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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第四部・ふしぎなじけん

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避暑(1)

 もふもふ好きの先生と交流した後、私は砦に飛んだ。そして隻眼の騎士と一緒に食堂に向かい、私のごはんを貰う。


「さっき、村に行ってまたじゅぎょうを聞いてきたんだよ。かみさまのお話をしてた」

「そうか。個人的にはあまり神の存在は信じていないが……そう言えば精霊は神のことをどう思ってるんだ? 本当にいるのか?」

「わかんない。でもハイデリンおばあちゃんは、かみさまがいると思ってるみたいだった」


 そんな会話をしながら席につき、私は食事を始める。今日のごはんは鹿肉のソテーだって。美味しそう。

 さっそくかぶりつくけど、厚みのある鹿肉は硬くて噛み切れない。噛み切れないから飲み込めない。食べたいのに食べられない。悲しい……。

 よだれを垂らしながら鹿肉を半分口の中に入れてモゴモゴしていると、ティーナさんとレッカさん、キックスがやって来た。


「あ、いたいた! ミルちゃん!」


 ティーナさんは片腕に何やら大きな円柱形のクッションを抱えていて、笑顔だ。

 一方、レッカさんとキックスは何故か微妙な顔をしてティーナさんの後から食堂に入って来る。私は噛み切れない鹿肉を一旦お皿に戻して言った。


「ティーナさん、なぁに?」

「これを渡そうと思って捜してたの。ミルちゃんこの前、お父様が甘い苺を探して旅に出ちゃったって言ってたでしょ? だから寂しいんじゃないかと思って、急いで作ったのよ」


 円柱形のクッションを? と思いながら、ティーナさんが私の目の前に置いてくれたそれを見つめる。

 蛍光ピンクの布でできた、ちょっと目がチカチカする抱き枕かな? 結構大きいので、口に咥えて運ぶのは到底無理だ。

 しかしよくよく見ると、この抱き枕には片側の円部分に小さな突起が二つついているのに気づく。くちばしみたい。それに黒いビーズのつぶらな瞳もある。これはただの派手なクッションではない?


「これ、なに?」


 私の質問に答えたのは、ティーナさんを憐れむように見ていたキックスだった。


「お前の父親だって」

「父上……?」


 この円柱が?

 隻眼の騎士も不思議そうに呟く。


「前に水の精霊が砦の池に現れた時、ティーナもその姿を見ていたはずだが……」


 そうそう。


「てか、お前、前にもミルの父親作ってなかった?」

「うん。だけどあの時は何だか四角くなっちゃったから、また挑戦してみたの」


 キックスの言葉に頷いて答えるティーナさん。確かに以前にもティーナさんは私の父上のぬいぐるみを作ってくれた。その時は大きな筆箱みたいに四角い父上だった。

 今回はその時の反省を生かして、丸さは出ている。でも何度見たって円柱形だ。まるで大きなサンドバッグみたい。もしくは穴の開いていない土管とか。


 蛇の姿の父上を作ってくれたんだとしたら、頭の方はもっと丸いはずだし、しっぽの方は細くなっていくべきなのに、何故こんなことになったのだろう。それにどうしてくちばしをつけちゃったの? 目もつぶらすぎない? 


 ティーナさんに色々言いたいことはあったが、彼女がぬいぐるみを作る時はいつも善意で作ってくれているとは分かっているので、私は特に気になったことを一つだけ尋ねた。


「でも、色が……。父上はぴんくじゃないよ」


 白に少しだけ青を溶かしたような、綺麗な水色なのだ。

 と言うか、前に父上のぬいぐるみを作ってくれた時はちゃんと水色だったじゃん。何で変えちゃったの? 唯一合ってた部分をどうして?

