ジーラントのお城で(2)
子供が欲しいなら、どうしてサンナルシスは他の精霊との間に作らないんだろう?
私がその疑問を口にしようとした時、部屋の扉がノックされた。
「精霊様、まだいらっしゃいますか? 国王陛下をお連れしました」
気づけば砂時計の砂は全て下に落ちていて、すでに三分を超えていた。
「ああ、いるぞ。入れ」
「失礼致します」
息を切らせた使用人の女性が扉を開けると、同じくぜぇぜぇと息を切らせたジーラントの国王が部屋に入ってきた。
ジーラントの国王は黒髪のオールバックで、おでこの辺りはちょっと寂しい感じ。つまりまぁ、軽くハゲている。
歳は六十歳前後といったところで、目は少しぎょろっとしている。体は細そうだけど、夏だというのに豪華な毛皮のマントを羽織っていて、私と同じくらいもふもふだ。それに装飾品をたくさんつけているので、サンナルシス並みに派手だった。
しかしサンナルシスと違って美形ではないので、その派手な衣装を着こなすことはできていない。
「はぁ、はぁ……。お、お待たせしましたかな?」
ジーラント王は広い額に汗をかきながら言う。
そして私やクガルグを見つけるとハッと息をのみ、嬉しそうに声を弾ませる。
「なんと! 光の精霊様の他に、さらに二人も精霊様が! その子豹と子犬は精霊様でしょう?」
「子ギツネ」
「こいつは子犬ではなく子ギツネだ。そしてそう、精霊だ」
私が小声でサンナルシスに訂正を促すと、サンナルシスはジーラント王の勘違いを正してくれた。
そしてジーラント王はこちらに近づいて来ながら続ける。
「そうですか! ようこそ、ジーラントへ。お二人にもこの城に部屋と使用人を用意しましょう。是非、光の精霊様のようにここを住処になさってください。我が城に住まう精霊様が増えれば、国民たちも喜びます」
ジーラント王は王様なのに商人みたいに手を揉み、にこにこと営業スマイルを浮かべながら言う。
そりゃあ精霊が自分の城に住んでくれれば、王としては良いことずくめだよね。精霊がいるというだけで、黙っていても国内外の敵を威圧できるし、国民からは精霊に気に入られていると思われて尊敬されるし、権力は増す。
でも、私とクガルグはもちろんここに住むつもりはない。
すると隻眼の騎士が、私を抱いたままジーラント王に騎士の礼を取って言う。
「申し訳ありませんが、この二人はアリドラ国に帰ります」
「ん? 何だ、貴様は」
ジーラント王が片眉を上げる。隻眼の騎士が自分はアリドラ国の騎士だと説明すると、ジーラント王は眉間にわずかに皺を寄せる。
「フン。アリドラ国の騎士か。その紋章は確かにそうだな。するとそうか……。そのまだ幼い精霊様方は……雪と炎の精霊か」
ジーラント王が私たちの正体を言い当てると、隻眼の騎士はただこう聞き返した。
「どうしてそう思われるのです?」
「アリドラに昔から雪と炎の精霊がいるのは知っているからな。そしてここ数年で二人に子供ができたことも知っている。ちょっと調べれば分かることだ。情報は大事だろう?」
ジーラント王はニヤリと笑って言った。ちょっと調べればって、アリドラ国にスパイでも送っているのだろうか?
