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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第四部・ふしぎなじけん

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もふもふ教(1)

 隻眼の騎士、クガルグ、ルナベラを連れて北の砦に戻って来た私は、目の前にいた支団長さんを見て声を上げた。


「しだんちょうさん! 鼻だいじょうぶ?」

「鼻……? 別に大丈夫だが」


 支団長さんは砦の門の近くにいて、私の質問に首を傾げた。

 そして私や隻眼の騎士、クガルグを見て続ける。


「それより三人ともどこへ行っていたんだ。心配したぞ」


 ふと周りを見れば、支団長さんの他にも砦の騎士たちが勢ぞろいしていた。キックスやティーナさん、レッカさんもいる。

 馬も用意されていて、これから見回りにでも行くように見えた。


「みんなでどこか行くの?」


 私がのんきに聞くと、手前にいたキックスがこう言う。


「これからミルたちを捜すための捜索隊を組もうとしてたところだったんだよ」

「そーさくたい?」


 何だか大事になっていたようだ。キックスの近くにいた門番のアニキが説明してくれた。


「コルビ村に行くと言ってなかなか戻ってこないんで、一度村まで様子を見に行ったんだ。でもどこにもミルたちがいなかったんで、これから本格的に捜索しようとしていたところだ」

「無事でよかったわ」

「副長が一緒とは言え、もしかしてミル様も連れ攫われたんじゃないかと心配していたんです」


 ホッとしているティーナさんとレッカさんに続いて、支団長さんがこう言う。


「そう、もしかして闇の精霊に連れて行かれたんじゃないかと危惧していた。……ところでさっきから気になっていたんだが、その女性は?」


 みんなの注目がルナベラに集まり、ルナベラは恥ずかしそうに黒いベールを口元まで引っ張った。

 私はあっけらかんと言う。


「このひと、そのうわさのやみの精霊」

「闇の精霊!? やはり攫われていたのか?」


 支団長さんが腰の剣に手をやり、砦のみんなもルナベラを警戒する。

 だから私は慌てて言った。


「ルナベラはやさしい精霊だよ。わたしを連れて行ったのもルナベラじゃなく光の精霊のサンナルシスで、でももうサンナルシスは反省してて、にんげんの子どもをさらうことはないよ」

「光の精霊のサンナルシス?」

「ええ、説明します」


 私に代わって隻眼の騎士が話し出す。神殿で不思議な青年に出会ったところから全部だ。そう言えばあの青年は本当に何者だったんだろう?


「――それでサンナルシスが子供をルナベラの元へ連れて行っていた理由ですが……」


 隻眼の騎士はルナベラに気を遣い、そこで口をつぐむ。

 するとルナベラが引き継いだ。


「私たち二人の間に子供ができなかったから、サンナルシスは私が喜ぶと思って子供を連れて来ていたのです……」


 ルナベラは自分たちに子供ができなかったという説明をするのは嫌ではないようだったが、大勢の人間の前で話をすることは恥ずかしいらしかった。頬は赤くなっていて、声はとても小さい。


「この国の方には本当にご迷惑をおかけしました。サンナルシスには二度とそんなことをしないように言っておきましたから、どうか彼を許してあげてほしいのです」


 もじもじしながら話すルナベラの姿に、砦の騎士たちは最初ぽかんとしていた。


「彼女、本当に精霊なのか? 随分大人しそうな精霊だ」

「精霊が俺たちの視線を気にして恥ずかしがるなんて」

「ウッドバウムよりさらに控えめで、自信なさげだ」


 こそこそと呟き合う騎士たち。


「あの……」


 みんなの視線に耐えかねて、ルナベラの顔は真っ赤になっていた。そして何もない空間からフリルのついた黒い日傘を取り出すと、それをさして自分の顔を隠し、黙り込んでしまう。


「もう! みんなあんまり見ちゃだめ! ルナベラ、はずかしがり屋さんだから」


 私は隻眼の騎士に抱っこされながらバタバタと前足を動かした。私の前足を盾にして、ルナベラをみんなの視線から遮ろうとしたのだが、いかんせん足が短くて意味はない。

 ティーナさんは笑って言う。


「ごめんね。とっても可愛らしい精霊様だと思って」


 すると他の騎士たちも「うんうん」と頷いた。どうやらみんなは、控えめで恥ずかしがり屋なルナベラのことを好意的に見ていたみたい。


「可愛らしいだなんて――」


 ルナベラは日傘の奥できゅっと唇を噛んだ。大人の精霊に向かって「可愛らしい」なんて、失礼だったかな?


