫は大きくなった二人に体を摺り寄せられると重くて困るんだけど、でも可愛い子には違いないから、ちゃんと毛づくろいとかしてお世話してあげるんだ。三人の関係はずっと変わらないんだ」
「尊い」
何の話をしているんだ。
作り話で感動して涙を流している騎士たちを無視して、私はまた鬼ごっこに集中する。
他の騎士たちにも「この光景を肴に酒を飲みたい」などと言われながらしばらく三人で遊んでいると、ふと背筋が冷たくなった。
今は夏だし、日が出ているし、実際には背中は暑いわけだけど、何か嫌な予感がしたのだ。
私が立ち止まって後ろを振り返ると、私たちを見守っていた隻眼の騎士や支団長さんの前に、雪を伴った小さなつむじ風が発生した。
だけどあれは自然現象ではない。
きっと母上がここに移動してくるのだ。
「わぁー! やばい! 母上がかえってきちゃう!」




