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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第四部・ふしぎなじけん

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誰も知らない闇の精霊(1)

・ダフィネ:大地の精霊の気だるげな美女。精霊同士で諍いが起こると仲介役になることが多い。クガルグを産んだ母親でもある。

・サーレル:第2部で登場。眼鏡をかけていて真面目そうな騎士。実は野心家で潔癖症。元々は王都の騎士団で隊長をしていたが、部下がサーレルを慕うあまり起こした事件の責任を取って、辺境の砦に左遷された。ハイリリスとよく一緒にいる。

・ウッドバウム:比較的若い木の精霊。争いを好まない穏やかな性格。第3部で登場。舌っ足らずなミルはウッドバームと呼ぶ。

「しかし困った。わらわもヒルグも闇の精霊を知らぬから、そやつの元へは飛べぬし、目的を聞き出すこともできぬ」

「闇の精霊の住処がどこなのかも分からないしな」


 母上に続いてヒルグパパも軽く眉根を寄せる。つまり手詰まりってことかと思ったが、そこでヒルグパパが提案した。


「ダフィネなら闇の精霊を知っているかもしれんぞ。彼女は顔が広いからな」

「ふむ、確かにそうじゃな」

「じゃあ私がきいてくるよ!」


 言うと同時に母上の腕から抜け出して、床に飛び降りる。

 着地に失敗してあごを打ってしまったけど、恥ずかしいから何食わぬ顔で起きてさっさと移動術を使う。


「おれも行く! 夏だから! ミルフィーがとちゅうで倒れるといけないから!」


 そんなこと言って、母親であるダフィネさんに会いたいだけじゃないでしょうね?

