避暑(3)
ロドス:コワモテ軍団のリーダー的存在。ロシアの暗殺者みたいな風貌。
リーダー:隻眼の騎士の馬。草食動物とは思えぬ威圧感と筋肉。
翌日、私たちはピクニックに行った。私たちと言うのは、避暑に来た王族の二家族、支団長さん家族、ご領主のおじいちゃんに団長さん、それに北の砦からは私と隻眼の騎士、支団長さん、あとはキックスにティーナさん、レッカさん、コワモテ軍団と門番のアニキに、他にも数人の騎士たちのことだ。
王族とご領主の近衛騎士や使用人などもいるし、結構な大所帯だった。
場所はスノウレア山の裾野に広がる森の端で、私のおすすめのスポットに案内した。この辺りでちょうど森は途切れていて、広々とした野原が広がっているのだ。少し向こうには綺麗な雪解け水が流れる川も見えるし、夏の今の時期はちらほらと可愛い花も咲いている。
冬になると雪に埋もれてしまうけど、今は気持ちのいい場所だ。
「さぁ、着いたぞ」
私は隻眼の騎士と一緒に、隻眼の騎士の馬であるリーダーに乗っていたのだが、そこから降ろされた瞬間にバビュン! と走り出した。
こういう広い場所でただ駆け回るのって、楽しいんだよねぇ!
「あまり遠くに行くなよ!」
「こうして見ると、本当に犬みたいだね」
わふわふと舌を出して走っている私にキックスが叫び、馬車から降りてきた王子様がにこにこ笑って言った。
私が駆け回っている間にピクニックの用意は着々と進められ、使用人さんたちが野原に絨毯を敷き、テーブルと椅子、大きな日よけのパラソルをセットしている。そんな嵩張るものよく運んで来たね。王族や貴族のピクニックはレジャーシートだけじゃ駄目なのか。
しかしテーブルセットは一組しかなく、そこに座ったのは王妃様とアスク殿下の奥さん、そしてシャロンと支団長さんママの女性陣だった。
王様も含めた男性陣は、その隣に敷かれた大きめの絨毯の上に座っている。団長さんや支団長さんもそこに腰を下ろしてみんなの輪に入っているけど、隻眼の騎士たちは護衛で来たので立ったままだ。
しかし支団長さんと王子様が並んで座っているのを見ると目の保養になる。青い空の下、可憐な野花を背景に笑い合うイケメン二人。なんて絵になる光景だろう。
「ふぅ、あつい……」
支団長さんと王子様を盗み見しながら散々走り回って気が済んだ私は、舌を出したままトテトテと足を動かし、隻眼の騎士の隣に戻った。
「ミル様」
そこで一息ついて隻眼の騎士に水を貰っていたら、レッカさんがこっそり声をかけてきた。
「あちらを……。皆様、ミル様に来てほしそうなご様子です」
レッカさんが視線でちらりと指した先には、絨毯の上で円になっている男性陣がいた。確かに支団長さんも王様も王子様も、支団長さんパパやお兄さん、ご領主のおじいちゃんまで私の方を見ている。
こっちにおいでよ~、と目で訴えられている気がする。
仕方ないなと思いながら、口周りに零れていた水をぺろぺろ舐め回してみんなの方へ行く。
私はどちらかというと女性陣の方へ行きたかったんだけどな。だってあっちのテーブルのみんな、何かお菓子食べてない?
