避暑(2)
王族たちがこの地方に避暑にやって来ると聞いた二日後、一行は予定通りに北の砦に到着した。
とは言え、私はいつも通りお昼休憩の時間に砦に行ったので、彼らはすでに到着していて、私が来るのを待っていたようだ。
「わぁ、いっぱい」
隻眼の騎士と一緒に砦の応接室に入ると、私は人の多さにちょっと圧倒された。
支団長さんに、王族が六人、それに支団長さんの家族が三人、ご領主と思われるおじいさん一人、さらに体の大きな団長さんもいて、決して広くはない砦の応接室はぎゅうぎゅうだった。
王族の近衛騎士やお茶を運んでいる使用人さんもいるけど、ほとんどは部屋の外で待機しているみたい。
支団長さんと団長さんは座るところがなかったのか、別の部屋から持ってきたらしい木の椅子に座っている。
私が部屋に入った瞬間、みんなの視線は一斉にこっちに集まった。
「お、来たな」
「待ってたよ」
ニッと笑う団長さんと、キラキラな笑顔の王子様が言った。
「こんにちは……」
王族が多い上、初めて会う人もいるので、私は人見知りを発揮して隻眼の騎士の脚にぴたっとくっつき、囁くように言う。
「あれが雪の精霊の子か」
「噂通り、可愛らしいですわね」
王様によく似た顔立ちの王弟アスク殿下と、その奥さんが楽し気に言う。王族はみんな金髪なんだな。
「ああ、やっと会えた! 私が死ぬ前に姿を見られてよかった」
そして手を叩いて喜んでいるこの白髪のおじいちゃんは、この地方を治めるご領主らしい。この砦やスノウレア山がある地域以外にも広い領地を治めているんだって。
とにかく、初めて会う人たちもみんないい人そうでよかった。
「さぁ、ミル。こちらへ。久しぶりだね」
「よく顔を見せてちょうだい」
そしてそう言って私を呼んだのは、支団長さんパパとママだ。支団長さんによく似ているけど髪が短いお兄さんも、にこにこしながら手招きしている。
国王一家と王弟一家の雰囲気は似ていて、みんな優しげでキラキラしてる金髪の一族って感じだけど、支団長さんの家族は黙っていると冷たい雰囲気を醸し出している美形黒髪一家だ。
でも本当はお茶目で楽しい人たちだと私は知っている。末っ子の支団長さんを愛してやまないし、私のことも可愛がってくれる。
支団長さんパパとは王城でも会ったことがあるけど、支団長さんママとお兄さんとも私は知り合いなのだ。前に支団長さんの実家に遊びに行ったことがあって、その時に会っているからね。
「元気だったかい?」
支団長さんパパが私を膝の上に乗せたところで、王子様の隣に座っていた美少女が突然立ち上がってこちらにやって来た。
美少女はピンクのふりふりドレスを着ていて、髪は金色の巻き毛だ。顔立ちも可愛らしく、これぞお姫様って感じの容姿だった。
そして美少女はこちらに両手を差し出して言う。
「抱っこしたいわ! 私にちょうだい」
支団長さんパパが渡すより早く、美少女は私を奪うように抱き上げた。
「あら? 思ったより軽いし、ひんやりしてるわ! それに予想していたよりふわふわでかわいい!」
力の加減なくぎゅっと抱きしめられるが、相手は非力な子供なので大丈夫。
まぁ若干……痛いけれども。
きっとこの美少女が、アスク殿下の娘のシャロンなのだろう。確かにちょっとわがままそうだけど、子供らしいと言えば子供らしい。
シャロンは私の体に頬をスリスリしながら、また王子様の隣に座った。
「キラフお兄様と一緒に避暑に来られたし、クロムウェルにも会えたし、雪の精霊はかわいいし、とっても幸せよ!」
「シャロンは本当にキラフとクロムウェルのことが好きだね」
「ふふ、面食いなのよ」
笑顔の娘を見て、アスク殿下と夫人が笑う。
どうやらシャロンは王子様と支団長さんのイケメン二人が好きみたい。気持ちは分かる。二人とも格好いいもんね。でも私は隻眼の騎士派かな。
その隻眼の騎士は、近衛騎士の隣に立って、部屋の隅に控えていた。そしてこちらを見て、シャロンが私をぎゅっと強く抱きしめるたびにそわそわしている。痛くないかって心配してくれているみたい。
