スノウレアが来る前に
サンナルシスの作り出した金色の妖精が薄暗い森の中を飛んでいくのを見届けながら、私はルナベラに尋ねた。
「ここって少しくらいけど、ルナベラはやみの精霊だから、これくらいうすぐらい方が好きなの?」
「ええ、そうですね。本当はもっと暗くてもいいくらいです。光の届かない洞窟の奥深くに住もうかと考えたこともあるのですが、ジメジメしていたり、天井にいるコウモリの排泄物が落ちてきたりするのでやめたんです」
それはやめてよかった。光の届かない場所にいたら、サンナルシスもルナベラの存在に気づけず、二人は出会えなかったかもしれないし。
暖かい場所の好きなクガルグは、ちょっと不満そうに言う。
「でも、ここじゃ日なたぼっこできないな」
「〝日陰〟ぼっこも気持ちいいですよ。やってみますか?」
「いい」
にこっと笑ってルナベラは言ったが、クガルグに即答されてちょっと悲しんでいたので、私は気を遣って「わたし、やってみる!」と言って日陰の地面に寝転がる。
「地面がすこしひんやりしてて、きもちいいよ! 日かげぼっこきもちいいよ!」
「よかったです」
ルナベラは嬉しそうに言い、猫の姿に変わって私の隣に寝転んだ。ルナベラのもふもふの毛が私のもふもふの毛に当たり、もふもふもふもふしている。
と、そこでクガルグも「ミルフィーがするなら」と言いながら私たちにくっついて日陰ぼっこを始め、サンナルシスも「仕方がないな。私も日陰で我慢してやろう」と言いながら馬の姿になり、地面に腰を下ろした。
結局、子ギツネと猫と子豹と馬の四人で日陰ぼっこし、隻眼の騎士が私たちのその姿を眺めるというよく分からない時間が過ぎていく。
するとルナベラは感慨深げに言った。
「子供の頃から誰かとこうやって遊んだことがなかったので、ミルフィリアちゃんたちと遊べて嬉しいです」
大人になってから出会ったサンナルシスとは、遊ぶという行為はしたことがなかったのだろう。だけどこれ、まどろんでいるだけで遊んでいるわけではないような……。
私はルナベラに遊びとは何かを教えるべく、立ち上がった。
「あのね、ルナベラ。ひかげぼっこをしてるだけじゃ、遊んでることにはならないんだよ。きもちいいけど、これじゃ退屈だもん」
「それはそうですね……。私、他人と遊んだことがないので分からなくて、ごめんなさい。私って本当に駄目ですね」
「ちがうちがう、だめじゃない。ルナベラはすてき。きれい。やさしい。さいこう」
すぐネガティブになってしまうルナベラを慌てて励ましつつ、私は続ける。
「遊んだことないなら、分からないのとうぜん! だからわたしがおしえてあげる。だってわたしたち、もう友だちだから」
「まぁ! 友だち……! ありがとうございます、ミルフィリアちゃん」
感激しているルナベラに、私は遊びというものを指南した。ルナベラは遊び初心者だから、まずは基本の追いかけっこ、それにかくれんぼを一緒にした。プロレスごっこはちょっと乱暴な遊びだし、ルナベラにはまだ早いからね。
クガルグ、サンナルシス、隻眼の騎士も入れた五人で遊び、私たちは楽しい時間を過ごした。
隻眼の騎士は私やクガルグ、ルナベラには手加減していたけど、追いかけっこの時に「人間は私には到底追いつけまい」と煽られて、馬のサンナルシスを本気で追いかけていた。隻眼の騎士があまりに速く、そして本気で走っている時の眼光が鋭すぎるから、サンナルシスはちょっとビビっていたのだった。
そして一時間ほどが経ったところで、ほどよく疲れた私は、地面に倒れ込んでごろりと仰向けになる。
「はぁ、いっぱい遊んだー!」
走ったらお腹空いてきたかも。今日はお昼ごはん貰ってないしな。
(そろそろ砦に帰りたいなー)
そう考えたところで、ハッと起き上がる。
(いや……帰りたいって言うか、私が砦にいないって母上に気づかれる前に帰らなくちゃならないんだった!)
私は慌てて言う。
「ル、ルナベラ……。わたし、もうかえるよ。サンナルシスにここに連れて来られたってわかったら、母上はサンナルシスのことすっごく怒るだろうから」
怒れる母上を想像し、私が思わずきちんとお座りして言うと、ルナベラはこう返してくる。
「私も早くミルフィリアちゃんたちを帰さなければと思っていたのに、つい遊びに夢中になってしまいました。けれど、もしお母様が全てに気づいてここにやって来たとしても、私が事情を話して謝るので大丈夫ですよ」
「私も謝罪する……」
サンナルシスもそう言った。
だけど違うのだ。私の母上は本当に私のことになると手が付けられないんだよ。私のこと、愛し過ぎているから。
「ううん、あやまるすきもないと思う。もしも母上がここに来ちゃったら、わたしのそばにしらない精霊――ルナベラとサンナルシスがいるのを見たしゅんかん、怒って二人をこうげきすると思う」
シャロンに闇の妖精がついていたこともあって、今、母上たちは闇の精霊が子供を連れ去っている犯人じゃないかと思っているので、ルナベラにはすでに十分嫌疑がかかっている状態だ。
だからルナベラから闇の精霊の〝気〟を感じたら、母上はルナベラを敵認定するだろう。
とすると、サンナルシスよりルナベラの方がやばいかも。
「……そ、そうなんですか。ちょっと怖くなってきました」
そう言うルナベラに、サンナルシスが「私がいるから大丈夫だ」と言っている。
でも怒っている母上をサンナルシスが冷静に落ち着かせることができるとは思えない。最終的にサンナルシスもキレて戦いに発展する未来しか見えない。
(それは駄目だ)
母上と二人を戦わせたくない。だから私は、とにかくさっさと砦に戻らなくちゃいけない。
「わたし、早くとりでに帰らなくちゃ」
そう呟くと、サンナルシスに一応確認する。
「サンナルシス、いどう術って人間がいっしょでも飛べるんだよね?」
サンナルシスは人間の子供や隻眼の騎士を連れて移動術を使ったわけだし。
「ああ、少なくとも私は問題なく飛べた」
サンナルシスの返事に、私は頷く。じゃあ私も隻眼の騎士を連れて飛べるはず。
でも北の砦に飛ぶとして、誰を目印にしよう? いつも住処から砦に飛ぶ時は隻眼の騎士を目標にしてるけど、隻眼の騎士はここにいるし……。
精霊同士だと気配を掴みやすく、一度会っただけの相手のところにも飛べたりするんだけど、人間を目印にする時は「その人のところに行きたい!」と強く思えるような相手でないと難しいんだよね。
北の砦のみんなのことは大好きだけど、隻眼の騎士以外で特に仲良くしてるのは、支団長さんやティーナさん、キックスとレッカさんかな?
