謎の妖精(2)
ヒルグ:クガルグの父親の炎の精霊。声が大きく、暑苦しい。ワイルドイケメン。
「これは妖精でまちがいないとおもうけど、だれの妖精かわからない。たぶん私のしらない精霊が作り出したんだとおもう」
私は支団長さんたちにそう説明した。そしてちょっと不安になって続ける。
「私とクガルグだけじゃどうしていいか分からないから、母上をよんでくるね」
「そうしてくれるとこちらも助かる。妖精には、我々も下手に手出しはできないからな」
「うん。じゃあ行ってくる。クガルグ、そのままおさえててね」
クガルグに声をかけてから、私は移動術を使って母上の元まで飛んだ。
大きなキツネ姿の母上は、スノウレア山のパトロール中だったようだ。ここは頂上付近のようで、辺りは一面雪が積もっていた。
「わぁ、やっぱり雪っていいなぁ」
ご領主のおじいちゃんのお屋敷がある辺りはここより暑かったので、私は到着早々雪の上にごろりと転がった。
「おや、ミルフィリア。戻って来たのか。下は暑かったであろう」
「うん」
雪の上でヘソ天し、ころころと左右に揺れていたところで、私は「あっ」と本題を思い出した。
慌てて起き上がって母上を見上げる。
「ちがうちがう、私、母上を呼びにきたの。クガルグが妖精をおさえたまま待ってるんだった」
「何じゃ? 妖精がどうかしたのか?」
「今ね、王さまたちがひしょに来てて、それでしゃろんがさらわれて……とにかく一緒に来て!」
説明するのが面倒になったので、私はクガルグを目標にして移動術を使った。母上を巻き込んで体が吹雪に変わると、次にもふもふの肉体が戻って来た時には、ご領主のおじいちゃんのお屋敷に帰って来ていた。
「母上つれてきたよ!」
「一体何事じゃ?」
私は意気揚々と言い、母上はいぶかし気に部屋の中を見回す。母上はキツネの姿だったはずなのに、こちらに着いた時には人型に変わっていた。
「まぁ! なんて綺麗なの! まるで作り物みたいに美しいわ!」
美形好きのシャロンが、うっとりしながら母上を見ている。
母上はシャロンには目を留めず、白銀の長い髪を払うと、王様たちに視線をやってから部屋の内装や窓の外を見た。
「ここは王都の城ではないな?」
「スノウレア。わざわざ来てもらって済まないね」
王様は母上に挨拶し、自分たちがこの地域に避暑に来たことや、シャロンが攫われて戻って来たこと、何故か妖精がここにいることなどを説明した。
「黒い妖精か……」
母上は説明を聞き終えると、クガルグが捕まえている妖精をつまんで持ち上げた。
そんな雑巾みたいな持ち方……。
「おれも父上つれてくる」
そう言うと、クガルグは炎に変わって消えた。
一方、妖精は母上から何とか逃げ出すと、立っているシャロンの後ろにまた隠れる。
「あ、せっかくつかまえたのに」
私はがっかりしながらも、ふと思いついて続ける。
「そういえば、さっきもしゃろんの後ろにいたよね? たまたまかな? それともシャロンが好きなのかな?」
「と言うか、妖精はそもそもいつからここにいたんだ?」
支団長さんは顎に手を当てて思案する。
「偶然ここに迷い込んで来たのか、何らかの目的があってこの屋敷にずっといたのか、それとも王都からシャロン様たちについて来ていたのか、あるいは……シャロン様がいなくなって戻って来たタイミングで一緒に来たのか」
「分からぬが、妖精が偶然迷い込んで来た、という可能性はないであろうな」
そう言ったのは母上だ。
「精霊が妖精を作り出す時は、何らかの役目を与えて作り出すものじゃから、その役目を放ってふらふらと放浪することはあり得ぬ。それにどれだけ遠く離れていても、妖精は迷うことなく本体の精霊のもとへ帰ることができるはずじゃ」
「では、この妖精は一体何の役目があってここに……」
「それも本体の精霊に聞いてみなければ分からぬ」
言いながら、母上は自分も妖精を作り出した。手のひらから白い妖精を五つ生み出したのだ。母上がその妖精たちに黒い妖精を捕まえてくるよう言いつけると、白い妖精は次々に目標に向かって飛んでいく。
シャロンの後ろにいた黒い妖精は急いで逃げ出すが、どれだけ素早く飛んでも、ソファーの下に潜り込んでも、母上の妖精は見失わずについていった。
「何がなんだか、よく分かりませんな……」
