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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第四部・ふしぎなじけん

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不思議な事件(4)

 シャロンが見つかったという報告に、アスク殿下と奥さんはいち早く反応した。


「何っ!?」

「本当なの!?」


 二人がソファーから立ち上がったところで、シャロン本人が廊下からひょっこりと顔を出す。


「お父様、お母様」


 シャロンは何だかあっけらかんとしていた。行方不明になって無事に両親のもとに帰って来たのだから、子供ならホッとして泣いてしまってもおかしくはないのに。


「シャロン……!」


 一方、殿下たちは愛娘に駆け寄り、涙を流して抱きしめる。だけどシャロンの方はその反応に驚いているようだ。


「そんなに心配していたの?」

「当たり前だろう! お前が寝室からいなくなっていると聞いた時には、心臓が止まりそうだった」

「本当に無事でよかったわ! 一体どこにいたの? 誰に攫われて、どうやって帰ってきたの?」


 質問攻めにするアスク殿下の奥さんを、支団長さんが止める。


「夫人、シャロン様には一度落ち着いてもらい、ゆっくり話を聞きましょう。お三人とも座ってください。シャロン様はお腹は空いていませんか?」

「そう言えば空いているわ。朝食と昼食を食べ損ねてしまったし」


 支団長さんは使用人にシャロン用の食事を用意するよう指示すると、シャロンが見つかったと報告に来た騎士たちに尋ねた。


「シャロン様はどこで見つかったんだ? 団長たちが見つけたのか?」

「いえ、捜索に出かけた者はまだ戻ってきていません。シャロン様は眠ったまま、屋敷を囲む塀に背中を預けて座り込んでおられたのです。門の近くでしたから、門番がすぐに気付いて起こし、ここへお連れしたのです」

「門の近くに座り込んでいた? 犯人がそこに置いたのか? 門番は犯人の姿を見なかったのか?」

「ええ、見ておりません。ほんの一瞬の隙にシャロン様を置いて去ってしまったようです」


 ご領主のおじいちゃんの騎士は、犯人を取り逃がしたことを気にして、面目なさそうに言う。


「一瞬の隙に……?」


 支団長さんは不可解そうに呟いてから、振り返ってシャロンを見た。そして両親と並んでソファーに座った彼女に尋ねる。


「眠っておられたようですが、どうやってここまで戻って来たのか、シャロン様は覚えていらっしゃいますか?」

「たぶん、あの綺麗な人に送ってもらったのよ」


 シャロンはうっとりして言う。


「あの綺麗な人、とは? シャロン様を連れて行った犯人のことですか?」

「ええ、そうよ」

「怖い思いはしなかったの? 怪我は?」


 アスク殿下の奥さんが、シャロンの体を撫でながら聞く。

 シャロンは元気そうに首を横に振った。


「怪我はないわ。お腹が空いている以外は元気よ、お母様。怖い思いもしてないわ」


 そしてばつが悪そうに肩をすくめて続ける。


「ごめんなさい、お父様お母様。私、みんながこんなに心配してるとは知らなくて、綺麗な人たちのところに長居してしまったわ。だって本当にあまりに美しかったから、もっと一緒にお話ししたいと思って、まだ帰りたくないって駄々をこねたのよ」

「シャロンらしいね」


 苦笑いしたのは王子様だ。アスク殿下は面食いな我が娘に無言で頭を抱えている。


「順を追って聞きましょう。まず、シャロン様はどうやって連れて行かれたのですか? 寝室に犯人はどうやって忍び込んできたんです?」


 支団長さんが話を戻すと、シャロンは首を捻った。


「さぁ? 私、眠っていたからよく分からないの。気づいたら金髪の綺麗な男の人に抱えられて歩いていたのよ。私は彼のマントか何かで体を包まれていたけど、顔は出ていたから相手の顔も見えた」

「どんな容貌でした?」

「美形だったわ」


 シャロンはまたうっとりした。


「とってもかっこよかったのよ。綺麗だった」


 支団長さんは犯人の詳しい人相を聞き出すのは諦め、質問を変える。


「目が覚めた時、どこにいたか分かりますか? 周囲の景色は見えましたか?」

「見えたわ。もう明るくなってきていたから。周りは森のようだった」

「森ですか。この近辺にもいくつか森はありますね?」


 支団長さんはご領主のおじいちゃんに尋ねる。


「小さいものならば、ここから馬で数分の距離にもある」


 私もフムフムと話を聞いていたのだが、そこで突然、クガルグが私の隣に姿を現した。

 けれどみんなシャロンの方に注目しているから、私以外は誰も気づいていない。……いや、もふもふの存在に敏感な支団長さんは謎の第六感を発揮してこちらを振り返り、仲良く並んだ私とクガルグを見たけど、自分の頬をちょっと抓ってまたシャロンに向き直った。頬が緩んじゃったの?


「……なにしてるんだ?」


 クガルグは部屋の中を見回すと、空気を読んで小声で尋ねてきた。


「しゃろんが行方ふめいだったんだけど、ぶじに戻ってきたところだよ。今はしゃろんに犯人のことをきいてるの」

「ふーん」


 クガルグは興味なさそうに言う。

 支団長さんは再びシャロンに尋ねた。


「犯人は一人でしたか?」

「いいえ。女の人も見たわ」

「その女の容姿は?」

「ベールを被っていて顔はよく見えなかったんだけど、綺麗だったわ。私、美しい人って雰囲気で分かるの」


 シャロンは胸を張って言う。何その美形探知能力。


「綺麗以外の特徴はありませんでしたか? 髪の色や服装は?」

「女の人は黒髪だった。服装はドレスを着ていて……もしかしたらどこかの国の王族か、貴族なのかしらって思ったわ。男の人もマントをまとって豪華な服を着てたから」

「他国の王族や貴族……」


 王様は眉根を寄せて、何か考えている様子で呟く。


「もし他国の人間、まして王族が関わっているのならば厄介だな」


 支団長さんパパもそう言い、シャロンに質問する。


「犯人たちは何か話しましたか? 例えば自分たちのことを話したり、何故シャロン様を連れて行ったのか話したりしませんでしたか?」

「そういうことは話さなかったわ。二人で何か言い合いをしている時もあったけど、小声だったし私にはよく聞こえなかった。それに私、途中でまた眠ってしまったのよ。何だか急に眠くなってしまって」