こうやって他国の権力者から狙われないようにと、アリドラ国の王様たちは私やクガルグの存在を公にはしていない。
とは言え、それは「精霊の子が生まれたよー!」と大々的に発表したりはしていないという程度で、私たちの存在を徹底的に隠しているわけではない。
何か起きた時にスムーズに私たちを守れるよう、アリドラ国のほぼ全ての騎士たちには存在を知らせているだろうし、他にも、王城で働いている人たちなんかは時折遊びに来る私たちの姿を見かけていたりするだろう。
それに、北の砦の近くのコルビ村の人たちが、私のことを他の町で喋っている可能性もある。
ジーラントのスパイがアリドラに入り込んでいたとすれば、私やクガルグの情報を得るのはそれほど難しくないだろう。
隻眼の騎士もそう考えたのか、それ以上ジーラント王を追及することはなかった。
「それにしても精霊様……」
ジーラント王はサンナルシスに視線を向けて言う。
「何故ここにアリドラの騎士がいるのです? 精霊様がお連れになったのですか?」
「まぁ、そうだな」
「困ります、精霊様。他国の人間をこのように簡単に城に入れてもらっては」
ジーラント王に苦言を呈されると、サンナルシスは少し不機嫌になった。人から怒られたり注意されるのには慣れていないみたい。
「どうせすぐにここから移動するつもりだった。それにこの部屋に誰を連れてこようが私の勝手だ。この国の王であるお前が、他国の見知らぬ人間を警戒する気持ちも分からないではないが、それは私には関係のないことだ。国と国との関係や諍いにも興味はない」
「ええ、分かっております。ですが少しは興味を持っていただけると嬉しいのですが……」
ジーラント王は作り笑いを浮かべて控えめに言う。
しかしサンナルシスは冷たく続けた。
「お前は私にもっと能動的に動いてほしいのだろう。このような一室で満足しているのではなく、領土を広げることに興味を持って、お前と組んで他国を侵略してほしいと」
「そ、そんなことは考えておりません。国内を治めるだけでも大変ですから、他国を侵略するなど」
ジーラント王は他国の人間である隻眼の騎士を気にして、少し慌てている。
「まぁ、お前が何を考えていようと構わないがな。私は私で自由に生きるだけだ」
「ええ、どうぞ精霊様のお好きなようになさってください。私は、精霊様がこの城にいてくださるだけで十分です」
ジーラント王は、またそこで作ったような笑顔を浮かべた。その顔はどうも胡散臭いけど、さっきの『国内を治めるだけでも大変だから、他国を侵略するなど考えていない』という言葉は本気のようにも聞こえた。
「ところで、そちらの雪と炎の精霊様をおもてなししたいのですが、精霊様は食事はされないのでしたね?」
「もてなしはいらない。私たちはもう行く」
「ああ、そんなことをおっしゃらず、もう少し――」
ジーラント王は引き留めてきたけど、サンナルシスは「ではな」と言って移動術を使った。私と私を抱いている隻眼の騎士、クガルグも一緒に光に包まれる。
一体今度はどこに移動するのか、と思っていると、また森の中に戻って来た。
「あれ? さっきの森?」
私は周囲を見渡して言う。でも、さっきは見えていた町は見えず、周りにあるのは木々ばかりだ。
ここは森の深いところなのだろうか? 木はどれも大きく、葉をたくさん生い茂らせているので、日光を遮って少し薄暗い。
でも不気味な雰囲気はなく、静かで落ち着く場所だった。
そこかしこに苔も生えているけど、どれもみずみずしい緑が美しい。遠くで小鳥の鳴き声が聞こえる以外は、ほとんど何の音もしない静かな森だ。
サンナルシスは私の疑問に答えて言う。
「ここはさっきいたアリドラ国の森とは違う。ジーラントでもない。その二つの国からずっと離れたところにある、また別の国の森だ。人間が分け入ったことのない、大きな森の中心部」
「しずかでいい森だね」
優しい雰囲気の場所だ。だけどサンナルシスはこう言う。
「だが、地味過ぎる。ずっとここに住むにしても、私は時折森の外に出て、さっきのジーラントの城の一室のような華美な場所に滞在しなくては、何となく物足りない。それに森の木々が光を遮るから日光も足りない。光を浴びたい」
光合成する植物みたいな望みだな、と私は思った。
でもこの森が気に入らないなら、『ずっとここに住むにしても』という仮定はしなくていいのに。サンナルシスはジーラントのお城で暮らし続ければいいんだし、自由にどこへでも行けばいい。
「少し歩くぞ」
と、サンナルシスは私たちに声をかけて歩き出した。どこへ行くんだろう?




