父親というもの
「ただいまー」
とにかく根を詰めすぎないようにとレッカさんに言い聞かせ、私は砦から母上のところに戻った。
母上は住処のほら穴前の雪の上に立っていたので、これは遊んでもらうチャンスだと、長い前足に飛びつく。
そしてすぐさま離れると、前足を折って頭の位置を下げ、反対にお尻は高く上げるポーズを取って母上を遊びに誘った。
期待を込めてじっと母上を見つめ、時折しっぽを振る。
「ミルフィリア、ちょうどよいところに帰ってきた」
しかし母上はこのポーズの意味を知らないのか、遊びのお誘いはさらっと無視される。
私はわふわふ唸ってもう一度母上の前足に突撃する。
「元気じゃな。よい事じゃが、少し話を聞いておくれ」
母上は人型に変化すると、私の首の後を掴んで、自分の顔の高さまで持ち上げた。そこを掴まれると力が抜けてしまうのだ。
私はぬいぐるみのように大人しくなって、いい子で母上の話を聞く。
「今、ウォートラストが来おってな」
「父上が?」
「そうじゃ、ミルフィリアが最近遊びに来ぬから、来るように言ってくれと、わらわに言いに来たのじゃ」
母上に? 父上ってば、私に言いに来てくれればよかったのに。
娘に言いたい事があるなら直接言えばいいのに、母親を通して言ってもらう。父親ってそういうところあるよね。
でもそういえば、近頃はあまり父上のところに行けていなかったな。砦にはウッドバウムがいて私の相手をしてくれるし、レッカさんの事とかもあって何となく忙しかったのだ。
母上は私を雪の上にそっと下ろして続けた。
「ミルフィリアが行かぬ限り、あやつは明日もわらわに催促しに来るじゃろうから、顔を見せに行ってやっておくれ。遊びの相手をしてもらえばよい」
「うん、そうする!」
「じゃが、日暮れまでには戻ってくるのじゃぞ」
「はーい」
と返事をしてから、私は母上に見送られて父上のもとへ飛んだ。
「あれ?」
飛んだ先がいつもの広い湖ではなく緑の森の中だったので、私は思わずそう呟く。しかし横へ顔を向ければ、父上は確かにそこにいた。
「父上? なにやってるの?」
「ミルフィリア……」
父上は人の姿で地面にしゃがみ、何かを探しているようだった。
かさかさと落ち葉を踏みしめ、父上に近づく。父上は布袋を持っていて、それを広げて私に中身を見せてくれる。
「どんぐり?」
たくさん集められたドングリに目を丸くする。
「父上、これなにに使うの?」
リスじゃあるまいし、食べるわけではないだろう。
「ミルフィリアに……やろうかと、思ってな……」
「わたしに?」
「……いらないか?」
「うーん」
袋の中に鼻先を突っ込んで考えた。いらないけど、いらないって言ったら父上は悲しむだろうか。こんなにたくさん集めてくれたんだし。
そもそもどうしてドングリなんてくれようとしたんだろう。子どもだからドングリを喜ぶと思われているのかな。
「あ、これはかわいい」
大量のドングリの中から、帽子を被ったころんと丸くて大きいものを見つけ、前足でちょいちょいと触る。でも持ち帰って私のお宝コレクションに加えるほどじゃない。
ドングリってたまに中から虫が湧いて出てくるので、結構恐ろしいのだ。
困った挙句、良い活用法を思いついて父上に言う。
「あ、そうだ! これウッドバームにあげてもいい?」
「……ウッドバーム?」
「木のせいれいだよ。今、びょーきの静養中で、北のとりでにいるの。どんぐりが好きみたいだから」
「砦……に? そうか……」
父上はふいっと横を向いたけど、普段通りの無表情に見えたから、私は続けた。
「これだけ食べれば、ウッドバームもげんきになるかも!」
「ミルフィリア」
父上はもうドングリはどうでもよくなったのか、今度は木の根もとに生えていた白いキノコを採って私に見せてきた。
「これは、どうだ……?」
困惑しながらキノコを見て返事をする。
「どうだ、って?」
「好き……か?」
「食べるのは、きらいじゃないけど」
でも生のキノコはお腹を壊しそう。
「そうか……」
父上はせっかく採ったキノコをぽいっと捨てて、また何か別のものを探しに行った。
イガ栗や、赤くて小さい果実、私の体より大きい葉っぱを次々に拾ってきては見せてくれる。どうやら私の気に入るものを探しているようだ。
イガ栗は痛いし、赤い果実は食べても酸っぱそうだったので遠慮するとして、
「この葉っぱ、もらう」
私は大きな葉を咥えて引きずり、しっぽを振った。こんなの別に何に使えるわけでもないんだけど、大きいというだけでわくわくしてしまうのだ。お宝コレクションに加えておこう。
「葉っぱが好きか……」
「ちがう」
そういうわけじゃないんだけど。
父上は大きな葉っぱを咥えたままの私を抱き上げると、森を出ていつもの湖に戻った。湖岸に腰を下ろし、あぐらを組むと、私をその上に乗せる。
「明日も、その葉を……採っておいてやろう。明後日も……明々後日もだ」
「そんなにいらないよ」
咥えていた葉っぱを離して言う。あんまりたくさん住処に持って帰っても、「何に使うのじゃ」って母上に捨てられちゃうから。
しかし私が断ると、父上は無表情ながらしゅんと肩を落とした気がした。
その顔を見てふとひらめく。もしかして父上は、こっちへ遊びに来させるために私が喜ぶものを探していたのだろうかと。
これも父親が子どもに好かれるためにしがちな、物で釣るっていうやつだ。父上は精霊なのに、お父さんの王道を進んでいる気がする。
「ウッドバーム、か……」
父上は、父上と向かい合うように私を仰向きにさせると、両手で前足を握って左右の肉球を揉み始めた。
真っ直ぐ私に落ちてくる視線には、普段の無表情とは違う微妙な感情が込められているように思える。
なんかちょっと責められているような、そんな視線だ。私がウッドバウムにばかり構って父上のところに来なかったから、拗ねているのだろうか。
「ウッドバーム、か……」
父上は繰り返す。
分かったよ、明日もちゃんと遊びに来るから!




