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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第四部・ふしぎなじけん

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不思議な事件(3)

 ご領主のおじいちゃんのところからやって来た使者は、すぐに支団長室に通された。

 部屋にいるのは支団長さんと使者、隻眼の騎士と、隻眼の騎士の肩に乗ってついてきた私の四人だ。


「シャロン様が、領主の屋敷からいなくなっただと?」


 にわかに信じがたいといった様子で、支団長さんは眉を寄せる。


「いなくなったと言っても、シャロン様が一人で屋敷から出ることも、誰かが連れ去ることも難しいはずでは? 彼女には近衛騎士がついていますし、屋敷には警備の騎士も多くいるでしょう」


 隻眼の騎士も厳しい口調で言った。

 北の砦の氷の支団長、それに厳めしい鉄人副長に問い質されて、使者はちょっと怯えつつ答えた。


「は、はい……! 護衛も警備も十分いましたし、我々も決して気を抜いていたわけではないのですが、シャロン様は忽然といなくなってしまわれて……」

「どういう状況で?」

「シャロン様はご領主の屋敷の客室に泊まられていて、昨晩もその部屋でお休みになったのですが、朝にはいなくなっていたのです」


 支団長さんは続けて聞く。


「シャロン様は一人部屋だったのか?」

「ええ、アスク殿下と夫人には夫婦一緒の部屋をご用意し、シャロン様にはその隣の部屋で眠っていただいていました。自宅のお屋敷でもそうしておいでだと伺ったので」

「護衛は廊下に? 何人ついてた?」

「廊下にいた護衛は五人です。アスク殿下たちが連れて来られた近衛騎士が二人、そして我々、ご領主に仕える騎士が三人。その五人が、一晩中アスク殿下夫妻とシャロン様の寝室前で歩哨に立っていました。それに、その他にも一晩中屋敷を見回る者、門を警備する者ももちろんいました。王族方が泊まっておられるということで、普段の倍の人数を夜の警備に当てていたのです」


 使者の男の人はそこで一呼吸置き、また話し始める。


「けれど不思議なことに、誰も不審な人物を見かけたりはしていないのです。シャロン様が一人で出歩いている様子を見たものもおりません。シャロン様の寝室前に立っていた騎士たちも、何も異変は感じなかったようです。部屋から物音がしたり、シャロン様の悲鳴が聞こえたということもなかったようで」

「窓にも、何者かが侵入した痕跡はなかったのか?」

「ありませんでした。内側から鍵がかかったままで、異常はないのです」

「誰かが侵入した形跡も、シャロン様が一人で出て行った様子もないということか」


 首を捻る支団長さんに、私は言う。


「しゃろんが連れて行かれたなら、さらった犯人はきっと、〝ふしぎなじけん〟と一緒の犯人だね。だってその犯人は、これまでもさらったこども以外には誰にもすがたを見られてないみたいだし。今回もそうだから、同じ犯人じゃないかな?」

「ああ、そうだな。同一犯である可能性は高い。ミルは賢いな」


 誰でも予想できることを言っただけなのに、支団長さんは私を褒めた。そして続ける。


「シャロン様は金髪で可愛らしい方だしな。犯人がこれまで狙っていた子供と特徴が一致する。歳だけは、シャロン様は連れて行かれた他の子供より少し大きいが」


 支団長さんは表情を引き締めて使者に言う。


「これまで起きている不思議な事件と犯人が同じであれば、シャロン様は無事に戻ってくるかもしれないが、それをのんきに待ってはいられない。もしも犯人の目当ての子供がシャロン様だったら、無事に帰されることはなくなるだろうしな。それに王弟の娘がいなくなったのだから、国にとっても一大事だ。我々も捜索に協力する」

