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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第四部・ふしぎなじけん

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神殿へ(1)

 結局、王族たちは予定より早く避暑を切り上げ、明日、王都に戻ることになった。


「もう少し一緒にいたかったけど、仕方がないね」


 王子様は名残惜しそうに私に言った。幼馴染の支団長さんと別れるのもちょっと寂しそうだ。

 シャロンにくっついている闇の妖精の目的が不明だし、もしかしたら何か悪さをするかもしれないので、騎士がたくさんいる王都に戻った方が安心だと考えたみたい。

 それにご領主のおじいちゃんに対する疑いもはっきりと晴れたわけではないようだから、この屋敷に居続けるのは避けたいのだろう。


「しかしこの妖精がシャロンに危害を加えようとしたら、騎士たちでもシャロンを守れるだろうか? まして闇の精霊も現れたら……」


 アスク殿下は愛娘を見ながら不安そうに言い、母上やヒルグパパを見ておずおずと続けた。


「精霊様、どうか一緒に王都に来てはくださらないでしょうか? 私たち夫婦にとって、この子は自分の命よりも大事な一人娘なのです。美味しいお酒でも何でも、精霊様が望むものは用意致しますから、どうか……」


 アスク殿下は一人の父親として懇願した。本当にシャロンが大事なのだ。

 そして母上はそんなアスク殿下に共感したようだった。


「わらわも大切な一人娘がおるからの。気持ちは分かる。王弟の娘が闇の精霊に攫われたりすれば、この国にとっても一大事であろうし、協力してやってもよい」


 母上がそう言うと、ヒルグパパも頷く。


「精霊が出てきたなら、こちらも精霊が出て行くべきだ。私も協力しよう」


 元々母上とヒルグパパは王族に協力的だったこともあって、二人とも引き受けることにしたようだ。


「あ、ありがとうございます……!」

「感謝致します、精霊様方」


 アスク殿下と奥さんは頭を下げて感謝する。

 と言うわけで、母上とヒルグパパは一日交替でシャロンの側につくことになった。面食いなシャロンは人間離れした美貌を持つ母上と、ワイルド系イケメンのヒルグパパが側にいてくれることになってすごく喜んでいた。その場でぴょんぴょん跳んで、公爵令嬢らしからぬはしゃぎっぷりを見せていたのだ。どんだけ美形が好きなんだ。

 そしてこの日はヒルグパパに護衛を任せ、私と母上はスノウレア山に帰ったのだった。



 翌日。母上は早朝からシャロンのところに向かい、ヒルグパパと護衛を交代することにしたようだ。

 シャロンたちはまだご領主のおじいちゃんのお屋敷にいるけど、午前のうちに王都に向かって出発するだろう。


「では、行ってくる。ミルフィリアもすぐに砦に移動するのじゃぞ」

「はーい」

「犯人は人間か闇の精霊かは分からぬが、子供がいなくなる事件も相次いでおるようじゃから、一人でふらふら出歩いてはならぬぞ」

「はーい」


 私は右前足を挙げてちゃんと返事をしていたが、母上にはのんきな返事に聞こえたらしく、もう一度念を押された。


「分かったな?」

「はーい!」

「……不安じゃ。わらわが砦まで連れてくか」


 母上は私を抱っこして移動術を使い、北の砦に飛んだ。

 そして直接、隻眼の騎士に私を手渡す。


「よいか? ミルフィリアを一人にさせるでないぞ」

「分かりました」


 隻眼の騎士に私を任せると、母上はシャロンのところへ行ってしまう。


「きたえてたの?」


 私は隻眼の騎士を見て言う。隻眼の騎士は毎朝一人で体を鍛えているのだが、ちょうどその鍛錬を終えたところのようだ。

 ここは外の訓練場だし、隻眼の騎士は上半身裸でちょっと汗をかいているから。


「あれ? レッカさんもいる」

「ミル様、おはようございます」


 訓練場にはレッカさんもいて、こちらも爽やかに汗をかいていた。

 隻眼の騎士はレッカさんに言う。


「レッカ、そろそろ切り上げないと朝食を食いっぱぐれるぞ」

「はい、もう終わりにします」

「レッカさんもいっしょに朝のたんれんしてたの?」


 私が尋ねると、レッカさんはにっこり笑って言う。


「最近はそうなんです。と言っても、副長と同じメニューをこなすのはまだ大変なので、私は私で鍛錬しているだけなのですが」


 レッカさんは暗所恐怖症ということもあって、夜に十分体を休められなかったので、以前は朝が苦手だったはずだ。でも今は恐怖症も克服して、朝に鍛錬する余裕もあるみたい。


「そうなんだ。朝起きられるようになってよかったねぇ」

「はい、ミル様のおかげです」


 私がしみじみ言うと、レッカさんは輝く笑顔で答えた。

 でもこれ以上鍛えたら〝女版鉄人〟っぷりがさらに加速するんじゃない? 大丈夫? マッチョはこの砦にはもう十分だよ。

 


 その後、汗を拭いて着替えた隻眼の騎士と一緒に食堂に行き、レッカさんと再び合流した。食堂にはすでにキックスとティーナさんもいたので、二人が座っているテーブルに着く。