「シャロン様」
と、そこで支団長さんがおもむろに口を開き、手に持っていた箱をシャロンに渡し、それと引き換えにさりげなく私を回収した。
「気に入ってもらえるか分かりませんが、贈り物です。人形が好きだと伺ったので、陶器の人形と、着せ替えられるようにドレスもいくつか用意しました」
「まぁ! ありがとう、クロムウェル!」
陶器の人形って、前に私も貰ったな。ドレスも作ってもらったことあるし、私にプレゼントをしていたから詳しくなっていそうだ。
「いいえ」
支団長さんは控えめに言うが、私を取り返して満足そうだった。隻眼の騎士と目配せして頷き合っているし、隻眼の騎士はホッとしている様子だ。
子供がちょっと強く抱きしめたくらいで過保護じゃないか。
「ところで精霊の御子様は、もう人間の姿に変われるのでしたかな?」
おじいちゃんのご領主に尋ねられて、私は「うん」と答える。
「かわれるよ。耳としっぽはかくせないけど」
「そうですか」
ご領主は孫を見るような目をしてにっこりほほ笑んだけど、次には眉を下げて言った。
「けれど人間の姿に変わった時は、一人で出歩かぬようお気を付けください。うちの領地ではまだないですが、最近、国内で不思議な事件が起きていると聞きますから」
「ふしぎなじけん?」
どういうところが不思議なんだろうと思っていると、支団長さんのお兄さんが話に入ってきた。
「うちの領地でもその不思議な事件は起きていませんが、犯人は一か所で犯行を行うのではなく移動しているようですから、子供を一人で歩かせないよう気をつけるに越したことはありませんね」
「不思議な事件? それは何です?」
尋ねたのは王妃様だ。私と同じく何も知らないみたい。
説明を始めたのは団長さんだった。
「私のところにも報告が上がって来ていますが、よく分からない事件です。今のところ三歳以下の幼い、しかも金髪か黒髪の、顔立ちの可愛らしい子供だけが突然いなくなるのです」
「いなくなる? 怖いわね」
「いえ、それが不思議なのはここからで、いなくなった子供は必ず数時間以内に、怪我もなく無事に戻ってくるのです。恐ろしい思いをした様子もありませんし、それどころか楽しんでいた様子で……」
「誰かに攫われていたのだとしたら、犯人と遊んでいたのかしら? 怖い事件かと思ったら、それは確かに不思議な事件ね。あまり恐ろしい犯人じゃなさそうだわ」
支団長さんママも相槌を打ち、今度は支団長さんパパが口を開く。
「いなくなった子供はまだ言葉を話せない子が多いようですし、犯人像は分からないらしいですね」
「ええ、最初はそうだったのですが――」
また団長さんが話し出した。
私は支団長さんの膝の上で胸毛をワサワサされながら静かに聞く。
「一番最近被害にあった三歳の子供はこう話しています。『綺麗な人と一緒にいた』『優しかった』と。そして犯人は一人ではないようです。どうも『綺麗な人』と『優しい人』は別人らしく、少なくとも二人以上の複数犯ということになります。おまけにその『優しい人』の方は女のようです」
「そしき的なはんざいの匂いがする……」
私は探偵気分で呟いた。
でも誰も聞いてない。
「国内で起きた同一の事件は、我々が把握しているだけで十件にのぼります」
「まぁ、そんなに……。けれど子供がすぐに戻ってくるのなら、大事にせずに済ませている親もいるかもしれないし、報告が来ていないものを含めるともっと多いかもしれないわね」
「その通りです。それどころか、自分の幼い子供が一時的にいなくなったことに気づいていない親もいたかもしれません」
団長と王妃様の話を聞きながら犯人の目的を考えてみるが、さっぱり分からない。
ただ子供と遊びたかっただけだろうか? でもそれだけのために、自分が誘拐犯になる危険を冒して、わざわざ子供をどこかへ連れて行く?
犯人の思惑が分からないのは団長さんたちも同じのようで、犯人の手がかりも掴めていないし、この不思議な事件については調査中としか言えないようだ。




