不思議な事件(2)
グレゴリオ:コワモテ軍団のメンバー。赤毛であご鬚。
翌日、朝早くにキックスはティーナさんたちと砦を発ったようだ。
私は昼の休憩時間に砦に行ったけど、その時、支団長さんや隻眼の騎士は、食堂で門番のアニキやコワモテ軍団たちと〝不思議な事件〟について話をしていた。
ちなみに今日は、避暑に来ている王族一家や支団長さん家族は、ご領主のお屋敷近くで狩りをしているそうだ。
精霊のいるこのスノウレア山付近で狩りをするのは遠慮して、離れた場所ですることにしたらしい。
「一体、犯人は何が目的なんだ?」
支団長さんは真剣な顔で言いながら、視線はずっと正面に座っている私を見ている。
私は今、人の姿になっていて、目の前のお皿に載ったハンバーガーをただ眺めていた。
人の姿になったのは、ハンバーガーを食べるには手を使わないとと思ったからだけど、今はキックスやキックスの妹さんが心配で食欲が湧かない。
妹さんはきっと無事だって思いたいけど、無事じゃなかったら……という悪い想像をついしてしまう。
もしも最悪の結果になったら、キックスをどう慰めたらいいんだろう? なんて今の時点では余計なことを考えちゃうのだ。
「お腹が空いてないのか?」
支団長さんは一旦話をやめて私に声をかけてきた。私は無言で頷く。もふもふのしっぽもずっと元気がなく、下を向いている。
「ミルのためにも、キックスには無事に妹を保護して、元気に帰って来てもらわないとな」
支団長さんはそう言うと、ハンバーガーの載ったお皿を私の方に少し押した。鼻に近づけたら、匂いにつられて食べるんじゃないかと思ってるみたい。
だけど私は結局食べなかったので、私を膝の上に乗せている隻眼の騎士が話を戻す。
「一連の事件の犯人の目的ですが、誰かを探しているという可能性もあるのでは?」
言いながら、隻眼の騎士はハンバーガーに挟まっているレタスやトマトといった野菜を抜いていった。
いや、私、野菜を抜かれても食欲は戻らないから……。そういう問題じゃないから。
支団長さんは、ハンバーグだけが挟まったハンバーガーを見ながら返す。
「今までは目的の子供じゃなかったから無事に返していたということか?」
「ええ」
隻眼の騎士が頷くと、今度は一緒のテーブルに座っていた門番のアニキが口を開く。
「とすると犯人が捜している子供は、〝金髪か黒髪〟で〝容姿の整った〟、〝比較的幼い〟という条件に当てはまる子ですよね。男女問わず連れて行かれているらしいですから、目的の子供が男児なのか女児なのかは犯人も分かっていないんでしょうか?」
「謎が多過ぎるな」
そして門番のアニキの隣に座っていたコワモテ軍団のメンバー、赤髪のグレゴリオも、私の方を見ながら言った。
「人の姿のミルも狙われやしませんかね? 髪の色こそ白銀とは言え、金髪にも白っぽい色のものがありますから」
「しっぽやキツネ耳がついてはいるが、もしかしたら狙われるかもしれないな。注意するに越したことはない」
険しい顔で言ったのは支団長さんだ。
そして隻眼の騎士は私の頭にポンと手を置いて言う。
「怪しい人間には近づくんじゃないぞ、ミル」
「うん」
でも、そもそも怪しい人間と出くわす確率は低いと思う。私の行動範囲はこの砦とスノウレア山くらいだしね。
それに万が一、犯人と遭遇して捕まったとしても、移動術を使えば簡単に逃げられる。
「はぁ……」
私は小さな口でため息をついた。今は私のことよりキックスのことだよ。
キックスはもう実家に着いたかな? それともまだ? キックスの妹さんを連れ去った犯人が、不思議な事件の犯人と一緒かはまだ分からない。そもそもただの迷子かもしれないし。
だけど、とにかく妹さんが無事に見つかることを祈るしかない。
――と、その時。
食堂に騎士が一人駆け込んで来て、持っていた一通の手紙を支団長さんに見せた。
「支団長、これ! さっき届いた手紙で、キックス宛てです! 封筒にはまた『至急』と書いてあります」
「キックスの実家からのようだな。差出人はおそらく父親……」
支団長さんは落ち着いた様子で手紙を受け取り、眺めた。
