北の砦の夏(2)
(雪に食べ物を貯蔵しておくのかぁ……)
砦から住処の洞窟に戻った私は、キツネの姿の母上と一緒にまどろみながら、砦の雪室のことを考えていた。
冬は厄介な存在でしかない雪だけど、夏の間は重宝されるのだ。
(そう言えば私も一応、ちょっとだけなら雪を発生させられるんだよね)
フーッと口から息を吐けば、小さな吹雪を出せることもある。最近は練習をしていないから、出せる確率は減っているかもしれないけど。
(出し方を忘れちゃう前に練習しておこうかな)
母上が昼寝を始めたところで、私は起き上がってお座りをした。そうして一人で何度も息を吹きながら、小さな吹雪を出す練習をする。
蝋燭を吹き消すように口をすぼめて、勢いよく息を吐く。頭の中で吹雪を出すイメージを作ることも大切だ。
「ふー! ふーっ! ふーーっ! ……だめだ、ひさしぶりにやるから」
吹雪は全然出て来ない。でも三度目で一片の雪がペラッと口から出てきたので、練習あるのみだ。
「ふーーっ! ふーーっ!」
私は母上が眠っている横で、ひたすら息を吐き続ける。ちなみに母上は珍しくお腹を出して仰向けで寝ていた。この辺りもやはり真冬と比べると気温が高いからだろう。夏にうつ伏せの姿勢で寝ているとお腹が蒸すんだよねぇ。
「ふーーっ! ……あ、でた! やったぁ!」
小さな吹雪を生み出すと、私は嬉しくなってその場でぴょんぴょんと跳ねる。
しかしすぐに止まると、真剣な顔をして再び集中する。一回だけで喜んでちゃ駄目だ。
「もっとがんばろ」
そうして母上が昼寝から目覚めても私は練習を続け、夜になる頃にはヘロヘロに疲れていた。息を吹き過ぎて途中で何度か酸欠になりかけたし、口の中が渇いている。
だけど練習の甲斐あって、ほぼ毎回吹雪を出せるようになった。
「ミルフィリアがこれほど熱心に特訓に取り組むのは珍しいの」
ずっと私を見守ってくれていた母上が感心したように言う。
「だが、ちゃんとやればミルフィリアも上達するのじゃな。鈍くさい子じゃと思っていたが、それは本気で特訓に取り組んでいなかったからかもしれぬ」
私、鈍くさい子だと思われてたのか。初耳。
まぁ実際鈍くさいんだけど、確かにいつもは特訓には乗り気じゃないから、余計に成果を出せないのかもしれない。
「しかし口から吹雪を出して何をしたいのじゃ? 何か目的があったのか?」
「え? えーっと……」
私は前足を口元に当てて考えた。考えたけど、目的は特に思い浮かばなかった。
「とくにない」
そう言えば口から吹雪を出したところで、特に役には立たないよね。私が発生させる小さな吹雪じゃ、雪室の雪を増やそうとしてもかなり時間がかかるし、誰か敵を攻撃して倒すのも難しい。
せっかく練習したんだから、何かに役立てたいんだけど……。
翌日、私は砦に向かうと、隻眼の騎士に昨日の練習の成果を見せた。
息を吐くと、ちゃんと成功して小さな吹雪が出てくる。
「すごいな、ミル」
「すごいでしょ!」
舌を出してえへえへと笑いながら、隻眼の騎士の周りを回る。褒められるの大好き。
「だけどね、これってなんの役にもたたないの。てきを倒せたりもしないし」
「そんな想定なんてしなくていい。ミルの敵は俺が倒す」
隻眼の騎士は言い切った。信頼感がすごい。
「だが、そうか。それを何かに役立てたいのか?」
「うん」
「今の季節、体に浴びたら涼しそうだが……」
「やってみる!」
隻眼の騎士にしゃがんでもらい、素肌が出ている首元を狙って私は息を吹きかけた。すると雪が肌に張り付き、隻眼の騎士の首を冷やす。
「冷たくて気持ちがいい。と言うか、少し冷たすぎるくらいだが……ああ、だが体温ですぐに溶けてしまうな」
隻眼の騎士は首元を撫でながら言う。
「それに襟が濡れてしまう。最初は気持ちいいんだがな」
肌もベタベタ、服もびしょびしょだと不快だよね。私の吹雪は、誰かを涼しくさせるっていうのにも使えなさそうだ。