「お、ミルだ」

「おはよう、ミルちゃん」


 支団長さんが経緯を話し、母上がスノウレア山を留守にすることも説明したのか、いつもとは違う時間に砦に来ている私を見ても、二人は驚かなかった。


「誰も知らない闇の精霊か……」


 自分の朝食を取ってテーブルに着くと、隻眼の騎士は呟いた。

 私は隻眼の騎士の膝に乗り、朝食のスープの匂いに鼻をスンスンと動かす。私はいつもお昼にごはんを貰っているし、朝はまだお腹は空いていないんだけど、いい匂いがするとつい嗅いでしまう。


「例の不思議な事件に精霊が関わってるんなら、確かに厄介ですね」

「キックスの妹さんを一時的に連れて行ったのも闇の精霊なのかしら?」


 キックスとティーナさんも朝食を食べながら言い、レッカさんは少し怯えた表情を見せる。


「闇の精霊は……何となく恐ろしい精霊なんじゃないかというイメージがあります。だって闇を操るんですから」


 レッカさんは暗所恐怖症で夜が怖かったから、余計にそういうイメージを抱くんだろう。

 でも確かに、私も『闇』って聞くと『悪』を連想しちゃう。闇の精霊が世界征服とか目論んでても驚かない。


 そんなことを考えながら、私は隻眼の騎士が朝食を食べるところを下からじっと見ていた。

 別にそんなにお腹は空いてないんだけど、人が食べているところを見ていると何故だかよだれが出てきちゃう。

 自分の鼻をペロペロ舐めながら溢れ出るよだれを飲み込んでいると、私の視線に耐えかねた隻眼の騎士がパンを分けてくれたのだった。



(あー、暇だなぁ)


 朝食を食べ終えたみんなが仕事を始めると、私はとても暇になった。母上から『ミルフィリアを一人にさせるでないぞ』と言われていることもあって、隻眼の騎士は私を執務室まで連れてきてくれたんだけど、隻眼の騎士は書類仕事に集中し始めてしまって非常につまらない。


 ティーナさんに作ってもらった、父上とは似ても似つかない〝父上ぬいぐるみ〟をハムハムと噛んでみるが、楽しくはなかった。

 サーレル副長さんにもらったピエロのおもちゃにも飽きつつある。


「せきがんのきし……」


 椅子に座っている隻眼の騎士の足元に近づき、構ってほしいなと思いながら相手を見上げる。

 だけど隻眼の騎士は書類から目を離さずに手だけをこちらに伸ばし、私の頭を撫でるだけだ。

 前足でブーツをカリカリと引っ掻いてみても、きゅんきゅん鳴いても、申し訳なさそうに「後で遊ぼうな」と言われてしまう。


「しかたない」


 私は諦めて呟いた。


「しだんちょうさんのところへ行ってくるね」


 しかし離れようとすると、即座に隻眼の騎士に捕まって膝に乗せられる。


「駄目だ。その調子で支団長を誘ったら、あの人は溜まっている仕事を後回しにしてミルを優先させてしまいそうだからな。仕事はしっかりしてもらわないと」


 隻眼の騎士は副長らしい態度で言った。支団長さんが私のおねだりに弱いこと、隻眼の騎士にもバレてるみたい。

 と、その時。


「ミルフィー!」


 移動術を使って現れたクガルグが、隻眼の騎士の膝に乗っている私の上に現れた。


「うべっ」


 私の上に落ちてきたクガルグに潰され、変な声が出る。


「ミルフィー、おはよう。寝ぐせついてる」


 クガルグは挨拶もそこそこに私の毛づくろいを始めたが、あまりに遠慮なく舐めるからか、隻眼の騎士がクガルグの首根っこをつまんで引き剥がした。


「おはよう、クガルグ。幸せそうだな」

「あ、いたのか」


 隻眼の騎士がやや低い声で挨拶すると、クガルグはやっと私と二人きりではないことに気づいたようだった。

 隻眼の騎士はクガルグに「もうミルの寝癖は直ってるだろう」と言ってから、今度は私に声をかけてくる。


「ミル。ちょうどよかったじゃないか。クガルグと遊んでいてくれ」

「んー、わかった。じゃあ外へいってくる」


 クガルグと追いかけっこでもしようかなと思ったのだが、隻眼の騎士には再び「駄目だ」と言われてしまう。


「外は暑いし、この執務室で遊んでくれないか? クガルグと子供二人だけで遊ばせるのも、今は少し心配だしな」

「えー」


 隻眼の騎士は私とクガルグの子供二人だけで遊ばせて、不思議な事件に巻き込まれるのを心配してるらしい。


「外にいきたいなー」

「ミル」


 私がわがままを言うと、隻眼の騎士は机の引き出しを静かに開けた。

 そしてそこからジャーキーを取り出す。


「執務室で遊ぶなら、このジャーキーはミルとクガルグのものだ。だが外で遊ぶと言うのなら、これはあげられない」

「しつむしつで遊ぶ」


 私は即答した。そして貰ったジャーキーをクガルグと半分こしつつ、室内での遊びに興じたのだった。


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