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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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番外編「みんなの幸せな夢」

三部の後の話。

 

 レッカさんとティーナさんの部屋にお泊りした事をきっかけに、寂しそうにしていた隻眼の騎士の部屋にも泊まる事になった私。

 けど、そうするとキックスと支団長さんも羨ましそうにするので、結局みんなの部屋に順番に泊まる事になった。

 しかも一度泊まったレッカさんとティーナさん、隻眼の騎士の部屋にも何故かもう一度泊まる事になってしまった。人気者は辛い。

 

 順番はえーっと……最初が支団長さんで、次がキックス、その次がティーナさんで、その次がレッカさん。女子二人は同じ部屋だけど、それぞれのベッドで順番に寝るのだ。それで最後が隻眼の騎士。

 という訳で、今日は支団長さんの部屋へレッツゴー!



☆☆☆


 クロムウェルは自分の執務室にいた。部屋の中はピンク色と花柄、レースとフリル、ぬいぐるみと人形で埋め尽くされている。まるで幼いお姫様の部屋のようだ。

 以前は、余計な物のないまさに〝仕事部屋〟という感じだったのに、いつからこうなったのか。


「ちょっとやり過ぎたか……」


 今になって我に返り、反省する。

 部屋の中にあるファンシーでキュートでプリティーな物の数々は、ミルのために揃えたものだ。ミルが執務室に遊びに来てくれるよう可愛いものを集めていたら、いつの間にかこうなっていた。

 しかしいくら何でもこれはまずい。ここは砦の執務室だ。仕事のための部屋だ。仕事とプライベートを混同させてはいけない。それにこの部屋には部下もよく来るのだ――と、そう思ってハッとする。

 こんな部屋、決して部下たちに見られるわけにはいかない。見られたら支団長としての信頼を失ってしまう。


「急いで片付けなくては」


 クロムウェルは急に焦り出し、部屋の片付けを始めた。

 まずはこの小さなお姫様ベッドだ。ミルのために家具職人にオーダーメイドで作ってもらったもので、ちゃんと天蓋もついている。花柄のシーツに、フリルのついた枕。ふわふわのマット。ミルのお気に入りのベッドだが、この部屋には置いておけない。

 しかしクロムウェルがそれを移動させようとしたところで、


「それ、すてちゃうの?」


 執務机の脇からミルの声が聞こえてきた。


「ミル、いたのか」

「ねぇ、それすてちゃうの?」


 犬用のフリフリドレスを着たミルは、しっぽを下げて悲しそうに言う。以前はこういうドレスを着るのは嫌がっていたのだが、最近は喜んで着てくれるのだ。

 うるうるとこちらを見つめてくるミルに、クロムウェルはうろたえた。


「すてないで……。お気に入りなの」


 そしてそう懇願されては、クロムウェルに残された選択肢は一つしかなくなる。


「分かった。捨てない」

「ありがと!」


 喜んでぴょんぴょん飛びついてくるミルが可愛い。と思ってクロムウェルはフフと密かに笑いながら、今度は部屋の端に置いてある小さなクローゼットに向かう。

 これも職人に特別に作ってもらったもので、色は美しい白、扉には植物や小鳥の優美な彫刻が彫られている。中には何が入っているかと言うと、ミル用のドレスや帽子、リボンなどだ。ミルがドレスを嫌がらないので、調子に乗ってたくさん買ってしまったのだ。


「これも移動させないと」

「ええ!? すてないで!」


 ミルが慌ててわたわたとこちらに駆けてくる。ドレスの裾が邪魔そうだ。

 クロムウェルは振り返って言う。


「捨てはしないさ。宿舎の部屋に移動させようかと思ったんだ」

「いどうもヤダ! ここに置いておいてほしい」

「だが……」

「おねがい、しだんちょうさん」

「分かった」


 クロムウェルは頷いた。ミルのお願いを断れる気がしない。

 