そして少し思案して言う。
「キックスには悪いが、開けさせてもらおう。キックスももうすぐ実家に着くだろうから、手紙の内容は父親から直接聞けるだろうが、もしこちらからの応援を増やさなければならないような内容なら、我々が把握するのも早い方がいい」
すると隻眼の騎士は、私のハンバーガー用に一応置いてあったナイフを手に取り、支団長さんに渡した。支団長さんはそのナイフを使って封筒を開け、手紙を取り出す。
そして手紙に書かれている文字を目で追う。手紙は一枚だけで、文章も長いものではなかったようだ。
支団長さんはすぐに読み終えると、大きく息を吐いた。
「な、なにが書いてあったの?」
私は怖々尋ねた。
しかし支団長さんは安心したようにほほ笑むと、私や騎士たちにこう伝える。
「どうやらキックスの妹は無事に戻ってきたようだ」
「え? よ、よかったー!」
私は泣きそうになりながら言った。元気がなかったしっぽも、ぺたんと寝ていた耳も一瞬で上を向く。
と同時に食欲が戻ってきて、私はトマトとレタスを入れ直してからハンバーガーにかぶりつく。おいしー!
「ホッとしてから食欲が戻るまでが早ぇな」
グレゴリオは私を見てそんなことを言いながら、支団長さんにはこう尋ねた。
「結局、迷子か何かだったんですか?」
「いや、そこまでは書いていない。キックスの父親も、娘が見つかってすぐに慌ててキックスに手紙を書いたんだろう。早く知らせないとキックスも心配していると思ったんだな。『行方不明になったという手紙を送ったが、その後すぐに無事に戻ってきた。怪我などはなく元気だ。怯えている様子もなく、それどころか機嫌よく笑っている。誰かと遊んでもらっていたのか……? とにかく心配をかけてすまなかった。落ち着いたらまた手紙を出す』としか書いていない」
「まぁ、詳細はキックスが聞いてくるでしょう」
隻眼の騎士はそう言った後、ハンバーガーを一気に口に詰め込み過ぎた私に、コップの水を渡してくれたのだった。
キックスやティーナさん、レッカさん、ジルド、ジェッツは翌日の午後帰ってきた。
そろそろ戻ってこないかな? と私は砦の門のところで隻眼の騎士と待っていたので、キックスからいち早く話を聞くことができた。
「妹は無事でした。ご心配をおかけしました。ミルもごめんな」
キックスは気の抜けたような顔でちょっと笑った。
「ううん、きにしないで」
「急いで向こうに行ったらもう妹は見つかってたんだ」
私にそう言うと、キックスは隻眼の騎士を見て続ける。
「見つかった経緯を詳しく聞いてたら日が暮れかかってたんで、一晩あっちに泊まって帰ってきました」
「ああ。何にせよ、無事でよかった」
「妹ちゃん、元気そうでしたよ」
ジルドが明るく言うと、ティーナさんやレッカさんも「ええ、本当に」「怖い思いはしていなくてよかった」と続ける。
と、そこで隻眼の騎士が、キックス宛ての手紙を読んだことをキックスに伝えた。
「勝手に開けさせてもらった。悪かったな」
「いえ、開けてくれてよかったです。どうやら父親が『妹が行方不明になった』という手紙を出したすぐ後で、妹はふらりと家に帰ってきたようです。なので父親はまたすぐに俺に『無事に戻ってきた』って手紙を書いたらしいんですけど、今度は出しに行くのが一歩遅くて、夜になって配達所が閉まってたようで。だから翌朝出したって言ってました。それで配達は一日遅れたんです」
「『ふらりと帰ってきた』ということは、街で姿が見えなくなったのに、自力で家に戻ってきたということか?」
隻眼の騎士が尋ねる。キックスは馬から降りながら答えた。
「いえ、街から家まではほぼ一本道で、妹も帰路を覚えていたようですが、どうも一人で帰って来たんじゃないらしいです。妹は、自分を連れ去った人物に家まで送ってもらったらしいんです」
「じゃあ、迷子ではなかったんだ?」
私はバランスを取りながら後ろ足で立ち上がって聞く。地面にいると、キックスと視線を合わせにくいからね。
でも、キックスの妹さんを連れて行った犯人は、どうして一度攫った子を数時間後に家まで送るなんて奇妙な行動を取ったんだろう?
