夏のスノウレア山
長らくお休みしてしまって申し訳ありません!
第4部始まります。
そして活動報告に、書籍発売やらコミカライズやら、その他色々なお知らせを書きました。お知らせ盛りだくさんです。ぜひ見てみてください。
では、しばらくミルのもふもふ物語にお付き合いくださいませ。
【登場人物を忘れた人のための適当な説明】
・ミル、ミルフィリア:主人公。もふもふの白い子ギツネ。雪の精霊。もふもふ。前世は日本の女子大生だが、家族や自分自身の記憶はおぼろげ。もふもふ。今世は子ギツネの精神に引きずられがち。とにかくもふもふ。
・スノウレア:ミルの母。ミルを溺愛しつつも、強くたくましく育てたいと思っている。人間の姿は絶世の美女。
・ハイリリス:まだ若い風の精霊。第2部でミルやスノウレアとすったもんだあったが、今は仲良し。
【以下、本編です】
私の住むアリドラ国にも、また夏が来た。
……つらい。夏ってつらい。
暑いの嫌だ。夏のギラギラした太陽って嫌だ。虫も飛んでるから嫌だ。肉球に汗をかいてベタつくから嫌だ。
もうなんか全部嫌だ。夏って全部嫌だ。
雪の精霊として、夏にありったけの恨み言を言いながら、私は住処の洞窟の中に引きこもっていた。
このスノウレア山の頂上付近は母上が夏でも定期的に雪を降らせているので、寒くて私にとってはいい感じなのだ。
麓の方も日本の夏と比べれば随分涼しいと思うけど、私にとっては過ごしにくい気温だ。北の砦の騎士のみんなは、夏の方がずっと過ごしやすそうだけどね。
「ミルフィリア」
もふもふの子ギツネ姿の私が洞窟の中でごろごろしていると、人の姿の母上が外から呼びかけてくる。
「おいで。特訓の時間じゃ」
「……」
私はぴたりと動きを止めて寝たふりを決め込んだ。さっきまでもぞもぞ動いていたからバレるとは分かっていたけど、狸寝入りをせずにはいられなかった。だって特訓嫌なのだ。
母上はいい加減、私を強く育てるのは無理だと諦めてほしい。自分の娘は怠け者で、戦うのとか嫌いで、できれば寝ることと食べること、遊ぶこと以外はしないで生きていきたいと思っていることに気づいてほしい。
「ミルフィリア、今日は敵から隠れる特訓じゃ」
母上は私が起きている前提で普通に話しかけ、抱き上げて外に連れ出す。意地でも目を開けない私も私だけど、母上も母上で折れない。
「……てきから隠れるとっくんって?」
今から自分がどんな目に遭うのかという恐怖から、私はついに目を開けて尋ねた。母上は特訓が楽しいようで、にこにこしながら説明する。
「冬は外敵も少ないが、夏は動物たちが活発に行動しておるからの。今日は猛禽類から身を守る術を身に着けるのじゃ」
「もうきんるいかぁ……」
それなら特訓しておいてもいいかもしれない、と私は思った。ワシやタカ、フクロウなんかに実際に狙われる可能性もあるからね。
大きなワシなら、私のような小さな子ギツネくらい簡単に捕まえて飛んでしまえるだろうし。
前世のテレビで、ワシがヤギを狩っている映像も見たことがある。ヤギも持ち上げられるの? とびっくりしたので今でも覚えているのだ。
これは崖から突き落とされたりするよりは、よっぽど身になる特訓かも。
「ミルフィリア、この辺りで大きな鳥を見かけたら、どうやって身を隠すのがよいと思う?」
「うーん……。どうくつに急いでもどる!」
鳥は夜目が利かないと聞くので、暗い洞窟の奥に隠れるのだ。私は自信たっぷりに答えたが、母上からは「そんなことをしては駄目じゃ」と言われてしまった。
「鳥を見つけたら、まず動いてはならぬ。その場でぴたりと固まるのじゃ」
「でも逃げないとつかまっちゃうよ」
「この洞窟がすぐ近くにあったなら、ミルフィリアが言ったように身を隠すのもよい。しかし少しでも距離があれば、逃げているうちに鳥はあっという間に飛んできてそなたを捕まえるぞ」
「じゃあどうするのがいいの?」
私は母上を見上げて尋ねる。
「さっきも言ったようにその場から動かぬことじゃ。ここには木や森はなく、あるのは地面を覆う雪だけ。そこで鳥から身を隠すには、雪と同化することが大事じゃ。白い毛皮のミルフィリアが雪の上でじっと丸くなれば、鳥はそなたを見つけられない。捕食者は逃げる者を見つけるのは得意じゃが、動かない者を見つけるのは案外苦手なのじゃ」
ふーん、そういうものなのか。
母上は私を雪の上に下ろすと特訓を開始する。
「さぁ、走るのじゃ。そしてわらわが手を叩いたら止まって丸くなるのじゃぞ」
「わかった」
何だか間抜けな光景になることが予想できたが、私はとりあえず雪の上をわふわふと走った。
わふわふ、わふわふ、わふわ――。
そこで母上がパンと手を叩いたので、私はその場できゅっと丸くなった。前足で耳も隠し、じっと動かない。
「みえてる?」
丸まったまま、母上に訊く。
「わらわからは丸見えじゃが――」
丸見えなの?