 私が指摘すると、ティーナさんは天使のようにほほ笑んで言う。


「ピンクの方が可愛いかと思って」


 笑顔が純粋過ぎてこれ以上突っ込めない。ティーナさんは気を利かせて父上を蛍光ピンクにしてくれたのだ。教科書の大事な部分に線を引く時の色に。


「ありがとう。かわいい」


 私はお世辞を言った。今世で初めてのお世辞かもしれない。でも今回のぬいぐるみは不気味ではないので、そばに置いておいても怖くない。


「よかった!」


 ホッとするティーナさんの横で、キックスとレッカさんが小声で言う。


「ミル、それお前の父親に見せるんじゃないぞ。水の精霊にキレられる」

「ええ、ミル様。不敬だと思われるとまずいのです。ティーナが殺されてしまいます」


 レッカさんはかなり本気で心配している。父上はこんなことでは怒らないから大丈夫だよ。

 休憩のためにティーナさんたち三人も隻眼の騎士と同じテーブルについたところで、私は父上のぬいぐるみを眺めながら食事を再開する。この硬い鹿肉を攻略しなければ。


「ところでキックス」


 ぬいぐるみの話題が一旦終わると、隻眼の騎士が口を開いた。キックスは声をかけられてビクッとする。普段の行いが悪いので、きっと何か怒られると思ったんだろう。


「今日は何もしてませんけど……」


 キックスが恐る恐る言うと、隻眼の騎士は片眉を上げてこう返した。


「何の話だ? お前に弟が生まれたと聞いたから、おめでとうと言おうと思っただけだが」

「ああ、その話ですか。ありがとうございます」


 胸を撫で下ろすキックスに、ティーナさんも言う。


「キックスのお母様は本当にすごいわよね! 一人子供を育てるのでも大変なのに、六人もだなんて」

「母親はもう四十歳近いし、歳を取ってからの赤ん坊の世話は大変だって手紙に書いてたよ。でも、それ以上に可愛いってさ」

「子供が好きなのね」

「まぁ……愛情深い人ではあるよ」


 恥ずかしいのかキックスはぼそぼそと喋った。

 と、そんな会話をしていると、次にこちらにやって来たのは支団長さんだった。


「グレイル――」


 支団長さんは隻眼の騎士に用があったようだが、そこに私もいると分かると一瞬パッと顔を明るくする。でも部下の手前、すぐに表情を引き締めた。

 咳払いを一つして言う。


「グレイル、明後日のことだが……ああ、ここで構わない」


 立ち上がろうとした隻眼の騎士を止め、支団長さんも空いている席に座る。


「明後日、陛下たちと一緒にアスク殿下の一家もいらっしゃることになった」


 支団長さんが言うと、隻眼の騎士は「分かりました」と頷き、キックスはこう質問した。


「アスク殿下の一家ってことは、奥さんやお子さんも来られるんですか?」

「そうだ。夫人とシャロン様も一緒だ」


 私には何の話かよく分からないが、隻眼の騎士やキックスたちは分かっているらしい。

 私はもうちょっとで噛み切れそうな鹿肉を再びお皿に戻して聞く。


「だれか来るの? へいかって、王さまだよね?」


 王様には何度も会ったことがある。でもアスク殿下って誰だろう? 王子様とは名前が違うから、殿下は殿下でも違う殿下みたいだけど。


「ああ、ミルにはまだ話していなかったか」


 支団長さんはそう言うと、「仕方ない。話をするからちょっと膝に……話をするから……」と言い訳しながら私を抱き上げる。

 そしてみんなに見えないようテーブルの下でお腹を撫でながら説明を始める。


「明後日、王族方がこちらの地方に来られるんだ。避暑のために領主の屋敷に五日間ほど滞在されるが、視察がてらこの砦にもいらっしゃる。来られる王族は国王陛下夫妻とキラフ殿下、それに国王陛下の弟君であるアスク殿下と殿下の夫人、娘のシャロン様だ」


 キラフ殿下っていうのは王子様だよね。支団長さんの幼なじみで、キラキラの美形の。


(でも王様の弟家族に会うのは初めてだな)


 王様たちと同じように、いい人たちだったらいいな。雪ももふもふも嫌いじゃありませんように。キツネアレルギーじゃありませんように。


「あとは、護衛のために近衛騎士たちも来るし、ガウス団長も来る。それに北の砦やスノウレア山を含めたこの地方を治める領主も一緒だ」

「団長さんも!」


 ヒグマみたいな団長さんに会うのは、王都におつかいに行った時以来だ。それにこの地方のご領主に会うのも何気に初めてだった。

 私が支団長さんに足の肉球をもみもみされながらそんなことを考えたところで、レッカさんがおずおずと口を開く。


「王族方と団長、ご領主様だけでなく、支団長のご家族も来られるんですよね?」

「……そうだ」


 支団長さんは嫌そうに答えた。支団長さんの家族――お父さんとお母さんとお兄さん――はみんな末っ子の支団長さんが大好きなのだが、支団長さんはその愛がちょっと鬱陶しいらしいのだ。

 私は笑って言う。


「にぎやかになりそうだね」

「シャロン様はミルに会いたがっておられるらしい」

「そうなの?」

「ああ、シャロン様はまだ七歳だから、ミルと一緒に遊んでくださるかもしれない」


 言葉とは裏腹に、支団長さんは少し心配そうな顔をしていた。そしてその表情のまま、こう続ける。


「まぁ……少しばかりわがままなところがあるから、ミルも覚悟しておいてくれ。だが、ミルが困った時はすぐに助けに入るからな」


 支団長さんは真面目な顔をして言ってきた。


「えー……?」


 なんか一気に不安になってきたんですけど。

 

※ティーナが父上ぬいぐるみを作った話は、番外編の「みんなの幸せな夢」にちょこっと書いてます。

※ミルが支団長さん家族に会った話は、書籍版におまけとして載せていました。(注意:宝島社様から出ていた紙の書籍3巻のことです。双葉社様から出る予定の電子版3巻には、新しく書き下ろした別の短編が載る予定です)

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