キックスの兄弟
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・ジェッツ:コワモテ軍団で一番の若手。モヒカン。キックスとジルドとも仲良し。この三人が一緒にいるとろくなことをしない。
・バウンツ:コワモテ軍団のメンバー。食べるのが好きなぽっちゃりさん。
「せきがんのきしー!」
支団長さんに散々もふられた私は、隻眼の騎士のところに戻ろうとした。隻眼の騎士も私を探していたらしく、砦の廊下で出くわす。
「せきがんのきし!」
「ミル!」
私はジャンプして隻眼の騎士の胸に飛び込もうとし、隻眼の騎士はしゃがんで私を受け止めてくれる。
おかげでジャンプ力の足りない私が隻眼の騎士のすねにぶつかることはなかった。私のイメージでは胸までピョーンと跳べてたんだけどおかしいな。
「せきがんのきしー!」
私は隻眼の騎士の胸にぐりぐりとおでこを擦り付けた。
やっぱり初対面ごっこは中止してよかった。だって私はこんなに隻眼の騎士が好きなのに、ずっと逃げ回れるはずがない。
「ミル、さっきはどうしたんだ? 様子が変だったから心配したんだぞ」
「ごめんなさい、しょしんを思い出そうとしてて……」
「何だかよく分からないが、いつも通りのミルに戻ってよかった」
隻眼の騎士は私を抱き上げて息をつく。
そして数秒黙った後にこう言ったのだった。
「……ミルを抱いてると涼しいな」
あ、また涼を取られてる!
翌日、砦に行くと、隻眼の騎士にお昼ごはんを貰った後で私は散歩に出た。隻眼の騎士たちはお仕事に戻ってしまったから、一人で。
外――と言っても砦の敷地内――を歩いていると、日差しがじりじりと背中を焼く。暑い。
日差しを避けるように木陰や砦の影になっている部分を歩くが、今は太陽がほぼ真上にいるので、影もあまりできていない。困った。
と、私が木陰で佇んでいると、小鳥たちがピチチと鳴きながら近くの枝にとまる。支団長さんが密かに餌付けしているので、この砦には小鳥がよく来るのだ。夏は自然界にもエサが豊富にあるから、支団長さんが用意したエサは無駄になっているようだけど。
だけど小鳥たちも私のことを見慣れてきて、何かちょっと舐められているというか、『あいつはキツネだけど俺たちの敵じゃねぇぜ』って感じで油断されまくっている。
今も枝の上から私の方に飛んできて、頭に着地された。ちっちゃな足がくすぐったい。
「なぁに?」
小鳥が頭から落っこちないようにしながらゆっくりと伏せの体勢を取ると、さらに数羽の小鳥たちがどこからかやって来て、私の背中にとまる。
「そこでおちつかないで」
私の耳の横でピチピチ鳴いて仲間同士でお喋りしないで。毛づくろいしないで。抜けた羽を私の上に捨てないで。くちばしの汚れを私の毛になすり付けないで。あ、フンは絶対にやめて!
小鳥たちは私のもふ毛に惹かれてやってきたのかと思ったけど、彼らも自前のもふ毛を持っているし、違うんじゃないかと思う。
となると……
「あ、わたしの体ですずんでるでしょ!」
また勝手に納涼されてる。
夏の間は逆ホッカイロとして利用される運命なのかもしれない。
私が小鳥たちを上に乗せてその運命を大人しく受け入れていると、そこにキックスがやって来た。
「何やってんだ、ミル」
キックスが近づいてくると小鳥たちは一斉に飛び立って逃げたので、私も立ち上がって体をブルブル振る。
あー、くすぐったかった。
「小鳥とまどろんでないでさ、ミルに手伝ってほしいことがあるんだよ」
キックスは私を抱き上げ、砦の中に入っていく。
「手伝う? なに?」
片腕で私を抱えたまま廊下を進むキックスに尋ねる。
キックスは軽い調子で答えた。
「いやぁ、俺、今日、荷物配りの係だから」
言いながら、砦に届けられた手紙や荷物を集めておくための小部屋に入った。
「またなの?」
私は呆れて言う。砦に届けられた荷物を配るのは、勤務中にお喋りをしたりして気を抜いている騎士に罰として与えられる仕事だ。
だからいつもキックスか、キックスと仲のいい若手騎士のジルド、ジェッツばかりがこの仕事をやっている。三人とも真面目に仕事をすると死んでしまう病気なんだと思う。
