ジーラントのお城で(1)
「この私の子供になれるのだ。遠慮なく喜べ。感動して泣いても構わないぞ」
「……」
サンナルシスは胸を張って尊大に言ったが、私とクガルグはお互いに顔を見合わせた後でシンクロして首を傾げた。
何言ってるの? って感じだ。
「わたし、母上も父上もいるし、サンナルシスの子供になりたくない」
「おれもいやだ」
私たちが断ると、サンナルシスは不機嫌そうな顔をした。
「光栄に思いこそすれ、拒否するなど」
「だってサンナルシス、居候だし」
「居候ではないと言っているだろう!」
サンナルシスはソファーから立ち上がると、イライラしながら言う。
「とにかくお前たちは私の子供になるのだ。そののんきな顔を引き締めて、もっと高貴な顔をしろ」
そんな無茶な。高貴な顔ってどんなだ。というか、サンナルシスの子供になんてならないってば。
私は一応顔をきりっとさせてみた後で、プルプルと首を横に振った。
一方、サンナルシスはソファーの隣のサイドテーブルに置いてあったベルを手にし、それを鳴らす。
するとすぐに部屋の扉がノックされた。
「精霊様、お呼びでしょうか」
「入れ」
使用人の格好をした人間の女の人が、静かに部屋に入って来る。きっとサンナルシスの世話係だろう。
でも、いつベルで呼び出されてもいいように、サンナルシスがいない時もずっと部屋の外で待機しているのかな?
「何のご用でしょう?」
使用人の女性は、私とクガルグ、隻眼の騎士が部屋にいるのに気づくとちょっとびっくりしていたけれど、あまり表情には出さずにサンナルシスに尋ねた。身分の低い使用人が王族にするのと同じように、女性はサンナルシスの顔を真っすぐ見ることなく、失礼のないよう少し視線を下げている。
サンナルシスはこのお城に住んでいるわけだけど、私と砦の騎士たちほど人間と親しくしてはいないみたい。
サンナルシスは使用人の女性を見ながら、私を指さして言う。
「この子犬の毛を金色に染めたい」
「わたし、子ギツネ」
「キツネ? そうだったのか。随分丸いキツネだ」
「毛が、ふわふわだから」
決して太っているわけではないと伝えておく。誤解されたら嫌だから。
サンナルシスは私がキツネだったことに驚きつつも、使用人の女性への指示を続けた。
「私の髪と同じ色に染めろ」
そう言って自分の髪を触った後、「人の姿の時は髪が短いからな、こちらの姿の方が分かりやすいか」と言って、動物の姿に変化した。
サンナルシスの動物の姿は、とても美しい金色の馬だった。たてがみも綺麗な金色で、揺れるたびにキラキラと輝く。
「わぁ、きれい」
私が思わずそう呟くと、サンナルシスは得意そうな顔をする。
「そうだろう」
「うん。でも、わたしの毛をそめるのはやめて」
「そういうわけにはいかない。やはり私の子供は金色の毛でないと」
毛の色がどうとか言う前に馬とキツネじゃ親子に見えないと思うんだけど、それはいいのか。
というか、私の毛を染めようとするサンナルシスに、隻眼の騎士が殺気を出しているような気がするんですけど。私の意思に反して染めるなんて、そんなこと隻眼の騎士が許さないと思うんですけど。
サンナルシスもただならぬ気配を感じたのか、隻眼の騎士を見てちょっとビクッとした。きっと怖い顔をしてたんだろう。精霊をビビらすなんて、さすがだ。
使用人の女性も隻眼の騎士の威圧感に怯えていたが、それ以上に『精霊の毛を染める』という行為に恐縮してしまっているようだった。
「そ、そちらの子ギツネ様も精霊様でございましょう? 精霊様の毛を染めるなんて、そんな恐れ多いこと……私にはとてもできそうにありません。それに毛染め薬では、どうしても違和感のある金色になってしまいます。綺麗な色に染めるのは難しいですし、しかも毛を痛めるのです」
馬の姿のサンナルシスは、「できない」と言う女性に不満そうな顔をした。
女性は頭を下げて続ける。
「申し訳ありません、精霊様。私、そんなにつやつやでふわふわでもふもふの毛を染めてしまうなんてもったいないこと、とても……」
使用人の女性は最後にポロッと本音を漏らしつつ、サンナルシスに向かってさらに低く頭を垂れたのだった。
「フン。まぁ、ミルフィリアの毛は確かに謎の魅力があるしな……」
サンナルシスは意外と素直に女性の言い分を聞き入れる。
「しかし困ったな。クガルグは黒のままでいいとして、ミルフィリアは金色にしたかったのだが……仕方がない。白のままでいいか。白は金に近い色だし、光の色のイメージとしてずれてはいないからな」