「だが、あのぬいぐるみの大群は処分したい」


 部屋に溢れているぬいぐるみたちを見下ろして言う。大きなテディベアや可愛いウサギのぬいぐるみ、ミルとよく似たキツネに、犬、猫、小さな女の子の人形など、全部で二十個以上はある。これもどうしてこんなにたくさん買ってしまったのか。

 しかしクロムウェルは三度みたびミルの妨害に合った。


「ヤダヤダ! ぬいぐるみ、すてないで。おねがい」

「う……」


 クロムウェルは頭を悩ませる。

 このぬいぐるみたちにミルが埋もれていると、確かに最高に可愛いのだ。それにあの大きなテディベアは場所を取ってものすごく邪魔だが、ミルが足の間に挟まって寝ていると心が洗われるほど可愛いのだ。

 その可愛い光景を見られなくなるのはクロムウェルとしても辛い。

 結局、ぬいぐるみも捨てるのはやめにした。


 次に苺柄のカーテンやピンクの絨毯を捨てようと思ったが、これもミルが嫌がったのでやめた。


「このままがいいの。しだんちょうさんがいて、かわいい物がたくさんあって、広いこのお部屋がだいすき」


 ミルはドレスを着たまま床にちょこんと座って言う。


「そうか。ミルがそう言うなら……部屋はこのままにしておくか」

「ありがとう、しだんちょうさん! だいすき!」


 にこにこと機嫌よく笑っているミルを抱き上げると、お礼を言うように頬を舐めてきた。

 可愛いものに囲まれている可愛いミルを見られるのだから、こんなに幸せな事はないのかもしれない。


「次は何を買おうか」


 しかしそう呟いた瞬間、クロムウェルの意識は現実に戻ってきた。

 ベッドの上で、カーテン越しに漏れる朝日を浴びながら目を覚ます。


「夢か……」


 ふと隣を見ると、ミルが丸くなってすやすやと寝息を立てていた。そうだ、昨晩はミルが部屋に泊まったのだと思い出す。

 ミルと一緒に寝たからミルの夢を見たのだろうか、と考えつつ、手を伸ばしてもふぁっとした毛並みを撫でる。朝から幸せだ。

 だが、現実のミルも可愛いドレスを喜んで着てくれたらもっと嬉しいのだが、ともクロムウェルは思ったのだった。


【クロムウェルの幸せな夢】




☆☆☆


 キックスは荷物の入った箱を抱えて、砦の廊下を歩いていた。訓練の時にちょっとふざけたら、それを先輩騎士に見られ、罰として砦に届いた荷物を配るという仕事を言い渡されたのだ。

 荷物はたいてい、騎士たちの家族から届いた手紙、衣類や食品などだ。

 見回りや国境警備で外に出ている者も多いので、キックスは宿舎の部屋の前にそれらの荷物を置いておく事にした。


「はぁー、重い……」


 愚痴を言いながら歩いていると、チャッ、チャッ、というリズミカルな小さな音が自分の後をついて来るのに気づいた。

 これはミルの爪が床に当たる音だとすぐに気づいて、キックスは笑顔で振り返る。


「よう、ミル」


 すると、やっぱりそこにはミルがいた。ミルはしっぽを振ってキックスの足に擦りついてくる。


「何? どうしたんだよ、俺に甘えるなんて珍しい」


 キックスは驚いて言った。こんな事今までなかったのに。

 

「なんとなく」


 ミルはそう言いながらも、キックスの足から離れない。

 人をからかうのは大好きなキックスだが、人から予想外の態度を取られると動揺してしまった。

 ちょっとおろおろしながら、猫のように擦りついてくるミルを避けつつ歩く。


「危ないぞ。蹴りそうで怖い」


 それでもミルが離れないので、一旦荷物を置いてミルを撫でた。


「どうしたんだよ、ほんと。何かあったのか?」

「べつになにもないよ」


 頭を撫でるとミルは気持ちよさそうに目を細め、やがてごろんとお腹を見せて床に転がった。お腹のもふもふも撫でていいらしい。

 何だ、このサービスは……と、いつもミルをからかっているがゆえに警戒されがちなキックスは思った。


(あ、分かった。副長たちがみんな留守だからだ)