「うーん……。しだんちょうさんをもくひょうにしてみようかな」
支団長さんを目標にして移動術を使ったことは何度かあるしね。
私はそう考えると、まずはルナベラやサンナルシスに別れを告げる。
「じゃあ、もう帰るね。こんど、また遊びにくるよ」
「だが、ちゃんと移動術を使えるのか? ここからアリドラ国までは距離があるし、お前のような子どもが飛んでいけるかは微妙だと思うが」
サンナルシスが腕を組んで言う。
私はしっぽを下げて自信がないことを認めた。
「うん、一度じゃむりかもしれないけど、なんどか試してみるよ。ちがうところに飛んじゃったら……ちょっとこわいけど」
海とかに行っちゃったりしないかな……なんて心配していると本当に海に飛んじゃいそう。頭から海を追い出さなくては。
でも追い出そうとすればするほど頭の中が海一色になって行くんだけど、どうしよう。
私が目をつぶって唸っていると、クガルグがこんな提案をしてきた。
「おれが父上のところに飛ぼうか? ミルフィーがにんげんをもくひょうにして飛ぶよりも、おれが父上をもくひょうにして飛んだほうがせいこうすると思う。それで父上のところに行ったら、こんどは父上にきたの砦まで飛んでもらう。そうしたらスノウレアにバレない」
「だめだめ。わたしたち二人ならともかく、せきがんのきしもいるんだよ。三人で飛んでいったら、何があったんだ? ってヒルグパパも思うはずだし、さらわれてたってバレたら、ヒルグパパもサンナルシスに怒るよ」
私が首を横に振ると、今度は隻眼の騎士がまた「俺のことはここに置いて行ってくれていい」と言い出した。
「それはぜったいだめ! みんなで帰る!」
鼻息荒く宣言する。
するとルナベラが心配してこう言ってくれた。
「では、私も一緒に連れて行ってくれませんか? 私はアリドラ国へは行ったことがないですし、ミルフィリアちゃんの言う〝砦〟には飛べません。だからミルフィリアちゃんの移動術で一緒に連れて行ってもらうしかないのですが、もしミルフィリアちゃんが全く違うところへ飛んでしまったとしても、私が一緒なら、私の移動術でこの安全な森へ一旦戻ってくることはできますから」
確かにもし海なんかに飛んじゃったら、私やクガルグはパニックになって再び移動術を使うために集中することができないかもしれない。大人の精霊が一緒の方が安心だ。
「じゃあ、おねがい」
私が頼むと、ルナベラは「ええ、もちろん」と快く言ってくれた。
「では、私も一緒に行こう」
サンナルシスも胸を張って言ったが、ルナベラに即座にこう返される。
「いいえ、あなたはここに残っていてください。もしも向こうでミルフィリアちゃんのお母様と鉢合わせたら、何だかややこしいことになりそうな気がするのです」
「む……」
サンナルシスはやや不満そうだったが、ルナベラの指示に従ってここに残ることにしたようだ。
「じゃあ行こう!」
私とクガルグは隻眼の騎士に抱っこしてもらい、ルナベラの隣に立つ。
「ちょっと集中するね」
移動術を使うため、私は支団長さんの顔を思い浮かべた。相手のことをより強く想えば、移動術は成功しやすい。
(支団長さん、支団長さん、支団長さん……)
頭の中で何度も唱え、様々な支団長さんの姿を思い返す。私のことをもふもふして幸せそうな支団長さん。部下たちの手前、私に触れられずに辛そうな顔をする支団長さん。せっかく買ったドレスを私があまり着なかった時の残念そうな支団長さん。私がたくさんごはんを食べていると自分も満足そうな顔をする支団長さん。
そしてよく分からないタイミングで鼻を押さえたかと思ったら、突然鼻血を出す支団長さん。
(支団長さん……!)
支団長さんは鼻が弱いのだ。こうして離れている間にも鼻血を出しているかもしれないと思うと心配になった。
「しだんちょうさーん!」
私が叫ぶと同時に吹雪が巻き起こる。その吹雪はクガルグやルナベラ、隻眼の騎士を巻き込んでいった。
(行ける気がする)
かくして支団長さんの鼻を心配する強い気持ちが、私の移動術を成功させたようだった。
気づけば私たち三人は、ルナベラと一緒に北の砦に戻ってきていた。




