サンナルシスとルナベラ
「私たちの関係、ですか」
ルナベラはそこでちょっと赤面する。
恋の話が始まる予感がして、私はわくわくした。
「こいびとなの?」
わくわくするあまり先走って、私の方から聞いてしまう。
ルナベラはもじもじしながら答える。
「こ、恋人……。そうですね、そうかもしれません。そのような関係です。夫婦や番というほどしっかりした関係ではないかもしれませんが、ただの知り合いというわけではない、と……少なくとも私はそう思っています」
「わぁ」
私は楽しくなってきてしっぽを振った。ルナベラは照れている。ちなみに隻眼の騎士はちょっと居心地悪そうに無言で話を聞いていて、クガルグはつまらなそうに倒木で爪とぎを始めた。
「でも、サンナルシスのどこが好きなの? サンナルシスってナルちつト(ナルシスト)だし、ごうまんだと思うんだけど」
私が尋ねると、ルナベラは笑う。
「確かにそうですね。サンナルシスはプライドが高くて偉そうで……。でも、そういう私にはない部分を持っているから、私はサンナルシスを好きになったんだと思います。彼は私と違って自分に自信があって、自分を愛している。前向きで堂々としていて、強い。そんなところに惹かれたんです」
「ルナベラはじぶんを愛してないってこと?」
「……まぁ、あまり」
ルナベラは肩をすくめて言う。
「自分に自信がないんです。私って気が弱くって、こんなところにずっと引きこもっている駄目な精霊ですし、それに性格も暗くてネガティブで……。本当は森の外へ出て友達を作りたいと思うこともあるんですけど、私に友達なんてできないだろうなと思って行動に移せなくて」
どうやらルナベラは一人が好きで引きこもっているわけではないらしい。
「だれかにそうやって言われたの? ルナベラはだめな精霊だって」
「いえ、そういうわけではないんです。私って生まれつきこんな性格で。それで長年引きこもっているうちにどんどんこじらせてしまったと言うか……」
「あらら」
なるほど、と私は納得した。この薄暗い森は静かでいいところだけれど、一人で悩んでいる時は、いっそもっと明るく賑やかなところに出て行った方がいいかもしれない。ここにいると一人でぐるぐる考え過ぎちゃいそうだもん。
私が心の中でそんなことを考えていると、ルナベラはこう続けた。
「でも、これでもマシになった方なんです。サンナルシスに会ってからは彼の前向きな考え方にも影響を受けましたし、彼が根拠や実績もなく自信満々でいる姿を見ると、『ああ、こんなに自信過剰な人もいるのなら、私ももう少し自分に自信を持っていいんじゃないか』と思ったりするんです」
褒められているのかけなされているのか分からないサンナルシス。でもルナベラには大きな影響を与えたようだ。
「私たち、もう百年は一緒にいるでしょうか。サンナルシスは百年ほど前、たまたまここにいる私の気配を感じて寄ってくれたんです。最初は『闇の気を感じたから、私と正反対の性質を持つ闇の精霊とはどんな奴か見に来てやった』なんて言ってずかずかと住処に入り込んで来たので、すごく怖かったんですけど……」
ルナベラはその時のことを思い出したかのように少し震えた。まぁ、いきなり見ず知らずのナルシストが自分の住処に侵入して来たら色んな意味で怖いよね。
「サンナルシスは普段はジーラント国にいますが、私はそこからいくつも国境を越え、海や山を越えたこの森でひっそりと暮らしています。けれどサンナルシスは毎日のようにここにやって来てくれるんです。もちろん移動術を使えば一瞬で来られるのですが、彼は華やかな場所が好きなはずなのに、そこを離れて私に会いに来てくれるというところが嬉しいんです」
そこでルナベラはポッと頬を赤らめる。甘酸っぱい恋バナに、私はへらりと笑ってしっぽを振る。
恋の話、いいね。
しかしクガルグはまだ隣で爪とぎをしているので、ガリガリガリガリとうるさい中でルナベラは話を続けた。