 そこで使用人が食事を持ってきて、シャロンの目の前のテーブルに並べていく。

 シャロンはそれを見つめながら続けた。


「次に起きたら、綺麗な男の人が女の人に、私を帰すことにするって話してたの。だから私は帰りたくないって言ったのよ。まだあなたたちとお話をしてたいって。とっても綺麗な二人のことをよく知りたくて。それでしばらく二人とお話してたんだけど、質問にはあまり答えてくれなかったわ」

「どんな質問を?」

「名前は? とか、家は近いの? とか、好きな食べ物は? とか、色々聞いたわ。でも何も答えてくれなかった。綺麗な男の人は、私が誰だか知らないみたいで偉そうな態度を取るの。『貴様に答える義務はない』なんて言われたのよ。それは少し頭にきたけど、これだけ偉そうにするってことは、やっぱり他国の王族なのかもしれないって思ったの」


 私が真剣に話を聞いている横で、クガルグがあくびをする。


「それで気づいたらまた寝てしまっていて、次に目覚めた時には森にはいなかったの。このお屋敷を囲む塀にもたれかかって座り込んでいたわ。近くには門があって、門番らしき騎士に起こされたのよ。その時にはもう、綺麗な人たちはいなくなってた」

「やはり犯人がそこにシャロン様を置いていったのでしょうね」


 支団長さんはそう言い、シャロンに食事を勧めた。


「まずは食事を。そして十分休んだら、また後で少し質問させていただきます」


 アスク殿下はため息をついて言う。


「犯人の目的はやはりよく分からないな……」

「ええ。でも新しい情報はいくつか得られました。特に犯人が王族や貴族のような恰好をしていたというのは、重要な手掛かりになります」


 支団長さんは、今聞いたことをメモに取ってまとめている。

 王様は顎をさすりながら言う。


「王族や貴族か……。どちらであっても他国の人間だろうな。シャロンがまだ会ったことのない国内の貴族はいるが、その中に彼女がこれだけ心酔するほどの美形はいない」

「他国の王族や貴族が犯人なら、犯人がその男女二人だけということはないでしょうね。その二人はかなり目立つ容姿のようですし、実際に子供を連れて行く実行犯など、協力者は多くいそうです」


 そう言ったのは王子様だ。

 私はローテーブルに前足を乗せて、ソファーに座っているみんなの顔を見る。そしてホッとしながら尋ねた。


「でも、これでご領主のおじいちゃんはけっぱくだよね? 外国のひとが犯人なら」

「いや……」


 王子様は言いにくそうに言う。


「今言ったように、犯人には協力者がいるはずだよ。この屋敷への侵入を手伝った者も必ずいるはずだ。それが伯爵だとは僕は思えないけれど、この屋敷で働く騎士の中に裏切り者がいるかもしれないし、使用人が屋敷の見取り図を売ったかもしれない。もしくは、悪気なく屋敷の構造や客室の位置を犯人の一味に話してしまった者がいるかも」


 王子様の言葉に反論する人は誰もいない。みんな犯人を手引きした人間がこの屋敷にいると疑っているようだった。

 ご領主のおじいちゃんも何も言わずに厳しい顔をしている。自分が手引きしたわけではないのなら、部下や使用人たちを疑わざるを得ないのが辛いのかもしれない。


「そっか……」


 私はしょんぼりと呟く。ご領主のおじいちゃんはいい人そうだし、何もしていないなら早く疑いが晴れるといいんだけど。おじいちゃんのところの騎士や使用人も悪いことはしていないといいな。


「あら? そこにいるのはクガルグ? いつの間に来ていたの?」

「おや、本当だ」


 シャロンがソファーの陰にいたクガルグを発見し、アスク殿下も軽く驚く。

 クガルグはネコ科の肉食獣らしく優雅に歩いて来て、私の隣に座った。


「クガルグって本当にミルが好きね」


 シャロンがグラスの水を飲みながら笑う。クガルグはそんなシャロンをじーっと見ると、こてんと首を傾げた。


「どうかした?」


 尋ねたのは私だ。私はクガルグを見たが、クガルグはまだシャロンを見ている。なので私もシャロンを見てみた。

 するとシャロンの後ろ、ソファーの背もたれとシャロンの間に、何かうごめくものがある気がした。


 でも気のせい? シャロンの影がシャロンの動きに合わせて動いただけか。

 ……いや、やっぱり何か、影とは別のものが動いてる?

 私もクガルグと同じように首を傾げ、シャロンの後ろをよく見ようとした。


「なぁに? 二人して」


 シャロンは不思議そうに言う。 

 私も不思議だ。何かいる気配がするんだけど、目の錯覚のような気もするし……。


(あれ? 反対側に動いた?)


〝何か〟の動きに合わせて、私とクガルグも反対側にこてんと首を傾げる。


「とんでもなく可愛い。……が、どうしたんだ?」


 前半の言葉を小声で呟き、後半を普通の音量で言いながら支団長さんが尋ねてくる。

 私とクガルグは同時に答えながら、〝何か〟を捕まえるために駆け出した。


「そこになにかいる!」

 

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