 しかしミルが自分に対して甘えん坊になった理由を、キックスは思いついてしまった。実は三日前から、クロムウェルとグレイル、それにティーナとレッカが仕事で王都に行っていて、砦に不在なのだ。

 四人が戻って来るのは一ヶ月先になる。

 一ヶ月以上も王都で何をするのか、支団長と副長が二人して砦に不在で大丈夫なのか、ティーナとレッカは何のためについていくのかなど、よく考えればおかしな事ばかりだ。

 けれどその時のキックスは、そんな事はどうでもよかった。甘えてくるミルを堪能しなければならないから……。

 

 そしてそれからというもの、ミルはずっとキックスにひっついて回った。キックスが歩けばミルも歩き、キックスが座ればすぐに膝の上に乗ってくる。

 訓練では、端で見学させているミルが寂しがってキュンキュン鳴くので、キックスは顔がニヤニヤしてしまった。それに見回りではミルが留守番を嫌がるので、キックスが一緒に馬に乗せて歩いた。


「なんだよ、これ。幸せ過ぎるだろ……」


 今も、夕食を取っているキックスの膝の上にミルはいた。試しに降ろそうとしてみると、きゅうきゅう鳴いてすがりついてくる。

 それでもう一度膝に乗せれば、「もう絶対に降りない!」と言うようにぎゅっと抱きついてくるのだ。


「か、かわいー……」


 キックスは語彙力をなくして手で目を覆い、天を仰いだ。

 周りにいる騎士たちからも「羨ましい。死ね」という言葉を次々に吐かれる。

 キックスは勝ち誇って笑った。


「ははは! そうだろう、羨ましいだろう!」


 幸せ過ぎて笑いが止まらない。 

 ははははは!

 しかしそこで、目の前の光景がだんだん暗くなっていく。


「はははは……」


 自分の笑い声で、キックスは目を覚ました。部屋はまだ暗いが、宿舎の自室のベッドで寝ている事は分かる。


「夢かよ」


 現実に戻ってキックスは言った。がっかりだ。けれど良い夢だった。

 ふと下を見ると、ミルが自分の胸の上に乗って寝ていた。

 この前、ミルが昼寝してる間に頬毛で三つ編みを作った事を根に持っているのか、ベッドに入った時は、「ねてる間にキックスにいたずらされたらいやだから」と、足元の端っこで寝ていたのに、いつの間にか近づいてきてくれたようだ。


「現実はこのくらいでも、すげぇ嬉しいな」


 夢の中ほどベタベタしてきてはくれないが十分だと思い、キックスはほほ笑みながら再び眠りについたのだった。


【キックスの幸せな夢】




☆☆☆


 ティーナは最近、自分のぬいぐるみ作りの腕が上がってきているのを感じていた。元々裁縫は苦手ながらも、ミルのために楽しんで作っているうちにだんだん技術がついてきたのだ。

 以前は、頭の中に思い描いたものと実際に出来上がったものに細かな差があった。ここをもうちょっとこうしたかったんだけど、と思う事が多々あったのだ。

 けれど最近はそれがない。思った通りのぬいぐるみを作れるのだ。


「素晴らしい出来だ」


 前はティーナのぬいぐるみを見れば「何だそのクリーチャーは」とか「怖い」「心がざわめく」「見てると不安になる」とか言っていた騎士仲間たちも、今は手放しで褒めてくれる。


「ティーナはぬいぐるみ作りの天才だ」

「お前には才能しかないな」

「センスの塊だ」

「もはやこれは芸術だな」

 