「ありがとうございます。実はそのお願いをしに参ったのです。屈強な北の砦の騎士たちの力を借りられればと、ご領主が申しておりましたので」

「すぐに出発の準備をする」


 支団長さんの言葉に頷いた後、使者の男の人は言いにくそうに付け加える。


「それで……これはご領主から言づけられたわけではなく、私の個人的なお願いなのですが、シャロン様誘拐の嫌疑がご領主にかからぬよう、味方になっていただきたいのです。北の砦の方々は、ご領主の人柄の良さも、誘拐事件を企てるような方ではないということもご存じでしょうから」

「もちろんだ。だが、それはアスク殿下たちもご存じのはず。まさか領主の屋敷でいなくなったからと言って、単純に領主を疑ってはいないはず……。いや、だが愛娘がいなくなったとなれば、殿下も取り乱しているだろうからな……」

「ええ。まだ表立って責めてはおられませんが、多少なりとも疑いは持っておいでのはずです。娘を取り戻すため、僅かでも疑う余地があれば疑うのは当然でしょうし、アスク殿下のお気持ちも分かるのですが」

「国の安定のためにも、二人の間にわだかまりが残ると困るな。この地域の領主である伯爵には、我々も世話になっているし、できることはしよう」

「お願い致します」

 


 そうして、使者と共に二十人近い砦の騎士がご領主のおじいちゃんのお屋敷に向かうことになった。その中には支団長さんもいる。支団長さんは貴族の子息でもあり、アスク殿下やご領主のおじいちゃんとも親しいので、問題解決のために自分も行くことにしたようだ。


 そしてそうなると砦の責任者がいなくなるので、副長である隻眼の騎士は支団長代理として砦に残らざるを得ない。なので留守番だ。


 一方、私は支団長さんについて行くことになった。支団長さんに「もしかしたらギスギスした空気になるかもしれないから、場を和ませるためについて来てくれ」と頼まれたからだ。

 娘を攫われて怒り心頭であろうアスク殿下と、殿下に疑われているかもしれないご領主のおじいちゃん、そんな二人のいる部屋の空気を和ませることはできないと思うけど、なるべく頑張ろう。


