カボチャ
「ぱぱ」
「うん、なぁに?」
ウッドバウムと砦を散歩しながら、棒読みで彼をパパと呼ぶ。
ウッドバウムは、私や私に会いに来るクガルグを見ていたら、子どもが欲しいという気持ちが段々強くなってきたようなのだが、自分に父親が務まるのかと不安な気持ちもあるようだった。
そこでまずは、私と親子という設定でシミュレーションをしているのだ。
「ぱぱ」
しかし何度言ったって演技感が否めない。ウッドバウムのためにも、もう少し気持ちを込めたいところだ。
「ぱぱ!」
子鹿になったつもりでウッドバウムの周りをぐるぐる駆け回りながら練習すると、
「元気だね、ミルフィリアは」
あははと笑ってウッドバウムが言った。
「でも気をつけて、前――」
ゴン! と鈍い音がして、私は砦の外壁に頭をぶつけた。ウッドバウムを見上げながら走っていたから、ちゃんと前を見ていなかったのだ。
きゃん! と高く鳴いてうずくまり、前足で頭を押さえる。
「あああ! た、大変だ! どうしよう……! 見せてごらん、頭が割れてるかも」
怖い事言わないで! 割れてないよ!
「ちょっと痛かったけど、へいき」
私はね、お城の長い階段から落ちた事もあるんだよ。これくらい全然大丈夫。
「本当? よかったぁ。子どもができたら目を離さないようにしないといけないんだね。だってミルフィリアはもう何度危ない目に遭ってる? 泉に落ちて、机から籠ごと落ちて、外壁に頭をぶつけて……」
それは私が注意力散漫かつドジだからであって、ウッドバウムの子どもはもうちょっと大人しいかもしれないから、そんなに何度も危険な目には遭わないと思うよ。大丈夫大丈夫。
と、自分で言ってて自分の駄目さ加減に嫌気が差してきたので、気を取り直して私たちは散歩を再開する。
すると目の前に食堂の調理場の裏口が見えてきた。
今日の分のごはんはもうお昼に貰ったのだが、足は自然とそちらへ向かってしまう。すごく美味しいお肉とか余ってないかなぁ。
半開きになっている裏口から中を覗こうとしたら、調理場の隣にある食料庫から、かぼちゃを抱えた料理長さんが出てきた。
「おや、キツネっ子じゃないか」
私はしっぽを振って料理長さんを見上げた。いつも美味しいごはんを作ってくれる料理長さんは、私の中ではとても偉大な人なのである。
「いいところに来たな。ちょうど一つ目のかぼちゃを蒸かしたところだよ。味見していくといい」
料理長さんは大きなかぼちゃをキッチンのまな板の上に置くと、隣で冷ましていたらしい鍋の中から一口大に切られたかぼちゃをつまみ、私に差し出してきた。
かぼちゃはまだ少し湯気が出ているけど、指でつまめるくらいだし、熱々ではなさそうだ。
私はすんすんと一応匂いを確認してから、かぼちゃを食べた。何も味はついていないのに甘くて美味しい。
「木の精霊様も食うかい?」
料理長さんはウッドバウムにも勧めたけど、ウッドバウムは首を振った。
「ううん、僕はいいや。ありがとう。お昼にごはんを食べたし、お腹が空いてないんだ」
食欲が減ってきているという事は、順調に回復しているという事だ。よかったよかった。
ウッドバウムを見てそんなふうに安心していたら、ホクホクのかぼちゃが上顎にくっついてしまった。びたっとくっつかれるとまだちょっと熱い!
口を開けたまま、上顎に貼りついたかぼちゃを舌で取るべく「あがあが」言いながら奮闘していると、またウッドバウムに心配されてしまった。
「ミルフィリア……!? 今度は何っ? どうしたのっ? 苦しいの!?」
「ははは! 上顎についたんだろう。キツネでもそんな事があるんだな」
ウッドバウムが慌てる中、料理長さんはのんびり笑う。指でかぼちゃを取ってくれようとしたけれど、その前に上手く外れて、ごくんと飲み込む事ができた。
ウッドバウムは深く息を吐いて言う。
「ああ、驚いた。僕、やっぱり子どもを作るのはあと何十年か経ってからにしよう。心臓が持たないや」
普通の精霊の子どもはホクホクのかぼちゃを上顎に貼りつけたりしないと思うけど、ウッドバウムはそう決意したようだ。やっぱり私を子ども役にしたのが悪かったね。
料理長さんにかぼちゃのお礼を言って、私はウッドバウムと砦の正面へ向かった。
すると、表の出入り口近くで、ティーナさんとレッカさんに出くわした。どうやら門の警備を他の人に交代して、二人は中に入るところだったみたい。
私は元気よく駆け寄った。
「レッカさんー! きのうはどうだった?」
「ミル様! 聞いてください!」
私に気づくと、レッカさんは興奮気味に、ここ数日恒例となっている報告をしてくれた。
「昨夜は月明かりだけで眠れたんです。妖精様は光を落として、ティーナのベッドの中で眠ってくださったんですけど、それでも大丈夫でした!」
よく見れば、レッカさんの隣には、以前よりも弱い光を放ちながら妖精が飛んでいた。
レッカさんの恐怖症の克服は、支団長さんの例の姿を目撃してからというものすごく上手くいっていて、そのため妖精の光も弱くなっているのだ。レッカさんがそれでも平気だから。
この前だって、砦の中の狭い通路を私やティーナさん、ウッドバウムと一緒に通ったけど、レッカさんは無理をする事なく最後まで通り抜ける事ができた。
「すごく順調ですよね!」
嬉しそうなレッカさんを見て、ティーナさんも笑顔を見せた。「よかったねぇ」とウッドバウムも笑う。
「それで、次なんですが……」
レッカさんは少し緊張した声で言う。
「今度は倉庫のような密室に入ってみようかと考えているんです。出入り口だけで窓のない、暗くて閉ざされた場所に。この砦にもそういった部屋はいくつもありますし、仕事で入る事もありますから、いちいち怖がらなくて済むようにしたいんです」
「そう、それで明日は私もレッカさんも非番だから、昼間に地下へ下りてみようかと思ったんだけど、あそこは暗所恐怖症や閉所恐怖症じゃない私でもちょっと怖いから、どこか他にいい場所はないかなって考えているところなの」
砦の地下には食料貯蔵室があったり、狭いけど有事の時に周辺住民が隠れられるスペースがあったり、そことは壁を隔てて、一時的に罪人や捕虜を入れておくための牢屋があったりするらしいけど、私はまだ行った事がない。
だけど暗くて寒くて不気味な地下室を想像しただけで私も怖くなるので、やはりレッカさんにもハードルが高いだろう。
「それなら、地上にある食料庫は?」
と、そこでウッドバウムが口を開いた。
「僕たち、今、調理場の裏を通ってきたんだけど、隣に建っているあのこじんまりとした建物は食料庫だよね? あそこを使わせてもらうのはどうかな」
「あ! それいいかもしれません」
ティーナさんがポンと手を打つ。
「出入り口の扉を閉めたら真っ暗になるけど、地下と違って狭い階段を上り下りする必要がないから、もしレッカさんが怖くなってもすぐに出てこれますし」
「うん、そうだな。明日、料理長に頼んで入らせてもらおう」
レッカさんは不安そうな様子は見せなかった。むしろ山を前にした登山家のような、怖いけど少しわくわくするといった感じの目をしていた。
順調に暗闇や狭いところが平気になってきているので、克服していく達成感というものを覚えたのかもしれない。