「全員、すっかり精霊の御子の虜だな」
アスク殿下が、男性陣の様子を見てほがらかに笑った。
私はご領主のおじいちゃんの隣に立って、おじいちゃんに頭をなでなでされる。すると支団長さん、支団長さんパパとお兄さんが、他の子のおもちゃを羨む子供のような顔でこっちを見ていた。
この一家は本当にアレだな。後でそっちにも行くから待ってて。
「仕方がないだろう。男であっても歳を取っても、みんな可愛いものには弱いのだ」
アスク殿下の言葉にそう返したのは王様だ。
王様は弟であるアスク殿下に向かって続ける。
「お前は今はシャロンの方が可愛いだろうがな」
「歳を取ってからできた待望の我が子ですからね。目に入れても痛くありません」
「溺愛しているからなぁ」
王様は苦笑する。
と、そんな会話をしていたら、当のシャロンがこちらにやって来た。
「私、ミルと遊ぶわ!」
「え」
私はまだ遊ぶとは言っていないけど、シャロンは後ろから私を抱き上げ、男性陣から離れた。
ああ、支団長さん一家が寂しげな顔してこっちを見てる。
「おままごとしましょう!」
シャロンは野原に座って言う。
「いいよ」
仕方ない。しばらくは子供の遊びに付き合ってあげるか。
するとちょうどそのタイミングで、私の隣に小さな炎が灯った。
「きゃっ! 何!?」
驚くシャロンの前で炎は大きくなり、黒い子豹に姿を変える。クガルグだ。
「ミルフィー! ……ん? どこだここ? なんだ、この人間たち? 見たことないやつもいる」
あちこちに視線を巡らせるクガルグに、私はクガルグが初めて会うであろう支団長さん一家や、ご領主のおじいちゃん、アスク殿下たちのことを説明する。
「みんなでピクニックに来たんだよ」
「ふぅん。ミルフィーと二人で会いたかったのに」
クガルグは楽しくなさそうな顔をしたが、それに気づかないシャロンはおままごとの配役が増えたと喜んだ。
「あなた、炎の精霊なのね! クガルグって言うの? じゃあクガルグも仲間に入れてあげるわ。一緒におままごとしましょう!」
「……おままごと?」
「私はお母さん役ね。そしてこの子は私の娘よ」
シャロンは昨日支団長さんに貰った陶器の人形を自分の隣に置いた。
「そしてミルは……そうね、おばあさんの役をして! そしてクガルグはペットの犬の役ね」
まさかおばあさん役が回ってくるとは思わなかった。でも犬の役を回されたクガルグよりはましか。豹なんだからせめて猫役にしてあげてくれないだろうか……。
とか思っているうちにおままごとは始まってしまった。
「今日はいいお天気ね。みんなでクガルグのお散歩に行きましょうか? ……まぁ、おばあさんったら! ごはんはさっき食べたでしょう?」
え? おばあさんはボケているという設定だったのか。
困惑する私とクガルグを置いてけぼりにして、シャロンは大げさにため息をつく。
「全く、困っちゃうわ。おばあさんはこんなだし、クガルグは言うことを聞かないし、お父さんは帰ってこないし、うちは貧乏だし……。はぁ、幸せって何なのかしら」
重い。おままごとなのに世知辛過ぎない?
女の子ならお姫様ごっことかよくやると思うけど、本物のお姫様は逆に貧乏ごっこをするのか、とちょっと勉強になった。
シャロンが「つらいわ……」とやけに上手な演技で不幸を嘆く中、クガルグは暇そうに空を見つめている。そして私はと言うと、くしゃみを我慢していた。
暖かい季節にこういう雑草がたくさん生えているような場所に来ると、花粉でも飛んでるのか、ちょっと鼻がむずむずする時があるんだよね。
しばらくムキッと鼻に皺を寄せて耐えていたけど、いよいよ我慢できなくなった。向かい合っているシャロンにくしゃみを浴びせるのはさすがにまずいと思い、私はとっさに顔を横に向け、「クシュッ!」とくしゃみをする。
しかし私が顔を向けた先にはクガルグがいて、しかもくしゃみと同時に小さな吹雪が口から出てしまったものだから、クガルグの顔面が雪まみれになった。
「……!?」
「クガルグごめん!」
何が起きたか分からずに、クガルグは視界を塞ぐ雪を取ろうともがく。私も前足で雪を取ってあげようとしたけど上手く行かない。
「何をやっているの? あなたたち」
シャロンは不思議そうだ。
と、そこへ隻眼の騎士が小走りで近づいて来て、ハンカチでクガルグの顔をごしごしと擦る。クガルグの体温で雪が融け始めていたこともあって、クガルグの顔は元通りに綺麗になった。
「ありがとう、せきがんのきし」
さすが、私がドジをした時の対応が早い。たぶんずっとこっちを見てたんだろう。
隻眼の騎士は無言で頷いてから、少し離れた元の位置に戻っていく。
「クガルグ、ごめん。くしゃみが出ちゃって。だいじょうぶだった?」
「ミルフィーのくしゃみならぜんぜん平気」
そう言いつつも、前足で顔を洗いながら乱れた毛を整えている。ごめんね。
と、ふとシャロンに視線を戻せば、シャロンは去って行く隻眼の騎士のことをじっと見ていた。だけどあまり好意的な視線じゃない。ちょっと眉をひそめていると言うか……。
それに北の砦の他のみんなのことも順番に、値踏みするように見ている。
「しゃろん、おままごとの続きは?」
そんな目でみんなを見てほしくなくて、私はそう言って彼女の注意をこちらに戻したのだった。