 キックスも新しく作った可愛い子ブタのぬいぐるみを見ながら、感心して言う。


「ティーナ、お前、店出せるよ。もうこれは職人の域だぞ」


 ティーナは照れながら言う。


「やだもう。そんなに褒められたら照れるわ。お世辞はいいわよ」

「お世辞じゃないって! 本気で言ってるんだよ。お前のこの才能を世界中の人間に知らしめたいと思うよ」

「うふふ、ありがとう」


 もじもじしながらも、ティーナは満更でもない顔をしてお礼を言う。最近は自分でも自分の才能が怖い。

 けれどぬいぐるみは、そもそもミルを喜ばせたくて作っているのだ。だからティーナにとって何より嬉しいのは、ミルが喜んでくれる事だった。


「ティーナさぁーん!」


 砦に遊びに来たミルが、こちらに向かってわふわふと走ってくる。

 そして子供のような純粋な瞳でティーナを見上げた。


「ティーナさん、ぬいぐるみできた?」

「ええ、もう出来てるわ。ほら、これよ」


 ピンクの子ブタのぬいぐるみを差し出すと、ミルははしゃいでしっぽをブンブンと振る。


「わーい! かわいい! こんなにかわいいぬいぐるみを作れるなんて、ティーナさんってすごい!」

「ミルちゃんまで褒めてくれるのね。ありがとう。気に入ってくれた?」

「うん! だいじにする!」


 ミルはそう言ってぬいぐるみに頭を擦り寄せた。ティーナは笑って続ける。


「次は何を作って欲しい?」

「やったぁ! また作ってくれるの? つぎはね、うーんと……。そうだ、ヒヨコがいい!」

「ヒヨコね。任せて」

「ティーナさん、ありがとう!」


 嬉しそうにしているミルを見ると、ティーナも幸せな気持ちになる。自分の作ったぬいぐるみに抱きついているミルが可愛い。よほど気に入ったのだろう。


「ミルちゃん……また作ってあげるから、ね……」


 寝言を言いながら、ティーナは目を覚ました。


「あれ? 夢?」


 窓の外では空が白け、小鳥たちの鳴き声が聞こえ始めている。


「なーんだ。残念」


 ティーナの枕元には、長方形の水色のぬいぐるみが置いてあった。ミルには「ふでばこ?」と言われたが、これはミルの父親の水の精霊だ。つまりヘビを作ろうとしたのだが、何故か角ができて四角くなってしまった。惜しい出来だ。

 自分にはセンスはあると思うのだが、技術があと少し追いついていないと感じる。


「練習あるのみね」


 これからもたくさんぬいぐるみを作って、技術を向上させなければ。

 けれどティーナのベッドで眠っているミルは、四角いヘビのぬいぐるみを抱きしめて眠ってくれている。抱きまくらとしてちょうどいいだけだろうか? それとも気に入ってくれたのだろうか? どちらにしても使ってくれて嬉しい。


「次は何を作ろうかな」


 ティーナは眠っているミルを撫でながら、楽しげに笑って呟いたのだった。


【ティーナの幸せな夢】

 



☆☆☆


 レッカはその日、夜勤だった。見回りをするべく、ランプを片手に一人で砦の建物の外を歩く。

 けれど暗所恐怖症の症状が出る事はない。暗闇も閉ざされた空間も、もう怖くないのだ。

 恐怖症を克服した自分に胸を張りつつ、レッカは見回りを続ける。北の砦に来てよかったと心から思う。

 

「レッカさん!」


 とそこで、暗闇に白い影が浮かび上がった。レッカはその影の正体がすぐに分かったので怯える事はなかったが、少し驚いて言った。


「ミル様? どうされたんです、こんな夜中に」

「ねむれないから、遊びにきたの」


 ミルは陽気にしっぽを振っている。


「そうなのですか。けれど困りましたね。遊んでさしあげたいのですが、今は私は仕事中なのです。他のみんなは寝ているでしょうし……」


 困って辺りを見回すが、起きている者はレッカと同じように夜勤の仕事をしている者ばかり。

 