どうやらサンナルシスは諦めたみたい。私も金ぴかの子ギツネにならずに済んでホッとした。
使用人の女性も安心したように息をつき、顔を上げてサンナルシスにこう言う。
「精霊様、国王陛下を呼んで参ります。他の精霊様もここにいらしていると分かったら、陛下は是非会いたいとおっしゃるでしょうから」
「国王か……。我々はすぐにまた移動するのだが」
「急いで呼んで参ります。陛下は今日はこの城におられますから、決して長い時間お待たせすることはございません」
「分かった。三分だけ待ってやろう」
「さっ……かしこまりました」
使用人の女性は一瞬『三分じゃ短過ぎます』という顔をしたけど、結局深く頭を下げた後、部屋を出て行った。三分しかないので、きっと廊下を走っているだろう。
サンナルシスは人の姿に戻ると、部屋に置いてあった調度品――金色の砂時計をひっくり返して時間を計っている。三分ちゃんと待つらしい。律儀だ。
「その砂どけい、いいね」
私は隻眼の騎士の腕から床に降ろしてもらいながら言う。隻眼の騎士はよく知らない場所で私やクガルグを降ろしたくないようだったけど、私たちは抱っこされていることに飽きたのだ。
私はぐーっと伸びをしてから体をブルルッと振って、こわばりを解いた。
「そうだろう。中の砂も金なのだ」
サンナルシスが自慢してくるが、私はその時にはすでに砂時計への興味を失っていた。そしてクガルグの「ミルフィー、追いかけっこしようぜ!」という誘いに乗って、部屋の中で走り出す。
部屋が広いから走りがいがあるぅー!
「お、おい、やめろお前たち。何故急に走り出すのだ。ここは室内だぞ」
サンナルシスの足元を駆け抜け、ソファーに飛び乗り、サイドテーブルにぶつかりそうになりながらクガルグを追いかける。
するとクガルグが出窓に飛び乗ったので、ジャンプ力のない私も床の上でぴょんぴょん跳びながら何とか出窓に上がろうとする。
と、サンナルシスはそんな私の姿を見て言う。
「どう考えてもお前には無理だ、ミルフィリア。やめておけ。それからクガルグ、あまりそこでうろちょろと動くんじゃない。そこには花瓶が三つも置いてあるんだぞ。どれも高級なものだ。もしぶつかったら……」
「おれ、そんなドジじゃない」
「おい、前を見ろ前を!」
サンナルシスの方を振り返った瞬間、クガルグは花が生けられた花瓶にぶつかってしまった。しかも三つ並んでいたうちの一番端の花瓶にぶつかり、倒してしまったので、ドミノみたいに順番に全部倒れていく。
がしゃん、がしゃん、と音を立てて倒れていく花瓶を見ながら、サンナルシスは「ああ……」と頭を抱えた。
そして最後の花瓶は倒れる時に出窓から床へ落ちてきた。つまり私の側に。
「あ、ミルフィー!」
クガルグが焦ったように声を上げたけど、次の瞬間には私は隻眼の騎士に抱き上げられていた。
間一髪、私は落ちて割れた花瓶の破片に当たることも、花瓶の水を被ることもなかった。代わりに床は水浸しになったし、花瓶の欠片や花は散乱しているけれど。
「ミル、大丈夫か?」
「うん。ありがと、せきがんのきし」
「お前たち……」
サンナルシスは片手で頭を抱えている。私たちのこと、のんびりした大人しい子供だとでも思ってたのかな?
「いっておくけど、わたしたち、まだ本気出してないよ」
私は隻眼の騎士に抱っこされたままキメ顔をして、サンナルシスを脅した。
「まだまだこんなものじゃないよ。私たちをじぶんの子にするっていうなら、かくごしてね。このへや、ぐちゃぐちゃになるよ」
花瓶や壺は全部割る自信があるし、カーテンやソファーといった布製品はクガルグが爪とぎしてボロボロにするし、テーブルや椅子の脚は私がガジガジ噛んじゃうし、毎日掃除しても部屋中抜け毛だらけになるし、取っても取ってもいつの間にか服にも毛が張り付いているからね?
私の毛量を舐めるなよ。
「恐ろしい……」
私の脅しに、サンナルシスはちょっと青い顔をしてそう呟いた。
でも、サンナルシスってどうして子供が欲しいんだろう? 子供好きで父性がありそうな感じには見えないのに。
しかも実は子供好きだったとしても、人間の子供を攫ったり私たちを自分の子にしたりしないで、普通に他の精霊と番えばいいのに。
(どうしてそうしないんだろう?)
私はふと疑問に思ったのだった。