 くっついてきたクガルグも巻き込んで吹雪に変わると、私たちは大地の精霊であるダフィネさんのところへ向かった。

 しかし――


「闇の精霊? いいえ、私も会ったことがないわ」


 赤茶けた大地が延々と広がっている場所で、黒い羊姿のダフィネさんは言う。ダフィネさんは巻き毛だけど、私以上に毛量がすごい。

 まっふまふだ。まっふまふ。


 ここはアリドラ国ではないと思うし、季節も夏なのかは分からないけど、北の砦がある地域より暑かった。時刻も正午頃なのか、太陽は頭上でさんさんと輝いている。

 するとクガルグは私の首根っこを噛んでダフィネさんの足元まで引きずっていった。


「クガルグは何をしているの?」

「私をダフィネさんのかげに入れたいんだとおもう」

「ミルフィリアは暑いのが苦手だものね。優しいのね、クガルグは」

「……」


 ダフィネさんに褒められてクガルグは黙った。照れているのを隠そうとして、普段よりもっと目つきが悪くなっている。

 ダフィネさんの影に隠れつつ、私は話を戻す。


「やみの精霊がどこにいるのかも知らない?」

「ええ。闇の精霊はあまり他の精霊と交流を持ちたがらないタイプなんじゃないかしら。どこに住んでいるとかいう噂も、一度も聞いたことがないわ」


 瞬きするたびに長いまつげを揺らしながら、ダフィネさんはこちらを見下ろして言った。


「ダフィネさんもしらないんだ……」

「力になれなくてごめんなさいね」

「気にしないで」


 言いながら、私はまた吹雪に変わる。


「またねー!」

「あら、もう帰るの?」


「いそいでるから」と言いながら、ダフィネさんに前足を振ってお別れする。クガルグもほんのちょっとだけバイバイしてた。バイ……くらいの短さだけど。


 私はせっかくだから知り合いの精霊みんなに聞いてみようと、次はハイデリンおばあちゃんのもとへ飛ぶ。

 海辺の高い崖にあるハイデリンおばあちゃんの住処は相変わらず風が強く、私とクガルグは着いた途端にころころ転がっていく。


「あわわわ」

「ミルフィー!」


 転がる私と、そんな私を転がりながら心配してくれるクガルグ。

 けれど今回も前回ここに来た時と同じく、奥の壁に到達する前に羽毛に包まれたハイデリンおばあちゃんの大きな体にぶつかった。


「あんたたち、また来たのかい」


 大きな目で睨まれたかと思ったけど、ハイデリンおばあちゃんは実は歓迎してくれているみたいで、次にはこう言われた。


「久しぶりじゃないか。もっと頻繁に来ても構わないよ」

「うん、ありがと」


 子供好きなハイデリンおばあちゃんの住処にもまた遊びに来るとして、私はさっそく闇の精霊のことを尋ねた。

 しかしハイデリンおばあちゃんも闇の精霊のことは知らないと言う。


「私も顔が広い方だが、今の闇の精霊には会ったことないね」

「そうなんだ……。ダフィネさんも知らなかったし、ハイデリンおばあちゃんも知らないなんて」


 顔の広い精霊なんてこの二人くらいだと思うので、二人が知らなければもう闇の精霊にはたどり着けないような気がする。


「でも、〝今の〟やみの精霊には会ったことはないって?」

「遠い昔、闇の精霊に会ったことはあるんだよ。私がまだ若い頃、かなり年上の闇の精霊にね。私が世界中を飛び回っていた時にたまたま闇の精霊の住処の近くを通ったようで、その〝気〟を感じて寄ってみたんだよ。けれど向こうは、安心できる住処で一人でいるのが好きなようだったし、特に仲良くならないまま別れてそれっきりさ」

「そのやみの精霊はどこにいたの!?」


 重要な手掛かりになるのではないかと思って質問した。けれどハイデリンおばあちゃんは冷静に言う。


「ニライカという国にいたけれど、その国はもうなくなったよ。戦争で他国に負けたのさ。闇の精霊は人間の戦争とは関係なくしばらくはそこで暮らしていただろうけど、おそらく今はいないと思うよ」

「どこかにすみかを移したのかな?」

「いや、きっともう死んでいるね。私よりずっと年上の精霊だったから」


 ハイデリンおばあちゃんは自然に『死』という言葉を出したけど、私はハッと驚いてしまった。精霊はほとんど不老不死というイメージだったけど、やっぱりいつかは死ぬんだ。

 父上なんてもう千年以上生きているはずだけど大丈夫だろうか? 

 急にそんなことを思って、怖くなりつつ尋ねる。


「せ、精霊って、どれくらい生きたらじゅみょうが来るの?」

「はっきりとした寿命はないさ。生きるのに飽きたら死ぬんだよ。跡継ぎを作り、その子が成人した後すぐ、もう役目は全うしたと消えていく精霊もいれば、子供が成人しても千年以上生きる精霊もいる。けれどみんな、跡継ぎだけは作ってから死ぬようだね」

「そうなんだ……。死ぬときは自分でえらぶんだね。じゃあ母上も父上もしばらくだいじょうぶかな」


 私はホッとした。母上は私が成人しても私を一人残していくことを心配して長生きしてくれそうだし、父上はまだ跡継ぎがいないもんね。


「スノウレアとウォートラストかい。確かに二人ともまだ死を選んだりはしないだろうね。だけどウォートラストは何にも関心を持っていなかったから、跡継ぎを作らないまま生きるのに飽きて死ぬんじゃないかと、私は最近までそう思っていたんだよ。けれどミルフィリアがいるからもう大丈夫だね。あんたと一緒にいるために生き続けるだろうさ」

