光の精霊(1)
『向こうの方から近づいてくるのが分かりましたから』って、ここから広場にいた私たちの姿が見えていたんだろうか?
そう思ってきょろきょろ辺りを見回すが、密集して建っている家々や神殿が邪魔になって、見通しはあまりよくない。
「あなたは? 村人ではないですね? 神殿の関係者ですか?」
どうやら隻眼の騎士もこのターバンの青年を見たことはなかったようで、訝しげにそう尋ねた。しかし青年は柔らかくほほ笑むだけで何も答えない。
そして私とクガルグに向かって言う。
「君たちは雪の精霊と、炎の精霊ですね。まだまだ小さいですね」
正体を言い当てられて私たちはぎょっとした。
一方で青年は、私たちが精霊だと分かっているのに全くびっくりしている様子はない。
この人、本当に何なんだろう。
(あれ……?)
青年を凝視していて、私はあることに気づいた。彼の目の色は、彼が瞬きするたびに変化しているのだ。
青や赤、金や銀、黒、緑、ピンク、茶色、紫……。本当に様々な色に変わっていっている。
「人間ではない……?」
隻眼の騎士も青年の瞳の変化に気づいたのか、私とクガルグを片腕で抱くと、腰に携えている剣にもう片方の手をかけながら一歩後ろに下がった。
(精霊なのかな?)
私もこの青年が普通の人間だとは思えない。浮世離れした空気をまとっているし。
だけど……精霊とも違うような気がした。何だか不思議な人だ。
隻眼の騎士に警戒されていることに気づいていないのか、それとも気にしていないのか、青年は水色の優しげな目で私を見て話しかけてくる。
「君は精霊にしては随分人懐っこいですね。人間とも仲良くやっているようですし、その歳にして他の精霊とも親しくしています。しかも本能的に苦手なはずの炎の精霊と」
「うん……」
私は一応小さく返事をした。クガルグは隣でちょっとだけ唸っているけど、警戒すべき相手なのか迷っている様子で、唸り声は弱々しい。
確かにこの青年は優しくて温かい感じがして、悪い人ではない気がする。
さっき水色の目をしていた青年は、今は綺麗な金色の目になって、私に話し続ける。
「今、僕が少し気にしている二人がいるんですけど、君なら仲を取り持ってくれるかな? 最初に命を与えた精霊の末裔だから、二人には仲良くしてほしいんです」
「……どーいうこと?」
混乱している私の疑問には答えずに、ターバンを巻いた青年はふんわり笑ってこちらに手を振ってきた。
「頼みましたよ」
「え? なに……?」
移動術を使う時と似た、体がふわっと浮く感覚がする。
と言うか、現実に私の体が宙に浮いている。
「あわわ」
「ミル!」
ふわふわと上がっていく私を捕まえようと隻眼の騎士が手を伸ばし、後ろ足を掴んでくれた。
するとそれを見た青年が困ったように笑って言う。
「では、仕方がない。三人まとめて行ってきてください」
「何だ……!?」
今度は私とクガルグを抱いている隻眼の騎士の体がふわりと宙に浮かぶ。青年はまだこちらにバイバイと手を振っている。
そして次の瞬間、ぐるりと景色が回り、私たちの体も回転したように思えた。頭が地面の方に下がって激しくぶつけると思ったのだが、気づいた時には、私はクガルグと一緒に隻眼の騎士に抱かれたまま見知らぬ森にいた。
「……え?」
しかも目の前にはターバンの青年ではなく、金髪美形の男の人がいる。
「……は?」
その人も驚きの声を漏らしてこちらをぽかんと見下ろしていた。相手が見下ろす形になったのは、隻眼の騎士が地面に座り込んでいたからだ。
「……何が何だか」
混乱しつつも隻眼の騎士は素早く立ち上がり、誰だか分からない金髪の男性と少し距離を取った。
「なにがおきたの?」
「わからない」
私とクガルグも戸惑うばかりだ。今のは移動術だったのだろうか?