「けれど十年ほど前から、サンナルシスは私との子が欲しいと言い出しました。サンナルシスが欲しいならと私も同意して跡継ぎを作ろうとしたのですが……」
ルナベラはそこで言葉を切り、一瞬黙ってから言う。
「何年経っても子どもができないのです」
「子どもができない?」
私が首を傾げると、ルナベラは悲しげに頷いた。
「精霊としての性質が正反対だからできないんだと思うんです。跡継ぎを作るなら、似た性質の精霊を探さないと……」
クガルグはその話題に食いついて爪とぎをやめ、こちらを見る。
「え……? せいしつが反対の精霊どうしだと、子どもができないのか?」
「おそらくそうだろうと、私とサンナルシスは予想しています」
ルナベラは悲しげに答えてから、こう続ける。
「私はサンナルシス以外考えられませんが、サンナルシスは他の精霊を探した方がいいと思うんです。私より彼にふさわしい相手はたくさんいますから。だって私なんて本当に……気が弱くて暗くって、駄目な精霊で……」
「そんなことないよ。わたしはルナベラ好きだよ」
首を伸ばしてルナベラのあごをペロペロ舐めると、彼女はくすぐったそうに少し笑った。
「ありがとうございます、ミルフィリアちゃん」
二人の間に子供ができない問題は、私では解決方法が分からない。人間だったら病院で診てもらうところだけど、精霊はどうしたらいいんだろう……。
本当に別の相手を探すしか方法はないのかな。
私が悩んでいると、ルナベラは私の背中を撫でながら言う。
「ミルフィリアちゃんたちをここに連れて来てしまったこと、どうかサンナルシスを許してあげてくださいね。偉そうだし自分勝手ですけど、優しい人なんです」
「うん」
私はルナベラにそう答えたけど、そこでこちらにこっそり近づいてくるサンナルシスに気づいた。
サンナルシスは木の陰から木の陰にこそこそ移動しつつ、私たちの近くまでやって来た。きっと私たちが何を話しているか気になったんだろう。
もしくは、ルナベラと自分以外の男――隻眼の騎士が一緒にいるという状況を放っておけなくなったのかもしれない。
「サンナルシスったら……」
ルナベラも気づいて、呆れたように言う。隻眼の騎士やクガルグもサンナルシスの方にちらっと視線をやったが、サンナルシスはバレていないと思っているみたい。
せっかくサンナルシスが聞いているのならと、私はルナベラに向かってさっきの話を続けた。
「わたしはサンナルシスのことを許すけど、わたしの母上はどうかわからないよ。サンナルシスが今までつれて来た人間の子どもの親だってそう。ほんの数時間で、こわい思いをすることもなくぶじに帰ってきたって言っても、親にとってはすごくながい数時間だっただろうし、ほんとうにこわかったはず」
そこでサンナルシスの方へ顔を向け、今度は彼に向かって言う。
「サンナルシス、やっぱりひとの子どもを連れてくるのはだめだよ。だってみんな、それぞれのお父さんやお母さんにだいじに育てられてきた、他に代わりのいない子なんだよ。シャロンだってそう。最後にここへつれて来た、金ぱつの女の子をおぼえているでしょ? あの子のりょうしんは、なかなか子どもにめぐまれなくて、シャロンはやっとできた大切な子供なの」
「そうだったんですか……」
呟いたのはルナベラだ。
「私たちと同じ状況の夫婦だったんですね」
「うん。シャロンのりょうしんは本当にとっても心配してたんだよ。お母さんはずっと泣いてた。だからぶじに帰したとしても、子どもをかってに連れてくるのはだめだよ。親はとっても心を痛めるから」
「サンナルシス、分かりましたか?」
ルナベラが声をかけると、サンナルシスはばつの悪そうな顔をして木の陰から出てきた。
「理解した……。そうだな、申し訳ないことをした。人間は何人も子を産む者が多いから、一人くらいいなくなってもそれほど悲しまないだろうと思っていたのだ。だが、その考えは間違っていたのだな。一人だけでも、たくさんいても、親にとって子どもは大事な存在なのだ」