「――空からは見えにくいであろう」
母上はそこで空を見上げたようだった。
「ハイリリス! どうじゃ?」
「え? ハイリリス?」
私も思わず空を見る。快晴の空には、南国が似合いそうなカラフルな鳥が飛んでいる。あれは確かに風の精霊のハイリリスだ。
何でハイリリスがここに? と私が疑問を口にする前に、彼女が空から怒鳴った。
「どうして私がこんな特訓に協力しなきゃならないのよ!」
「どうせ暇じゃろうが」
母上は辛辣に言う。
「暇だけど、こういうことする暇はないの!」
たぶんハイリリスは、この特訓のために母上に呼び出されたんだろう。なんかごめん。
しかし彼女はぷりぷり怒りながらも、ちゃんと特訓には協力してくれたのだった。
「でも、動かないでいるとミルフィリアの姿はちゃんと雪に紛れてるわよっ!」
ハイリリス、いい人。
特訓を終えると、私たち三人は洞窟に戻って休憩した。母上はキツネの姿になって、枯れ草を敷いた寝床の上に座り、私はその横で母上に取ってもらったつららをかじる。
そしてハイリリスは自分の尾羽にくちばしを伸ばし、一生懸命毛づくろいしようとしていた。ハイリリスの尾羽は長いので、ちょっと体勢がキツそうだ。
私はつららをかじるのをやめてハイリリスに尋ねる。
「ハイリリス、つららいる?」
ずっと空を飛んでいた彼女は私より疲れているんじゃないかと思い、水分補給するかと聞いたのだ。
「いらない」
しかしハイリリスはつららを一瞥して即答すると、また尾羽を整える作業に戻ってしまう。
「そこ、気になるの? おばね」
「まぁね。綺麗にしておかないと」
「じゅうぶん、きれいだよ。キラキラしてて」
私が褒めると、ハイリリスは「ふふん」という感じで得意げに顔を上げる。
「ありがと。この尾羽はね、ヒルグも気になるって言ってくれたの」
ハイリリスは嬉しそうに言った。炎の精霊であるヒルグパパ――クガルグのパパだから私はそう呼んでる――は、ハイリリスの想い人なのだ。
ヒルグパパは私の母上のことが好きみたいだし、ハイリリスのことをまだ大人の女性としては見られないらしいので、一方通行な恋心だ。
でも、ハイリリスは最近いちいち母上に嫉妬したりしないし、この片想いを楽しんでいる様子でもある。
「『お前の尾羽は長くてひらひら揺れるから、つい気になってしまう』って言ってたのよ」
ハイリリスは嬉しそうに言っているけど、ヒルグパパの動物の姿は黒豹だから、ネコ科の肉食獣として気になってしまうという意味ではないだろうか。異性としてではなく獲物的な意味で狙われているのではないだろうか。大丈夫だろうか。
まぁ、クガルグならともかくヒルグパパは実際にはハイリリスに飛びかかったりしないと思うけどね。
だけどヒルグパパにそう言われて、一生懸命に尾羽を整えるハイリリスは健気で可愛い。
(恋する乙女って感じ)
いいなぁ。私も恋したいなぁと思いつつ、再びつららをかじる。
「ミルフィリア、あまりつららばかり食べているとまた腹を壊すぞ」
「そうだった」
この前、暑いからとつららを一本まるごと食べたらお腹が痛くなったのだ。お腹を冷やして腹痛を起こす精霊なんて私くらいかもしれない。しかも私は寒さに強い雪の精霊だと言うのに。
「ミルフィリアってほんと変わってる」
ハイリリスはそう言うが、私は反論した。
「ハイリリスもかわってるんじゃない? だって、恋をするせいれいって、めずらしいでしょ?」
「そんなことないわよ。クガルグは明らかにミルフィリアを好きだし、言いたくないけど、ヒルグだってスノウレアに恋をしてるようなものでしょ?」
「あ、そっか」
即座に論破されてしまう。
「全く! 私にそんなこと言わせないでよね!」
「ごめん。ハイリリスはヒルグパパにかた想いしてて、つらいのに……。ごめんね。ヒルグパパは母上が好きだなんていわせて……。ハイリリスつらいのに……ごめん……。つらいのに」
「ちょっとやめてよ! そんなに辛くないわよ!」
ハイリリスは羽をバサバサさせて怒った。ごめん。
でもハイリリスやクガルグ、ヒルグパパの他にも、恋をする精霊っているのかな? まだ出会っていない精霊たちも、もしかしたら素敵な恋をしているかもしれない。
なんて、恋に憧れる私はふとそんなことが気になったのだった。