「うん、今は私のために、あまいいちごを探しにいってくれてるんだよ」


 私がそう言うと、ハイデリンおばあちゃんは「ウォートラストが苺を?」と怪訝な顔をした。


「精霊も変わるもんだね。住処でただ静かに寝ているだけの、誰の敵にもならなければ誰の役にも立たなかったあのウォートラストがね」


 同世代だからか、ハイデリンおばあちゃんは父上にいつもちょっとだけ辛辣な物言いをする。

 父上、本当に寝てただけだったんだろうな。


「でも、じゃあ、ハイデリンおばあちゃんの知ってるやみの精霊は死んじゃってて、今アリドラ国でふしぎなじけんを起こしてるかもしれないやみの精霊とはちがうんだね」


 私がそう言うと、ハイデリンおばあちゃんは目をつぶって急に黙った。

 そして五秒ほど経ったところでまぶたを持ち上げる。


「ああ、やはり死んでいるようだよ。私が会ったことのある闇の精霊のところへ移動術で飛ぼうとしたが、気配が掴めなかった。もうこの世界のどこにもいないのさ」

「そっか……」


 その闇の精霊のことは知らないけど、何だか悲しくてしょんぼりしてしまう。

 するとハイデリンおばあちゃんは笑って言った。


「どうしてあんたが悲しむんだい。その闇の精霊は十分に生きて、この世に満足したから死を選んだんだよ。何も悲しいことはないよ」

「そうだけど」


 大往生だとしても、全く知らない精霊だとしても、誰かが死んだら悲しい気持ちになってしまうのだ。


「繊細な子だね」


 しょんぼりして毛のボリュームまでしぼんでしまった私を見て、ハイデリンおばあちゃんが呟く。クガルグは私を励ますように頬を舐めてくれた。

 悲しくなってしまったけど、用事は終わったのでハイデリンおばあちゃんとさよならし、私はまた移動術を使う。


「じゃあまたね」

「ああ、ハイリリスも一緒にまた遊びにくるんだよ」

「うん!」


 そうして次に向かったのは、そのハイリリスのところだ。

 けれどハイリリスも闇の精霊には会ったことはないと言った。


「闇の精霊? 私は世界中を飛び回ってるけど会ったことないわ」

「そうなんだ。じゃあまたねー」

「ちょっと! もう帰るの!?」


 ハイリリスは出窓からこちらに飛んできて私の頭に乗る。

 だって闇の精霊を知らないならもう聞くことはないからさ。


「もう少しゆっくりして行ってはどうだ?」


 そう言ってくれたのはサーレル隊長さん……じゃなくて今はサーレル副長さんだ。

 そう、ここはコルドの砦の執務室だった。ハイリリスがこの部屋の出窓で日向ぼっこしていた時に、私とクガルグが移動してきたのだ。


 久しぶりに会うけど、サーレル副長さんはとても元気そうだ。ピシッと騎士服を着こなし、眼鏡の奥からハイリリスを見ては嬉しそうにしている。

 一度は騎士団内での地位を失いかけたサーレル副長さんだけど、ハイリリスがここにいてくれているおかげで、その地位も回復してきたらしい。

 自分をいじめてきたお兄さんを見返すことができているようで、何だか生き生きしている。


 とは言え、ただ自分の野望のためだけにハイリリスを歓迎しているわけでもないようだ。

 だって支団長さん宛てに時々サーレル副長さんから手紙が届くもんね。『鳥の姿のハイリリスを見ていると純粋に可愛らしいと思うのだが、どうしたらいいだろうか?』とか『お前の言うもふもふの魅力とやらが分かってきた』とか書いてあるようだ。


 と言うか、支団長さんはいつの間にもふもふの魅力なんてものをサーレル副長さんに語っていたのだろうか。


「部屋が散らかるのが心配だが……ほら、おもちゃもたくさん買ってあるぞ」


 サーレル副長さんはもふもふの私やクガルグのことも歓迎してくれて、棚の引き出しからおもちゃやぬいぐるみを取り出した。

 ハイリリスはおもちゃで遊ばないからか、綺麗好きのサーレル副長さんがちゃんと手入れしているからか、おもちゃやぬいぐるみはピカピカで汚れ一つついていない。


「うーん、遊びたいけど、ちょっといそいでて」


 私はおもちゃをじっと見つめながら言った。あのピエロのおもちゃ、いいなぁ。顔や胴体は木でできているようだけど、手足は太い紐で、噛んで引っ張ったら面白そう。それに色がカラフルなのもいい。

 ティーナさんがカラフルなぬいぐるみを作ると目がチカチカするんだけど、このピエロはカラフルなのにまとまった色使いなのだ。


 でも、みんながご領主のおじいちゃんのお屋敷で待ってるから遊んでいられない。

 そう、遊んでられないんだよ。……聞いてる、子ギツネの私? 

 駄目駄目、遊ばないの! しっぽ振らないの!

 人間の私が、しっぽを振りながらおもちゃの方へ走って行こうとする子ギツネの私を心の中で叱る。


「まぁ、急いでいるなら仕方がないが、ハイリリスのためにもまた遊びに来てくれ」

「ちょっとサーレル! 変なこと言わないで! 私が寂しがり屋みたいに聞こえるじゃない」


 意地っ張りなハイリリスに「また遊びに来るよ!」と言ってから、私はクガルグと一緒に移動術を使った。

 あ、ピエロのおもちゃは、私があまりに物欲しそうに見つめていたからか、サーレル副長さんがくれた。

 何だか、ねだったみたいで悪いね! どうもありがとう!