プライドの高いサンナルシスも、今は素直に反省している。これでもう他人の子を連れ来たりはしないだろう。
サンナルシスが連れて来た子供にいくつかの条件があったのも、今考えると理由が分かる。金髪か黒髪の子供を狙ったのは、自分たちの子供にするために同じ髪色の子を探していたから。
容姿が可愛らしい子供を狙ったのは、ナルシストなサンナルシスのこだわり。自分の子にするなら整った顔立ちの子でないとと思っていたんだろう。
そして比較的幼い子供を狙っていたのも、その方が親の記憶が薄れるのも早く、自分たちに馴染みやすいと考えてのことだったんじゃないかな。
「そうかんがえると、やっぱりサンナルシス、ひどい!」
私はすぐ側まで近寄ってきていたサンナルシスの脚をぽこぽこ叩いた。
サンナルシスが連れて来た子供をルナベラが受け入れていたら、本当の親と引き離されてしまう可哀想な子供と、子供と生き別れになってしまう親ができてしまうところだった。
「そうだな、酷かった……」
しかしサンナルシスは自分の行動を反省して気落ちしているので、それ以上責めるのはやめた。
ルナベラは私の頭を撫でながら言う。
「ミルフィリアちゃんは精霊には珍しいタイプの子なんですね。人間の気持ちをよく理解しているようですし、共感して同情してる。彼……隻眼の騎士とも信頼し合っているようですし」
「まぁ、いろいろあって」
私は、母上の留守中に北の砦に迷い込み、そこから人間たちと仲良くしているという話をした。そもそも人間だった前世の記憶があるから人間と仲良くやれているんだと思うけど、それはもちろん説明しない。
「じゃあミルフィリアちゃんには、人間の友達がたくさんいるんですね」
「精霊のともだちもいるよ! クガルグとクガルグのパパと、かぜの精霊とそのおばあちゃんと、だいちの精霊、木の精霊もなかよしだし、ともだちとは違うけど、みずの精霊はわたしの父上だし」
「何だかすごいですね」
羨ましいです、と言うルナベラを「こんど北の砦においでよ」と誘っておいた。
そして、ふと気になったことを尋ねるために話題を変える。
「そういえばシャロンに黒い妖精がついてたんだけど、あれ、ルナベラの妖精だよね?」
「妖精? ええ、そうですね、私の妖精です」
ルナベラは頷いて続ける。
「そのシャロンちゃんにだけでなく、サンナルシスが連れて来た子供たちみんなに、私の妖精をつけて帰していたんです」
「どうして?」
「お詫びの気持ちからです。子供たちには怖い思いをさせていないと思いますし、私たちの容姿が珍しいのか、何故かみんなここに来ると喜んではしゃいでいましたが、親から離して申し訳ないことをしたことは確かなので」
ルナベラが話している間、サンナルシスは後ろめたそうな顔をして小さくなっている。
「だから帰す時に、こっそり妖精をつけたんです。その子供に何か危険が迫った時、妖精は力を発揮して助けるでしょう。それほど強い妖精ではないので、おそらく一度力を使えば消滅してしまうでしょうが」
「そうなんだ!」
シャロンにくっついている妖精が何か悪さをするんじゃないかと疑ったりもしたけれど、全く逆の、シャロンを守るという役割をあの妖精は与えられていたみたい。
シャロン以外の子供についている妖精も、きっと子供の影に隠れてひっそりと見守っているんだろう。だから周りの誰も妖精の存在には気づかないかもしれないな。
でもみんな、一回きりとはいえ闇の精霊の加護を貰ったようなものだ。
「……よし、私も妖精を送っておくか」
このままでは面目を失うと思ったのか、サンナルシスはそう言うと自分も妖精を作り出した。金色に光る小さな妖精たちは、全部で十以上いる。
そしてその妖精たちは、サンナルシスが一度ここへ連れて来たことのある子供たちを守るため、彼らの元へ飛んで行った。きっとシャロンのところにも行くだろう。
光と闇、二人の精霊から加護を受けるなんてかなりすごいことだと思うけど、本人たちは気づくだろうか?