「別にふざけたりしてないんだけどさ。門番やってる時に暇だったからちょっと口笛吹いちゃって、それを運悪く副長に見られたんだよ」
「くちぶえはだめだよ」
「ミルに叱られるなんて……」
キックスは嘆いた。何故嘆く。
部屋の中央には大きな机があり、キックスは私をその上に乗せた。騎士たちに配る荷物も机の上に置いてあるが、今日は少ない方だ。手紙が二通に、小包が一つ、それに大きな荷物が一つだけ。しかし最後の大きな荷物は重そう。
「げ、またバウンツさんへの荷物じゃん。重いから運ぶの嫌なんだよなぁ」
バウンツ当ての荷物は、どうやらお母さんから送られてくる毎月恒例の食料らしい。バウンツはコワモテ軍団の一員で、ちょっぴり……いやちょっぴりというかがっつり太っている。よく食べるのだ。
「成長期だから」って本人は言ってるけど、確かバウンツはもう二十代後半のはず。
「ミルに手伝ってもらうにしても、バウンツさんへの荷物は無理だな。こっちの手紙を配ってもらおう」
「うん、いいよ」
「あ、ちょっと待って」
キックスは私に渡そうとした手紙の宛名を確認し直した。そして声を弾ませて言う。
「これ、俺宛てだ。実家からだ!」
「へぇ、よかったね!」
家族とはなかなか会えないだろうし、手紙が来ると嬉しいのだろう。
「キックス、たしか兄弟たくさんいるんだよね?」
前にちらっとそういう話を聞いたような……。
「そう。俺が長男で、年の離れた弟や妹が四人いる」
そう、キックスはわがままな末っ子のように見えて、実は弟たち想いの長男なのだ。実家に仕送りもしていると聞いた。
「そんで母親は今、六人目を妊娠中」
「ええ! すごい」
「もう兄弟は十分だってのにさ。まぁ可愛いからいいけど。そういえばそろそろ産まれる予定だったな。もしかしたらその知らせかも」
キックスは嬉しそうに手紙を開け始めた。私もわくわくしながらそれを見守る。
封筒から手紙を取り出し、二つに折られていた紙を開くと、キックスは安心したように笑った。
「やっぱり! 一昨日、無事に生まれたってさ! 六人目は弟だ!」
「わぁ、よかったね! おめでとー!」
私は机の上でぴょんぴょんと跳ねた。いいなぁ、おめでたい!
「あかちゃん、かわいいだろうねぇ」
跳ぶのをやめた私がしみじみ言うと、キックスは自慢げに返してきた。
「俺の弟だからな! 俺の弟や妹はみんな俺に似て金髪で、みんな俺に似て顔も可愛いんだ」
「そっかぁ」
白けた顔で「キックスじゃなく両親に似て金髪で可愛いんでしょ」と突っ込もうか迷ったけど、弟が生まれておめでたい時なので、にっこり笑って頷いてあげた。
まぁ、キックスは確かに童顔で可愛い系だし、ここの砦の騎士にしては全くコワモテではないもんね。
幼い弟や妹たちが可愛い容姿をしているのは簡単に想像できる。
「次の長期の休みに帰るのが楽しみだなぁ。本当は今すぐ弟の顔を見に行きたいけど、簡単に帰れる距離じゃないしな」
「そうだよね……」
家族と離れて暮らすのは寂しい部分もあるだろうなと思って、私はキックスの代わりにしょんぼりする。
するとそのしょんぼりを誤解したらしいキックスが、笑って私を抱き上げる。
「何拗ねてるんだよ!」
「へ?」
「さては俺が弟や妹のことばっかり可愛いって言うもんだから、焼きもち焼いてるな!」
「へ?」
私はキックスに抱っこされながらぽかんと口を開けた。
キックスに、ヤキ、モチ……?
「心配しなくても、お前は弟たちとは別の次元で可愛いよ。な?」
キックスは顔だけ見れば結構イケメンだ。可愛い系イケメン。
そのイケメンに「可愛いよ」と言われているのに、それほど嬉しくないのは、キックスの普段の行いが悪いせいだ。
この前だって、私の耳の根元をつまんで長細くして「ウサギ!」と言う一発芸をやり、しかもあまりウケなかった。私を巻き込んでスベったのだ。このやろうめ!
悲しい記憶を思い出し、私はキックスにガブガブと噛みつく真似をした。エアガブガブだ。
しかしキックスはそれも嫉妬だと勘違いし続ける。
「機嫌直せよ。拗ねるなって」
「すねてない!」
その日の夜、キックスは砦のみんなから弟が生まれたお祝いをしてもらったようで、しこたまお酒を飲まされたらしく、次の日には二日酔いで気持ち悪そうにしていたのだった。