ご領主のおじいちゃんはあっけに取られている様子で、部屋中をびゅんびゅん飛び回っている妖精たちを眺めていた。
やがて母上の妖精は黒い妖精を捕まえて、五人――と言うか五匹と言うか五玉と言うか――で黒い妖精を囲み、母上のもとに連行してくる。
「ご苦労」
今度は簡単に逃げられないよう、母上はむんずと黒い妖精を掴む。
と、その時。役目を終えた白い妖精が消えると同時に、母上はふと部屋の中央を見て眉をひそめた。
「む……。奴が来おったな」
すると大きな炎が部屋の真ん中に現れて、ヒルグパパとクガルグがよりによってローテーブルの上に着地した。
ヒルグパパは人型で、上半身裸のアラビアンな格好をしており、鎖骨の辺りには刺青がある。髪は燃えるような赤色だ。
「大人数で賑やかだな! スノウレアもいるではないかっ!」
声の大きいヒルグパパの登場で、部屋の中が一気に暑苦しくなる。子供のクガルグより炎の〝気〟も強いし、夏とヒルグパパの組み合わせは危険だなぁ。
「寄るでない」
テーブルから降りてこちらにやって来たヒルグパパに向かって、母上は「しっしっ」と手を払う。
しかしそれでもヒルグパパは離れないので、母上は私を抱き上げると、逃げるように部屋の隅に移動した。
「スノウレア! これは一体何の集まりだ?」
「ヒルグ、あなたまで来てもらって申し訳ない。状況を説明しよう」
王様がまた話し出し、これまでの経緯をヒルグパパにも説明してくれた。
全て聞き終えると、ヒルグパパは腕を組み、母上が捕まえている黒い妖精を見る。
「黒い妖精とはそれのことか。一体誰の妖精だ?」
「わらわの顔見知りの精霊が作り出したものではないようじゃ。ヒルグ、そなたはどうじゃ? 心当たりはないか?」
「ない! 私の知っている精霊でもなさそうだ!」
そこで私はペロッと母上の頬を舐めて注意をこちらに向けると、尋ねた。
「その妖精、まっくろだよね。くろが似合うせいれいって誰だろう?」
「そうじゃな……」
母上は、私を抱いているのとは反対の手で握っている黒い妖精を見下ろした。
「この妖精からは、静かな夜の気配を感じる。おそらく闇の精霊が作り出したものじゃろう」
「闇の精霊……。その精霊は何故、妖精をここに寄越したのでしょうか?」
支団長さんが質問したが、母上は首を横に振ってまた「分からぬ」と答える。
「闇の精霊がいるということは知っておるが、わらわは闇の精霊とは知り合いではないからの。そやつがどういう性格をしているかも知らぬし、どういう意図で妖精をここに送り込んだのかも想像がつかぬ」
「俺も闇の精霊とは会ったことがないな」
ヒルグパパも腕を組んだまま言う。
すると支団長さんは、国内で子供がいなくなり、その後無事に戻ってくる不思議な事件が起きていることを話し、こう続けた。
「その奇妙な事件に、闇の精霊が関わっているということはないでしょうか? 連れて行かれた子供たちは皆、犯人のことを『綺麗だった』と言っていますし、毎回誰にも目撃されずに、まるで魔法のように子供を攫っているのです」
この世界には魔法なんてないけど、精霊は魔法のような力を使える。例えば移動術もそうだ。移動術を使えば、シャロンの寝室に飛んできて誰にも見られず連れて行くこともできる。
私やクガルグのような子供の精霊は親しい人物や同じ精霊を目指してしか飛べないけど、大人の精霊ならそれほど親しくない人物のもとへも飛べるし、場所を目指して飛ぶこともできるはず。
支団長さんの言葉を受けて、シャロンも瞳をきらめかせながら証言する。
「私を攫った綺麗な人は、本当に精霊かもしれないわ。だってここにいる雪の精霊のように人間離れした美しさだったんだもの」
私も、不思議な事件の犯人は精霊なんじゃないかと思えてきた。でも目的は相変わらずさっぱり分からない。
「やみの精霊がはんにんだったら、この妖精はシャロンについて来たのかな?」
一度連れ去ってここに戻すタイミングで、闇の精霊は妖精をシャロンにつけたに違いない。
「そうかもしれぬが、やはり本人に聞かねば、目的も何もかも本当のところは分からぬな」
母上は闇の妖精を握ったまま呟いた。
あの、母上。ぎゅっと握り過ぎて、指の間から闇の妖精がお餅みたいにはみ出てるよ……。