 愛馬のアイラックスに乗る支団長さんに片手で抱えられながら、ふわふわの毛皮で少しでもみんなの緊迫感を緩められるように、舌を伸ばして毛づくろいを始める。


「では、行ってくる」


 支団長さんが動き出すと、ご領主のおじいちゃんのお屋敷に向かう他の騎士たちも馬を操って前進する。


「ミル、一人になるんじゃないぞ」


 隻眼の騎士は心配そうに言う。

 私は一旦毛づくろいをやめて右前足を挙げた。


「わかった! 行ってくるね!」

「一人で行動するんじゃないぞ」

「うん、わかった!」

「支団長と一緒にいるんだぞ」

「わかったよ!」


 色々言い方を変えて同じ注意をしてくる隻眼の騎士に手を振り、私たちは出発する。一緒に行く約二十名の騎士の中には、ティーナさんとレッカさん、キックスもいた。

 道中、キックスは支団長さんに話しかける。


「俺の妹が一時的にいなくなったのが四日前。それでシャロン様がいなくなったのが昨日ですよね?」

「昨日の夜か今日の朝だな。昨日シャロン様が寝室に入ってから、今日の朝に使用人が起こしに来るまでの間にいなくなったわけだから」

「となると同一犯だった場合、俺の妹を家に帰してからシャロン様を連れ去るまで、三日ほどしか間が空いてないですね」


 私は毛づくろいを再開しながら二人の話を聞く。


「でも三日あれば、歩いてもキックスの実家から伯爵のお屋敷まで移動できるわ」


 そこでティーナさんが口を挟んだ。


「それに馬があればもっと早いわ。私たちも半日ほどで移動できたもの」


 ティーナさんの言葉に頷いてから、レッカさんもこう言う。


「昨日の狩りにシャロン様もついて行かれたようですし、その時に犯人に目をつけられたのかもしれません。外に出れば様々な人間の目に触れることになりますから」


 支団長さんはレッカさんたちの推測に耳を傾けつつ、こうまとめる。


「同一犯である可能性は高いが、まだそうと決まった訳じゃない。全く別の人間が犯人である可能性も常に頭に置いておけ。さぁ、急ぐぞ」


 一行は馬で駆けるスピードを上げ、ご領主のお屋敷へと急いだのだった。



 一時間ほどでご領主のおじいちゃんのお屋敷には無事着いたが、残念なことに私の毛皮はぐちゃぐちゃになっていた。

 場の空気を和ませるため、毛皮をふわふわにしようと毛づくろいを頑張ったのに、クガルグのように上手くできずに悲惨なことになったのだ。第一、走っている馬の上で毛づくろいするって難易度が高い。揺れるし、風もあるし。

 色んなところによだれもついちゃったし、毛があっちこっちにツンツン跳ねている。こんなパンクな姿じゃ癒しを提供できない。


「ミル、疲れていないか? ……どうした、その毛は」


 ご領主のお屋敷に着いたところで、支団長さんはこちらを見下ろして驚く。移動している間にもふもふがツンツンになっていたらびっくりするよね。

 と、そこで深刻な顔をしたご領主のおじいちゃんが、玄関から門の方にやって来た。


「クロムウェル、来てくれたのか。ありがとう。シャロン様はまだ見つかっていないが、とりあえず中に入ってくれ」


 キックスたちを玄関前で待機させると、支団長さんは私を抱え、ご領主のおじいちゃんに続いてお屋敷の中に入る。

 案内されたのは広い迎賓室で、そこには国王夫妻と王子様、それに王弟のアスク殿下夫妻と、支団長さん一家の三人もいた。

 だけど団長さんはいないし、近衛騎士の人数も減っている。きっとシャロンを捜しに出ているのだろう。


 アスク殿下の奥さんは涙目でうつむいていて、それを王妃様や支団長さんママが慰めている。

 一方、アスク殿下は眉根を寄せ、怒りと焦りが滲んでいるような険しい表情をしていた。


「クロムウェル」


 支団長さんパパが、迎賓室に入ってきた息子に視線を向けた。他のみんなもちらりとこちらを見る。


「ミルも連れてきたのか」

「何やら毛がおかしなことになっているな」

「どうしてそうなったんだ?」


 支団長さんパパと王様、支団長さんのお兄さんが順番に言う。

 するとアスク殿下も私を見て、少しだけ表情を緩めた。


「櫛でといてあげた方がいい」


 そう言うと、アスク殿下の眉間の皺は少し薄くなった。毛づくろいに失敗したおかげで、ちょっとだけ和ませられたかな?

 でも当然一人娘のことが心配だから、表情はまたすぐに険しくなってしまった。


「あの子は私が歳を取ってからできた子なんだ」


 王子様の膝の上に乗せられ、櫛で毛をとかれている私を見ながら、アスク殿下は昔を思い出すように語る。


「兄上も知っての通り、私たち夫婦にはなかなか子供ができなかった。我々は親にはなれないのかと、随分悩んだよ。知り合いには次々に子供ができていくのに、私たちのもとには一向に赤ん坊はやって来てくれないのだから」


 私は前世でもまだ子供が欲しいと思う年齢ではなかったから、子供ができない辛さは想像することしかできない。

 だけど過去の気持ちを語るアスク殿下や、その話を聞いている殿下の奥さんの苦し気な顔を見ていると、私が想像する以上に辛かったんだろうと思った。


「だからシャロンが妻のお腹にやって来てくれた時は、本当に嬉しかった。だが、心配は尽きなくてね。無事に妊娠したら、今度は無事に生まれてきてくれるか心配だったし、生まれた後も病気や事故で死んでしまわないか不安だった。ある程度成長した今も毎日心配している。病気や怪我をしないか、悲しい思いをしていないか、そばにいてやれない時に、誰かに攫われやしないかと……」