わけが分からないけど、子供を無事に帰したということは、最近起きている〝不思議な事件〟の犯人と同一人物なのかもしれない、とは思う。
キックスは後ろ足二本でふらふら立っている私を抱き上げた。
「それがよく分からない。妹が迷子になって、それを保護してくれた親切な人が、妹に家を尋ねて送ってくれたのかもとも思うけど……。でも、それだと何でその人は家にいた親父やお袋に何も言わず去って行ったのか疑問だし、妹が戻って来るまで数時間かかってるけど、街で保護した妹をうちに送り届けるのにそんなに時間がかかるのか? とも思う」
「一度連れ去ってから家に戻したのか、迷子だったのを保護して家に送り届けてくれたのかは分からないが、妹さんは、自分と一緒にいたその人物の姿を見たんだな?」
尋ねたのは隻眼の騎士だ。キックスは頷いて答える。
「はい。妹は、気づいたら知らない綺麗な男と一緒にいたみたいです。綺麗な女もいたって言ってた。けど、その他のことはよく分からないっす。妹の話は要領を得なくって」
そこでキックスは妹さんの真似をして可愛い声を出す。
「『あのねあのね、わたし、きれいな人といっしょにいた! 男の人、すっごくきれい。女の人、よくかお見えないけど、でもきれい! 二人ともとってもきれい!』って終始この調子で、どうやらその人たちが美形だったらしく、それに興奮しっぱなしでした。とにかく相手は綺麗だったとしか言わないんスよ。それしか印象に残ってないようで」
シャロンもそうだし、私も気持ちは分かるけど、子供でも女子は女子なんだよね。イケメンや美人なお姉さんには憧れちゃうもん。
でも妹さんがそれほど興奮する美形、ちょっと見てみたいかも。
「彼らは国内で頻発している不思議な事件を起こしている犯人と同じ人物かもしれないな。確かこれまでにも、連れて行かれた子供が犯人は綺麗だったという証言をしていたはずだ。それに男と女の複数犯という証言も一致している。となるとやはり、キックスの妹は彼らに保護されていたのではなく、〝一旦〟連れ攫われていた、と言うことになる」
「ええ。俺も同一犯だと思います。『綺麗』以外の犯人の容姿、それに潜伏先や目的は、相変わらずさっぱり分かりませんが」
話が終わると、キックスは馬をティーナさんたちに任せ、支団長さんのところにも報告に行こうとした。
しかしそこで、見慣れない男の人が乗った馬が砦に駆け込んで来る。慌てている様子の男の人は、砦の騎士とも王都の騎士とも違う制服を着ていた。
(あれは確か、ご領主のおじいちゃんのところの騎士……)
顔に見覚えはなかったけど、制服は覚えていたのだ。
隻眼の騎士もすぐにご領主の騎士だと分かったらしく、止めることなく門を通した。
「急いでいるようですが、何かありましたか?」
隻眼の騎士が尋ねると、男の人は騎乗したまま早口で言う。
「そ、それが……! うちの屋敷内で、シャロン様が行方不明になったのです!」




