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北の砦にて 新しい季節 ~転生して、もふもふ子ギツネな雪の精霊になりました~  作者: 三国司
第三部・あたらしいなかま

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克服(2)

「ウッドバーム!」


 ウッドバウムは繰り返し何度も何度も扉に激突した。

 彼がこんなに力強く動いている姿を見るのは始めてだけど、何の躊躇もなく扉にぶつかっていくので、角が折れてしまわないかと心配になる。最後まで残っていた枯れ葉も、きっと衝撃で全部落ちてしまっただろう。


「やめてウッドバーム、つのが折れちゃうよ!」

「だけど……」


 少しふらつきながら、ウッドバウムは視線だけこっちへ向けた。


「このままじゃ、僕のせいでレッカにまた心の傷ができてしまう。せっかく克服しかけていたのに」


 そう言ってまた突進を繰り返すが、それでも扉は開きそうにない。

 パキッと音が鳴って、ウッドバウムの角の先が少し欠けたようだった。

 どうしよう、このままじゃレッカさんもウッドバウムも無事では済まないかもしれない。


「そうだ、ようせい!」


 せめて食料庫の中を明るくして、その間に移動術を使って助けを求めようと、私は人型に変化しようとした。そっちの方がキツネの姿の時より、妖精を作り出しやすいからだ。


 ――しかしそこで、再びネズミが鳴いた。


 私はキツネの姿のまま、全身の毛を一瞬で膨らませる。耳を立て、ヒゲをぴんと伸ばし、全身を緊張させた。

 けれど、硬直して動けずにいる私のところへネズミは悠々とやって来た。

 そして「チュッチュ」と鳴きながら、私の前足に触れたのである。


「わあぁっ!?」


 そのまま脚を登ってくるような気配を感じて、全身から血の気が引いた。


「やだやだやだっ!」


 急いで前足をブンブン振って、ネズミを振り払う。

 どこへ行った? まだ足元にいる? 暗くてよく見えない! 

 混乱しながら、必死で匂いを嗅いでネズミのいる位置を探ろうとした。

 どうしてこの砦に出るネズミたちは、みんなこんなに強気なんだ! キツネとネズミじゃあ、普通は逃げていくのはネズミの方なんじゃないの?


 ネズミの獣臭が鼻を突く。足音もまだすぐ近くで聞こえてくる。

 まだ私の足下にいる! 

 こんなにしつこいなんて、談話室にいたのと同じネズミかもしれない。穴が塞がれたからこっちに住処を移動させたのだ。

 そして今は、私のピンクで柔らかい肉球を食べ物と勘違いして狙っているに違いない!

 ネズミ相手に情けないけど、私は半泣きになってティーナさんに助けを求めた。


「こわいよっ……! わたしのにくきゅうがねらわれてるっ! ティーナさん、抱っこしてぇ!」


 じっとしててもネズミにかじられそうで怖いし、動いてもネズミを踏んでしまいそうで怖い。もう床にはいたくない。


「またネズミ? ミルちゃんどこ? こっちに……」


 ティーナさんはすぐさまこちらに手を伸ばしてくれたが、


「きゃああー! 今、今今、私もネズミに触っちゃったかも!」

「うわーん! ティーナさんっ!」


 ネズミが苦手な二人で、暗闇の中、叫び続ける。

 これ以上ないくらいのパニック。大混乱である。


「――ミル様、ティーナ」


 しかしそこで落ち着いた声を出したのは、なんとレッカさんだった。


「大丈夫だ」


 白さを頼りに私を見つけて抱き上げると、ティーナさんの肩にも手を置いた。


「落ち着くんだ、大丈夫だから。たかがネズミだ」


 心臓はまだドクドク鳴っているが、諭すように言われて私の涙は引っ込んだ。

 ズビッと鼻を鳴らして言う。


「レッカしゃん……」


 まるで暗闇の中の女神! 私の救世主だ。

 どうやらレッカさんは自分以上に混乱している私とティーナさんを見て、逆に冷静になったようだった。ウッドバウムも扉を壊そうとするのをやめて、こちらへ近づいて来る。

 レッカさんはフッと笑い声すら漏らして言った。


「二人ともネズミが苦手だったんだな。暗闇や閉所に比べれば何てことないただの動物だと思うが、まぁ、怖いものは人それぞれという事か」


 あやすように私の背中をポンポンと叩くと、話を続けた。


「ミル様とティーナをどうやって落ち着かせようかと考えたら、私が誘拐された時に助けてくれた騎士の事を思い出したよ」

「レッカさんを助けた騎士?」


 ティーナさんが呟く。


「そう、私が昔、ティーナを襲ったひったくりを捕まえたように、誘拐犯を捕まえて私の危機を救ってくれた騎士がいた。たまたま見回りの最中に怪しい馬車を見つけ、その中に隠されていた私を助け出してくれたんだ」


 昔話をするレッカさんの声は、とても穏やかだった。


「騎士は全部で三人か四人はいたかな。だけど、その中の一人の事が特に印象に残っている。……と言っても、顔は全く覚えていないんだが。その騎士は私を救出してから家に送り届けるまでの間、怖がっている私を抱いて、優しく声をかけ続けてくれたんだ。『大丈夫だ、もう大丈夫』って。騎士とは、こんなに優しくて頼りになる存在なのかと思ったよ。そしてその時、私は将来の仕事を決めたんだ」


 レッカさんはそこで唇の端を持ち上げて笑ったようだった。


「ここ数年は自分の恐怖症の事で余裕がなくて、初心を忘れていたな。私にも、目標とする騎士像があったんだった」


 暗い小屋に閉じ込められているというのに、レッカさんの話し声は外にいる時と同じように明るく落ち着いた調子だ。


「レッカさん、今、怖くないんですか?」


 ティーナさんがそっと尋ねると、レッカさんはしっかり頷いた。


「ああ、怖くない。暗くても、閉じ込められていても怖くないなんて、自分でも少し不思議な感じだが。でも、自分一人だったらどうだったか分からない。誘拐された時や倉庫に閉じ込められそうになった時と違って、今はティーナやミル様、ウッドバウム様が一緒だから平気なんだと思う。それに……」


 一度言葉を切ってから続ける。


「最初は私も慌ててしまったが、冷静に考えれば、今回の場合は落ち着いて待っていれば必ず出られるんだ。だってここの騎士たちは、仲間がいなくなったら必ず助けに来てくれるだろう?」


 暗闇の中でレッカさんが自信有りげに笑った、その時。

 レッカさんの言葉を肯定するかのように、タイミングよく外から強く扉が叩かれた。


「四人とも無事か!」


 それは隻眼の騎士の声だった。

 私はきゅんきゅん鳴いてそれに応える。ここに閉じ込められている正確な人数を知っているという事は、やはり今日もどこかから見守ってくれていたのかもしれない。

 そして他の騎士たちも、騒ぎに気づいて続々とやって来てくれたようだ。


「おい、今の悲鳴は……あ、副長! どうしたんです? え? 中にミルとティーナとレッカが? ウッドバウムも?」

「ってか、何だよこれ。なんで木が食料庫に張りついてんだ?」

「元、扉なんだろ。ウッドバウムだ」


 どうやら扉の内側だけではなく、外側にも木の蔓が生えてしまっているみたい。「おお……何だこれは」と動揺する料理長さんの声も聞こえた。


「今、扉を壊す。もう少し頑張れ」


 隻眼の騎士は外からそう声をかけて、周りの騎士たちには斧やノコギリを持ってくるよう指示を出す。

 レッカさんは外にいるみんなの声を聞くと、改めてホッとしたみたいに笑ったのだった。


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