 そこでアスク殿下は、目元を隠すように額に手をやる。


「まさかその心配が現実になるとは。シャロンが自ら出て行くはずがないから、きっと攫われたに違いない」

「他の子たちのように、きっとシャロンも無事に戻ってくるわ」


 王妃様は励ますように言い、こう続けた。


「だけど、まさか寝室に忍び込まれるなんて思いもしなかったわね」

「ここは安全だと思っていたのに」


 きゅっと唇を噛んで言ったのは、アスク殿下の奥さんだ。その瞳から涙が零れ落ちたのを見て、私は王子様の膝の上から移動した。

 殿下の奥さんの足元に行き、慰めるように「きゅんきゅん」鳴く。こういう時、鳴き声っていうのは便利だ。今はかける言葉が見当たらないから。


「まぁ……優しいのね。ありがとう」


 殿下の奥さんはこちらに手を伸ばしてきて頭を撫でてくれた。

 一方、ご領主のおじいちゃんは申し訳なさそうに言う。


「面目次第もございません……。警備は万全のつもりだったのですが」


 と、そこでアスク殿下が顔を上げ、おじいちゃんの方を見る。


「……伯爵の人柄は知っているつもりだし、信頼していた。だが……」


 言い辛そうに間を開けた後、意を決して口を開く。


「犯人が誰にも目撃されずにこの屋敷に侵入し、数ある部屋の中からシャロンの寝室を探り当て、連れて行くなんてことができるのか? 疑いたくはないが、伯爵が何か関与しているわけではないだろうね? 誰かが手引きしなければ、犯人はシャロンを連れて行けないはずだ」

「いいえ。殿下が疑われるのも無理はありませんが、私は関与しておりません」


 アスク殿下の厳しい物言いに、ご領主のおじいちゃんは真摯に返した。

 そして王様もご領主のおじいちゃんを擁護する。


「アスク、伯爵は人格者だ。お前の子を誘拐するなんて馬鹿なことはしない。精霊のいるこの北の地方を長年問題なく治めてきた、素晴らしい領主なのだから。第一、伯爵がシャロンを攫って何の益がある?」


 そう言われるとアスク殿下はまた額に手を当てて、辛そうに目を閉じた。そしてそのまま喋り出す。


「ああ、そうですね兄上……。済まない、伯爵。愛娘が攫われて、私は冷静でなくなっているのだ。あなたがそんなことをする人間でないことは、もちろんよく知っている。済まない……」

「いいえ、どうぞ私のことはお気になさらず」


 一応アスク殿下は謝ったけど、部屋の空気は微妙なままだ。シャロンが無事に見つかり、真犯人が捕まらなければ、ご領主のおじいちゃんに対するアスク殿下の疑いははっきりと晴れないだろうし、ご領主のおじいちゃんもそれを分かっているのかもしれない。


 私は今度はアスク殿下のところへトテトテと走り、足元で「きゅんきゅん」鳴く。すると殿下はちょっとだけほほ笑んだ。


「ああ、ありがとう。精霊の御子がいてくれるおかげで、少しは心が癒されるよ」


 アスク殿下が私を撫でていると、ご領主のおじいちゃんが静かに話し出す。


「私は犯人ではありませんが、シャロン様が〝うちの屋敷で〟いなくなったのは確かです。近衛騎士たちもいたとは言え、ほとんどの警備を担っていたのは私の騎士たちで、屋敷に犯人をむざむざ入れてしまった責任は私にあります。何らかの形でその責任は取らなければと思っております」


 また部屋がしんとなる。

 今度は、少しうつむいているおじいちゃんの方へ私は慌てて寄っていく。そして次はおじいちゃんを励ますために「きゅんきゅん」鳴いた。


 ――するとその時、迎賓室の扉が素早く二度ノックされ、ご領主の騎士と近衛騎士がなだれ込むように部屋に入ってきた。

 そして二人は声を揃えて言う。


「シャロン様が無事に見つかりました!」

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