 


 そして次に飛んで行ったのは、木の精霊のウッドバウムのところだ。

 とは言え、ウッドバウムにはあまり期待していない。精霊の中では若い方だし、ハイデリンおばあちゃんやハイリリスみたいに世界中を飛び回るのが好きというわけでもなさそうだから、知り合いは少ないだろうと思うのだ。


 そしてその予想通り、どこかの森の中にいたウッドバウムは、私の質問に申し訳なさそうに答えた。


「ごめんね。せっかく来てくれたけど、闇の精霊とは会ったことないよ」


 ちなみにウッドバウムは今は鹿の姿で、木でできた角には、濃い緑色の葉がわさわさと生い茂っていた。

 と言うことは、この地域も今は夏なのかな。春ならみずみずしい若葉が茂り、秋なら紅葉して、冬なら葉は落ちてしまっているはずだもんね。


「僕、知り合い少ないから」

「ほうらろーな(そうだろうな)と思った。じゃー、はえるね(帰るね)」


 ピエロのおもちゃを咥えたまま言い、すぐに帰ろうとすると、ウッドバウムは慌てて人間の姿になった。木こりのような人間の姿になっても、ウッドバウムは優しく温厚な雰囲気だ。

 そして彼は私とクガルグをまとめて抱き上げ、ぎゅっとする。


「まだ帰らないでよ。僕のところに遊びに来てくれる精霊なんて、ミルフィリアとミルフィリアにくっついて来るクガルグくらいしかいないんだから」

「でも、今はまだお父さんといっしょにくらしてるんでしょ?」


 私はピエロのおもちゃを前足で上手く抱えて尋ねる。ウッドバウムは体調を崩して北の砦で療養していたけど、その後は自分の父親の元で暮らしているのだ。


「そうだよ。父さんもこの森にいる。でも、もう僕も成人してるから、子供の頃のようにずっと一緒にいるわけじゃないんだ。定期的に会って話すけど、普段は別々に行動して別々に寝ているよ。体調ももう戻ったし、そろそろ僕は新しい住処を探しに行こうかと思っているところ」

「そうなんだ。いいところが見つかるといいね」

「うん。ミルフィリアが住んでるところの近くにしようかなぁ」


 いいけど、ウッドバウムまでアリドラ国に来たら、アリドラ国の精霊密度がさらに高まってしまう。

 私がそんな心配をしていると、ウッドバウムは私とクガルグの背中に顔をうずめて左右に顔を振った。


「あー、ミルフィリアたちは相変わらず可愛いなぁ」

「やめろっ」


 クガルグは嫌がって逃げたので、私一人が捕まったまま、ウッドバウムに背中のもふもふを堪能される。

 そして満足したウッドバウムは顔を上げると、私が抱えているピエロのおもちゃを見て言った。


「それ何? ミルフィリアのおもちゃ? それで一緒に遊ぼうか。ミルフィリアの好きそうな〝いい感じの木の棒〟もあるよ。こっちにおいで。美味しい木の実も生ってるんだ。さぁ、こっちだよ。クガルグもおいで」


 ウッドバウムは私を抱っこしたまま森の奥へ歩いて行く。誘い方が何か人攫いっぽいんだけど、不思議な事件の犯人は実はウッドバウムじゃないよね? ウッドバウムも子供好きだし、森の中で一人でいるのが寂しくなって人間の子を攫っちゃった?


 一瞬そんなふうに考えたけど、まぁ、優しいウッドバウムに限ってそれはないだろう。一応、「にんげんの子供をさらったりしてないよね?」と尋ねてみたけど、「そんなことしてないよ!」とちゃんと否定してくれた。よかった。


「私もウッドバームとあそびたいけど、今はいそいでるの。またあそびに来るからね。砦にもあそびに来て」

「分かったよ。じゃあ明日遊びに行くね」


 明日か。まぁいいけど。

 ウッドバウムに地面に下ろしてもらうと、私は次にどこへ行こうか悩んだ。


(父上にも聞いてみようかな。でも父上は今、苺探しに真剣に取り組んでてくれるから……)


 邪魔をしないように、もうご領主のおじいちゃんのお屋敷に帰ろうかと思った時だ。


「あれ? 水の精霊が来たみたいだ」


 ウッドバウムが、私の背後に白い霧が発生したのを見て言った。



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