「じゃあ、わたしも見回りについていっていい?」

「ええ、それは構いませんが」


 という訳で、二人で砦を見回る事になった。ミルと一緒だと夜勤も楽しくなる。

 しかし建物の角を曲がったところで、レッカはぎょっとした。


「ミル様!?」


 なんとそこにはミルが立っていたのだ。

 けれど自分の足元にもミルはいる。


「え、どうして……」

「レッカさーん!」


 レッカは戸惑いながらも、ハフハフと駆け寄ってきたミルを抱き上げた。


「ミル様が二人……」

「レッカさん、わたしも抱っこしてほしい」


 最初に現れたミルがそうねだるので、片手でランプを持って片手で二匹を抱っこする。

 そうして困惑しながら前に進むと、三匹目のミルが現れた。


「レッカさん! あそんでー!」

「またミル様……」


 とりあえず三匹目も回収して、片手で抱える。


「どうなっているんだ」


 そう呟きながら砦の正面まで来ると、そこは夜中だというのにほんのりと明るかった。まるで雪が降った日の夜のように。

 しかしこの日は雪は積もっていない。代わりにいたのは、大量のミルだ。


「ええ!?」


 可愛い子ギツネが、そこかしこでキュンキュン鳴いている。


「あ、レッカさんだ!」

「レッカさぁん!」


 わらわらと寄ってきたミルたちに、レッカは動揺しながら言う。


「ミ、ミル様……? どうしてこんなに増えてしまったのですか?」

「どうしてって? わたしはさいしょから、ひゃくにんいるよ」

「百人……そうか……そうでしたね」


 レッカは頷く。何故忘れていたのか分からないが、ミルは双子ならぬ〝百つ子〟なのだ。

 と、レッカがそれを思い出しているうちにも、ミルたちは好き勝手に行動を始めている。あちらでは八十八番目に生まれたミルと九番目に生まれたミルがじゃれ合いを始め、それに二十三番目と五十番目、十一番目が加わり、こちらでは三十六番目のミルが地面に穴を掘り始めた。向こうでは七十四番目のミルが走っている途中で転んでしまい、キュウキュウ鳴いている。

 

 レッカは慌てて、まずは転んだミルを抱き上げる。片手にはすでに三匹抱えているので、ランプを地面に置いてそちらの手で抱っこする。

 続いてじゃれ合いから軽いケンカに発展しそうな八十八番目と九番目、二十三番目と五十番目、十一番目のミルたちを引き離し、三十六番目のミルが掘った穴を足で埋め直す。

 しかしとてもじゃないが手が足りない。ミルたちはまたあっちこっちでじゃれ合いを始めているし、穴を掘っているし、ランプの持ち手をかじり始めている。

 そして――


「わたしも抱っこしてほしい」

「わたしも!」

「レッカさん、わたしも!」


 ふと一番目と三十七番目、九十五番目と百番目のミルが抱っこされているのに気づいた他のミルたちが、自分たちも、とレッカの元に近づいてきた。

 可愛いミルたちに求められて嬉しいが、一度にみんなを抱っこするのは無理だ。


「順番に……あっ」


 レッカが尻餅をつくとミルがわらわらと体の上に乗って来て、レッカはついに地面に仰向けに寝転んでしまう。


「レッカさん」

「すき!」

「あそんで!」


 ミルたちはペロペロと頬を舐めたり、レッカの体の上に乗ってきたりする。肉球の柔らかい感触や、もふもふふわふわの毛を感じて、レッカはこのまま埋もれて死んでもいいかもしれないと思った。


(なんだ、この幸せな感触は……)


 恍惚の表情で目を閉じた瞬間、現実世界のレッカがまぶたを開けた。


(夢だったのか)