「――嬉しい」


 あ、嬉しかったか。よかった。


「そのドレスもとても素敵です」

「長い黒髪も艶々で綺麗ですね!」


 レッカさんとティーナさんが順番に褒める。女性の服装や外見を褒め慣れていないのか、男性陣は相変わらず「うんうん」と頷いているだけだ。

 けれどルナベラはさらに照れてしまって震え始めた。


「わ、私……」


 そしてじっと見られることに耐えられず、人間から猫の姿へと変化してしまった。


「猫の姿でいた方が、まだ心が落ち着きます。背が低くなって、皆さんと視線が合いにくくなるので」


 ルナベラは地面の上に座り、目の前に落ちている小石を見つめながら言う。上を見るとみんなと目が合ってしまうからか、小石から目を離さない。

 しかしこの砦では、人間の姿でいるより猫の姿でいた方がみんなの注目を集めることになるということをルナベラは知らない。


「猫……」


 ほら。美人には反応しないけどもふもふには反応する支団長さんがルナベラを凝視し出した。


「しかも長毛の……大きな猫……」

「支団長が小声でブツブツ言い出したぞ」


 キックスが隣のジルドに耳打ちしている。


「な、何ですか……?」


 支団長さんだけでなく、騎士たちみんながじりじりと自分の方に近寄ってきていることに気づき、ルナベラは怯え始めた。そりゃ怖いだろう。でも大丈夫だよ。みんな私と出会ってからというもの、『もふもふは愛でる』という習性の生き物になってしまっただけだから。


「猫可愛い」

「ミル並みにもふもふ」

「子猫もいいけど、大きい猫も最高」


 騎士たちはそれぞれ呟いた後、ルナベラを囲んで万歳する。


「猫最高!」

「もふもふ大歓迎!」

「人間の姿でも女子なら大歓迎!」


 などと叫びながら。

 何か新しい宗教の信者たちみたいに見える。もふもふ教の信者。

 ルナベラは怯えるべきか喜ぶべきか迷っている様子で言う。


「な、何だか怖いですけど……でも、こ、こんな私のことを歓迎してくださるなんて」


 自分を受け入れてくれる騎士たちに戸惑っているみたい。まぁ、ここまで手放しで受け入れられたらうろたえるよね。


「もっふもふ! もっふもふ!」


 騎士たちは私とクガルグを隻眼の騎士から奪い、胴上げする。もふもふ教信者たちによる変な歓迎の祭りが始まってしまった。

 さすがにルナベラのことは胴上げしなかったけど、私とクガルグは生贄になった。


「たのしいから、いいけど」


 私は胴上げされながら呟く。


「な、何だか明るい人間たちですね」


 小石から目を離してみんなを見上げているルナベラに、私は胴上げで宙に放られるたびに言った。


「すみかの森を――出てみて――よかったね。こわいと思ってたことでも――行動してみれば――いがいとこわくな――かったりするんだよ」

「ミルフィリアちゃん……」


 ルナベラは私を目で追って上下に顔を向けながら呟く。みんなの気が済んで謎の胴上げが終わると、私は地面に降ろしてもらった後で騎士たちに伝えた。


「ルナベラはべつにここに住むわけじゃないんだよ。わたしがちゃんと砦に帰れるよう、ついてきてくれただけで」


 そしてまたルナベラを見て言う。


「でも、ルナベラがほんとうは一人はさびしいって思ってるなら、いつでもここに来てね。ルナベラはサンナルシス以外のひとと交流してこなかったみたいだけど、ゆうきを出して外に出てみたら、ルナベラのことを受け入れてくれるひとはいっぱいいるよ。にんげんでも、精霊でもね。ルナベラはほんとうに、とってもすてきな精霊だもん」


 私がそう言ってにこにこ笑うと、ルナベラも嬉しそうにほほ笑んだのだった。


「ありがとうございます」

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