がっかりしていると、隻眼の騎士は「そうだな……」と頭を悩ませながら違う活用法を考えてくれる。
そしてこう言った。
「その力で水を凍らせたりはできないか? 氷が作れれば結構有り難いな。飲み物に入れて冷やせるし、タオルに包んで打ち身をしたところを冷やすのにも使える。冬の間は雪でやっていたが」
そう言えばタオルでくるんだ雪で患部を冷やしている光景を見たことがあるな。訓練で怪我をすることも多いからね。
「やってみる」
「よし、水を持ってこよう」
そう言って、隻眼の騎士は小さな桶に水を汲んで来てくれた。私は目の前に置かれたそれに向かって、また息を吹きかける。
だけど一度では水は凍らない。私は何度か繰り返したけど、この桶の水を氷に変えることはできそうになかった。
「むりだよ、せきがんのきし……!」
早々にギブアップして言う。
だけど隻眼の騎士は桶の水に手を入れて笑う。
「いや、氷はできてるぞ。ほら」
水の表面が凍って、確かに薄い氷ができていた。隻眼の騎士が持ち上げたら崩れて割れてしまうほどの薄さではあったけど。
「ああ、割れてしまった。でもちゃんとできてただろう?」
「うん」
隻眼の騎士は私を励ますように言う。氷を作れたのは嬉しいけど、何かに活用できるほどの量は作れなさそうだ。
けれど隻眼の騎士は、私の頭を撫でてこう言う。
「氷を作るのは大変かもしれないが、ミルに頼めばコップの水くらいなら冷やしてもらえそうだ」
「あ、そうだね! それくらいならできる!」
「夏場は大人気になりそうだな」
「ねぇ、せきがんのきし、冷やすといえばさ……」
私は後ろ足で立ち上がると、しゃがんでいる隻眼の騎士の膝に両前足を置いて顔を近づけた。
「くだものを冷やしてもおいしいよね? たとえばいちごとか、それくらいの大きさのものなら、ちょっと凍らせることもできるかも」
そしたらフルーツをそのまま使ったアイスみたいになってきっと美味しいよ。
思い浮かべて、私はよだれを垂らした。
「分かった分かった。ミルのごはんもまだだったしな」
隻眼の騎士は苦笑して私を食堂に連れて行ってくれた。そして食堂ではごはんを食べた後、料理長さんに事情を話して余っている果物はないか尋ねた。
「コケモモやブルーベリーは多目にあるから持って行ってくれて構わないよ。今の季節、たくさん採れるからな。生で食べるのならブルーベリーの方がいいだろう」
夕食のお肉に添えるソースとして使うらしいコケモモは、どうやらちょっとすっぱいみたい。
と言うわけでお皿いっぱいにブルーベリーを貰った私は、隻眼の騎士にそれを席まで運んでもらった。
そして椅子に座った隻眼の騎士の膝に乗ると、私はテーブルの上のブルーベリーに息を吹きかける。小さな吹雪にさらされた紫色の果実たちは、雪に覆われて半分ほどは見えなくなった。
「どうだろう? こおったかな?」
「食べてみるといい」
隻眼の騎士はそう言って私の口にブルーベリーを一粒入れてくれた。ブルーベリーは冷たく、表面は凍っているけど、中は生のままでみずみずしい。ほんのり甘くてシャリシャリしている。
「ちょっと凍ってる! おいしい! せきがんのきしも食べて」
「どれ……。うん、美味しいな」
隻眼の騎士はもう一粒食べてからこう続ける。
「完全に凍っていないのがいい。冬に果物を外に置いておけば勝手に凍るが、カチコチに硬くて歯が立たないからな。これはちょうどいい。上手に凍らせたな、ミル」
「えへへ」
褒められて頭を撫でられると、嬉しくて笑顔になっちゃう。舌も勝手に出ちゃうし。
その後、料理長さんにもブルーベリーをあげて「うまい!」と褒められ、私はえへえへと照れた。
さらに、食堂にやって来たキックスとティーナさん、レッカさん、それに支団長さんにもブルーベリーをおすそ分けし、「美味しい!」「夏にぴったりだな」と言われてえへへへへとニヤついたのだった。
えへへ……。