 部屋の中はまだ暗い。

 しかし現実でも、夢と同じようなふわふわの感触を口元に感じる。

 確認すると、レッカのベッドで寝ているミルのしっぽが、レッカの口元を覆っていた。少し息苦しいのでしっぽを少し避けて、レッカはほほ笑んだ。


「うーん、幸せだ」


 そうしてミルのもふもふの体に顔を埋めて、レッカはまた眠ったのだった。


【レッカの幸せな夢】




☆☆☆


 グレイルが執務室で仕事をしていると、住処からミルが遊びに来た。

 移動術を使って現れたミルは、出会った頃と同じように可愛かったが、出会った頃より成長して体が大きくなっていた。中型犬くらいはあるだろうか。

 もふ毛のせいで相変わらず丸いが、手足は伸びて少し細くなった。


「ミル、大きくなったな」

「せきがんのきしってば、毎日会ってるのに、いまさらどうしたの?」


 舌っ足らずだった口調も、幼児から子どものものに変わっている。

 グレイルはミルの成長を喜びながら笑って言う。


「いや、改めて思ったからな」

「これからもっと大きくなるよ。大人になったら母上くらい大きくなるんだから」

「ミルが成長するのは嬉しいが、ゆっくりでいいんだぞ」


 しかし時が過ぎるのは早かった。

 一瞬で十年以上が経ち、ミルはすでに狼ほどの大きさに成長していた。

 

「隻眼の騎士ー!」


 ふわふわ真っ白な毛皮の大きなキツネが、ハフハフと舌を出してこちらに駆けてくる。そして走ってきた勢いのまま飛びつかれると、さすがのグレイルも足を踏ん張らないと転ばされてしまう。

 体は大きくなっても甘えん坊なミルとしばらく走り回って遊んでから、先にバテたミルに付き合ってグレイルも休憩する。


「隻眼の騎士は相変わらずすごい体力だね」

「ミルの遊びに付き合えるよう、しっかり鍛えているからな」


 ミルは息を整えた後、体を起こしてお座りをし、改まった様子で話し始める。


「あのね、隻眼の騎士」

「どうした、ミル」

「あのー……実は私ね、結婚しようと思うんだ」

「ん?」


 あまりに唐突な話だったので、グレイルは『結婚』という単語を聞き取れなかった。

 ミルは再度言う。


「結婚しようと思ってるの」

「結婚?」


 結婚とは何だっただろう、と思う。簡単な言葉なのに意味が思い出せない。というか思い出すことを頭が拒否している。

 しかしやがて、グレイルは表情をこわばらせて言った。


「結婚……? そんな、ミルにはまだ早いだろう」

「そんな事ないよ」

「待て。まず相手は誰なんだ。クガルグか?」


 焦りからか動揺からか、額にじんわり汗が滲む。それに動悸もする。ミルの結婚話は心臓に悪い。

 けれど相手がクガルグなら、まだマシなのかもしれない。クガルグとミルは小さい頃からずっと仲良くしているし、クガルグは相変わらずミルの事が好きなようだった。だからクガルグならミルの事を守ってくれるだろうし、悲しませるような事はしないかもしれない。

 しかし、かと言って簡単に結婚を許すつもりはないが。

 とりあえずクガルグがどれくらい強く成長したのか、本当にミルを守れるのか、拳を交えて〝お話〟しなければ。それでグレイルに負けているようでは話にならない。


 グレイルの頭の中では、ミルの結婚相手はすでにクガルグになっていた。なぜならミルが親しくしている同じ年頃の異性というのが、クガルグしかいないからだ。

 それともグレイルの知らないところで、ミルは他の精霊と仲良くなっていたりするのだろうか?