ここは森だけど、スノウレア山の麓の針葉樹林ではない。生えている木の種類からして、もう少し温暖な地域だろう。
森は私たちの前で途切れていて、近くには小さな町が見える。
一体ここはどこなんだろう? そしてこの金髪の美形は一体誰なのか。
私はじーっと相手を観察した。
「何だ、貴様らは」
彼は偉そうな口調で言う。
明るい金色の髪は短くて、整髪料でおしゃれに整えているみたいに髪形が決まっていた。片方の耳にはピアスをしていて、濃い紫色の小さな石がついている。
服装は、まるで王族みたいに立派で豪華だ。上等な白い布地を使っていて、襟元や袖、胸元なんかに金糸で刺繍がされている。ボタンも金色で、まとっているマントも落ち着いた黄金色だ。
下手をすれば馬鹿な成金みたいに見えるけど、スタイルも顔もいいからか豪華すぎる服も似合っている。
服装だけでなく容姿も人目を惹く感じで、この人が街を歩けばきっとみんなが振り返るだろうと思う。女の人たちは一目で心奪われてしまうかもしれない。
だけど彼の真っすぐな眉と金色の目は、良く言えば意志が強い、悪く言えば傲慢そうな雰囲気を醸し出している。
「おい、何とか言え」
本当に王族だから、こんな偉そうな物言いをするのだろうかと私は思った。
(でも、この人も人間じゃないと思うんだよね……。精霊の〝気〟を感じる)
さっきのターバンの青年は人間とも精霊とも違うような気がしたけれど、この偉そうな美形は精霊だと思う。
暖かくて強烈。そして眩しい。
「このひと、精霊だよね?」
「おれもそう思う。たぶん……光?」
私とクガルグがひそひそと話す。隻眼の騎士もその話を聞いていた。
金髪の美形は腕を組み、こちらを睨みつけて言う。
「おい。こそこそと何を話している。お前たち、精霊の子供だな。一体何をしに来た。私に用でもあるのか?」
私たちが相手の正体に気づいたように、向こうもこちらの正体に気づいたようだ。
「雪と炎か……。正反対の性質の二人だが、仲が良さそうだな」
金髪の美形はそこでちょっと口調を和らげた。何故か私たちが仲良くしていることが嬉しいように見える。
「あなたは、ひかりの精霊?」
「そうだ」
私が尋ねると、相手はすぐに答えた。そしてこう続ける。
「私は光の精霊のサンナルシス。精霊の中で最も強く、高貴で、美しい」
「ふーん」
サンナルシスは傲慢でナルシストらしい。今のところ最悪な精霊だ。
とは言え名前を教えてもらったので、私も一応自己紹介をする。
「わたしはミルフィリアだよ。母上のなまえはスノウレア。こっちはクガルグで、お父さんのなまえはヒルグ」
「全員知らんな。だが、炎の精霊がヒルグという名を受け継ぐことは知っている。炎の精霊は光ほどではないが、そこそこ強いだろう」
サンナルシスはクガルグを見てそう言うと、今度は私に視線を移して続ける。
「雪の精霊のことはよく知らんな。水ならともかく、雪のような弱い精霊のことは」
「なんだと!」
怒ったのは私ではなくクガルグだ。クガルグは「偉そうなやつ!」と憤慨しながら、しっぽをブン! ブン! と勢いよく振っている。
「まぁ、いいよ、いいよ」
一方、私は威勢のいい若者を諫めるご隠居みたいな感じでのんびり言う。強いとか弱いとかはどうでもいいし、その辺のプライドとか皆無なのだ。
そしてサンナルシスは腕を組んだまま、最後に隻眼の騎士を睨みつけた。
「それで貴様は? ただの人間が珍しい精霊の子供を二人も連れて何をしている。まさか良からぬことを考えているわけではあるまいな? 例えば誘拐をしようとしていたとか」
「違います」
「わたしたちもわけが分からないの」
隻眼の騎士が控えめに否定し、私も説明を付け加える。
「ふしぎな男の人に会って、きづいたらここに飛ばされてたの」
「……? 子供の説明ではよく分からんな」
サンナルシスはそう言ったけど、たぶん大人でもこれ以上の説明はできないと思うよ。
だってあのターバンの青年のことも、ここに移動してきたことも、謎だらけだもん。
「どうせ知らぬ間に移動術を発動して見当違いのところに飛んできてしまったんだろう。子供のうちはよくあることだ」
「ちがうのに」
私はちょっと拗ねて言いながら、サンナルシスに聞いた。
「それで、サンナルちつはここで何してるの?」
「私はサンナルシスだ」
「しってる」
ただ、上手く言えなかっただけ。
サンナルシスはため息をついてから答える。
「金髪や黒髪の美しい子供がいないか、今度はあの町で探すつもりだった」
サンナルシスが指さす先には、森の前に広がる小さな町があった。どこかで子供たちが駆け回っているのか、楽しげな笑い声がここまで響いてきている。
私は眉をひそめて首を傾げる。
「どうしてこどもを探しているの?」
「連れて行くため」
サンナルシスはこちらを見て端的に言う。
そして私やクガルグをじっと見つめながら続けた。
「今まで連れて行ったのは人間の子だったから、ルナベラは気に入らなかったのかもしれない。精霊の子ならきっと喜ぶだろう。お前たちは黒と白銀で被毛の色も悪くない。ミルフィリアは金色に染めればいい。それで完璧だ」
「なに言ってるの……?」
サンナルシスが無言でこちらに手を伸ばしてくる。
私は少し怯えてしっぽを丸めた。