 ミルはニコッと笑って言う。


「実は今日、その相手を連れてきてるんだ」

「何?」


 グレイルは立ち上がって顔をしかめた。どんな精霊が来るのか知らないが、ミルの事を任せられる完璧な相手でなかった場合、グレイルはたとえ自分が悪者になっても結婚に反対するつもりだ。 

 というか、ミルにはまだ結婚は早過ぎると思うので、完璧な相手であっても反対するつもりだ。

 つまり絶対反対するつもりだ。


「あ、来た来た! おーい、こっちだよ!」


 ミルがしっぽを振って相手を呼ぶ。移動術で現れるかと思ったのに、門の方から普通に歩いてくる。門番は何をしているんだ。


(人間か?)


 だんだん近づいてくる男は、どうやら精霊ではないようだった。精霊特有の美しさとか人外感がない。

 人間でミルと親しくしていた者というと、この北の砦の騎士たちだが、どうも騎士でもなさそうだ。一般庶民として普通の、けれど少しだらしない服を着ている。ボロいという意味ではなく、わざとサイズの大きな服を着ているような感じだ。


 そして近づいてきた若者は、グレイルを見て片手を上げた。


「チィーッス! どうもどうも~」


 赤茶色の髪を肩まで伸ばした男は、軽い調子で続ける。


「お父さんですか? あ、いや、お父さんは別にいるんだっけ?」

「そうだよ。でも隻眼の騎士も私の保護者みたいな人」


 男の問いに、ミルが答えている。

 その光景を見ていると、グレイルの胸の中で、もやもやとどす黒い感情が生まれてきた。

 

「保護者いっぱいいるとか、まじメンドクセ~」

「そんな事言わないで、みんなと会ってほしい」

「ダリ~」

「みんな私の大切な人なんだよ」

「でも俺にとっては他人だからな~。ダリィなぁ」


 男はキックスより適当で、キックスより軽薄そうで、キックスより不真面目そうな上、キックスにある強さや誠実さ、優しさは無いようだった。

 グレイルは自分の額に血管が浮いているのが分かった。そのうちこの血管も切れそうだ。握った拳はブルブル震え始めている。

 ミルは何故こんな男を好きになってしまったのか。自分の教育が悪かったのだろうか。もっと男を見る目を養わせるべきだったのかもしれない。箱入りのお嬢様が悪い男に惹かれるのはよくある事だ。きっとミルは、今まで会ったことのない新しいタイプのこの男に新鮮さを感じて惹かれてしまったのだろう。


「……いいか」


 ダリ~を連呼している男に、グレイルはゆらりと近づき、地を這うような低い声で言う。


「お前がミルと結婚する事は絶対に許さん。――許さんし、お前は今日ここで殺す」


 鉄人――というか鬼と化したグレイルは、そう言って剣を抜いたのだった。


「……叩き斬、る……」


 ぎりぎりと歯を噛み締めながらグレイルは起床した。

 そしてハッとして上半身を起こす。


「…………夢だったのか」


 嫌な夢を見てしまった。けれど夢でよかった。現実でなくてよかったと思う。

 グレイルは深く長く息を吐いた後、一緒に寝ていたミルを見た。まだ体の小さな、いつものミルだ。

 ミルの結婚話は夢だったと分かっても、グレイルは何となく不安になって、すやすやと気持ちよさそうに寝ているミルを揺すり起こした。


「ミル。ミル」

「うーん……なに……?」


 ミルは目をつぶったまま、ごろりと寝返りを打って呟く。

 グレイルは真剣に尋ねた。


「ミルはまだ結婚なんてしないよな?」

「……けっこん? けっこんなんて……まだしたくない。せきがんのきしと、ずっと一緒にいる……」


 そう言ってミルはグレイルの大きな手を抱きしめると、むにゃむにゃとまた眠る。

 そしてグレイルは、「せきがんのきしとずっと一緒にいる」という言葉で先程までの不安が一気に吹き飛び、よかったと心から安堵したのだった。


【グレイルの(現実の幸せを改めて感じられるという意味で)幸せな夢】

ちなみに母上の幸せな夢は「ミルが強くたくましく成長する夢」

父上の幸せな夢は「ミルとスノウレアが自分の住処に引っ越してくる夢」

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